〜吸血蟲討伐戦・灼熱の戦場〜
〜吸血蟲討伐戦・灼熱の戦場〜
吸血蟲本体を発見した鬼羅姫螺星の話を頼りに陣形を組み直す冒険者たち。
周囲からモンスターは大量に押し寄せてきているため、神怒狼夢ときんちょるそんはこちらの対処のために両サイドに散らばる。
中央に虞離瀬凛、メル、ガルシアたち、朧三日月が構え、前線には吸血蟲の位置がわかるシュプリム、凪燕、鬼羅姫螺星が並ぶ。
凪燕は大規模魔法は使えないものの、ガルシアたちに火矢を作ったり探知魔法を使うくらいの魔力は残しているため、基本的に攻撃には参加せずにサポートに回る。 それに凪燕がいなければ鱗粉蛾の鱗粉を無効化ができない。
吸血蟲を発見したとはいえ、厄介なのは分裂することとその姿が見えないことだ。 さらに分裂した個体全てが切れ味最強クラスの両断蟷螂の鎌を構える事になるだろう。
見えない上に切れ味最強の鎌を持ち、更には攻撃を当てても分裂するのだ。
確実に一撃で仕留めなければ討伐するのは不可能に近い。
最前線に向かった凪燕は、地面に手をかざして泥を作り出した。
「凪燕の旦那、一体何をする気でやんすか?」
急に泥を作り出した凪燕に、疑惑の視線を向ける鬼羅姫螺星。
「これはね、こうするんだよ!」
凪燕が地面にかざしていた手を急にあらぬ方向に向ける。 すると泥の波が手をかざした方向に勢いよく飛んでいく。
意図を察したシュプリムはすぐに薙刀を構えて駆け出した。
凪燕が飛ばした泥が、空中に浮遊する何かに付着する。
「これで探知なしでも見えるだろ? この程度なら魔力は少ししか使わなくて済むからね!」
泥を被ったモンスターはシルエットだけをあらわにする。
大きさは五十〜六十程度、顔からは注射器のように針が伸びていて、手足は枝のように細長い。
まさに巨大化した蚊のような形をしている。
「え? こいつただでかい蚊じゃないか! こんなのが宝石ランクなの?」
「凪燕! 油断するな! 一気に仕掛けて終わらせるぞ!」
横っ飛びしたシュプリムは勢いを殺さずに薙刀を振り抜く。
「シュプリムの旦那、語尾忘れてるでやんす!」
「………ごわす!」
振り抜いた薙刀が、シルエットをあらわにした吸血蟲を両断したが、すぐに無数に分裂する。
「鬼羅姫螺星さん! せっかくシュプリムさんが普通に喋ってたのに余計なこと言わないでください!」
「ごめんでやんす………」
後方から響くメルの叫びを聞き、肩をすぼめる鬼羅姫螺星。
「ちょっとほらほら! こっからはスピード勝負だ! 広範囲攻撃で一気に本体を仕留めよう!」
凪燕から注意を受けた鬼羅姫螺星が分裂した吸血蟲に足を向けた瞬間!
「ぬわぁ!」
「うっそだろ! で、ごわ………す!」
鬼羅姫螺星とシュプリムが同時に膝をついた。
二人を横目に見た朧三日月が目を見開きながら地を蹴った。
「あやつ! 月光熊の重力は使えなくなったんでのうて温存しとったか!」
「やられた! クッソ! 忌々しい虫め! また俺を出し抜きやがったか!」
咄嗟にバックステップしながら、ギリと奥歯を鳴らす凪燕。
瞬時に駆け出した朧三日月が高濃度の霧で二人を包もうとするが、風の刃が霧を振り払い膝をついた二人を襲う。
全員が顔を青ざめさせた瞬間、凪燕の隣を猛スピードで何かが駆け抜けた。
「私は、盾役だからな! 仲間を守るための鉄壁の城だ!」
かかとと肘から炎をジェット機のように噴射させ、猛スピードで最前線まで駆けてきた虞離瀬凛の大楯が二人を守る。
風の刃が大楯に当たり甲高い金属音が響く。
「切れ味がすごいな! 持っても後三発! かまいたちはギリギリ防げても、両断蟷螂の鎌はさすがに防げん! 朧三日月さん! 早く二人を!」
虞離瀬凛の指示を聞いて高濃度の霧を再度作り出した朧三日月。
霧が二人を囲った瞬間、今度は守りが薄くなったメルの方にモンスターが集中してしまう。
「ガルシア! メルさんを頼む!」
「任せろ! お前らは早くそいつを仕留めろ!」
メルを担いだガルシアが接近するモンスターを射抜きながら駆け出す。
「兎くん! 彼を頼んでいいかい?」
「任せてくれ! 最高にハッピーな私がついていれば! メルさんもガルシアたちもハッピーになれる! 世界はハッピーに溢れている!」
ハイテンション状態の神怒狼夢が、空中で体を捻りながら鎖鎌を振り回す。
すると不規則な軌道で跳び回る炎の鎖鎌が、超高速でモンスターたちの首を刈り取っていく。
「ガルシアさん! 私は自分でなんとかするので降ろしてもらって大丈夫です! 今はみなさんの援護を!」
「分かりました、俺から離れないでくださいね!」
メルを下ろしたガルシアは再度モンスターの群れに弓を向ける。
絶妙な位置に移動しながら、神怒狼夢とガルシアたちの邪魔にならないポジションに移動するメル。
「左から三! ガルシアさんたちでいけます! 正面は神怒狼夢さんが!」
周囲を注意深く確認しつつ、的確な指示を出すメル。
メルの真骨頂は戦闘のサポートにある。
王都の受付嬢の中でもメルだけは最前線に出て冒険者たちに指示を出すことが多いのだ。
冒険者たちの死界を補佐するように視線を配り、声かけをする。
攻撃の際も邪魔にならない位置を見つけ出し素早く移動する、さらに自らが囮になり敵を惹きつけるといった事も平気で行う。
メルが冒険者たちから全幅の信頼を受けるのは、この立ち回りの丁寧さや、戦闘時の的確な声かけがあるからだ。
メルの声かけに従い、阿吽の呼吸で周囲のモンスターを薙ぎ倒していく神怒狼夢とガルシアたち。
その光景を見た凪燕は驚きながらも、顎に指を添えた。
「まずいぞ凪燕! 分裂した吸血蟲に囲まれそうでごわす!」
「坊主くん、盾を炎で覆って突進できるかい?」
虞離瀬凛はゆっくりと頷きながら大楯に炎を宿した。
炎で包んだ大楯の後ろに隠れ、分裂した吸血蟲に突っ込んでいく虞離瀬凛。
すると大楯の表面からはジュウジュウと音が鳴る。
香ばしい匂いが辺りに漂い始め、満足そうに頷いた凪燕はメルたちの方に視線を送る。
「兎くんとエルフくんたちが予想以上に強い! あっちは大丈夫だろう! せっかちくん! 手を貸してくれるかい?」
凪燕はサイドに陣取っていてきんちょるそんを探すが、どこにも姿が見つからない。
額に汗を浮かべながら、視線を泳がせる凪燕。
「おい道化坊主! あのせっかちな青二才はすでに吸血蟲につっこんどるぞ?」
呆れたような朧三日月の声を聞き、眉根を寄せながら勢いよく振り向く凪燕。
「勝手につっこむな! って言いたい所だけど今回はファインプレーだよせっかちくん! そのまま分裂した吸血蟲を………」
「指示が遅すぎだったからな、先に動いてしまった」
きんちょるそんは既に最前線に来ていた。
重力対策で体全体を炎の壁で包み込み、分裂した吸血蟲の群に突っ込んでいく。
群れの中を縦横無尽に駆け回るきんちょるそんに視線を送り、怒りマークをこめかみにうかべながら口角をひくつかせる凪燕。
「あいつ、あとでシメてやる」
「大人気ないぞ道化小僧。 それよりもうかなりの分裂体を焼いたはずじゃ!」
虞離瀬凛ときんちょるそんの炎により、無数に分裂した吸血蟲はすでに半数以下になっていた。
大楯に姿を隠す虞離瀬凛は重力付与できず、きんちょるそんも炎の壁で自らを覆っているため、視界にとらえる事ができない吸血蟲。
「このまま押し込めれば!」
凪燕が拳をぐっと握り、期待に溢れたような視線で二人を見た瞬間———
「おい! 逃げんなよクソが!」
朧三日月の霧のおかげで重力から逃れたシュプリムが全力で走り出した。
虞離瀬凛やきんちょるそんもシュプリムの言葉の意味を察し、あわててシュプリムの後を追う。 しかし突然前線に出ていったシュプリムに無数の分裂体が一気に襲いかかった。
分裂体は一体一体が両断蟷螂の鎌を持っている。
どんなに小さくてもその切れ味は恐ろしい凶器となる、鎧で身を包んでいようと一太刀で骨まで切断されるだろう。
シュプリムは風の探知で危機を察し、額に大粒の汗を流しながら足を止めようとした
「おい、足を止めるな。 道は俺が作る、早く案内しろ! シュークリーム!」
きんちょるそんが操作した炎が、じゅうじゅうと分裂体を燃やしながらシュプリムの周囲を覆った。
「勝手に美味そうな名前にすんな! でも助かった! ついてこい!」
「そうだ、早く案内しろでごわす!」
ニヤリと笑うきんちょるそん。
「てんめぇ! おれの語尾奪うなよ! あっ! ごわす!」
「ふざけてる場合ではないぞシュプリム! 帰ったら魚を食ってもっと賢くなれ! ヤツはどこに逃げたのだ?」
喧嘩を始めそうな二人に追いついた虞離瀬凛がシュプリムに声をかける。
「あいつは飛んでるからな! 意外と早えでごわす! もう百五十メーターは突き放されてる! ほらあれだ! まだ凪燕の泥が残ってるからぎりぎり目視できる、でごわす!」
シュプリムが示した先を目で追いかけ、足の裏から凝縮した炎を噴射させて超加速するきんちょるそん。
きんちょるそんは一瞬にして百メーター以上の距離を横っ飛びする。
「これで、駆除完了だ!」
きんちょるそんが巨大な炎の刃を作り、振りかぶった瞬間
「ばか! そいつはまだ月光熊の能力使えるんだぞ!」
凪燕の叫びも虚しく、勢いよく地面に叩きつけられるきんちょるそん。 そして身動きが取れなくなってしまえば、風の刃の餌食となる。
虞離瀬凛とシュプリムも慌てて駆け寄ろうとするが、慌てた虞離瀬凛は構えていた大楯を降ろしてしまう。
大楯を下ろしてしまったことにより、きんちょるそんの直線上にいた二人も吸血蟲の視線に入り、同時に膝をついてしまった。
三人が重力の影響を受けてしまい、吸血蟲のすぐそばでは重力に叩きつけられたきんちょるそんが身動きを取れなくなってしまっている。
凪燕はなけなしの魔力を無数の火矢に変えて勢いよく噴射した。
ほぼ同時に朧三日月も水圧の刃を飛ばす。
しかし………
「分裂された! その軌道じゃ当たらねぇ!」
地面に膝をつきながら、苦しそうに声を上げるシュプリム。
重力に抵抗して無理やり体を動かそうとするが、身動きが取れない。
凪燕が火矢を再度作って飛ばそうとしているが、確実に間に合わない。
朧三日月に関しては距離が離れすぎていて小さくなってしまった吸血蟲の姿すら見えていない、一か八かで斬撃を飛ばしただけだったのだ。
もう助からないと悟ったきんちょるそんは、重力に押し潰されたまま悔しそうに目を閉じた。
———完全に、詰んだ。
誰もがそう思い、絶望しかけた時だった。
きんちょるそんの頭上近くで、空を斬る音が鳴った。
風の刃が放たれた、そう思った冒険者たちは無力さを悔やみ、下唇を思いきり噛んだが………
「一人、忘れちゃいやせんか?」
倒れていたきんちょるそんの前に、音もなく着地する幼い容姿の男。
「味方ですら存在を忘れちまうくらいでやすから、こいつも俺のことを忘れてたんでやんすかねぇ?」
重力から解放され、ゆっくりと立ち上がったきんちょるそんは、目の前に立っていた幼い男にじっと視線を向けた。
ニヤリと笑った幼い容姿の男は、左手の平に虫の首を乗せていた。
分裂したせいでかなり小さくなったその首からは、注射器のような長い針が伸びている。
「美味しいとこ持っていったな。 きらきら節」
「鬼羅姫螺星でやんす。 勝手に変な歌の名前みたいにしないでくれでやんす。 って言うか、助けてやったのに名前間違えるとか、旦那はかなりずぶといでやんすね!」
淡々と文句を言う鬼羅姫螺星に、苦笑いを浮かべながら頭を下げるきんちょるそん。
「すまんな。 助かった。 礼を言うぞ? 鬼羅姫螺星」
頭を下げたきんちょるそんを見て、なぜか瞳を潤ませている虞離瀬凛。
「あの、あのきんちょるそんが! 他の冒険者の名前をちゃんと呼べたぞ!」
「歴史的瞬間でごわす!」
虞離瀬凛とシュプリムが泣きながら抱き合っている。
そんな光景を若干引いた目で見ていた朧三日月は、ため息混じりにぼやいた。
「いや、あやつ今までわざと間違えておったじゃろ?」
☆
一番最初に重力の影響を受けた鬼羅姫螺星とシュプリムを、朧三日月の濃霧で覆った瞬間から鬼羅姫螺星は潜伏を開始していた。
魔力目が使える鬼羅姫螺星は、確実に分裂した吸血蟲の本体を見分ける事ができるため、チャンスを待ちながら逃げる吸血蟲を誰よりも早く追いかけていたのだ。
味方すら存在を忘れてしまうほどに自分の気配を消せる鬼羅姫螺星は、まさに暗殺のスペシャリスト。
殺気も存在感も、自らが発する音や匂いまで消す事ができる彼が本気で潜伏してしまえば、熱探知でしか見つけ出すことはできないだろう。
吸血蟲を討伐したことを知ったメルたちは、集まってくるモンスターを一気に殲滅した。
途中から合流したシュプリムや虞離瀬凛、鬼羅姫螺星ときんちょるそんの協力もあり、残党狩りは数分で片がついた。
吸血蟲は女王蜂の能力のせいで非常に小さくなってしまっていたため、素材としての買取単価は一切つかなかったが、宝石ランクモンスター討伐と言うことで盛り上がり始める冒険者たち。
拠点に戻った冒険者たちは鬼羅姫螺星を胴上げし始める始末で、中で仕事をしていた低ランクの冒険者たちは困った顔をしていた。
その後、森林エリアの拠点で宴会が開かれた。
男しかいないパーティーでの宴会は、それはもうやかましかった。
全員が雄叫びを上げながらビール瓶の蓋を吹き飛ばし、騒ぎながらビールをかけあっている。
次から次にビール瓶の栓がぬかれ、油断している冒険者の背中に流し込んだり、肘を絡ませ頭からかけあったり、一気飲み対決まで始める始末だった。
拠点内でどんちゃん騒ぎを始める冒険者たちを、端の方に座って呆れたような目で眺めていたメルの隣に一人の冒険者が静かに座った。
「きんちょるそんさん? あなたはあの馬鹿騒ぎに参加しないんですか?」
「知性に欠ける、バカバカしい」
鼻を鳴らしながら腕を組むきんちょるそん。
メルはそんな彼の顔をじっと覗き込んだ。
「そういえば私、きんちょるそんさんがどうしてそんなに虫系モンスターを恨んでるか聞いたこと無かったです。 あなた、いつもクエスト用紙持って早歩きして行ってしまうんですもん。 ゆっくり話すのも初めてかもしれないですね?」
腕を組んだまま、遠くを眺めて小さく息を吐くきんちょるそん。
「………両断蟷螂の卵は、見つけた際どう対処するかは知っているか?」
きんちょるそんの質問の意図がわからなかったメルは、首を傾げつつも習った事をそのまま口にした。
「その森林エリア全体を即調査して、両断蟷螂を蹂躙した後再度森全体を細かく調べます。 それが終わった後も三日に一回森の中を見回って、卵がないかを念入りに調べる。 って私の話聞いてました? きんちょるそんさんはなんでそんなに虫系モンスターを………」
「ならその卵の対処を誤れば、どうなると思う?」
メルの言葉を遮り、強めに質問を投げかけるきんちょるそん。
一瞬驚いた顔をしたメルは、きんちょるそんの真剣な顔を横目で見ながらごくりと息を飲んだ。
「両断蟷螂が大量発生します。 中級モンスターですが、かなり凶暴なので大量発生してしまうと国が滅びる可能性すらあると言われてます。 実際、両断蟷螂大量発生が原因で滅んだ国もあるらしいですからね」
「ああ、そうだ。 あいつらが大量発生すれば、国は簡単に滅ぶ」
儚げな瞳で拠点の外の空をじっと見ているきんちょるそんを見て、メルは自然と沈黙した。
「おれはな、元々この国出身ではない。 故郷をあいつらに滅ぼされた。 国を滅ぼされ、この国に流れ着いた。 家族も友も、全てやつらに殺された。 だから虫は駆除する。 一体残らず駆除しておれのような人間を二度と出さないようにしたいんだ」
唖然とするメルを見たきんちょるそんは、小さく鼻を鳴らした。
「まあ、哀れむ必要はない。 昔の話だからな。 気になるなら聞いていくか?」
無言でうなづくメルを横目に見たきんちょるそんは、ポツポツと過去の話をし始めた。




