〜火山龍討伐戦第二陣・煉獄の支配者〜
〜火山龍討伐戦第二陣・煉獄の支配者〜
華嘉亜天火さんの活躍によって、火山龍の両前足周辺、頭〜首周りのマグマを冷ます事に成功した。 後ろ足や背中にはまだほんのりオレンジ色に光るマグマが残っているが、問題ない。
第二陣で重要なのは進行を止める事。
足を破壊して動きを封じる事にはレイトとメル先輩、クルルちゃん三人の指揮で成功している。 今回はそれを応用して動きを止める。
右前足には紅焔さんに向かってもらい、左前足はシュプリムさんにお願いする。 シュプリムさんが足を切断した時はコンクリート製の巨大な剣を使ったと聞いた。 しかし私の考えではコンクリートより氷の方が効果的だ。
理由は言うまでもない。
火山龍は炎魔法のエキスパートと言ってもいい。 弱点属性である水を風魔法で氷に変えた薙刀なら、コンクリートより軽く大剣より使い慣れているはず、ダメージにも期待できる。
問題はその大きさと質量のせいで、重すぎて持ち上げるのが困難という事だ。 コンクリートならフェアエルデさんが操作できたが、氷の場合はそうはいかない。
そのためぺんぺんさんの砂鉄と虎宝さんの風にサポートをお願いしている。
巨大な氷の薙刀を二人のサポートでなんとか持ち上げ、三人並んで左前足へ駆ける。 左前足にした理由はぷぷるんさんの一言が関係している。
一度切断したせいか、他の足よりも皮膚が脆くなっているらしい。 超音波による弱点看破は本当に最強だと私は思う。
彼女を担当するレイトが羨ましい。 スカウトしちゃおうかな?
そんな無粋な事を考えていると、メル先輩の声が響いてくる。
「炎攻撃が来ますよ! 紅焔さん、シュプリムさんたち! 気をつけて下さい!」
第二陣の指揮をお願いしているメル先輩の声に反応した紅焔さんとシュプリムさんたちは火山龍の背中を見上げる。 そう、忘れてはいけないが火山龍は火炎を自由自在に操る。
火山エリアでの戦いの際は、華嘉亜天火さんが水を巧みに操作して相殺してたらしいが、今回華嘉亜天火さんは第一陣のマグマの鎮火と噴火対策で魔力切れだ。
こう言っては失礼かもしれないが、恐らく水魔法が得意な樽飯庵さんたちにお願いしても、おそらく完璧に相殺はできないだろう。
そこで私はこの人に相殺をお願いした。
「おーいでかぶつ! もうそれ、禁止だから」
そう呟きながら、にやけ顔で火山龍を指差す凪燕さん。 すると火山龍の火炎は、なんの前触れもなく霧散した。
そう、凪燕さんの能力は、相手の能力を封じる。 霧散した炎を見て狼狽するシュプリムさん。
「なんじゃあありゃあ!」
「俺は全属性魔法を扱える、君たちの能力も見ただけで大体真似できんだ。 精度とか威力は本家に劣っちゃうけどね、使い方がわかるんだ。 ———封じ方が分かってもなんらおかしくないっしょ?」
極悪人のような表情で口角を上げる凪燕さん。
「ついでに君のその薙刀、軽くなるように俺が操作してあげるよ」
その呟きと同時にシュプリムさんのきつそうな表情が和らぐ。
「か、軽くなった………。 これなら、あんな足両断してやんよ!」
無邪気に笑うシュプリムさん。
「バカな! あの威力の炎を相殺しつつ、シュプリムの援護もしているというのか!」
「とんでもねぇなぁ、宝石ランクさんは………」
シュプリムさんの隣を走る虎宝さん、ぺんぺんさんも信じられないものを見ているかのような目で凪燕さんを一瞥する。
「軽くなったのはその両サイドのメンズたちのおかげだからね、油断しちゃダメだよ?」
並走する虎宝さん、ぺんぺんさんも驚きながらこくりと頷きサポートを継続する。
「あ、あれが全冒険者の中に三人しかいないという宝石ランクの実力でやんすか………。 レベルが違いすぎるでやんす」
その光景を見ながらぼそりと呟く鬼羅姫螺星さん。
「まぁ、あの人はおそらく特別なんですよ。 でも、星ランクはその宝石ランクよりさらに上のレベルですよ?」
私たちは右前足に向けて閃光の如く駆ける紅焔さんに視線を向けた。
紅焔さんは火山龍に近づくと、肘、踵の後ろから圧縮した炎を噴射し、ジェット機の如くさらに加速する。
ぬらぬらさんたちほどではないが、ドラッグカー並みの速さだ。
「ななな! なんなんですかあの人!」
ぷぷるんさんが驚いて声を上げる。
「あの人は星ランクの紅焔さん。 炎を自由自在に操る『獄炎の支配者』と呼ばれる冒険者です。 私が冒険者になろうとしてた時、運悪く金剛獅子に遭遇してしまい、殺されそうになったところを助けられました。 彼女はあの宝石ランクのモンスターを、自分で作り出したマグマの海に沈めていましたからね」
「そんな話、初耳でやんす………」
そう、二年前私が冒険者になろうとしていた時、冒険者育成学校を卒業して岩ランクになり、初めて行った採取クエストで上級モンスターの金剛獅子に遭遇してしまうという凶運に見舞われた。
当時岩ランクだった私は腰が抜けて動けなくなってしまっていたが、そこをたまたま通りかかった紅焔さんに助けられた。
金剛獅子は魔法や物理攻撃を反射させる宝石ランクモンスター。
月光熊並みに強いそのモンスターを、彼女はたった数時間で討伐してしまった。
私は彼女が戦っている時に気づいた金剛獅子の弱点や、行動パターンを伝え続けていた。 そして金剛獅子討伐後、彼女に言われたのだ。
『君の指示は的確だった、驚いたよ。 岩ランクとは思えないほどの判断力と観察眼だ。 君は戦いが苦手なら、受付嬢の仕事をすればものすごい力を発揮するかもしれないな?』
私が受付嬢を目指すきっかけになったのが紅焔さんの一言だ。 だから私は彼女がチート級に強いという事を嫌と言うほど知っている。
紅焔さんは腰にぶら下げている、刀身も鞘もない片手剣の柄を手にする。 するとその刀身に炎を凝縮したオレンジ色の刃が現れる。
そしてそのオレンジの炎は徐々に群青色に変色していく。 彼女が出せる最高温度はおそらく一万度に近い。
そんな高温の刃で切られたモンスターは、いくら皮膚が硬かろうとなすすべはないだろう。
「「はっ?」」
私の両隣で同時に声を出す鬼羅姫螺星さんとぷぷるんさん。
紅焔さんが剣を振ると、火山龍の足に大きな傷がつき、バランスを崩して右半身を地面に叩きつける。
「なんで、脇の下以外の皮膚を普通に切ってるんでやんすか!」
「おかしいわ! あの刀身の温度、ありえないほど高くなってる!」
興奮して声を荒げる二人、私も金剛獅子と戦う彼女を見て同じような反応をしていたから気持ちはわかる。
「む、流石に両断はできなかったか………この足は太すぎるな」
悔しそうな顔で、倒れる火山龍を見ている紅焔さん、そして次の瞬間後方から大爆発する音が二つ響いてくる。
「計算通り、すっぽりハマったわね?」
下の櫓で得意げな顔をしつつ、ほっと胸を撫で下ろすキャザリーさんが見えた。
そう、後ろ足のマグマは冷ますことができないと悟った私は、キャザリーさんに相談した。 そしたら彼女は後ろ足がすっぽりハマる地点を計算して、冒険者とフェアエルデさんに落とし穴を掘らせたのだ。
その時彼女は言っていた。
『マグマを冷ます時間、前足を切るタイミングを計算して、バランスを崩した時に後ろ足をつく場所を算出するわ? 後ろ足を落とし穴にハメさえすれば、あなたならどうにかできるでしょう?』
彼女はこの状況を三時間前から予測し、計算していたのだ。 恐るべき知力と観察眼。 この人もスカウトしたいなぁ。
ありったけの爆薬を敷き詰めた落とし穴に後ろ足を両方突っ込んだ火山龍は、耳をつん裂くほどの悲鳴をあげて巨大な体を大地に投げた。
紅焔さんは倒れる火山龍の前足に無慈悲に剣を振ろうとしている。
「鋼ランクの冒険者が足を両断したと聞いた、私も負けてられん!」
紅焔さんはそんなことを言いながら、傷口が炭のように黒くなっている右前足に再度切りかかろうとしている。
「ちょっとまったーーー!」
私は慌てて拡声器に向かって叫んだ。
「むやみにダメージを与えたらブレスを打たれかねません! 右足はもうかなりのダメージで骨まで溶けてるみたいですので、これ以上攻撃しないでくださーーーい!」
私の声を聞いたメル先輩はこくりとうなづき、拡声器を口元に寄せる。
「そ、そういうわけで紅焔さんは退避して下さい! ありがとうございます! シュプリムさんは早く左前足を切って下さい!」
「わかってまーす! もたもたしてすんません!」
走りながら大声で叫ぶシュプリムさん。 その姿を横目に見ながら不機嫌そうな顔で退避して来る紅焔さん。
どうやら彼女は意外と負けず嫌いでお茶目なようだ。 シュプリムさんたちはようやく火山龍の左前足に到達した。
倒れている火山龍がいつ立ち上がるかわからない。
何せ九尾狐討伐の際使った爆薬の五倍の量が、後ろ両足がはまっている落とし穴の中に投入されている。
流石の火山龍も大ダメージのはずだ、しかし絶対ではない。 何せマグマを纏って全身の傷を治してしまう可能性もある。
念には念を置いて左前足も切っておくべきだ。
シュプリムさんは氷の薙刀を振りかぶる。 さっきよりは軽そうになったとはいえかなりの重さなのだろう、動きは少し鈍い。
「虎宝! ぺんぺん! 悪いが俺が掛け声を出したら全力で薙刀を押してくれ! 凪燕さんもお願いしゃっす!」
三人がシュプリムさんの呼びかけに応じると、シュプリムさんはグッと両腕の筋肉を盛り上がらせた。
「氷の薙刀! 好印象勝ちパタァァァァァン!」
………意味不明。
私たちは首を傾げていると、要塞の下の方から第三陣の冒険者の笑い声が聞こえてくる。
「ぎゃっはっはっはっは! 最高にかっこいいライムだぜぇ!」
あれは確か、フェアエルデさん? ライムと言ったか、そうか………あれは韻を踏んでいたのか。
ええと、私も前の世界でラップのアニメとか見てたから意味はわかる。
氷の薙刀………母音は『おおいおあいああ』だから、好印象勝ちパターンは『おおいんおおあいああん』。
めっちゃ韻踏んでんじゃん! などと一人で考えていると、火山龍の左前足付近に砂煙が舞う。
「ぐわっはっはっはっはっは! また俺が足を両断、絶え間ない称賛! ってな!」
左前足をまたも両断された火山龍は、すかさずその大きな首をシュプリムさんの方に向けた。
「シュプリムさん! 早く逃げて下さい!」
メルさんが悲鳴を上げるように指示を出すが、ドヤ顔で決めポーズをとっているシュプリムさんに火山龍が噛みつこうと長い首を器用に曲げて襲い掛かる。 意外と早い上にあの大きな口は攻撃範囲が広すぎる!
おそらく一噛みでこの要塞をほぼ丸呑みにしてしまうほどだろう。 あの距離では確実に避けられない。
それを悟った紅焔さん、凪燕さんたちが同時に地を蹴るが絶対に間に合わない。
万事休す、そう思った時だった。
フライングして既に飛び出していたらしい第三陣の冒険者の愉快な声が空から響いてくる。
「これが私の新技だぁぁぁぁぁ! ぺったんこスマッシュ!」
車輪のようにくるくると回りながら空から降ってっきた少女の、氷でできた槌が火山龍の脳天に直撃する。
空気を揺らすほどの破壊音が響く。 脳天に攻撃をくらった火山龍の頭は、地面に勢いよく叩きつけられた。
辺り一体に大量の砂煙が舞い上がる。 砂煙が晴れると、火山龍の頭の上には可愛らしい少女が立っていた。
ピンクの髪を二つに括った少女は、地面に顔を半分以上めり込ませた火山龍の鼻先に立っている。
肩に担いでいるのは巨大な氷の槌。
「ぺろぺろめろんさーーーん! まだ第三陣は待機命令出してたでしょぉぉぉ! ………でもまあフライングしてくれてて、本当によかったですけどね!」
拡声器越しに聞こえてくるのはキャリーム先輩の怒ったような、安心したかのような可愛らしい声。 そしてメル先輩もすぐに指示を出す。
「今のうちにシュプリムさんは退避して下さい! ぺろぺろめろんさん! 本当に、本当にありがとうございます!」
涙ぐんでいるメル先輩の声に、ニッカリと歯を見せて笑いながらぺろぺろめろんさんは親指を立てる。
「にっひっひ! みんなカッコ良すぎるから我慢できずに飛び出しちゃった! てへっ! シュプリムさん! 足ぶった斬るとか凄すぎっしょ! 後でちょっとうちと戦ってみない?」
火山龍の鼻先から飛び降りて、尻餅をついているシュプリムさんにウインクしながら手を差し出す。
すると差し出された手を恐る恐る取ったシュプリムさんは、額を汗でびっしょりと濡らしながらつぶやいた。
「え、遠慮しておきます」
第二陣も結果的には良い結果で終わったが、火山龍が直接噛みつき攻撃を仕掛けてくるのは予想外だった。
こうなると第三陣の立ち回りは考え直す必要がある。
結果的に四肢全てを封じることができた、恐らくダメージも相当なものになっただろう。
もしかしたら第三陣が作戦行動中に、ダメージが蓄積した火山龍はブレスを吐いてくる可能性がある。 そうなったら全てが台無しになる上に犠牲者が大量に出てしまう。
私はすぐに拡声器をとって作戦変更を全体に伝える。
「作戦変更です! おそらく火山龍はそろそろブレスを吐きます! なのでブレス対策の第四陣を先に突撃させます! レイトさん! 足止めはお願いしますね!」
眠ったように目を閉じているレイトは、右手にオカリナ、左手に拡声器を持って私の呼びかけに応える。
「かしこまった♪ このレイト、全力で君とのデュエットを成功させよう!♩ さあ! 第四陣の皆さん! 美しいシンフォニーを奏ようじゃないか!♫」
久々にオカリナを奏でるレイト、きっちり拡声器でオカリナの音も拾っている。
そしてまだ閉じていた目が再度、ゆっくりと開かれる。
「タイトルは『空振りの破壊光線』かな?」
その一言をつぶやくレイトは真剣な表情で、オカリナを吹くことはなかった。
ブレスが来ることを危惧した私はキャリーム先輩率いる第三陣に下がってもらうことにした。 一人ガミガミと騒ぐピンク髪の冒険者がいたが、みんなの命がかかっているので仕方がない。
申し訳ないが肉でも与えて下がってもらおう。
「そういうわけなので鬼羅姫螺星さん、ぷぷるんさん。 ここはお願いしますね?」
私は第四陣の作戦中はこの要塞の頂上から離れなければならない。
そのためこの場は第五陣を指揮するクルルちゃんに来てもらう、鬼羅姫螺星さんとぷぷるんさんには続けて火山龍の攻撃を予測してもらわなくてはならない。
特にブレスが来る直前に連絡をお願いしなければならないのだから。
「ま、またあれをやる日が来てしまったでやんすか。 俺が風属性でよかったでやんす」
「あれってなんです? 何属性だったらダメなんですか?」
不思議そうな顔で鬼羅姫螺星さんに視線を送るぷぷるんさん。
「雷属性を使える冒険者たちは、死ぬよりも怖い目に遭うでやんす」
どうやら鬼羅姫螺星さんは第四陣の主力部隊に連れて行って欲しいらしい。
「鬼羅姫螺星さんも仲間に入りたそうなんで来てもらいましょうか?」
「ぜ! 絶対に嫌でやんす! レミスやぺんぺんのあんな泣き顔見たのは初めてでやんすから! 絶対に、絶対に嫌でやんす! ちゃんと火山龍を見張りやすから、絶対に! 嫌でやんす!」
顔を青ざめさせながら私から逃げてしまう鬼羅姫螺星さん。 小人族だから駄々っ子みたいで可愛い。 言葉遣いはジジイだけど。
そんな鬼羅姫螺星さんを見て相当恐ろしい事があるのだと悟ったぷぷるんさんは、両手を祈るように組み合わせて縮こまり、ブツクサと何かを呟き始めた。 私はそんな二人に背を向けて要塞の頂上から離れた。
既に準備は整えてある。
作戦を冒険者たちに伝えた後、すぐにキャザリーさんやぺんぺんさんと相談しながら設計し、土木のお兄さんの中でも選りすぐりの腕利きを集めて作り出した新兵器の元へ。
「さぁ、久々の再集結でテンション上がりますが、新メンバーも増えた事ですし名前を変えますか」
私は階段を降りながら顎に手を添えて、新チームの名前を考える。
しかし良い案が思い浮かばない、私ってネーミングセンスないのかな?
………まあいい。
くだらないことを考えているうちに、浮かない顔でプルプル震えている第四陣の主力冒険者たちの前にたどり着いた私は、どっしりと腕を組んで宣言する。
「———チーム電磁砲・改! 準備はいいですか? 全力でぶっ放しますよ!」




