〜緊急クエスト・火山龍侵攻に備えよ〜
〜緊急クエスト・火山龍侵攻に備えよ〜
ガルシアさんの怪我を回復薬で治癒しながら、何が起きたのかを詳しく聞いていた。 なんでも今日のお昼前に王城から使者が駆け込んできたらしい。
私たちは昨日の夜に蹂躙戦参加者を募って、今日は朝イチで出発したため気がつけなかった。 王城からの使者は、南の果ての荒野で巨大な龍を発見したらしい。
発見した龍は山のように大きく、ゆっくりと王都に向けて進行してきているとか。 その大きさ的に一歩歩くだけで小さな国は半壊するほどだと聞いた。
そんな大きな龍が王都に向かってきているため、使者が依頼したのは王都の南に複数の拠点を設置し、全力で討伐に当たって欲しいという救援だったのだ。 対処に当たった王宮騎士たちは既に戦闘不能になってしまったらしい。
こうなると対処できるのは冒険者だけという事になる。
キャリーム先輩がすぐさま対応にあたろうとしたが、既に何名かの冒険者はクエストに行ってしまった。
そのためまずは巨大な龍の足止めするグループと、蹂躙戦するグループに別れることにしたらしい。
モンスターの危険度がわからないため、銅ランク以下は後方で支援や他のモンスターが近づかないよう見張りをするよう指示した。
この指示は、四年前幻影狼が現れた時と同じ指示だ。 つまり今回出現した龍は独断で滅界級と判断したらしい。 戦闘が始まる前にそう定義付けたキャリーム先輩は正しかった。
蹂躙戦に向かったのはレイトとキャリーム先輩。
侵攻するモンスターを食い止めるため、簡易拠点を立てる予定の場所は全部で合計八ヶ所、土木工事と並走して行われる。
急を要するため仕方の無い処置らしい、戦闘に慣れていない工事員は怪我の恐れが非常に高いが王都だけでなく世界の危機に瀕しているのだ、そんなことも言ってられない。
蹂躙戦に慣れているレイトが五ヶ所担当し、キャリーム先輩は全体の指揮をとりながら三ヶ所の蹂躙戦を担当する。 並外れた集中力がなければ全体の指揮をとりながら三ヶ所の蹂躙戦など見ることはできない。
残ったクルルちゃんとメル先輩は発見された巨大な龍を足止めしに向かったらしい。 前線にクルルちゃん、後方支援にメル先輩。
冒険者がその巨大な龍を初めて見た瞬間、口を揃えてこう言ったらしい。
「あれは生きた火山だ」………と。
クルルちゃんはその龍を火山龍【ヴォルカディーユ】と命名した。
戦闘が始まり、冒険者たちは踏まれないよう注意しながら足を攻撃したらしいが、攻撃はほぼ無意味なほどにその皮膚は硬かったらしい。
火山龍はまるで冒険者たちの攻撃など気にせずに進行を進めていたとか、武器での攻撃は無意味だと悟ったクルルちゃんは後衛のメル先輩に魔法による攻撃を要請した。
要請を受けたメル先輩があらゆる属性魔法を使い火山龍の頭部に集中砲火を放ったところ、火山龍はとうとう反撃を始めたらしい。
背中に背負うように生えた火山から耳をつん裂くほどの轟音が響き、同時に衝撃波で近くにいた前冒険者たちが遥か彼方へ吹き飛ばされた。 そして背中からはマグマの流星群、そして轟々と燃える炎の攻撃が一斉に降り注いだ。
水魔法や風魔法、ありとあらゆる防御方法で防ごうと試みたが全くの無意味。 高温すぎて水魔法は蒸発し、風魔法に関しては全くもって意味をなかなかったとか。
慌てて退避するが、炎による攻撃は火山龍によって操作されているらしく、逃げる冒険者たちを無慈悲に包み込んだ。
マグマの流星群は安全だと思われた後方にも降り注ぎ、攻撃が来ないと思われていた銅、鉄、岩ランク冒険者も壊滅的な被害にあった。
無論、後方から指示を出していたメル先輩も巻き込まれたらしい。 その攻撃範囲は数キロに及ぶ。
メル先輩は大怪我を負いながらも必死に声を上げ、動ける冒険者に援軍をお願いしたらしい。 そして、比較的被害の少なかったガルシアさんが、馬を走らせ慌てて冒険者協会に駆け戻ってきたとか。
「セリナさんなら、なんとかしてくださると……思い、必死にここまで馬を走らせました。 まだみんな戦っているかもしれません、一刻も早く、戻らなければ——」
ある程度治癒が効いてきたのか、ガルシアさんは話の途中に寝てしまった。
私ならどうにかできると思った、と言われたが、正直な話……そんな巨大過ぎる敵をどう倒せばいいというのか。
マグマなんて防げるわけない、避けたとしても炎が追ってくる。 近づいてもデカ過ぎるし皮膚が硬い、魔力切れを待つか?
いや不可能だ、そもそも一撃で多くの冒険者が壊滅寸前になったのだ、何度も打たれれば全滅は必須。
完全に詰み。
……今わかっている情報だけなら。
「ひとまず火山龍をこの目で見なければ、対策の方法も浮かびません! 皆さん! 帰ってきて早々悪いのですが、追加のクエストです。 行けますよね? 勇敢な冒険者さんたち、私たちはこれより前線で壊滅寸前の仲間を救出に向かいます!」
「さすがセリナさん!」「そうこなくっちゃな!」
「俺が先行してキャリームさんに詳しく話を聞いてくるでやんす、指示を出す本部の場所はどこでやんすか?」
「我が友、ガルシアがこんなにも頑張ったのだ! 私がやらねば誰がやるというのだ!」
「安心してくださいセリナさん。 不可能を可能にするこの私、韻星巫流がいるのです! 相手が滅階級モンスターであろうと恐れることは何もありません!」
全員が決意を込めた瞳を私に向ける。
私は急いでクエスト達成報告書を確認して、朝クエストに向かってまだ帰ってきていない冒険者たちを見つけた。
出発はその冒険者たちが帰ってきたらすぐだ、最も早い移動手段である竜車を用意して協会入り口でその冒険者たちを待つ。
そしてその心強い冒険者、七名がちょうど竜車を用意し終わったタイミングで現れた。
「あらら! セリナお姉ちゃんがお出迎えですか! お出迎えする前におでん買え! ご、ごめんなさい……」
いつも通り一人で滑って一人で謝る黒髪のエルフ。
「あっはは! レミちんマジつまんな〜! セリナさん顔引き攣ってるよ〜!」
「ねぇぺろりん、流石に今日のご飯は肉やめようよ、毎日肉食べてたら体臭がひどくなっちゃう……」
「うち、野菜の煮物食べたいし」
晩御飯の話し合いばかりしている、ギャルっぽい三人組。
「子猫ちゃん、いいかげんぬらぬらに飛び込むのはやめてくれ、君が飛び込まなくても彼女は攻撃を避けられるんだ、カバーする僕の気持ちにもなってくれ!」
「ぴりからの兄貴〜、今日も素敵な笑顔っすね! もしかして相当怒ってます?」
「お二人とも、喧嘩はおやめください、ほら! セリナさんが入り口で待っていてくれています!」
最近冒険者協会内で話題の三人パーティー。
この七人がいれば、上級モンスターがいても怖くないほどそうそうたる面々。
「お疲れ様です皆さん! 帰って早々申し訳ないのですが、火急の案件です。 詳しくは竜車内で話しますので後ろの竜車に乗って下さい!」
帰ってきたばかりの七人はお互いに顔を見合わせるが、すぐに私に心強い返事をくれる。
「ご飯食べながらでいい?」
「ぺろりん、お腹空きすぎて発言が頭悪そうだし……」
私はすぐに後ろの竜車に全員を乗せる。
前方の竜車には、蜥蜴兵蹂躙戦から帰ったメンバーと治療中のガルシアさんに乗ってもらい、べりっちょべりーさんには馬車に乗り込む前にガルシアさんに治癒魔法をかけてもらった。
彼女の治癒魔法は、一度かければ本人がその場にいなくても作用する超優秀な回復魔法だ。 おまけに治癒系、麻酔系両方を完璧に使いこなせる。
ガルシアさんの傷からして三時間あれば全快すると聞いた。
肝心なのはこの治癒を何人にできるかだが……
「私の治癒ですか? さっきと同じくらいの精度なら多分八人くらいなら余裕だし。 あ! 先に言っておくけど重症者とかに力削いじゃうと、かなり減るし!」
十分過ぎるほど優秀すぎる回復魔法だ。
私は竜車に揺られながら、合流した七人に現在の状況と前線に向かった際にやって欲しい事を話した。
☆
現在、火山龍は王都の遥か南方にある火山エリアを通過しようとしていた。 馬車ならば、王都から七時間の距離にある火山エリア。
火山龍の進行速度は馬車よりも速いため、冒険者たちが何もできなければ七時間以内に王都は消滅する事になるだろう。
キャリームは拠点内で苦虫を噛んだような顔をしながら地図と睨み合っていた。 レイトが蹂躙戦を手際よく終わらせたため、火山龍の一番近くにある拠点は完成間近だ。
しかしメルやクルルの足止めは芳しくなく、拠点が完成する前に火山龍が到着してしまう。 このままだと第二、第三の拠点も同様だろう。
「キャリームさん? 思い詰めた顔をしていらっしゃるのですねぇ?」
「キャ! キャザリーさん? なんでここに! あなたには第六地点の蹂躙戦を指揮してもらっていたはずじゃあ?」
キャリームは拠点建設のために三ヶ所の蹂躙戦を担当していた。
龍雅、天鳳、虎宝を中心に鉄ランクを集めたチームを沼地エリアに、その次の森林エリアにはここにいる鋼ランクのキャザリーに指揮をお願いしていたのだ。
「そんなもの、もう終わったに決まっているでしょう?」
キャザリーが蹂躙戦を担当したのは王都から南西にある森林エリア。 火山龍の侵攻が止められなければ五番目の拠点になる予定の場所だ。
以前セリナたちが月光熊を討伐した北東の森林エリアとは違い、ここは樹海に近い。 湿気が多く、足元は苔で滑りやすい。
近くに川が流れているため、水を飲みにやってくるモンスターがわんさかいる。 そのためナワバリ争いも激しい。
さらにこの南西の森林エリアは視界が悪く、危険モンスターも多い。
キャリームが担当する三つの地点の中でも、一番難航すると思われたためキャリームは鋼ランク中心に戦力を集中させたのだ。
「あの森林エリアの蹂躙戦を……たった半日で?」
「あらあら、信じてくれないの? まあ無理もないけどね、私たちだけならもっと時間がかかったかもしれないけど、今回は忌々しい助力者がいたから……」
テントの入り口へ嫌そうに視線を向けるキャザリー。
するとテントから恐る恐る入って来た冒険者が、キャザリーにペコリと頭を下げた。
「あの、僕……夢時雨っていいます。 鋼ランクです。 たまたまこの森林エリアでクエストしていたので、パーティーメンバーと一緒にお手伝いさせていただきました」
「やっぱりあんた、さっきまでと別人なんじゃないの?」
通常時の夢時雨の態度に動揺するキャザリー。
「おいドンマイ女! 俺様は次、何手伝えばいいんだ?」
「ドンマイ女と呼ぶなって言っているでしょ! このつんつん蜜柑!」
つんつん蜜柑と言われたパイナポは、真剣な顔でキャザリーに近づいていく。
キャザリーは怒らせてしまったのかと思ったらしく、びくりと肩を震わせて後ずさるが……
「おまっ、おい! なんだそのあだ名! 第五世代みたいでかっこいいじゃねえか!」
「——は?」
気が抜けたような声を上げるキャザリー、しかしそんな彼女たちを見ていたキャリームは手を叩いて視線を集める。
「キャザリーさん、及び夢時雨さんたち! あなた方の実力を見込んでお願いがあります。 蹂躙戦直後でお疲れかとは思いますが、一つ聞いていただけないでしょうか!」
勢いよく頭を下げるキャリーム。
三人は驚いて顔を見合わせるが、そんなタイミングでもう一人の冒険者が颯爽とテントの中に入ってくる。
「無論、あなたに指示をいただくために俺たちはここまできた。 火山龍の足止めでも他のエリアの加勢でもなんでも頼め。 俺とキャステリーゼ二世は全力で応えよう!」
腰につけた笑顔のぬいぐるみを、大切そうに抱えながら入ってきたぺんぺんは……
足を肩幅以上に開いて腰を捻り、右腕でぬいぐるみを抱えて胸を逸らし、上半身だけ振り返らせながら左腕をまっすぐ伸ばしてキャリームに視線を送る。
彼的には決めポーズのようなものなのだろうか。 視線を送られているキャリームは一瞬頬をひくつかせ、顔を伏せたまま言葉を続けた。
「あ! ありがと……ぷっ、くふっ! っんん〜。 ありがとうございます、ぺんぺんさん。 それではあなた方は火山龍の足止めに向かって下さい」
一瞬、気まずい空気が充満したが、
「あの、ぺんぺんさんと言ったかしら? いつまでその面白いポーズでいるつもりかしら? キャリームさんは真剣な話をしたいのに、笑いを堪えるのに必死じゃない」
かわいそうなものを見るかのような視線を向けるキャザリー。
「……なぁパイナポ、この格好は面白いのか? 昨日家で決めポーズの練習をしてきたんだが」
「の、ノーコメントで……」
あのパイナポですらコメントに困るポージングのまま固まってしまったぺんぺんを、夢時雨が無言で外に追い出した。
☆
王都から最南端にある火山エリアの拠点内は、救護施設のようになっていた。 現在、火山龍はすぐ近くまで迫っている。
火山龍の噴火による被害にあったメル担当の冒険者たちは次々と運ばれてくる。
「回復士が足りない! 本部にもっと援軍を頼んでくれ!」
処置に回っている岩ランク冒険者や、噴火攻撃から奇跡的に逃れた鉄ランク冒険者たちが大怪我を負った冒険者たちを手当てしている。 しかし怪我人が多過ぎる上にその傷はひどく、処置に回る冒険者たちは機械のようになっている。
死んだような目で治療に走り回る冒険者たちと、既に諦めてしまった顔で治癒を待つ冒険者たち。
拠点内に絶望感が漂う中、煙を大量に吸って意識を失っていたメルはうっすらと目を開き、辺りの状況を確認する。
「メルさんが目を覚ましたぞ! よかった! ご無事で何よりです!」
「まだ体は動かさないでください! メルさんは全身に火傷を負っています! 今回復士に治癒を……」
「ご心配をおかけしてすみませんでした、けれど私に治癒はいりません」
目を覚ましたメルの元に、次々と冒険者たちが集まって行く。 しかしメルは、優しい言葉で彼らの言葉を遮った。
動揺する冒険者たちを一瞥し、メルは全身の痛みを耐えながらも、笑顔で彼らに向き合った。
「私は自分の足で立ち上がれます、私を庇ってくれた冒険者方のために治癒を使って下さい。 前線で戦う冒険者のために治癒を使って下さい。 火山龍と戦えるのは、私ではなく冒険者たちですから。 だから……私に治癒はいりません」
ゆっくりとベットから立ち上がり、決意のこもった瞳で戦意を失った冒険者たちに告げた。
「それに、私の知っている勇敢な冒険者の方々は、どんな困難が目の前にあったとしてもまだ戦えるはずです、私たちの戦いは多くの命を救うのです。 高ランク低ランクなんて関係ありません。 岩ランクの方々が傷を治してくれるからあなたたちは立ち上がれる。 鉄、銅ランクの方々がモンスターを近づけないようにしてくれるから、高ランク冒険者たちは戦いに集中できる。 高ランク冒険者たちは後ろにあなた方がいるから、何も気にせず戦える」
穏やかな言葉を紡いでいくメルの言葉を、真剣な表情で聞いている冒険者たち。
「私にできるのはあなた方のサポート。 ならどんな怪我をしようと、どんな現実を突きつけられようと私は——もう二度と挫けません。 それに私は、自慢の後輩に……かっこいいところを見せなければいけませんからね」
冒険者たちの絶望的だった目にうっすら光が宿り始める。
メルの火傷はひどいはずだった、少しでも動けば全身に痛みが伴う。 動いていいはずがない事は誰もがわかっている。
しかし、誰も彼女を止められなかった。 彼女の気迫に押し黙ってしまったのだ。
死んだ目で走り回っていた冒険者たち、すでに諦めて治癒を待っていた冒険者たちは次々と声を上げる。
「絶望してる暇があるなら手を動かすぞ!」
「俺たちはまだ負けてなんかない!」
「一秒でも長く火山龍を足止めするんだ!」
メルの言葉で、拠点に活気が溢れていく。
そんな活気の溢れる火山エリアの拠点に、綺麗な音色を響かせながら一人の受付嬢が現れる。
「メルさん? あなたの音色に心を打たれた。 あなたはこの戦いの柱だ、今はその傷を癒すのに集中してくれないか?」
現れた受付嬢は、絹のように美しい長髪を靡かせて、いつも閉じている瞼をゆっくりと開く。
「レイトさん? あなたは蹂躙戦を担当しているはずです。 私はまだ立ち上がれます、だから……」
「もう終わったよ」
「——は?」
幻想的な空色の瞳を真っ直ぐ向けてくるレイト。
「現時点で五ヶ所全ての蹂躙戦を完遂させ、私たちは今ここに援軍に来ている。 そしてメルさんの美しい音色でイマジネーションが湧き上がった。 火山龍の足止めだったかな? 私に任せてくれ、だからあなたは休む時だ」
そう言い残してひらりと身を翻し、拠点の外に歩き出す。 ぽかんと口を開けたメルはその後ろ姿を呆然と眺めていた。
士気が絶頂にまで上がった冒険者たちも、レイトのあり得ない発言に耳を疑っている。
レイトは五ヶ所の蹂躙戦に一斉に取り掛かり、その全てのエリアをたった半日で攻略したのだ。
普通なら丸一日以上かけるはずの蹂躙戦にも関わらず。
そんな冒険者たちが送る戸惑いの視線を気にもとめず、颯爽と歩いて行くレイト。
「火山龍とか言ったね? うってつけの敵じゃあないか」
レイトは首から下げていたオカリナで美しい音色を奏で、空色の瞳を光らせ嗜虐的に笑う。
「——蹂躙の時間だ。 情け容赦は一切いらない」




