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〜水神龍討伐戦・覚醒〜

〜水神龍討伐戦・覚醒〜

 

 水神龍《 レアウディーユ》が纏う渦の勢いは増しつつあった。 巨大な渦潮があらゆる物を吸い込んでいく。

 その渦に向けて、キャリームたちの乗る戦艦は真っ直ぐに突っ込んでいく。

 渦に飲まれないよう錨だけでなくラオホークの煙の縄を使いがっちりと船を固定し、渦の様子を観察するキャザリー。

 

 「この距離なら十分のはずよ! 初めてちょうだい!」

 

 キャザリーの合図を聞き、無言で頷くシャエムー・グードゥ。

 直後、戦艦に搭載されていた大砲や鉄板、あらゆる金属が粉微塵に粉砕する。

 

 「銀ランクにギャラクシー(銀河)様と言う有名な冒険者がいらっしゃいます。 彼は特殊な合金を使い、熱を与えることで特定の金属を自在に変形できますが、あたしは火属性魔法に適性がありません。 なので金属を変形させる際は一度粉微塵にしてから再構成しなければならないのです」

 「安心してください。 弁償だと言われた際はこの私が責任を持って弁償します」

 

 キャリームは真剣な顔でシャエムー・グードゥに視線を送った。 しかしシャエムー・グードゥはにっこりと笑う。

 

 「恩人であるキャリーム様に負担はかけたくありません。 ですが今は、水神龍討伐に全神経を注がせていただきます」

 

 金属を粉微塵に破壊するためには大量の魔力がいる。

 すでにある金属の形を火属性の魔法なしで変形させることができるのは、おそらく現段階ではシャエムー・グードゥ以外いないだろう。

 それほどまでに強大な魔力を操作して、キャザリーの指示に従い戦艦の形を瞬く間に変えていく。 するとものの数秒で、巨大な箱を搭載した戦艦に形が変わる。

 

 「このおっきな箱、何すか?」

 

 巨大な箱を見上げながら疑問の言葉を口にする鈴雷。

 

 「ネーミングするなら、そうねえ。 ヒヤヒヤボックスといったところかしら?」

 

 ヒヤヒヤボックス、それはこの異世界には普及していない現代の便利家電。 いわゆる冷凍庫だ。

 

 「これは気化熱を利用して内部温度を急激に下げる機械よ」

 

 鈴雷の隣で同じようにヒヤヒヤボックスを見上げていたキャザリーが、原理を説明しようとした。 しかし気化熱という言葉を聞いて、全員首を傾げながらキャザリーに視線を集めている。

 キャザリーはうんざりしたように目を細め、ぽちぽつと原理を簡潔に説明し始める。

 

 「ぬれた皮膚に息を吹きかけるとひんやりするでしょ? 要はあの現象を意図的に増幅させる機械よ」

 

 鈴雷以外は納得が行ったとばかりにキャザリーから視線を外し、渦を纏う水神龍に視線を戻した。

 

 「息吹きかければ涼しくなるに決まってるっすよ、どう言うことっすか?」

 「このヒヤヒヤボックスは本来電線を配備しないといけないけど、船の原動力になってた雷と火の魔石で応用したわ。 足りない分の電力は私と鈴雷、あとは龍雅に負担してもらうから。 ここに手を置いて雷の魔力をありったけこめなさい」

 

 鈴雷の問いかけは、華麗なまでにスルーされた。

 

 「もしもーし」とか「おーいキャザリーちゃーん!」「応答せよ! 応答せよ!」などと騒ぎ立てる鈴雷はいないものと考えているキャザリーは、なおも説明を続ける。

 

 「肝心要の氷を作るための水は私が海水を分解するわ。 それから冷媒………気化熱を起こすための特殊な水も私が作れる。 巨大な氷ができたらシャエムー・グードゥさんに砕いてもらうから、虎宝は風魔法で砕いた氷を渦に向かって吹き飛ばしなさい。 吹き飛ばす位置は貂鳳が指示してちょうだい」

 「ちょっと待った! キャザリーさんよぉ。 俺の魔法なら多分砕いた氷を吹き飛ばすのは容易だが、それで何しようってんだ?」

 

 虎宝は肩を窄めながらヒヤヒヤボックスをコンコンと手甲で叩いている。

 

 「決まってるじゃない、渦ごと凍らせんのよ」

 

 

 

 ラオホークがほぼ全ての魔力を振り絞り、周辺の海域を厚い煙で覆う。

 熱を逃さないために煙で壁を作る意図があったらしい。 虎宝の質問に答えたあと、キャザリーは全冒険者へ流れるように指示を出す。

 

 虎宝と院星巫流は瞳を閉じ、集中力を高め、魔法の威力を最大限に引き上げようとしている。 貂鳳は瞬きすることも忘れているかのような勢いで渦を観察している。 龍雅と鈴雷は苦悶の表情を浮かべながらヒヤヒヤボックスの発電。

 

 ラオホークは煙の壁と、縄を維持するために意識を保ったまま横になってリラックスしている。 許容を大きく上回るほどの魔力を操作しているため、横にならなければ意識を保てないのだ。

 

 そしてシャエムー・グードゥはぜんまいファミリーを集めてヒヤヒヤボックスの中に入れる。 そしてヒヤヒヤボックスの外から遠隔で魔力を練り始めた。

 

 「ぜんまいファミリー! 合体です!」

 

 シャエムー・グードゥの合図で、ヒヤヒヤボックス内で粉々になる十色の鎧騎士たち。 粉々になったぜんまいファミリーは一箇所に集まって変形した。

 それは巨大な扇風機のような形に変形したぜんまいファミリー。

 

 十色の色鮮やかななプロペラ部分は五つで、その全てが巨大な剣のような形をしている。 そしてその扇風機が高速回転し、ガツガツと音を立てながらヒヤヒヤボックスで作った巨大な氷の塊を粉々に砕いていく。

 氷を砕く音はヒヤヒヤボックスの外にいる冒険者たちにも聞こえ始めた。

 

 「キャザリー様! 準備整いました!」

 「こっちもオッケーだ。 いつでも神風を吹かせられるぜ!」

 

 シャエムー・グードゥと虎宝の呼びかけを聞き、キャザリーは貂鳳の顔色を横目で伺う。

 

 「虎宝君。 狙うのはあそこ! あそこに氷を当てれば冷気は満遍なく広がっていくはず!」

 

 貂鳳の指の先を目で追う虎宝。 すると、虎宝は余裕だと言わんばかりにグッと親指を立ててキャザリーに目線を戻す。

 

 「全員準備はいいわね! 開けるわよ! 氷点下八十度以上の極寒の冷気が、竜巻で起こっている気流で一気に回転しながらさらに冷たくなる。 そうなればどんな大きな竜巻だろうと、すぐにカッチコココココココココッ、ぶぅえっクション!」

 

 ヒヤヒヤボックスの扉を開けると同時に、煙の壁で覆われたこの海域の温度が恐ろしいほど急激に下がっていく。

 説明してる最中にたまらずくしゃみをしたキャザリー。 くしゃみで飛び出た鼻水ですら一瞬で凍ってしまうほどの極寒。

 

 「あばばばばばばば!」

 「寝たら死ぬ! 寝たら死ぬぞ!」

 

 顎をガクガクと震わせ、船を漕ぎはじめた鈴雷の頬を何度も往復ビンタする龍雅。

 

 「あ、あああ! ハダビズガ! ハダビズガコオッジャッダバ!」

 「き、汚いっすよ! キャザリーちゃわわわわん!」

 

 寒さのあまり顎が暴れ、まともに話せない冒険者たち。

 

 「貂鳳、お前一番寒そうだなぁ。 特にその………」

 「もうそのネタでいじるのはやめてね、虎宝君」

 

 スリットをぎゅっとつまみながら鋭い目つきで虎宝を睨む貂鳳。 あまりの目力の強さに驚いた虎宝は、身を縮めて肘をさすりながらコクコクと頷いた。

 改めて渦の方に視線を向ける冒険者たちは、驚愕の表情を浮かべた。 真っ白な渦の彫刻のような形で固まる渦は、幻想的であった。

 

 銀世界の中で圧倒的な存在感を放ちながら、先程までの脅威が嘘だったかのように凍りついている。

 時間が凍ったと錯覚するほど静かな海域で、目を閉じていた院星巫流が突然目を開く。

 

 「師匠、確か打ち合わせでは此処で炎の竜巻でしたね? しかしなんでしょうか、何か聞こえます。 いえ、あえて言い換えますが………破壊の旋律が耳につくのです」

 

 乾布摩擦で必死に体を温めようとするシャエムー・グードゥが腑に落ちないといった表情で韻星巫流を凝視する。

 

 「破壊の旋律とは、なんの比喩ですか?」

 「わかりません、しかし私の風魔法でその波長に干渉すれば炎の竜巻以上の威力が発揮できると直感しました」

 

 キャザリーは顎をさすりながら凍りついた渦をじっと見つめる。

 

 「波長に干渉? まさか、あなた意図的に共振反応を起こそうとしているの? でも直感でそんなことを感じたと言われても、根拠がなければ危険すぎる。 そんな博打みたいなことやらせるわけには………」

 「私が許可します! 院星巫流さん。 私はあなたを信じます。 思う存分力をふるってください」

 

 キャリーームが真剣な表情で韻星巫流の隣に立つ。

 

 「あなたの目標を一度は阻害してしまった私なんかが、何を言ってもあなたは信用してくれないかもしれません。 けれど今くらいは、今だけはあなたの背中を押させてください!」

 

 キャザリーは一瞬目を見開いて動揺するが、すぐに鼻を鳴らしながらそっぽを向く。

 

 「そういえば、韻星巫流は担当替えをして銀ランクまで上り詰めたのよね。 しかも過去最速で」

 「師匠の言うとおりです、担当を変えたことで高ランクのクエストも受注できるようになった私はすぐにランクアップすることができた。 キャリームさんの担当する冒険者は優秀な方が多いせいで、当時銅ランクだった私はなかなかクエストに行けませんでしたからな。 しかも、難しいクエストを受けたとしても一人では困難なクエストばかりだった。 全属性持ちで批判されがちな私は誰もパーティーに入れてくれない。 こんな状況ではいつまで経ってもランクアップなど夢のまた夢に終わる、そう思いながら日々を過ごしていました」

 

 院星巫流の言葉を聞き、キュッと拳を握りしめるキャリーム。

 悔しそうに歯を食いしばるキャリームをちらりと見ながら、韻星巫流は穏やかな表情で当時の心境を語り始めた。

 

 「けれど私はあなたを恨んでなどいない。 むしろあの時、あなたは多忙なのにもかかわらず私のために必死に悩み続けて、いろんな冒険者たちに頭を下げて回ってくれた。 私はそんな優しいあなたをこれ以上に苦しませたくなかったから、セリナさんに頭を下げたのです。 ですからどうか、自分を責めず………私のランクが上がったことを喜んでいただきたい」

 

 優しく微笑みかけてくる院星巫流の顔を見て、キャリームは心の枷が解けたのだろう。 どこか安心したような顔で、真っ白い息をほっと吐き出した。

 

 「あなたの担当だったからこそ一流の冒険者たちの後ろで戦いを観察できる機会には恵まれた。 師匠の言う魔法で起こす現象と論理の話はよくわかりませんが、一流冒険者たちの、一流の戦いを間近で見続けたからこそ、師匠の知恵を少しだけいただいた今ならなんとなく感じるのです。 魔法の効率的な使い方が!」

 

 院星巫流はそっと琴を構えた。 白い弦と緑の弦に指を添え、少しずつスライドさせていく。

 

 「師匠申し訳ありません。 どうやら私は現象を起こすための法則を覚えて何かを作り出すより、万物を破壊する方が得意みたいです」

 

 スライドさせていた指を急に止め、そのまま弦を強く弾く。 院星巫流は強力な魔力の波動を辺り一体に放つ。

 魔力の波動が空気に溶けるように広がっていったが、数舜待っても何も起こらない。

 だがこの謎の魔法を使った張本人は、魔力の大量消費の影響でがくりとその場に倒れ込んだ。

 

 巨大な魔力を感じたにもかかわらず、未だ何も起こらないことを不審に思った冒険者たちはキョロキョロと周囲を見回した。

 そんな中、誰よりも早く異常を察知したキャザリーが青ざめながら動力室に走り出す。

 

 「何ぼさっと突っ立てんのよ急いで退避! ったく、こいつばっかじゃないの! やりすぎよバカ! そんなバカみたいな振動をこんなところで起こしたら、津波が起きてこの船ごと沈んじゃうじゃない!」

 

 キャザリーが叫びながら動力室に駆け込むのとほぼ同時に、凍っていたはずの竜巻が割れたガラスのように粉砕する。

 それとほぼ時を同じくして、戦艦は大きな縦揺れに見舞われる。

 

 「ななな! 何が起こっているの?」

 「院星巫流のバカが気合い入れすぎて加減間違えたのよ! あんなの、あいつ自身が巨大地震の震源になったようなもんじゃない! 空気だけならまだ良かったものを、ここら一帯の空間内にある物質全部振動させるバカがいるかぁぁぁぁぁ!」

 

 怒鳴り散らしながら動揺する貂鳳に八つ当たりするキャザリー。 しかし崩壊した渦の割れ目からは巨大な波が壁のようになって近づいてくる。

 波の壁を一瞥したキャザリーは、動揺しながらも必死に思考を回転させる。

 

 「シャエムー・グードゥさんはぜんまいファミリーで作ったプロペラを海に沈めて高速回転! それとヒヤヒヤボックスとかの金属全部海に沈めてこの船を極限まで軽量化! ラオホーク! まだいけるわよね、壁に使ってた煙を使って全力で私たちを守りなさい! しっかり覆ってくれないと全員死ぬわよ! 虎宝! 残ってる魔力全部使って風をぶっ放しなさい! 飛ぶわよ!」

 

 指示通りにテキパキと動き出す三人。

 ラオホークに関しては既に限界を超えてるにも関わらず、なんの文句も言わず全身から滝のように汗をかきながら魔力を再度練り直していた。 名前を呼ばれなかった冒険者たちは手近なものにしがみついた。

 

 そして装備品を外すかのようにボロボロと金属を海に落としていく戦艦の後方で虎宝が溢れんばかりの魔力の塊を、迫り来る波の壁に向かって放った。

 強烈な重力に全員の意識が飛びかける、魔力枯渇寸前のラオホークが煙の壁で全員をかろうじで覆っていたが、急激な重力に耐えきれず意識を失ってしまう。

 ラオホークが意識を失ってしまったせいで煙の装甲が霧散し、全員が空に投げ出された。

 お互いに手を伸ばし、魔力切れで気を失っている韻星巫流、虎宝、ラオホークの救出を試みようとしたが誰も届かない。

 

 キャリームは涙目になりながら必死に小さな手を伸ばすが、どんどんと遠くなっていく三人。 悔しさのあまり下唇を噛む。

 

 『もう助けられない、誰も死なせたくないのに』そう思いかけた時、小さな雷が落ちたような音が響き渡る。

 

 音がした方角に咄嗟に視線を送ると、強力な静電気の衝撃を操り、空を走るように駆けていく龍雅が目に映る。

 彼女はなぜか気絶している鈴雷を小脇に抱えながら、キャリームにしたり顔を向けた。

 

 「鈴雷の残り魔力を使った電撃と、空中を高速移動した際に発生した静電気でかなり魔力を回復できた。 角雷馬コルシュトネールの毛皮を加工した特殊な服のおかげだ。 キャリームさん、全員で生きて帰るぞ!」

 

 目頭に涙を溜めながら、嬉しそうにうなづくキャリーム。

 

 「まだよ! 飛距離が足りない、このままじゃ海に落ちて津波に飲まれるわ! 急いで陸に行って避難指示もしないと大量の犠牲者が出る! けど戦艦が壊れちゃったからもう移動は………」

 

 キャザリーは切羽詰まった顔で必死に周囲を見渡す。

 

 「キャザリー様、船がなくなったならまた作り直せばいいだけですよ?」

 

 困り顔のキャザリーに微笑みかけるシャエムー・グードゥ。

 

 「ぜんまいファミリー! お船に変わって私たちを連れて行って! お船の名前はぜんまいパイレーツです!」

 

 巨大扇風機になっていたぜんまいファミリーが、今度は小さなボートのような形に変わる。

 それを横目に見ながら貂鳳は体全体を使ってバランスをとりながら飛ぶ方向を変え、キャザリーの元に近づいていく。

 

 「とりあえずキャザリーちゃんは近くにいたから私が吹き飛ばすね!」

 

 貂鳳はキャザリーの襟首を掴み、ぜんまいパイレーツ号へ叩きつけるように投げ飛ばす。

 

 「あだっ! もっと優しく投げてちょうだいよ………」

 

 打ち付けた腰をさすりながら未だ空を飛び続けるぜんまいパーレーツ号からひょっこりと顔を出すキャザリー。

 空の上では龍雅が空を駆け回り、全員を船へと運んでいる。 数秒で全員を船に運び終えると、徐々に海が近づいてくる。

 

 「シャエムーちゃん、このぜんまいパイレーツ号は海に沈んだりしないよね?」

 

 顔を青ざめさせながら確認をとる貂鳳。

 

 「すみません貂鳳様、着地のこと全く考えていませんでした………」

 

 数秒後、津波が押し寄せる前の静かな海面に、巨大な水飛沫が上がった。

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