〜鋼ランククエスト・蜥蜴兵蹂躙戦〜
ここからは長編再スタートです!
長くなるかとは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
〜鋼ランククエスト・蜥蜴兵蹂躙戦〜
地獄のような光景が広がっている。
視界に入るのは炎炎と燃える劫火、周囲の酸素を焼き尽くしているためここにいる者は一酸化炭素中毒で激しい眩暈もしているであろう。
多量の煙を吸ってしまった者は身動きひとつ取れないはずだ。
大地は所々溶けてオレンジ色に、周囲の草木はもちろん空気中の水分すら蒸発するほどの熱気が充満する。
炭になった草木と乾燥して割れた地面に這いつくばりながら、必死に叫ぶ受付嬢がいる。
「誰か、誰か援軍を! 被害の規模が計り知れません!」
辺り一帯は、今もなお燃え盛る大地。
周囲には横たわる冒険者たち。
皆装備を焼かれ、全身黒焦げになってしまっている。
這いつくばっていた受付嬢は、皆が生きている事を祈りながら、遠くなる意識に逆らい必死に声を上げている。
「まだ、希望はあるはずです。 きっとあの子なら……セリナならきっと——」
☆
山間エリアには賢いモンスターが多い。
下級モンスターでも賢猿などが有名だ。 モンスターの癖に道具を使うし小鬼より頭がいい。
そしてそれよりも頭がいいモンスターが、今私たちが蹂躙しようとしている蜥蜴兵【レザルソルーダ】
モンスターのくせに軍を作ったりして、隊列を組んで攻撃してくる人型モンスター。
身長は二メーターを超えるくらいで、簡単に説明すると武装した二足歩行のトカゲだ。 ほぼ全員が、簡易的に作られた槍と盾を装備している。
常に八体一グループを作り、槍を構えて密集陣形で襲ってくる。 その上怪我の再生も早いため、確実に仕留めないと復活する。
やつらのとる密集陣形は、四方向に盾係の蜥蜴兵、背後には槍係の蜥蜴兵といった感じだ。
近づくと槍で突かれ、攻撃は盾で防がれる。
単純だからこそ攻略が少し難しく、落とし穴もバレる上に泥沼や罠なども察知して回避される。
知能の高い戦術などを使う事から中級モンスターとされている。
実際人型モンスターなだけあって、蜥蜴兵のように体表に所々鱗を持つ魔族もいたりする。
蜥蜴兵の血が混ざった魔族は傷の再生が早く、頭も回るのだ。
「セリナさん!」「目算だと役百〜百二十!」「俺たち二人だと」「武が悪い気がする!」
「何ひよってるんですか双子さん。 あいつらは一対一なら雑魚ですよ! あなた方なら一人で三十は余裕でしょ? それなら残りは六十になります」
私は双子さんと目標のモンスターを偵察をしている。
蜥蜴兵、百二十体の小隊をこれから蹂躙するのだ。
「え? だって今は」「偵察しに来てるんだろ?」「流石に一人三十は」「本気出さないときつい」
「何だらけた事言ってるんですか? やればできる子やらない子ですか? 明日やろうは馬鹿野郎って言葉知ってます?」
お約束だが蹂躙戦のため私のテンションは高い。
双子さんは渋々と言った顔で蜥蜴兵の軍勢に視線を戻す。
「なら本気出しますよ」「いつやるんだ?」
お? これは、前振りかな?
こう聞かれたらこう返すと言うお約束というやつか!
「いつやるか、今でしょ!」
私はノリツッコミ的なノリで答えたが、双子さんたちは驚いた顔をしながら剣を抜く。
「しゃあ! 暴れるぞ弟よ!」「今やるんですね! 兄!」
「あ、ちょっと待って下さい今のはお約束だからついつい言ってしまったと言うか何と言うか、今はまだ偵察中……ちょっ、双子さん! 今のは冗談ですよ冗談! ちょっと待って! ちょっ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そうです。
ここは異世界なんだからお約束とかないよね。
☆
「で、何があったんでやんすか?」
ボロボロになった双子さんと私は過労時でみんなが待つキャンプに逃げ延びてきた。
鬼羅姫螺星さんは呆れたような目で私たちを見ている。
あの後私たちは蜥蜴兵に袋叩きにあい、必死に逃げてきたのだ。
「三十体は」「ちゃんと倒したぜ?」
全身傷だらけになりながらすかした顔で答える双子さん。
「だって、お約束だったからつい口走ってしまって……まさか本当に突撃するなんて思わないじゃないですか」
と、全身傷だらけで肩をすぼめる私。
誰が悪いか、もちろん私が全面的に悪い。
「お約束って何でやんすか? まったく何で蹂躙戦になるといつもふざけだすでやんすか?」
鬼羅姫螺星さんは呆れながら傷を手当してくれる。
「セリナ殿! 偵察と言いながら突撃とは……これは新手の奇襲ですか! いや、これは奇襲であり突撃でもあると言う新手の高等戦術か!」
などと訳の分からない事を言っているのは香芳美若さん。
蜥蜴兵蹂躙戦の募集を集ったら、クルルちゃん担当のこの人が喜んで飛び込んできたのだ。
「まぁ、出だしはグダグダですが! これから巻き返して行きますよ!」
「「「誰のせいだ!(でやんすか!)」」」
気を取り直そうとして言ってみたが、双子さんと鬼羅姫螺星さんにお説教されました。
……本当に反省しています。
☆
今回蜥蜴兵討伐に参加しているのは七人。
香芳美若さんのパーティー三人。
この人たちとは月光熊討伐で一緒に仕事した事がある。
あの後、鉄ランクだったベイルさんが銅ランクに上がり、三人全員銅ランクになったらしい。
そして私の担当冒険者たち、双子の閻魔鴉さんと極楽鳶さん、暗殺者の鬼羅姫螺星さん、銀ランクの問題児である韻星巫流さんの七人だ。
キャンプの見張りは韻星巫流さんに任せている。 作戦会議に呼ぶと、話が進まなくなる可能性しかないからだ。
仲間はずれにしてる訳じゃないけど、ごめんなさいと心の中で言っておく。
蜥蜴兵が集まっている高台から離れた所に簡易キャンプを立て、現在作戦会議中だ。
ある程度お説教をされ、反省した私は正座したまま作戦会議に参加している。
「そもそも何で偵察に俺を連れて行かなかったでやんすか?」
「双子さんが行きたいって駄々こねたからです」
そもそも偵察なら暗殺者の鬼羅姫螺星さんほど適した人はいない、しかし双子さんはなぜか偵察に行きたがったのだ。
「だって偵察ってさ」「なんかかっこいいじゃん!」
もはやついてきた理由を考えるのはやめた方がよさそうだ。
「とりあえず今回の相手は頭がいいです。 慎重に行動しましょう!」
沈黙。
そして全員私にじとーっとした冷たい視線を向ける。
「これからは……慎重に、行く所存です。 特に、私……が」
モジモジしながら答えると、双子さんが笑い出した。
「セリナさんが」「モジモジしてるぞ!」「「鬼羅姫螺星おまえすげーな!」」
確かに、なぜか鬼羅姫螺星さんには逆らえないオーラがあると思った。
小人族だからちっちゃい子のお願い聞いてる感覚と似てるのかな?
「セリナさん、なんでやんす? 子供を愛でる時と同じような顔してやすが……」
首を傾げる鬼羅姫螺星さんに慌てて、気にしないで下さい! と告げる。 喋り方はジジ臭いが、小人族は用紙や身長のせいで舐めらやすいからわざわざ年長者のような喋り方をするのだ。
「ところで何かいい策ある方いますか?」
私は話を戻そうとしてみんなに視線を向けた。
すると一名、素早く手を上げる。
「私はあらゆる可能性を考慮したのですが、二つの策を進言していいですか!」
香芳美若さんが自信満々の瞳を私に向けてきた。
この人は月光熊討伐戦以降、鬼羅姫螺星さんの助言で戦術を考えるようになったと聞く。
正直どんなすごい作戦を提示しようとしてるか、ワクワクが止まらない。
「突撃か、突貫か、正面突破です!」
隣で私の手当てをしながら、頭をかかえてため息をつく鬼羅姫螺星さん。
……二つって言ったよね?
しかも全部同じじゃない? 私のワクワク返せよ。
香芳美若さんは、あまりお変わりがないようでした。
☆
作戦会議では紆余曲折あったが、今回の作戦はこうだ。
まず、蜥蜴兵の注意を引く。
「蜥蜴兵諸君! 我が名は香芳美若! いざ、尋常に勝負!」
蜥蜴兵九十体の正面から、声高々に香芳美若さんが宣戦布告をしているので注意はバッチリ引いている。
そして、蜥蜴兵を目標地点まで誘導。
「リックさん、ベイルさん。 香芳美若さんを眠らせて下さい」
パーティーメンバーであるリックさんがゆっくりと近づき、なんの遠慮もなく香芳美若さんの後ろ首に手刀を放つ。
ころんと気絶した彼をベイルさんが担いで、みんなで目標地点まで走って撤退。
ベイルさんの強みは持久力と素早さだ。
いつも囮か傷ついた仲間を担いで逃げているイメージがある。
それはさておき、逃走経路には落とし穴もワイヤートラップも仕掛けていないため、蜥蜴兵は全員普通に追ってきている。
そして次の作戦でほぼ終幕。
私はベイルさんたちと共に走りながら、高台の上で待つ韻星巫流さんと鬼羅姫螺星さんに発煙筒で合図を送る。
すると、地響きが足の裏から伝わってくる、もちろんこれはたまたま地震が起きた訳ではない。
走りながら後ろをちらりと振り返ると、私たちを追ってきている蜥蜴兵の頭上から巨大な大岩が降り注いでいる。
その名も、落石作戦。
密集陣形を組む蜥蜴兵に接近戦を持ち込むのは、討伐するのに少々時間がかかる。
後衛から狙撃も盾で防がれるし、罠も警戒されるのだ。
ならば防げない火力で捻り潰すのみ。
落石を仕掛けてくるなど誰が考えるだろうか、人工的なトラップに気づきやすい彼らは自然の力で作ったトラップには気づかないのも当然だ。
「さ、さすがオーバーキルのセリナさん。 容赦ないですね……」
「ベイルさん、今何か言いましたか?」
ベイルさんは私の質問を受け、青ざめながらあたふたしだした。
「何も言ってません!」
「口じゃなくて足動かしましょうね〜、じゃないとうっかり落石に巻き込まれるかもしれませんからね!」
私は笑顔で優しく注意してあげたのだが、ベイルさんは「ひいっ!」と何かに怯えながら加速した。
香芳美若さん担いでるのに、あんなに飛ばして大丈夫だろうか?
さて、作戦通り落石は見事に直撃した。
ちなみに落石係の二人は鬼羅姫螺星さんの気流操作で姿を見えづらくして移動、韻星巫流さんの魔法で大岩を作成。
彼は五種類全属性魔法の簡単な攻撃ができる。
地属性魔法でそこらじゅうの土や石を集めて、大きな岩を大量に作っておいてもらったのだ。
二〜三個大きいのがあればいいと言ったのだが、あの感じだと二十個くらい落ちてきた気がする。
そして仕上げ、落石が直撃した蜥蜴兵の部隊は隊列もクソもない。
甚大な被害を受けた蜥蜴兵たちは大混乱している。
岩の下敷きになった仲間を救おうとする者、逃げ出す者、仲間を集めようと必死に鳴く者などなど。
こうして孤立した蜥蜴兵たちを全員がかりで確実に狩り尽くす。
作戦は見事すぎるほど鮮やかで、蜥蜴兵蹂躙戦は呆気なく終わったのだった。
「くっはっはっはっはっ! 見事な手前、見事な手際、見事な作戦である! さすがセリナさん。 この私、不可能を可能に変える男である韻星……」
「ああ、お見事でしたよ韻星巫流さん! それにしてもあんなにたくさん岩を作れるとは思いませんでした。 ニ〜三個あれば十分だったのですが、その十倍近く作るなんてさすがです!」
韻星巫流さんは毎回、口を開くとかなり話が長いため早めに遮ってしまうのが仲良くするコツなのです。
私の隣ではハイタッチに失敗して、クロスカウンターのような体制で互いの顔面を鷲掴みしている双子さん。 相変わらずハイタッチが決まらない。
そしていまだにのびている香芳美若さん。 なぜだろう、こんなにもスムーズな討伐だったのに何とも言えない空気だ。
「セリナさん、このバカどもはとりあえず放っておいて砦に戻りやしょう」
「ええそうですね、今回のクエストは鬼羅姫螺星さんがいて本当によかったです」
私の呟きに首を傾げる鬼羅姫螺星さん。
残念な人が多い第二世代と言われているが、鬼羅姫螺星さんだけは口調以外まともなのだ。
こうして私たちはスムーズに蜥蜴兵を蹂躙し、その日の内に王都の冒険者協会に戻る事になった。
☆
冒険者協会は朝と夕方が忙しい。
朝はクエストを受注に来る冒険者たちにクエストの斡旋。 夕方はクエストから帰った冒険者の達成報告の管理。
そのため昼頃はほぼやる事がない
あったとしても近隣の村や王城から使者が来て依頼を出されるくらいだ。
他には遠征に行っていた冒険者がたまに昼ごろ帰ってくるが、遠征は高ランク冒険者などが受けるので数は少ない。
私の担当の金ランク三人パーティーも、果ての荒野へ行ってから二ヶ月以上帰ってきていない。
七日に一度、報告書がくるので生きてる事は確かだろう。
私たちが蜥蜴兵蹂躙戦から戻ったのは忙しいはずの夕方だった。 日も落ち始め薄暗くなってくる時間。
冒険者協会は十九時まで受付を行なっているため、間も無く受付終了する時間だろう。
この時間帯だと受付は冒険者たちがごった返すはずだ、営業時間終了間際に駆け込んでくる冒険者も多い。
その上受付が終了する二時間前からは、昼にカフェエリアだった場所は食堂に変わり、そこで冒険者たちがわいわいとはしゃいでいる。
その騒ぎは協会の外にいても聞こえるほどなのだが……
「妙だ、この私は冒険者になってから役三年が経っているが、こんな静寂は感じたことがない。 あの冒険者協会を静かにする事など、不可能を可能にするこの私でもさすがに不可能な——」
「確かに時間ギリギリなのに」「駆け込み冒険者も見かけないな!」
双子さんまで韻星巫流さんの長い台詞を遮るのが上手くなっているのは非常に気になるが、今はそれどころではない。
私は眉根を寄せながら、恐る恐る協会の扉を開く。
「誰も……いない?」
息を呑む。
ありえない光景が広がっていた。
私が受付嬢になってから今日まで、こんな事は一度もなかった。
私は慌ててカウンターに駆け込む。
クエスト受注リストと達成報告書を確認しに行けば誰が何時ごろ帰ってきたのかわかるはずだと思ったからだ。
そして私はその刹那、とある事を思い出す。
数日前、資料室でレイトに会った時に言われた言葉を……
☆
彼女は昼食後に資料室にこもって何かを調べていた。
たまたま私も資料を取りに行ったので軽く挨拶をして、そそくさと部屋を出ようとしたのだが。
「セリナ? 聞きたいことがあるんだ」
珍しくオカリナを吹かずに話すレイト。
普段眠るように閉じていた瞳も、今はくっきりと開いている。
真面目な話や真剣になった時、彼女はその幻想的な空色の瞳を見せるのだ。 緊張した私は返事ができずに視線だけを向ける。
「ここ最近の蹂躙戦、妙だとは感じないか? それに先日の水神龍出現騒ぎも含め、上級モンスターの出現率も妙だ」
私はこの時レイトが言っている意味が分からなかった。
なぜなら蹂躙戦の出現数も、上級モンスターの発見報告も、例年に比べると平均程度の頻度だったからだ。
中には九尾狐という新種の発見もあったが、新種のモンスターなど毎年十体くらいは出るのだからこれも不思議ではない。
だから私はこれと言って疑問は抱かなかった。
しかしレイトはあんな変わった人だが、かなり頭の切れる受付嬢だ。 少しでもおかしな現象は見逃さない。
彼女が担当するエリアは、いつもモンスターが大量発生する前に片付けてしまうほど注意力や判断力が鋭い。
なので彼女のこの言葉は良くないことの前触れでもあるのだ。 私は息を呑んで、次の言葉を待った。
あの時、レイトは言っていた。
「桜花月の始まりから今日までの蹂躙クエストや上級モンスターの発見報告は、九割六部王都より北で起こっている。 まるでモンスターたちが何かを恐れ逃げてきているような気配を感じるんだ」
私はカウンターでクエストの報告リストをあさりながらレイトの言葉を思い出し、全身に鳥肌が立つ。
あの時レイトが言っていたのは……とてつもないモンスター発見の前触れで、今まさに私たち以外の冒険者たちはそのモンスターと戦闘をしているのではないか?
そんな風に思った瞬間、協会内の静寂を切り裂くように、勢いよく入り口の扉が開かれた。
そこに現れたのは全身大火傷をおい、半身がほぼ動いていない状態の冒険者。
何度か一緒に仕事をしたことがある、メル先輩が担当する冒険者のガルシアさんだった。
ガルシアさんは虚な瞳を私に向ける。
「——助けて下さい、セリナさん。 恐らく、新種の滅界級モンスターです。 今メルさんとクルルさんの冒険者たちが時間を稼いでますが……長くは持ちません。 お願いします、助けて下さい」
いつも強い口調のガルシアさんが、弱りながら必死に私に声をかけてくる。
私は戸惑いながらもみんなと協力して、彼を医務室に運んだ。




