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〜エピローグ・不器用すぎる優しさ〜

〜エピローグ・不器用すぎる優しさ〜

 

 ぼんやりとした意識の中、目を覚ました韻星巫流インポッシブルは簡易テントの天井をぼーっと眺めていた。

 テント内を照らすオレンジ色のランプが放つ光を細めた目で一瞥し、ゆっくりと状態を起こす。 上の空のまま自分の体の状態を確認した韻星巫流は、途端にあたふたとし始めた。

 

 「レ! 水神龍レアウディーユは! 私はなぜこんなところで寝ているのだ! まさか、ここは天国………か?」

 「ここは海岸エリアから離れた山の頂上付近に設置された簡易テントの中です。 韻星巫流様、お怪我の具合はいかがですか?」

 

 突然聞こえた可愛らしい声に驚き、びくりと肩を跳ねさせる韻星巫流。

 声がした方に視線を送ると、そこには全身漆黒の鎧を纏った大男が置物のように座っていた。

 

 「おや? グランドファーザー殿ではありませんか。 なぜそのような可愛らしい声に声変わりをしてしまったのです? やはりここは天国で、私は不思議な幻を………」

 「ああ、申し訳ありません。 あたしはいつもオジ様の鎧に身を隠しているのです!」

 

 突然グランドファーザーの兜が外れ、中から緑色の皮膚をした可愛らしい少女が無邪気に体を乗り出してくる。

 そんな彼女の姿を見てにっこりと微笑む韻星巫流。

 

 「シャエムー・グードゥ殿! これは失敬。 私としたことが、どうやら寝起きで頭がぼーっとしてしまっていたようです。 ところで私たちはなぜこのような場所にいるのでしょうか? 水神龍討伐の途中までは覚えているのですが、どうも途中からの記憶が曖昧なものでして………」

 「ああ、あなたは丸二日寝込んでおられましたから。 腹部を水神龍のブレスで大きく抉られる大怪我をしていたのです。 キャザリー様は毎日お見舞いにいらっしゃっていて、最初の一日目なんかは『こいつが目を覚ますまで私は休まないわ!』なんて言い出すほど………」

 「シャエムー・グードゥ! 余計なこと言うなぁぁぁ!」

 

 シャエムー・グードゥの会話の途中、大声でテント内に殴り込んでくるキャザリー。

 彼女は肩で息をしながら頬を真っ赤にしている。

 

 「お師匠! 私などのことを心配していただくとは、感謝してもし足りない………」

 「私のせいで怪我したんだから! そりゃ心配して当然でしょうが! しかもあんたのせいで私たちはとんでもなく大変な目にあったんだから!」

 

 キャザリーの一言で眉を歪ませるシャエムー・グードゥ。

 

 「キャザリー様、そのことは彼に言わないほうが………」

 「言わないほうがいいって思ってるのかしら? おばかちゃんなの? 言わなきゃわかんないでしょ! またあんなことになったら今度は死人が出てもおかしくないんだからね! 取り返しのつかないことになる前に厳重注意するほうがこいつのためにもなるでしょうがこのあまちゃんが!」

 「死人が出てもおかしくなかった? 私がミスを犯したせいで、皆さんにご迷惑をおかけしたのですか?」

 

 絶望的な表情で頭をクシャりと握る韻星巫流。

 キャザリーは一度深く深呼吸をした後、当時のことを事細かに説明し始めた。

 

 

 

 虎宝の風魔法を全力噴射して、軽量化した船で空を飛び、津波から逃れることはできた。

 空を飛ぶ際ラオホークの煙の壁で軽量化した船を覆い、途中までは飛んで移動ができていた。 しかし拠点近くの海域に到達したあたりで、ラオホークは気圧の急激な変化に耐えられず昏倒してしまう。

 

 魔力切れ寸前だった上にかなりの無茶をして空を飛ぶ船を守っていたのだ、むしろ意識を保っていたのが不思議なくらいである。

 ラオホークの煙の壁が解け、空に投げ出された仲間たちを龍雅と貂鳳が救出した。

 その後崩壊した船をシャエムーグードゥのぜんまいファミリーで補強したのだが、着水することを考えていなかった一同は死を覚悟した。 しかしそこでキャリームが起点を利かせたのだ。

 

 「倉庫に鈴雷さんが解体した帝王烏賊グランカルマルの素材があったはずです! 体内は空洞のはず、全員で中に入れば着水後もどうにかできるはずです!」

 

 キャリームの一言で全員手分けして気絶した冒険者たちを倉庫に運び、手際よく帝王烏賊の死骸に放り込んでいく。

 帝王烏賊の体は三メーター近くあり、中も空洞になっている。 ヌメヌメしているしかなり生臭い上に炭で真っ黒になるが、そんなことも言ってられない。

 

 着水直前に全員帝王烏賊の体内に入って衝撃に備える。 そして狭い空間の中で、着水の瞬間に合わせて貂鳳が全力で衝撃を緩和しようとする。

 しかしかなりの距離をものすごいスピードで飛んでいた船の衝撃は簡単には抑えられない。 無茶をした貂鳳は両腕の骨を折ってしまうが、他の全員は全身に強い衝撃を食らう程度で済んだ。

 

 「ごめん、ちょっと無茶だったっぽい………この先足手まといになると思うけど、できる限りのことはするから」

 

 真っ黒になった顔を悲痛に歪めながらも、貂鳳は衝撃を相殺できなかったことを悔しそうに謝罪し始める。

 

 「貂鳳さんがいなければおそらく全滅でした。 謝る必要はありません! むしろあなたは皆から讃えられるべきです!」

 

 キャリームが必死に声をかけるが貂鳳はうなづくだけだった。

 

 「顔を上げろ貂鳳! 前にパイナポにも言われたはずだ。 お前は皆の保護者ではない、命を救ってもらっているから偉そうなことは言えないが、お前のおかげで私も生きているのだ。 胸を張れ」

 

 龍雅が真剣な瞳を貂鳳へ送る。

 

 「龍雅がそこまで言うなんて、なんか少し照れくさいね」

 

 俯いていた貂鳳は、少し困ったように笑った。

 帝王烏賊の体内に入ったことで、水中でもなんとか息をすることはできているがこの状態は長くは続かない。 先に進む方法がなければただただ沈んでいってしまうだけなのだ。

 

 キャリームが貂鳳の折れた両腕を固定している間、シャエムー・グードゥは散らばったぜんまいファミリーを集めるために四方へ魔力を飛ばし続ける。

 なんとか二体分のぜんまいファミリーを回収することができたシャエムー・グードゥは小さなプロペラを二つ作り出し、海水内を少しずつ前進し始めた。

 

 「ぜんまいファミリーがもっと回収できればプロペラの馬力も上がります! ですが、着水時の衝撃が強すぎてかなり遠くまで行ってしまったようで、なかなか見つけられません!」

 

 額に汗を垂らしながら必死に魔力を飛ばし続けるシャエムー・グードゥ。 キャリームは貂鳳の処置をしながら苦虫を噛み潰したような顔で辺りをキョロキョロと見回す。

 帝王烏賊の半透明な体から、海中の幻想的で壮大すぎる風景が目に映る。 しかし壮大であり、果てしなくもあるその海の広さに、視力だけでぜんまいファミリーを探すとなるとなすすべがない。

 

 「何葬式みたいな顔してんのよ。 見つけたわよ? シャエムー・グードゥさん。 東に三キロの地点。 あとは南東に三・五、北北西に八百、それから残りは………」

 

 目を閉じたままキャザリーが次々と座標を伝えていく。

 真剣な表情でそれを聞いたシャエムー・グードゥが言われた通りに魔力を飛ばし、ぜんまいファミリーを集めることに成功する。

 

 「す、すごい! どうしてこんなピンポイントで?」

 「は? 私は水と雷に適正があるのよ? ちょっと工夫すれば索敵なんて楽勝よ。 むしろ私は魔力量が少ないから余計な時間を使っちゃったわ。 そこは本当にごめんなさい」

 

 キャザリーは着水直後から自分の魔力を電気に変換し、水中レーダーのように電波を飛ばしてぜんまいファミリーの捜索を続けていたのだ。

 

 「どうしてみなさんそんなに謙虚なんですか? キャザリーさんが謙虚になってしまったらみんな戸惑ってしまうじゃないですか!」

 

 珍しく申し訳なさそうな顔でペコリと頭を下げていたキャザリーに対して、半分呆れたような表情で声をかけるキャリーム。

 

 「ちょっとキャリームさん! 貂鳳にはあんなに優しい言葉かけておいて、私の時は少し毒舌じゃない? なんなのこの扱いの差は! ランクか! ランクの差か!」

 「いやいや! キャザリーさんは優しい言葉かけたら照れ隠しのために怒り出すじゃないですか! あなたのためを思って言葉を選んだんです! ほら、もうすっかり元気になったじゃないですか!」

 

 喧嘩をし始める二人を見て、微笑みながらぜんまいファミリーを再構成するシャエムー・グードゥ。

 

 「キャザリー様は羨ましいです。 キャリーム様から全幅の信頼をいただいているのですね。 その証拠にお二人はいつも仲が良さそうです!」

 「「そんなことないわよ!」です!」

 

 ニコニコしているシャエムー・グードゥの言葉をなぜか否定した二人。 そして不服そうな顔でお互いの顔を睨み合う。

 

 「「なんで否定するのよ!」んですか!」

 

 沈黙し、恥ずかしそうにお互い目を逸らして頬を朱に染める。

 

 「息ぴったりだな。 名前も似てるしお前たち、まさか双子か?」

 

 龍雅が余計な口を挟んでしまう。 すると息を合わせたように二人同時に龍雅に視線を集める。

 

 「「そんなわけないでしょ!」じゃないですか!」

 

 もはや、誰も何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 キャザリーのおかげでぜんまいファミリーを全員集めることに成功したシャエムー・グードゥは、帝王烏賊の体を軸に潜水艦のような船を構成した。

 

 「名付けて! ぜんまいサブマリンです!」

 

 ぜんまいサブマリンを作り出したことで移動を再開した一同。

 ものの数分で拠点に戻ることができたが、予想以上に時間がかかってしまったため慌てて拠点内に残る協会関係者に声をかけて回る。

 

 「津波がくるわ! 高いところに逃げてください!」

 

 キャリームが拡声器で拠点内に残っていた協会職員や冒険者たちに避難指示を出す。

 ぜんまいファミリーを十人の鎧騎士に戻したシャエムー・グードゥが避難経路を誘導し、スムーズに避難できるよう手を回す。

 

 「私の計算では津波到達まで約五分切ったわ。 高さは五百メーター近く………。 南にある丘の頂上目指して死に物狂いで走らせなさい! 全く、水神龍の目撃情報があったおかげで近隣の村から一般人を避難させていて正解だったわね。 万が一、この騒ぎの時に一般人もいたらって考えると———考えただけでも鳥肌がとまわないわ?」

 

 キャザリーは水平線を横目で見ながら肩を窄めた。

 幸いキャザリーが今呟いた通りこの辺りに住んでいる一般人は、水神龍目撃情報があったため全員安全圏に避難している。

 他の低ランク冒険者たちも立ち入りが禁じられていたため、この海域でクエストに出ていた冒険者はいなかった。 問題なのは駐屯していた協会職員や素材回収や監視のために滞在していた岩ランク冒険者たちの避難だ。

 

 モンスター素材を解体するための解体屋や、討伐の補助道具を作成する加工屋、手続きのための事務や病院から派遣された回復士。 拠点内にいる全員が急いで避難しなければ犠牲者が出てしまう。

 幸いキャリームの指示やぜんまいファミリーたちの誘導がスムーズに進み、拠点内に駐屯していた関係者の避難はスムーズに行った。

 

 避難完了後、二分せずに壁のような波が押し寄せてくる。 避難先の丘の上からは悲鳴が聞こえだし、誰も残っていないかの最終チェックをしていた龍雅とキャリームも避難を始める。

 龍雅がキャリームを担ぎ、全速力で丘を垂直に駆け上がる。

 そして駆け上がりきったと同時に巨大な津波は誰もいなくなった拠点を飲み込んでいった。


 

 

 そうして怪我人が治るまでの間、丘の上に簡易キャンプを作り、交代で見張をしながら目を覚まさない韻星巫流の目覚めを待っていたのだ。

 

 「私のせいで、そんな危険なことになってしまったのですか………」

 

 悔しさのあまり顔をあげられず、血が出んばかりに拳を握る韻星巫流。

 

 「ま、これでこれからの方針が決まったでしょ?」

 

 キャザリーは腕を組みながらチラチラと韻星巫流の表情を伺い始める。

 

 「謝罪をしても、許されるようなことではありません。 私は責任を取らなければなりません。 即刻冒険者協会本部へ出頭を………」

 「ちっがぁぁぁぁぁう! このばかちんが! そういうことじゃなくて、これで証明されたじゃない! ここに来るまでの馬車の中で私言ったでしょ! 全属性持ちは………」

 「「「めちゃめちゃ強いってことだ!」」」

 

 キャザリーがカッコつけながら言おうとした言葉を遮り、テントの外から勢いよく飛び込んでくる龍雅のパーティー。

 

 「なんでよぉぉぉぉぉぉ! それは私のセリフでしょうがぁぁぁ!」

 

 キャザリーが半泣きで甲高い声を上げる。

 

 「あの、キャザリーさん? 韻星巫流さんは起きたばかりなのであまり騒がないでください」

 

 困った顔で後から入ってきたキャリームに注意され、地団駄を踏みながら余計に怒り出すキャザリー。

 喧嘩をし始めるキャザリーとキャリームを眺めながら、呆然としている韻星巫流に、いつの間にか隣に座っていたラオホークが声をかける。

 

 「皆も褒めていた。 誰一人として貴様を責めている者はいない」

 

 韻星巫流は納得がいかないような顔でラオホークの横顔を凝視する。

 

 「しかし、私が起こした被害は目を逸らすことができないほど重大な」

 「そうだ、お前は危険なんだ。 強すぎるからこそな? 起こしたことを後悔しても仕方がない。 前を向け、力の制御を学べ。 私は果ての荒野で貴様と共に仕事をする日を楽しみにしている。 無論、凪燕も楽しみにしているはずだ」

 

 喧嘩をしているキャザリーたちを仏頂面で見つめながら、ラオホークは韻星巫流に告げていた。

 韻星巫流はその言葉を受け、勢いよく立ち上がり腰を直角に折った。

 

 「このお詫び………いえ。 このお礼は必ずや結果で返させていただきたい所存です。 あなた方のおかげで私は重大な課題を見つけることができました。 起こしてしまったことは許されることではないかもしれない、けれどそれに負けないほど自分の力には巨大な可能性を秘めていることを実感することができました! 本当にありがとうございます!」

 

 病み上がりとは思えないほど大きな声で叫ぶ韻星巫流。 韻星巫流の謝罪が終わると、テントの外から拍手喝采が響いてきた。

 信じられないという顔でゆっくりと頭を上げる韻星巫流。 ハズレで残念だと言われ続けてきた冒険者が、多くの人々から称えられ、拍手喝采で彼の成長を祝っているのだ。

 水神龍討伐を共に達成した仲間達は、韻星巫流の素っ頓狂な顔を見て呆れた表情をしながら肩を窄めていた。

 

 

 

 数日後、キャリームは一人協会本部へ向かう。

 水神龍討伐の際に出してしまった損害に対する通達に意見を述べに行ったのだ。 通達では、甚大な被害を出した韻星巫流に損害賠償を請求する物だった。

 

 とはいえ韻星巫流は水神龍を討伐した冒険者だ、全額とは言わず一割程度の請求ではあった。 しかしその額は凄まじく、金ランク冒険者が八週間で稼ぐほどの額に等しかった。

 キャリームはその通達に対し、協会本部にこう申し出た。

 

 「損害が出たのは私の指示が不十分だったからです。 彼にはなんの責任もないと考えています。 なので彼に請求した損害賠償は私に請求してください。 給料から天引きだろうと、受付常ランキングの結果からの差引でも構いません。 なんなら賠償額の一割と言わずにいくらでも請求していただいて構いません。 指揮をとっていたにも関わらず、彼を止めることができなかった私の責任なのですから、当然の処分と考えています」

 

 彼女の迫力に、上層部は何も言い返せなかった。

 上層部的にはそこまで損害賠償を求めるようなつもりはなかったらしく、彼女の給料から少しずつ引き落とすということにしようとしたが『それでは私への処罰が軽すぎます』と固く断られたらしい。

 

 結局彼女の要求で給料は今後十五年間半額になってしまう上に、受付嬢ランキングもマイナスでスタートすることとなった。

 結果としては、キャリームのおかげで韻星巫流に損害賠償の請求はいかなかった。

 冒険者協会本部が提示するランクアップの仕組みに勘づき始めているキャリームは、是が非でも韻星巫流への損害賠償は避けたかったのだろう。

 

 彼女の愚直すぎるほどの真面目さと、不器用すぎる優しさに頭を抱える上層部。 そして彼女は協会を出て行く際、もう一言残していった。

 

 「わがままを言ってしまっているのは重々承知していますが、このことはくれぐれも他言無用でお願いいたします。 無論、韻星巫流さん本人にも」

 

 キャリームは晴れ渡った空の下を歩きながら、小声で呟きながら冒険者協会に戻っていく。

 

 「たとえ今は担当していなかったとしても、背中を押すくらいのことは………許していただけますよね?」

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