〜月光熊討伐戦・本物の一本背負い〜
〜月光熊討伐戦・本物の一本背負い〜
「嘘だろ? あの月光熊をぶっ飛ばしやがった!」
先行していた前衛と中衛組は、虎宝の渾身の一撃が直撃した月光熊を視認できる距離にいた。
吹き飛ばされた月光熊を目視したパイナポの動揺した声が響く。
「さすが虎宝君! マジ強烈だねぇ。 あたしは接近戦しかできないから、月光熊相手だとお荷物になっちゃうよ」
パイナポと並走していたのは貂鳳。 虎宝の攻撃を見た彼女は困ったように笑う。
「問題なのは重力効果と引力効果の発動を見分ける事だ。 そうすれば接近戦も可能のはず」
龍雅が二人の会話に割り込む。
「パイナポとか言ったな、ちょうどいい! 貴殿は貂鳳と組んでもらう。戦闘傾向を見る限り相性抜群のはずだ。 獣人の君は私でいいな? 安心しろ? 合わせて戦ってやる」
「足引っ張んじゃねえぞ?」
名前を呼ばれた夢時雨は龍雅を睨みつける。
「おいおい時雨、お前立場考えろよ……相手金ランクの有名人だぞ? さすがの俺もこいつら相手に舐めた口聞くのは無理だわ」
夢時雨のまさかの発言に冷や汗をかくパイナポ。
「構わない。 大口を叩くほどの自信がある方が、私的には助かるからな」
「俺だけまだ見せ場がねえんだ、あんなクソ熊……俺がぶっ殺してやんよ」
悔しそうに下唇を噛む夢時雨、とーてむすっぽーんに救われたこともあり個人的に気にかけているのだ。
「あの子……怖いねぇ〜」
「なんか、すんません」
パイナポと貂鳳は、気合が溢れている夢時雨を見て苦笑いしながら顔を見合わせる。
「では、俺とキャステリーゼちゃん、すいかくろみど、韻星巫流の四人は中距離からサポートする!」
ぺんぺんは砂鉄を操る中距離攻撃で自由度が高い攻撃をすることができる。
ちなみにキャステリーゼはぬいぐるみのため、言うまでもないが何もできない。
龍雅は首を傾げながら目線で人数を数えつつも、ぺんぺんの提案に戸惑いながら頷く。
「ふむふむ! ぺんぺん殿は流石の判断力! しかし! しかしだ、我らが今するべきことはぎんが殿の救出と、セリナさんが来るまでに月光熊の弱点の思慮! 情報が少ない月光熊を倒すためには彼の弱点を知らねばならぬ! そのような困難なミッションでも! この私がいれば安心だ! 何せこの私、不可能を可能にする男! 韻星巫流がいるのだから! 恐れる事は………」
「ねぇ! ぺろりんちゃんとくろみっちちゃんはどこ?」
韻星巫流の長い口上を遮り、姿が見えないぺろぺろめろんとすいかくろみどの所在を確認する貂鳳。
「あの二人なら、はぁ、はぁ。 私を置いて……ぜぇ、ぜぇ。 先に行っちゃったんだし!」
息切れしながら必死に前衛組に着いて行くべりっちょべりーが声を上げる。 すると前方の方から姿を消していた二人の声が聞こえてくる。
「くろみっちぃ! あの熊! あのぱないやつ食らってほぼ無傷だったよ? まじありえんくない?」
「つーかこの倒れてる人さっさと運ばんとのやばいっしょ?」
「べりちょんに任せちゃおう! つーことでべりちょん! はやく〜!」
なぜか先に戦場に到着していたぺろぺろめろんたちは臨戦体制に入っていた。
「私! みんなより足遅いから! こひゅー、こひゅー……追いつけないし!」
ぺろぺろめろんの声を聞き、龍雅はべりっちょべりーを一瞥する。
「彼女の意見には賛成だ、べりっちょべりーさん、倒れている彼をお願いしてもいいかな?」
「まっ、任されたし!」
龍雅の指示で全員が一斉に動き出そうとした時、ぺろぺろめろんの背後に、湖から這い出た月光熊が現れた。
月光熊は水飛沫を上げながら飛びかかる。
「うわ、顔こわ〜」
そう呟きながらもぺろぺろめろんが瞬時に斧を振る。 月光熊の腹部を狙った斧は、片腕で抑えられる。
そして月光熊は空いた左手を振り下ろす。 ぺろぺろめろんは月光熊の攻撃を普通に避けた。
「なぜ、普通に動ける? 重力の影響を受けていないのか?」
龍雅から驚愕の声が上がる。
月光熊の攻撃をかわしたぺろぺろめろんは、流れるような動きで空振りした月光熊の左腕を掴み、背負うような体制を取りながら月光熊の足を払う。
「どらっしゃ〜〜〜!」
見事な背負い投げで月光熊の背中を地面に叩きつけると、月光熊は大きく割れた地面にめり込んだ。
そしてぺろぺろめろんが即座に距離を取った瞬間、月光熊は倒れながらぺろぺろめろんを睨む。
「あ、何これ! 重! 体がダルッ! おっもい!」
ぺろぺろめろんは急に片膝をついて、苦しそうに顔を顰めた。
「えっ? 何? どう言うこと?」
「おいこら! ピンク髪! てめえ今どんなカラクリ使いやがった!」
遅れて戦場に到着した貂鳳や夢時雨が、一定の距離を保ちながら地面にめり込んでいた月光熊を全員で包囲する。
べりっちょべりーは倒れていた月光熊から目を逸らさないように、蟹歩きで銀河に近づいていく。
すでに気を失い、間一髪で助かった銀河の腕を肩にかけると、そそくさと退散した。
「からくり? 今の一本背負いってゆ〜技だよ? ケモ耳のお兄さん知らないの?」
「んなこたぁ知ってんだよこのバカ女! ちなみに一本背負いは足なんか払わねえ! 今のは普通の背負い投げだど素人が! そんなことより重力をどうやって無効化しやがった! あと俺のことは夢時雨って呼びやがれクソ女!」
「ちょっと〜! 口悪すぎっしょ〜。 まじ感じ悪いわ〜。 ま、イケメンだからいいけどね! 夢時雨って長いからゆめぴーでいいよね! うちのことは〜ぺろりんって呼んで〜!」
重力を感じていないかのような軽い口調で話すぺろぺろめろん。 しかしその顔からは徐々に余裕がなくなっていく。
「なんで彼女は普通に動けていたのだ? そして、なんで今は重力の影響を?」
思案し始める龍雅、それに引き換え夢時雨は月光熊に突進した。
「細けぇ事は戦いながら考えろバカが! 足引っ張んなって言ったばっかだろーが!」
ノソノソと起き上がった月光熊はぺろぺろめろんを睨んでいる。
背後から夢時雨が飛びかかると、背中に目がついているかのように攻撃をかわす。
「くっ! 彼の言う通りだな、同時に仕掛けてみよう!」
龍雅の号令で貂鳳も飛びかかる。
「おい! ぺろりん大丈夫かよ!」
しかしパイナポはぺろぺろめろんの方に駆け出してしまった。
「あ……うちは、もうちょっと——耐えられそーなんでお構いなくぅ!」
全身から汗を滲ませ、息を切らし始めるぺろぺろめろん。
それを見たパイナポはぺろぺろめろんを助けようと走り出し、月光熊の正面まで来た瞬間。
パイナポまでもが片膝をついて苦しそうな表情を見せる。
「なぁっ、んでダァァァ!」
苦しそうに叫びながらもぺろぺろめろんを救うために重い足取りで一歩、また一歩と近づいて行く。
「ちょ! うちまだだいじょうぶ、だから! 無理しないで!」
「女を苦しませたまま放置できるかよ!」
パイナポは踏み出した足を地面にめり込ませながらも必死にぺろぺろめろんの元に向かう。
そんな様子を見ながら、数メーター離れたところですいかくろみどが数回剣を振る。
すると月光熊の背中から剣を弾くような金属音が響いた。
「あの剣、どうなってやがる?」
「あたしの剣、自由に形を変えられるんよ。 剣を振った瞬間ムチみたいにして引き伸ばしてんの。 間合いは最長五メーターくらい?」
夢時雨の問いかけに正直に答えるすいかくろみど。
「パイナポ殿! 貴殿のその真摯な姿勢にこの私、感服いたしましたぞ! しからばこれより、この私! 不可能を可能に変える男! 韻星巫流があなたを援護いたしましょう!」
武器である琴を構えた韻星巫流、その琴には色の異なる数種類の弦が張られている。
韻星巫流は数種類の弦の内、真っ白な七本の弦を流れるように弾く。
すると月光熊は目に見えない力で攻撃でもされたかのように、体をよじる。
続いて赤い弦を弾くと肩に炎が、黄色の弦を弾いて背に稲妻が。 緑を弾き鎌鼬が腹に、青と緑を同時に弾いて氷の刃が左足に、最後に弾いた茶色は大地から盛り上がった岩が右足に刺さる
韻星巫流が弦を弾くたびに、さまざまな攻撃がさまざまな部位に飛んでいく。
彼は魔法の基本属性、地、水、火、風、雷、全ての属性を操る。
中でも風属性を得意としていて、弦を弾くことで空気を揺らし、音波による攻撃をするのだ。
色のついた五つの弦はそれぞれの属性魔法を帯びていて、白い弦は攻撃を仕掛ける方向や相手の部位を調節するために張ってあるのだ。
韻星巫流が弦を弾き、すいかくろみどがそれに合わせて剣を振り、月光熊への衝撃が対角状になるように攻撃する。
貂鳳、龍雅、夢時雨は各自攻撃を仕掛けるが、数人係で猛攻撃を仕掛けても月光熊の体には一切傷がつかない。
月光熊が前衛組を攻撃しようとすれば、ぺんぺんの砂鉄が壁となって攻撃の角度をずらす。
隙を見て狙撃を続ける虎宝とレミス。
月光熊の動きは一向に衰えない。
そんな一進一退の攻防が続く中、龍雅が月光熊から距離を取った。 そしてパイナポの近くに来た瞬間、急に片膝をついた。
重力の影響が龍雅にまで及び、前線が崩壊してしまう。
次の瞬間、近くにいた全員が急に体制を崩し、月光熊にものすごい勢いで引き寄せられる。
全員が動揺し、重力によるダメージを始めから負い続けていたぺろぺろめろんは踏ん張りきれずに真っ直ぐに月光熊に引き寄せられた。
近くにいたパイナポは必死に手を伸ばすが、かすかに届かない。
「「「ぺろぺろめろん!」」」「「ぺろりん!」」「ピンク髪!」
全員が叫ぶ、ぺんぺんは踏ん張りながらも咄嗟に砂鉄を操作して引き寄せられたぺろぺろめろんを捕まえた。
間一髪、月光熊の間合いに入る前に救出できた、と思われた。
しかしぺろぺろめろんは殺意のこもった恐ろしい目つきでぺんぺんを睨んだ。
「解いて!」
意図も理解していないが、ぺんぺんは気圧されて咄嗟にぺろぺろめろんを解放する。
するとぺろぺろめろんは、引き寄せられる力を逆手に取り、力強く地面を蹴る。
引力を逆に利用した超高速の突進、ぺろぺろめろんの突進に全員が目を見張ってしまう。
月光熊が振り上げた腕を下ろすより早く、ぺろぺろめろんは懐に入り込んだ。
「てめぇ、マジ。 調子のんな」
月光熊の引力で加速した勢いを殺さずに飛びかかったぺろぺろめろんは、右の拳で月光熊の顎を掬い取るように殴り上げた。
殴り上げた力を殺さず、遠心力を利用してそのまま地面に叩きつける。
月光熊の頭が地面に刺さるようにめり込んだ。
しかしぺろぺろめろんの怒りはまだ静まらない。
地面に刺さった状態の月光熊の頭をまたぐように立ち、瓦割りでもするかのようにもう一撃殴る。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
殴るたびに地面は割れていく。
やがて殴られ続ける月光熊を中心に、小さなクレーターができ始めた。
「あ、あの子……華奢な体のどこにあんなパワー秘めてんだ」
その一方的な攻撃を、狙撃地点から呆然と見ていた虎宝。
すると後方から突然声をかけられる。
「あの子は第五世代。 期待の新星と言われている冒険者です、ダメージを負えば追うほどなぜか攻撃のキレが増していくって話ですよ。 つまりぺろぺろめろんちゃんはかなり短気なんです」
「セリナさん! 来てくれたんですか!」
嬉しそうな表情で振り向くレミス。
肩で息をしながら走ってきたセリナが、振り向いたレミスに微笑みかける。
「状況を説明していただけますか?」
「私に任せてください、虎宝さんは攻撃に集中を!」
レミスはここまでの戦いを簡潔にまとめて説明を始めたが、突然悲鳴が聞こえた事に驚き、戦場に視線を向けた。
彼女たちの目に映ったのは一方的に月光熊を殴っていたはずのぺろぺろめろんが、吐血しながら空に舞っている姿だった。
「ぺろりん!」
すいかくろみどの悲鳴が響く中、吹き飛ばされたぺろぺろめろんは湖に落下し、水飛沫を上げた。
「……化け物かよ? あれでなんで無傷なんだよ!」
パイナポの悲鳴が響く。
砂煙が舞い散る中、身を起こした月光熊の体からは……血は一滴も垂れていなかった。
☆
月光熊は予想以上の硬さだった。
虎宝さんが三分以上練り続けた渾身の一撃でもその皮膚には傷がつかず、さらにはぺろぺろめろんさんのパワーでも、龍雅さんや貂鳳さんたち金ランク冒険者達の攻撃でも傷がつかなかったらしい。
「ぺろぺろめろんさんとパイナポさん、龍雅さんたちが重力の影響を受けた時の事、もっと詳しく伺えますか?」
レミスさんの説明を聞きながら、私はいかにダメージを与えるかを考えるより能力の詳細に思案を傾ける。
なぜ、湖の中から飛び出した月光熊はぺろぺろめろんさんの動きを重力で封じなかったのか。
なぜ、駆け寄ったパイナポが急に重力の影響を受けたのか。
レミスさんの話を詳しく聞いた私は、即座に前線の冒険者たちに拡声器で声をかける。
「目を潰してください! ぺんぺんさんは砂鉄で視界を封じて!」
私の指示に、前衛の全員が動き出す。
☆
ぺろぺろめろんが湖に吹き飛ばされた瞬間、すいかくろみどは湖に飛び込んだ。
次いで今度は月光熊に睨まれた夢時雨が重力の影響を受け、膝をついた。
すかさず韻星巫流が弦を弾いて攻撃を仕掛け、タイミングを合わせてパイナポ、龍雅が飛びかかる。
そして隙を見てぺんぺんはセリナの指示通り砂鉄を練り上げ、月光熊の視界を覆う。
すると膝をついていた夢時雨は驚いた顔で立ち上がる。
「体が、軽くなった?」
龍雅は自由に動けるようになった夢時雨を横目で確認し、驚いて目を見開く。
「恐らく月光熊の重力が発動する条件は視線です! 視線に入った生き物に重力を付与します! なぜなら今まで重力の影響を受けていたぺろぺろめろんさんが地面に刺していた斧だけは、地面にめり込んでいませんでした!」
セリナの言葉を聞いて全員が地面に刺さりっぱなしのぺろぺろめろんの斧に視線を向ける。
「そしてもう一つ! 重力の影響は月光熊に触れれば解消されます! 湖から飛び出すと同時に攻撃を受け止めた月光熊はぺろぺろめろんさんを見ていたにも関わらず、重力を付与できていませんでした。 直前に重力を付与できなかった原因は水だと予測します! 水から出たばかりで目を閉じていたのです!」
パイナポはすぐに地面の土を掴む。
「ぺんぺん! 一瞬だけ砂鉄解いてくれ!」
ぺんぺんは小さく頷くと、目元の砂鉄を一瞬だけ散らせた。 すかさずパイナポは握った砂を月光熊の目元に投げる。
砂が目に入った月光熊は叫びながら両手で目を擦る。
同時に全員が飛びかかる。
しかし龍雅の槍も、貂鳳の剣も月光熊の皮膚に傷をつけられない。
レミスも同時に力一杯弓を引き絞り、渾身の一矢を放つが、両断蟷螂の上半身を抉り飛ばした程の強力な矢も月光熊を少しよろけさせる程度の衝撃しか与えられない。
「無闇に攻撃する事はありません! よろけるということは体内に衝撃は与えているはずです! 韻星巫流さん! 水で鼻と口を塞げますか?」
「無論! 可能だとも! さすがはセリナさん! 目のつけ所が実にエクセレント! 不可能を可能に変える男、この韻星巫流におまかせを! 私が弾くこのハープの名前は天変地異をつかさどり……」
「いいから! そういうのいいから早く!」
セリナの怒鳴り声が響き、韻星巫流は涙目で弦を弾いた。
すぐさま水の塊が月光熊の鼻と口を塞ぎ、息ができなくなった月光熊はもがき苦しみ始める。
「次! 恐らく引力による引き寄せがきます! ぺんぺんさんは全員の足を砂鉄で固定!」
ぺんぺんは目元の砂鉄を霧散させ、全員の足に砂鉄を絡める。
次の瞬間、全員の上半身が月光熊に引き寄せられるが、ぺんぺんの砂鉄のおかげで全員が踏ん張れている。
だが、二人……足元を固定できていなかった冒険者が湖の中から水飛沫と共に引き寄せられてしまった。
「ぺろぺろめろん! すいかくろみど!」
龍雅が叫ぶ!
「解け! ぺんぺん!」
夢時雨が叫ぶ、同時にしゃがんだ彼の太ももが肥大化する。
ぺんぺんは小さく頷いて足の拘束を解いたと同時に、夢時雨は地を蹴った。
獣人である彼の身体能力はかなり高い。
猫科であるため、脚力と瞬発力に関しては全冒険者の中でもトップクラスと言えるだろう。
ものすごい勢いで蹴られた地面は、大きくひび割れ引力の影響を感じさせない勢いで夢時雨が飛ぶ。
気を失い、力なく引き寄せられたぺろぺろめろんに肉薄して抱え込んだ夢時雨は、横目にすいかくろみどの様子を確認。
「私は平気! ぺろりんをお願い!」
悔しそうな顔で夢時雨に声をかけるすいかくろみどは、自分の刀を変形させて地面に突き刺し、引力の引き寄せを逃れる。
だが、空中で踏ん張ることができない夢時雨は月光熊に引き寄せられてしまう。
「夢時雨さん!」
セリナが悲鳴をあげるのだが、夢時雨はニヤリと笑った。
「こいつがさっき、いい動きしてくれたからなぁ」
小脇にぺろぺろめろんを抱えたまま、夢時雨は再度太ももを丸太のように肥大化させ、空気を蹴って加速する。
引力を逆手に取った突進、さっきぺろぺろめろんが使った時と同じく、加速した夢時雨は超高速で懐に入り込む。
ぺろぺろめろんを小脇に抱えている夢時雨は、空いている右腕に装備していた籠手から爪のような形の刃を出現させた。
そして引力の力を利用して加速した勢いを殺さず、月光熊の両目を切り裂く。
「……なっ!」
初めて舞い散った鮮血を見て、全員が歓喜に震える。
月光熊は両目から血を流し、鼻と口を水泡で塞がれている。
夢時雨の起点で両目を切り裂いた瞬間、引力による引き寄せは解除された。
しかし月光熊は目を切り裂かれているにも関わらず、まるで見えているかのように夢時雨に向けて太い腕を振り下ろす。
視力がなくなっても、嗅覚や聴覚で相手の位置がわかるのだろう。
夢時雨は、抱えていたぺろぺろめろんを龍雅に向けて放り投げる。
慌てて龍雅がぺろぺろめろんを抱き止めて、夢時雨へ視線を戻した。
夢時雨は振り下ろされた腕を紙一重でかわし、流れるような動きで空振った月光熊の腕を掴み、ここぞとばかりに口角を上げながら、
「真似させてもらうぜ? ピンク髪!」
そう呟いた夢時雨は月光熊を背負うように持ち上げる。
「あん時、足払ったのは重くて持ち上がんなかったからかよ……こう言う技は、力任せじゃかけらんねえぜ?」
夢時雨は背負い上げた月光熊を、湖に放り投げた。 水飛沫が高く上がる。
その場にいた全員が口をあんぐり開け、夢時雨を凝視する。
「これが本物の一本背負いだ、覚えたかよ雑魚ども」
ニヤリと笑いながら、夢時雨は驚く冒険者たちに視線を返した。
「韻星巫流さん! 月光熊を水中で拘束してください! 夢時雨さん! あなたは神です! 超ファインプレイです!」
セリナの興奮したような声が響いてくる。
すかさず韻星巫流は青色の弦を何度も弾く。 すると弾かれた音に合わせて湖の水が不自然な動きを始める。
「次の一手で仕留めます! ぺんぺんさん! 龍雅さん! 他に雷属性の魔法使える人! いますか?」
セリナがそう言いながらレミス、虎宝と共に前戦に走ってくる。
「セリナさん! こんな前戦に来ては危険です!」
龍雅が慌ててセリナに駆け寄るが、
「いえ、月光熊は韻星巫流さんが湖の中に拘束してくれてます! なので今のうちにとどめを刺す準備を!」
そう言ってセリナは地図を開いて全員を近くに集めた。
「そうは言っても、あのまま水中に拘束を続ければ倒せるんじゃない?」
「バカかテメェ! 相手は上級モンスターなんだぜ? そんな上手く行くかってんだ」
貂鳳の言葉に夢時雨が毒を吐く。
「夢時雨さんのいう通りです! ですが夢時雨さん、もっと優しく言ってくださいね? そんなことよりぺんぺんさん、今から言う物作れます? それと虎宝さん! 貯めた魔力を実体化した矢に込めることはできますか? あとレミスさん! あなたの弓の構造について、詳しく教えてもらいます!」
セリナは捲し立てるようにそれぞれの冒険者たちに質問攻めをする。
ぺんぺんには一枚のメモ帳を渡した。
「え? これですか? まあできますけど……」
「ん? 実体化した弓矢? できるっすけど、なんでだい?」
「私の弓ですか? 構造? この弓の構造は、こうだぞう! ……あ、私もう喋んない方がいいですよねすいません」
一瞬眉をピクリと歪めたセリナは「ついてきて下さい」とだけ言って三人を連れてその場を離れた。
名前を呼ばれた三人は、首を傾げながらセリナの後についていったのだが。
レミスだけは真っ赤にした顔を両手で覆っていたのだった……