〜水神龍討伐戦・圧倒的な武力〜
〜水神龍討伐戦・圧倒的な武力〜
数分前、作戦開始直前の戦艦展望デッキ
「ちょっと韻星巫流! これを見てちょうだい!」
キャザリーは頭がすっぽり入るくらいの太さがある細長い筒と着火魔具を持って韻星巫流に声をかけた。
「むむ? それは先ほどキャリーム殿が言っていた用途が謎の道具ですな? それを持って如何されたのですかな? 不可能を可能にするこの私に、何をするのかズバリ言い当てろと? いやはや師匠! そればかりは流石の私も………」
「あんたいちいち話長いのよ! いつ話を切り出せばいいかわかんなくなるじゃない!」
頬を膨らませながらキャザリーは筒を立てた状態で床に置く。 よく見ると筒はちょうど中心で縦に切り目が入っている。
「この筒はさっき貂鳳に頼んで真っ二つにしてもらったわ。 とりあえずこの羊皮紙に火をつけて床に置く。 そしてこの筒でその火を囲うように置いて、切り目をずらすと………」
縦に切れた筒をずらし、少しの空間を作った瞬間。
中で細々と燃えていた炎が急に火力を増し、小さな火柱を上げる。
「んなっ! 一体どのような妖術を使ったのですか! なんで急にそのか弱い火種がそんなにも凶悪な火柱に!」
「これは火災旋風の原理を簡単に説明するための実験よ! このように小さな火種でも空気の通り道を限定して酸素を送り込むことで巨大な炎に変わる。 私が言いたい事分かるわね? 風魔法が得意なあなたなら、たとえ小さな炎しか起こせなくても工夫次第でかなり高火力の火炎竜巻を作りだせる。 最初は慣れないだろうから障壁魔法を作って風の通り道を厳選なさい。 そうすればきっと巨大な火炎の竜巻を作り出せるから!」
ドヤ顔のキャザリーの背後から、呆れたように目を細めたキャリームが近づいてくる。
「さすがはキャザリーさん。 わかりやすい説明ですね。 ですがこの戦艦は借り物なので、実験の影響で焼け焦げた床を弁償する必要があります。 仕方がないので私も半分出しますが、あなたの報酬からも差し引いておきますからね」
キャリームの手痛い指摘を聞いたキャザリーは、涙目で振り返る。
「そ! そんなぁ! 差し引くならこいつの報酬から………」
「ダメに決まってるじゃないですか! カッコつけてないで私に説明してれば鉄板でもなんでも用意できたでしょう?」
「ふ、ふぇ〜〜〜ん!」
キャザリーは結構ガチトーンで泣き出した。
高エネルギーの爆発が起こり、水神龍《 レアウディーユ》がいた海域に大きな波が立つ。
少し離れた位置で腰に手を当て、したり顔のキャザリーが声高に語り始める。
「私の見込んだ通りね韻星巫流! 見なさい! 流石の上級モンスターの水神龍でさえ、あの爆発の………餌食に、な——————ん、だと?」
立ち込める水蒸気の中から、全身ズタボロの水神龍がうっすらと見えてくる。
「う、嘘よね? 立ちながら死んでるだけなのよね?」
キャザリーは涙目で韻星巫流に視線を送るが、真剣な顔で韻星巫流は首を振る。
「まだピンピンしているようですな。 流石に無傷ではないようですが、次の一手を早々に考える必要があります」
油断なく縦琴を構える韻星巫流。 しかし水神龍は、大きな口を開け超高水圧のブレスを韻星巫流に放った。
ブレスのスピードが早すぎる上に近くにいた韻星巫流たちは回避が間に合わない。 その上キャザリーは絶望的な目で腰を抜かし、戦意喪失してしまっている。
やむおえず、覚えたての空気を圧縮した盾を作り出す韻星巫流。 しかし付け焼き刃の技術ではブレスの軌道をほんの少しずらすことが精一杯だった。
韻星巫流は咄嗟にキャザリーを抱き抱えて横に飛んだ。
水神龍が放ったブレスが海面に直撃し、高い水飛沫を上げる。
サーフボードから横に飛んでしまったせいで、海の中に沈んでいく韻星巫流とキャザリー。
抱き抱えられているキャザリーは、鮮血に染まる海面がうっすらと目につき顔を青ざめさせる。
ぐったりした韻星巫流を抱え、キャザリーは泣きそうな顔のまま急いで海上に向かって泳いだ。
やっとのことで海面から顔を出し、力無く寄りかかってくる韻星巫流を一生懸命支えながら唇を小刻みに振るわせた。
「な、んで?」
苦悶の表情を浮かべる韻星巫流を見ながらぽろぽろと涙をこぼすキャザリー。
「なんで私みたいな役立たずを庇ったのよ! 私なんかほっといてあんただけで逃げてれば………そんな怪我しなかったはずでしょ!」
目から滝のように涙を流しながら悲痛の叫びをあげるキャザリー。
韻星巫流は脇腹を抉られており、顔面蒼白しながらもうっすらと口角を上げた。
「逆ですぞ? お師匠。 あなたから授かった知恵がなければ、あの水のブレスの軌道はそらせなかった、私はあなたの知恵に命を救われたのです。 あなたは決して役立たずなどではない。 我々があの脅威と戦うには、まだあなたの知識が必要だ」
激痛を我慢しながら微笑みかける韻星巫流の優しい眼差しを前に、キャザリーは声も出せなくなる。 しかし水神龍はブレスを避けられた事を知った途端に再度体の周囲で水塊を作り、そこから水弾を発射してこようとしている。
韻星巫流は攻撃に対応するために顔を引き攣らせながら縦琴を構えた。 しかし水神龍の攻撃はいつまで経っても始まらない、不思議に思い目を凝らした韻星巫流はぼやけた視界の中で驚きの光景を目の当たりにする。
水神龍は何者かの攻撃で大きくのけぞり、バランスを崩していた。
「よくも韻星巫流君にひどいことしてくれたわね!」
水神龍をアッパーカットで殴っていた貂鳳が、こめかみに青筋を浮かべながら横回転して頬を蹴り飛ばす。 すると全長五メーター近くあるはずの水神龍が宙に舞った。
宙を舞った水神龍に海中からもう一人の影が高速で近づく。
「一度引いて体制を整えろ。 私たちなら三十分は稼げる」
空中にいるにもかかわらず、目にも止まらぬ早さで水神龍を切り刻む龍雅。
水神龍はたまらず体の周りに水滴を作り出し、龍雅に向けて弾丸のような早さで放つ。 しかし龍雅は何食わぬ顔で数回に及ぶ破裂音を鳴らしながら、空中にも関わらず次々に体勢を変える。
小さな雷が落ちるような無数の破裂音と共に、龍雅は空中を自由自在に駆け回っていた。
龍のように優雅に、鷹のように鋭い軌道で………
超高速の動きに翻弄される水神龍は反撃が一向に間に合わない。 必死に身をよじる水神龍の背に槍を突き刺し、一拍呼吸整える龍雅。
次の瞬間、突き刺した槍を抜き、回転しながら水神龍の背を滑り落ちていく。 龍雅は背中を回転するたびに何回も何回も鱗の隙間を切り付けていく。
水神龍の背から大量の血飛沫が上がり、全身が真っ赤に染まり上がる。
そして龍雅は、初めからそこに着地する予定だったと言わんばかりに、たまたま近くに泊まっていたサーフボードに着地した。
唖然とする韻星巫流たちの元に、助けに向かってきていたキャリームたちの小舟が到着する。
キャリームは怪我を負った韻星巫流を舟に上げながら、龍雅と貂鳳の戦いに見惚れている韻星巫流に語りかけた。
「金ランク冒険者の中で、武器と体術のみを使って接近戦を行うのは龍雅さんと貂鳳さんだけなんです。 つまりあの二人は、正真正銘武力だけであそこまで上り詰めたということ。 あの二人が接近戦で遅れを取ることなんて、満に一つもありませんよ?」
ニヤリと笑ったキャリームの視線を追い、目を見開く韻星巫流。
水神龍が銃弾のような勢いで放つ無数の水弾を、素手で弾きながらものすごいスピードで接近していく貂鳳。
「もはや、人間業とは言えませんな………」
決して水弾の威力は弱くない。 水神龍の水弾は、鉄をも優に貫く程の火力を持っている。
それにもかかわらず貂鳳は、水弾が手に当たる瞬間に素手で力の方向をいなしているのだ。
もはや神業とも言えるその動きで、マシンガンのように放たれる水弾を弾きながら接近していく。
「ったく! なんで上級モンスターってやつは、どいつもこいつもしつこいのかなぁ!」
水弾を全て受け流した貂鳳が水神龍に肉薄し、腹部を手掌で打つ。
手掌を食らった水神龍は、数秒時間を置いてから大量の血を吐いた。
「ま、熊さんと違って打撃で内側は破壊できるんだね? 腕とか足がないからやりづらいかと思ったけど、これなら熊さんより全然マシかな?」
貂鳳はサディスティックな笑みを浮かべながら、たまらず距離を取る水神龍に向けて手をくいくいと曲げる。
「血反吐吐いても、殴るのはやめないよ? 楽に死ねるだなんて思わないでね?」
ラオホークの煙によって分断された帝王烏賊は現在、水神龍との戦場から五百メートルほど離れた海上で全ての足を煙で作られた縄に拘束されて身動きが取れない状態にあった。
ラオホークは煙による目隠しや、毒の煙で相手を死に追いやるだけではない。 煙でさまざまなものを作り出せる、煙であるがゆえに作られたものは破壊できない。
つまり帝王烏賊の足を拘束してる煙の縄を解こうと攻撃したところで、煙がふよふよしながらすぐに元に戻ってしまう。
絶対に逃れられない完全強固な拘束縄。
「無駄だ、貴様は私の手の内にある」
暴れようとする帝王烏賊に無慈悲に声をかけるラオホーク。
煙幕による分断の際、帝王烏賊を拘束して無理やり水神龍との戦場から引き離したのだ。
ある程度離れたところで煙の縄を引っ張っていたぜんまいファミリーが動きを止める。
「さて、ここまで運んでくるまでの間、貴様の体内に無色の毒煙を流し続けていたが、気分はどうだ?」
うすら笑みを浮かべながら左手に持ったキセルをくるくると回すラオホーク。
帝王烏賊はなおも抵抗するのを諦めようとはせず、拘束された無数の足を必死にうねらせている。
「全く、図体がでかいモンスターは無駄にタフだな。 まあいい、時間の無駄だ」
つまらなそうに目を閉じ、帝王烏賊に背を向けるラオホーク。
すると空から金髪の少女がにっこりと笑いながら飛んでくる。
「止めは私がいただく事と相成ったっす! 鈴雷ちゃんの解体ショーの始まりっすよ!」
鈴雷が自分の身長よりも長い太刀を軽々と振り回す。
彼女の刀には高圧の電流が流れており、表面温度は二百度を超えている。
足を切り落とされるたびにジュウジュウと音を立て、切られた部分が再生できずに体をよじる帝王烏賊 しかし煙の縄に拘束されている以上、体をよじっても鈴雷の斬撃は防げない。
足が一本、また一本と丁寧に両断されていく。
「帝王烏賊の足は! 食べても不思議な味で美味しいらしいし、水耐性が強い防具にもなるんすよ! ちなみに体は潜水艦や貿易船の表面に使われることもあるらしいっす! 海のモンスターたちは帝王烏賊と勘違いして近づかなくなるらしいっすからね!」
豆知識を挟みながら、あっという間に帝王烏賊の解体を終える鈴雷。 しかし帝王烏賊の生命力は恐ろしく、胴体だけになったにもかかわらずまだ息があった。
胴体だけでも五メーター近くあるその巨体が力無くぷかぷかと海に浮く。
「ちなみにこの耳の部分をひっくり返せば簡単に絞められるらしいっすよ! ぜんまいファミリーさんたち! 水神龍討伐の方に応援急がなきゃだから一緒にひっくり返すっすよ!」
「私のことは、グラ………」以下略。
鈴雷とぜんまいファミリーが帝王烏賊にとどめを刺すのを見届けたラオホークは、足早に水神龍との戦場に向かった。
貂鳳と龍雅を狙ったとしても攻撃は当たらない、その上すでに韻星巫流の高エネルギー爆発や帝王烏賊やぜんまいファミリーとの戦闘でかなり消耗している水神龍はなすすべがなかった。
貂鳳と龍雅の攻撃が止んだかと思えば、遙か後方から虎宝の狙撃が飛んで来る。 もはやサンドバッグと化してる水神龍は、切り札とも呼べる攻撃を始めた。
自らの周囲を超高水圧の水で覆い、自ら水の竜巻となる。 近づけなくなってしまった龍雅たちは、たまらず戦艦へと退避する。
サーフボードに乗っていると竜巻に吸い込まれるため、錨を下ろしていた戦艦に退避することしかできなかったのだ。
「渦潮と竜巻が一体化してる。 あんなの近づけるわけないじゃない!」
頭を抱えるキャザリー。 隣ではキャリームの処置を受ける韻星巫流が大人しく寝込んでいた。
ずぶ濡れになって船に戻ってくる貂鳳と龍雅。
「あれはもうダメね。 近づいただけで肉片になっちゃうわ。 魔力切れを待つしかなさそう。 流石にちょっと痛めつけすぎたかしら? まあ内臓を幾つも破壊しちゃったし、あれで生きてる方が不思議なくらいよ」
「しかしあんな巨大な竜巻を起こし続けられたらこの辺りは死の海域になるぞ! 生き物が住めなくなれば海は荒れ果てる。 自然破壊は滅界級モンスター出現のトリガーになりかねない。 どうにかしなければまずいだろう。 セリナさんのように簡易電磁砲で一気にとどめを………」
そこまで言って龍雅は顔を真っ青にした。
「やはりあんな恐怖はもう二度とごめんだ」
「おそらく電気も分解されるわよ。 あの水圧じゃあ形ある物質は触れただけで崩壊するわ。 干渉するには………いくらか手はあるかもしれないけど、現実的じゃないわ」
俯くキャザリー。 しかしそんな彼女に鋭い瞳で語りかける冒険者がいた。
「現実的ではない………ならばここに一人いるであろう。 不可能を可能に変える男が」
ゆっくりと体を起こし、真剣な瞳でキャザリーを凝視する韻星巫流。
「無理よ、あなたは魔力を大量に消費しているし、それにその怪我じゃ………」
「無理とは私が一番嫌いとする言葉。 師匠、私はまだ戦えると言っているのです。 知識をお貸し下さい。 ここで不可能に立ち向かわない男なら、私は堂々と名前も名乗れない正真正銘のハズレで残念な冒険者になってしまう」
キャザリーは今にも泣きそうな目で顔をこわばらせる。
「私も協力しよう」
そこに突然現れるラオホーク。
その場にいた全員が彼女の急な発言に驚いて体をびくりと振るわせる。
「ちょ! いるなら声かけてよラオちゃん!」
「ラオちゃん? そのあだ名は可愛くない、変えろ」
貂鳳の文句に対して、口を窄めるラオホーク。
「貴様に可愛いあだ名など似合わん! ラオ子で十分ではないのか?」
「黙れ男女。 貴様は今後、素直に男子トイレで用を足せ」
歯をぎりぎりと鳴らしながら、両手で組み合うラオホークと龍雅。
「こんな時に何してるんですか!」
床を蹴りながら勢いよく立ち上がるキャリーム。
彼女のまとう雰囲気が変わったことを感じた冒険者たちは、全員自然と口を閉じる。
「このまま水神龍を放置するなど私のプライドが許しません。 確かに宝石ランクの上級モンスターなど、天災そのものと戦うようなものかもしれない。 あの竜巻は、近づくことも許されないほどの脅威なのでしょう。 けど、それがなんですか?」
キャリームは静かに全員の顔を見た。
いつの間にか帝王烏賊の解体を終えた鈴雷と、見張りをしていた虎宝も駆けつけてきている。
「ここにいる冒険者は、そんな天災を前にして慄く臆病者なんですか?」
挑発的な問いかけに、全員の心の中で沸々と闘争心が湧き上がる。
「ここで退けばただの臆病者です!
いつだって大業を成す人たちは、不可能と言われた事に平然と立ち向かう豪胆者です!
ならば、失敗を恐れて踏み出さないなど敗北に等しい!
あなたたちがここまで上り詰めてこられたのは、どんな脅威にも臆さず立ち向った豪胆者たちだからでしょう!」
キャリームの号令で全員の纏う雰囲気がガラリと変わる。
「今こそ上級冒険者の意地を見せる時のはず!
あの死にかけの水神龍は、あなたたちを恐れて竜巻の中に引きこもりました!
あなた方は、宝石ランクのモンスターでさえ怯えるほどの強者なのです。
だったらやることは一つ! 強者の誇りを掲げてあの臆病な水神龍にとどめを刺す!
さぁ、終わらせましょうこの戦いを!」
無言でその場を離れ、戦艦の展望デッキに出て水神龍を睨む冒険者たち。
全員の目からは恐ろしいほどの集中力と闘気がみなぎっている。
キャザリーはグッと拳を握り、真っ赤に晴れた目で韻星巫流に視線を送る。
「あなたの力が鍵になるわ。 私の知識をあなたが最強の魔法に変える。 たったそれだけでこの状況をひっくり返せると思う」
「無論です。 師匠の最強の知識と私の最強の能力。 最強の力が合わさることで不可能は可能となるのですから」
二人はニヤリと笑いながら視線を交わす。
「虎宝、ラオホーク! 韻星巫流に力を貸しなさい! シャエムー・グードゥ! あなたの能力でできる事とできないことを詳しく教えてもらうわ。 鈴雷、龍雅! 電気の仕組みを教えてあげる、使いこなして見せなさい。 貂鳳! あの竜巻をじっくり観察して力の流れを詳しく教えなさい!」
キャザリーの指示を聞き、全員がニヤリと口角を上げる。
大きく深呼吸したキャザリーは、竜巻の中にいるであろう水神龍を鋭い瞳で睨む。
「この世の現象にはすべて原因が存在する。 その原因さえわかれば、どんな最強な能力だろうと無効化できるのよ。 覚悟しなさい水神龍。 今の私は数分前の臆病者なんかじゃないわ! 今度こそ陰道を渡してあげるんだから!」




