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〜鋼ランククエスト・百足武者討伐〜

 〜鋼ランククエスト・百足武者討伐〜

 

 冒険者協会の中庭で、手作りのお墓の前で両手を合わせる冒険者がいた。

 

 鋼ランクのぺんぺんさん、私の担当冒険者だ。

 

 彼が何故手作りのお墓の前にいるのか、一体誰のお墓なのか、そんなことを本人に聞いたら大変なことになってしまう気がする。

 

 ぺんぺんさんは三日前に自分で作った手作りのお墓の前で、しばらくの間両手を合わせてかがみ込んでいる。

 

 そう、あの事件が起きてしまったのが三日前……



 ☆

 時は三日前の夕方にさかのぼる。

 

 クエストから帰ってくる冒険者たちの対応をしている時、入り口の扉が勢いよく開かれ、ただならぬ勢いで駆け込んでくる三人組のパーティーを見て、私は混乱した。

 

 その三人組の冒険者は、満身創痍の状態だったからだ。 一人は気を失っている、残りの二人は全身傷だらけでもはや立っているのもやっとだろう。

 

 幸い、骨には異常はなさそうだが出血量がまずい……

 

 顔色を見ても毒の影響は受けていない。 とりあえず、私は慌てて協会内にいる回復士を集めた。

 

 意識を失っていたのはぺんぺんさん。 強い癖のある焦茶色の髪を七三分けにしている男性冒険者。

 

 いつもかっちりとした格好をしているため、おそらく育ちがいいのだろう。

 

 左腰のチェーンにつけた、悲しそうな顔のぬいぐるみにしょっちゅう話しかけている変わり者で、今はぐったりと気絶していて担がれている。

 

 彼を担いでいるのがパイナポ。 蜜柑色の髪をツンツンさせてるヤンチャそうな男性。

 

 全身傷だらけで、今にも倒れてしまいそうだ。

 

 隣にいるのは夢時雨さん。 黒みがかった灰色の髪をした男性で、猫科の獣人族。

 

 戦闘中は気性が荒くなるが、戦闘していない時はかなりネガティブだ。

 

 彼も傷だらけなのだが、そもそも彼らが受けたクエストでこんなにも傷だらけになるとは思えない。

 

 この三人はかなり腕が立つ、鋼ランクの中でもトップクラスの実力で、銀ランクに上がるのも秒読み状態なのだ。

 

 そんな彼らが鋼ランクの討伐クエスト、百足武者ミルパルメット五体の討伐でこんな満身創痍になってしまっている。

 

 百足武者【ミルパルメット】中級モンスターで、その全長は五〜六メーターに及ぶ巨大百足《   ムカデ》だ。

 

 ヤツらは沼地に生息している。 沼地は毒を持つモンスターが多い、その中でもヤツらは強力な毒の牙を持っていて、背中は硬い甲羅で覆われている。

 

 動きはそんなに早くないし、頭を潰せば割と楽に退治できるし腹側の肉質も柔らかい。

 

 しかし、強力な神経毒と無数に生えるつるぎのような足はかなり殺傷性が高く、中級モンスターの中では油断すれば討伐が危険なたぐいになるだろう。

 

 しかし、危険ではあるが五体程度ならこの三人の敵ではないはずだ。

 

「パ、パイナポさん早く横になって下さい! ぺんぺんさんは私が支えるので!」

 

「あー、セリ嬢……わりぃな。 でもまぁ……あんま心配しなくてもいいぜ? できればそんな大事おおごとにはしたくないんだが——」

 

 全身血で真っ赤になっているのにも関わらず、困ったように笑うパイナポ。

 

「そんな傷だらけで何言ってるんです! 早く医務室で横になって! 回復士は呼んでますから早く!」

 

 私は気まずそうな顔をしている二人を医務室に押し込み、回復士を集め回った。

 

 そして三人には何が起きたかを確認しなくてはならない。

 

 あの三人があそこまでボロボロになる理由を、出来る限り早く聞き出さねばならない。

 

 中級モンスターを楽々倒せるような冒険者をあんな状態まで追い込める強さのモンスター。

 

 もしかしたら、上級モンスターが出現した可能性があるのだから。

 

 

 ☆

 医務室で回復士達の治療を受けていた二人は、異常なほど回復士にペコペコ頭を下げ続けている。

 

 いつもはあんなにペコペコしない、むしろ冒険の話や討伐したモンスターの情報交換をしたがるのだが……

 

 それにしても解せないことが多い。

 

 百足武者の素材は男性冒険者に人気で、背中の硬い甲羅は軽いため防具に使われる。

 

 足は投げナイフやダガー、毒は狙撃手の毒矢、罠や薬品でモンスターを退治する調合師などに高値で売れる。

 

 彼らは今日の朝、パイナポが壊れた肩鎧を新調したいと言い出して、百足武者の素材を求めて討伐に行った。

 

 だが、納品された五体の百足武者は全てミンチのような肉塊に成り果てていた。 とても納品できるような状況ではなかったと言う報告を受けている。

 

「パイナポさん、一体何があったのですか?」

 

 傷があらかた塞がったのを確認した回復士が私に目配せをしてくれたため、私は意識のある二人に話を聞く事にした。

 

「あー、そのー。 百足武者を狩りに行ったんだ……そしたら、そのー……えっとー」

 

 歯切れが悪い説明をするパイナポ。

 

「お、怒らせてはいけないものを、怒らせてしまったんです」

 

 夢時雨さんまで煮え切らない答えを返してくる。

 

 一体何があったのだろか?

 

 煮え切らない反応を見せる二人に、私はゆっくりとした口調で、二人を刺激しないよう丁寧に説明する。

 

「私は、あなたたちが百足武者に遅れをとったとは思えないんです。 なので、上級モンスターが出たと疑っています。 ゆっくりで構わないので、何があったのか教えてはいただけませんか?」

 

 こんなひどい怪我をしているのだ、相当強力なモンスターとエンカウントしたのだろう。

 

 いつもは明るくて元気なパイナポが、口籠もってしまうような何かがあったのだ。

 

 何があったかを詳しく聞いてしまうのは無粋かもしれない。 しかし放っておけば確実にたくさんの命が奪われる。

 

 上級モンスターが出てしまったなら、早く対応しないと……

 

「ちょっ! 違う違う! セリ嬢、そんな顔しないでくれ!」

 

「じょ! 上級モンスターなんて出てません! 本当ごめんなさい、僕たちが悪いんです許して下さい!」

 

 上級モンスターと言った瞬間取り乱す二人、回復士たちに安静にするように注意されながらも、彼らは気まずい顔で何が起きたかを話してくれた。

 

 

 ☆

 その日の朝、彼らはセリナの元で百足武者五体の討伐依頼を受けた。

 

 クエスト受注後、三人は沼地の拠点に向かい打ち合わせをする

 

「なんか俺のわがまま聞いてもらっちまって悪りぃな! この前肩鎧が壊れちまったからさぁ……百足武者の素材で作った鎧ならしばらくは持つだろ!」

 

「僕の籠手はもうしばらく持つと思うけど、装甲が硬くてできるだけ軽いモンスターの素材を使わないと。 重くて動くのが大変だから予備を作っておきたかったし……ちょうどよかったよ」

 

 前衛のパイナポと夢時雨は、軽くて強度のある素材を好んでいる。 中でも百足武者の鎧は使い勝手がいいため、何度も討伐に来ているのだ。

 

 百足武者の武具は魔法に弱い上に加工が少し難しいらしく、不恰好なものが多いが前衛で動き回る男性冒険者には手頃なため人気なのだ。

 

「おい二人とも、慣れているとはいえ油断はするなよ? キャステリーゼちゃんも心配しているぞ」

 

 ぺんぺんはそんな二人に釘を刺す。

 

 このパーティーのリーダーでもある彼は、モンスター討伐の際は油断しないよういつも討伐前に念入りに打ち合わせをするのだ。

 

「よく来るから言わなくても分かると思うが、奴らは夜行性だ。 昼間は水場周辺の岩影に注意しろ。 今の季節は落ち葉も多い、落ち葉の下から急に現れると言う報告もあるらしい。 まずは水場周辺の岩場から探してみよう。 戦闘開始したらパイナポが前衛だ、俺と夢時雨で補佐をする」

 

 籠手や脛当てでモンスターを本能のままに殴る夢時雨は、戦闘時の立ち回りが荒く、攻撃を受けやすいため毒を持つ百足武者が相手だと少し危険だ。

 

 そのため毒を持つモンスターが多い沼地では、パイナポが最前線に立つ事が多いのだ。

 

 いつもの流れのため、二人は特に何も言わずにぺんぺんの言葉に頷いた。 沼地は湿気が多く、水捌けが悪いため土も水を多量に含んでいて足場も悪い。

 

 体にまとわりつくような湿気は前衛冒険者の体力を無慈悲に奪っていく。

 

 その上毒や麻痺などの状態異常を付与してくるモンスターも多いため、探索中は緊張感も続き、精神的に疲労が激しい。

 

 彼らは足早に水場に向かい、岩場を遠目に観察して百足武者を探す作業に入っていた。

 

「あの岩場はいないな、次だ! 急ぐぞ」

 

 ぺんぺんは雷と地属性の魔法を合成させ、砂鉄を操る。

 

 そのため怪しい岩場からは距離を取り、砂鉄で岩を浮かせて百足武者がいないか確認して回っている。

 

 鬱蒼うっそうとした林の中、水場の近くに大岩を見つけては慎重に岩を浮かせて確認していく。

 

 時間は経過していき、数カ所見て回ったが百足武者は発見できなかった。 少し気が緩んできた状態で、ぺんぺんは次の岩場に向かおうと立ち上がる。

 

 その瞬間、足元の落ち葉がかさかさと動いた。

 

 それを見逃さなかった夢時雨は咄嗟に叫ぶ。

 

「ぺんぺん! 足元だ!」

 

 ぺんぺんは咄嗟に身を逸らしたが、百足武者が振り上げた剣のような足が、左半身の服を裂いた。

 

 幸い、紙一重でかわしきったため大怪我はしなかった。

 

 ぺんぺんの服はざっくりと切られていて、皮膚には薄く血が滲んでしまっている。

 

 

 

 ……そしてこれが事件の始まりだった。

 

 

 

 破けた服をちらりと確認したぺんぺんの目つきが変わる。

 

 それと同時に地面からは砂鉄で作られた針が無数に飛び出し、奇襲を仕掛けてきた百足武者は一瞬で蜂の巣になった。

 

「おい、ぺんぺん! やりすぎだろ〜、そんな蜂の巣にしちまったら素材……が——」

 

 蜂の巣になってしまった百足武者を見たパイナポは、呆れたように文句を言おうとしたが、彼は言葉の途中でぺんぺんの異常を察知した。

 

 彼からは禍々しい程の殺気が漏れ出ていて、それに当てられたパイナポの足がすくむ。

 

 ぺんぺんの足元に視線をやると、いつも腰につけて大事そうに話しかけていたぬいぐるみ、キャステリーゼちゃんが真っ二つになっていた。

 

 無惨に切り裂かれたキャステリーゼちゃんは、彼の足元に力なく横たわっていたのだ。

 

 ぺんぺんは肩をわなわなと震わせながら座り込み、無惨な姿になってしまったキャステリーゼちゃんを両手で優しく抱え上げる。

 

「……皆殺しだ」

 

 背筋の凍るような低いトーンでの呟きを聞いたパイナポたちは、恐る恐るぺんぺんに声をかける。

 

「お、おいぺんぺん! 冷静になろう……な?」

 

 夢時雨は本能的に危機を察知し、すでに逃げる体制を取ろうとしていた。

 

 しかしすでに遅く、討伐された仲間の仇を取ろうと、他の百足武者が集まり始めていた。

 

「ぱっぱパパパパパイナポ! この百足共をとっととぶちのめして退散するぞ! さもねぇと俺らもヤベェ!」

 

 パイナポは夢時雨の指示を聞き慌てて集まって来た百足武者を討伐しようと視線を向けた。

 

 しかし、すでに集まって来た百足武者たちは真っ青な血を撒き散らし、見る影もなく細切れになっている。

 

「よくもキャステリーゼちゃんを……貴様ら全員皆殺しにしてくれる」

 

 血走った瞳でおぞましい殺気を振りまくぺんぺん。

 

「時雨! 全力で逃げるぞ!」

 

「分かってる! あいつの魔力が無くなるまで離れるしかねえ!」

 

 脱兎の如く逃げ出そうとするパイナポたちの足元には、既に砂鉄で出来た無数の刃が浮かび上がっており、ぺんぺんの周囲にものすごい速さで集まっていく。

 

 パイナポたちは必死に逃げたが、集まる砂鉄の刃の数が尋常ではない。

 

 上下左右から、小指の第一関節ほどの大きさの刃がものすごい速さで飛んでくる。

 

 顔を両腕で守りながら全速力で走る二人は、安全地帯に来たことを確認し、一息吐きながら振り返る。

 

 すると、ぺんぺんを中心に集まり続ける砂鉄が漆黒の竜巻を作り出し、辺り一体の景色が黒いもやで見えなくなってしまっている。

 

 既に身体中至る所に切り傷を負ったパイナポと夢時雨はその景色を見て戦慄する。

 

「時雨、あと数秒逃げるのが遅かったら……俺らもやばかったぜ?」

 

「あぁ、生きた心地がしなかった」

 

 すると竜巻の中心部から怒り狂ったぺんぺんの叫びが聞こえてくる。

 

「クソ虫どもは皆殺しだぁ! 俺の、俺の大切なキャステリーゼの命を奪った罪! その身をもって知りやがれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ぺんぺんの叫びは空にとどろき、沼地に響き渡った。

 

 

 ☆

「と、言う訳でして……百足武者は恐らく五体以上狩ってしまいました。 百足武者だけじゃ無くあの辺りにいた他のモンスターもミンチになってしまっています」

 

 何故か敬語のパイナポの言葉をポカンと口を開いたまま聞いていた。

 

 隣にいた回復士の方々もわたしとおなじくぽかんとしている。

 

「僕たちは、ああなったぺんぺんを見たのは二回目だったから急いで逃げられたけど……前回のはキャステリーゼちゃんの腕が少し切れた程度だったので、怪我人は出ませんでした。 今回のは、状態が状態だっただけに前回の比じゃなかったです。 他の冒険者が近くにいなくて本当によかった」

 

 夢時雨さんまで何故か正座していた。

 

「えっと、じゃあぺんぺんさんが気絶しているのは?」

 

「「魔力切れです」」

 

 私の質問に、お二人は息ぴったりに答えてくれた。

 

 どうやらぬいぐるみを切刻まれてガチギレしたぺんぺんさんは、約三分間に渡りフルスロットルで魔力を使い、辺り一体のモンスターは細切れにしてしまったらしい。

 

 そして魔力が切れて気絶した彼を二人でなんとか運んできたとか……

 

 つまり、上級モンスターが出たわけではないようだ。

 

 ……これで一安心、そう思った瞬間急にパイナポが私の手を取る。

 

「な、なぁ頼む! あいつは確かにいつもぬいぐるみなんかに話しかけてて変なやつだとは思うけど、悪いやつじゃねぇんだ! ちゃんとああなった理由がある! だから何も罰は与えないで欲しい!」

 

 パイナポは安堵する私に必死に訴えてくる。

 

「ぼっ! 僕からもお願いします! ぺんぺんがあのぬいぐるみを大切にしているのには、深い理由があるんです!」

 

 二人には私は慈悲もない奴だと思われているのだろうか?

 

 かなり必死で迫られ、逆に焦ってしまう私。

 

「いやいや、怒ってないから謝らないでくださいよ! 上級モンスターが出たのかと思ってヒヤヒヤしてましたが、そんな事よりお二人は怪我大丈夫ですか?」

 

 どうやら二人がぺんぺんさんのことを話そうとしなかったのは、彼がなんらかの罰を受けると思い込んでいたからなのだろう。

 

 仲間思いな人たちだ。

 

 二人がぺんぺんさんを責めるつもりがないのなら、私が何かをきつく言う必要はないだろう。

 

 ただ彼には、仲間の命を危険に晒してしまった事について、自覚してもらわなければならないが……



 ☆

 魔力切れで眠っていたぺんぺんさんが目を覚まし、私が事情を説明すると……彼はすぐにベットの上にこてーんと転がった。

 

「パイナポ! 時雨! ぴよぴよぷりんつ!」

 

 おいおい、本当に反省しているのか?

 

 と思ってしまうこの謝り方、この異世界では最大級の謝罪方法なのです。

 

 ぺんぺんさんは顔面蒼白していて、恐らくまだ大幅に失った魔力を回復し切れていない。

 

 にも関わらず二人にすぐさまぴよぴよぷりんつした。

 

 二人もその姿に一瞬唖然としたが、何か理由を知っているようで……頭を上げるように言っていた。

 

 その事件から三日たった今、ぺんぺんさんは自作したキャステリーゼちゃんのお墓に祈りを捧げている。

 

 数分間じっと目をつむって何かを考えていたようだったため、私は邪魔しないようにしばらく彼の様子を見ながら待っている。

 

 あの後、落ち着いたら話をしたいと言われたので、中庭のベンチに座って退院した彼を待っているのだ。

 

 しばらくするとゆっくりと目を開けたぺんぺんさんは、私が来ていることに気づき小走りで駆け寄ってくる。

 

「待たせてしまったか?」

 

「いえいえ、待ってないですよ? この時間は特にやることもないのでお気になさらず!」

 

 浮かない顔をしたぺんぺんさんは、私の隣に座っていいか確認をしてきたので普通に了承した。

 

 ぺんぺんさんは一礼してから少し距離を空けて座る。

 

「俺は、今回のことの責任を取らなければならないと思っている。 二人は俺を許してくれたが、普通は許せる事じゃない。 なんせ命に関わる可能性もあった訳だからな。 だからおれには正当な罰則を……」

 

「なんの話かと思えば、甘ったれたこと言わないでくださいよ」

 

 少しイラッときてしまった私の発言に、きょとんとした顔を向けるぺんぺんさん。

 

「罰を受ければ丸く治るとか思ってます? それが甘いって言ってるんですよ! あの二人は命の危機に瀕したにも関わらずあなたを庇った、しかもあの怪我であなたを担いで帰ってきた。 あなたは罰を受けて償うより、死ぬ気で恩を返すべきだと思いますが。 本当に反省してる人って、結果で挽回する人だと思うんですよ。 ま、『責任とって辞めます!』なんて言わなかっただけ安心しましたよ?」

 

 私の言葉に、少し悔しそうな顔をするぺんぺんさん。

 

「セリナさんは本当に凄い人だ、あなたやパイナポたちと冒険ができる俺は幸せだな。 すこし、俺の下らない話を聞いてくれないか?」

 

「別にいいですよ? 朝クエストに向かったみなさんが帰ってくるまで、もう少し時間あると思いますし」

 

 そしてぺんぺんさんは昔のことを語り出した。 なんでもぺんぺんさんの家は元々貴族だったらしい。

 

 彼は実家で跡を継ぐはずだったのだが、親がとんでもないおばかさんだったため、かなりの借金をしてしまい屋敷を差し押さえられたとか。

 

 その際幼かったぺんぺんさんは路上に放置され、両親は仲良く夜逃げしたらしい。

 

 食べるものもないぺんぺんさんは路上を一人彷徨い、ゴミ捨て場に捨ててあった、悲しそうな顔をしたぬいぐるみを見つけたとか。

 

 それがあのキャステリーゼちゃんだったらしい。

 

「捨てられていたキャステリーゼちゃんを見た時、俺にそっくりだと思ってしまってな……見捨てられずに拾ってしまった。 その後俺は孤児院に保護されて、冒険者育成学校に行くのだが……ここでも俺は落ちこぼれでな。 戦闘訓練ではすぐにパニックを起こしてしまうし、接近戦なんかみんなの動きが早すぎて思考が追いつかなかった。 落ちこぼれで両親もいない俺はすぐに一人ぼっちになった」

 

 思った以上に重い話で悲しい気持ちになってしまう。 この人の過去は想像以上に辛いものだった。

 

 ぬいぐるみに話しかけちゃう変な人だとしか思ってなかったから、余計に罪悪感に駆られる。

 

「冒険者育成学校で疎まれ始めた俺は、何を迷ったのか、夜中寝る前や朝学校に行く前に自然とキャステリーゼちゃんに話しかけるようになってしまったんだ……気持ち悪いだろ? だが、話す相手もいなかったからな、寂しかったんだと思う」

 

 すごく反応に困り、私は無言で次の言葉を待つ。

 

「キャステリーゼちゃんに話しかけるようになってから、徐々に戦闘中冷静になれるようになった。 接近戦では未だにパニックしてしまうが、中距離で戦うなら他の者を圧倒できるようになった。 おかげで成績も上がり、王都で岩ランク冒険者としてデビューできた。 それでおれはキャステリーゼちゃんを持ち歩くようになった。 あの子と一緒にいる間は、パニックを起こさなくなったからな。 周りからは気味悪がられたが、育成学校では元々俺を疎んでる人間しかいなかったから気にならなかった。 あいつらに会うまではな……」

 

 ふと、ぺんぺんさんが視線を明後日の方向に向けた。 協会のカフェエリアから中庭に通じる通路の方だ。

 

 私も釣られて視線を向けると、そこにはパイナポと夢時雨さんが物陰に隠れ、心配そうな顔で私たちの様子を窺っていた。

 

「俺は今までパニックを起こさないようにキャステリーゼちゃんを連れ歩いていた、ひとりぼっちなのを紛らわすためにな。 だけど、よくよく考えればもう必要ないのかもしれない。 あいつらとパーティーを組むようになって、セリナさんが俺の担当になってからは、俺を気味悪がるやつがいなくなった。 むしろ仲のいい冒険者が山ほど増えたからな」

 

 そう言いながら立ち上がり、肩をすくめながら私の方を向く。

 

 私はパイナポたちがいた方に視線を戻すと……

 

 よーくみてわかったが、そこにいたのはパイナポや夢時雨さんだけではなかった。

 

 私の担当冒険者たちが、通路の扉に張り付いて心配そうな顔でこちらの様子を伺っている。

 

「セリナさん、さっきあなたは『責任とって辞める!』と言われたら怒ると言っていたな? 冗談じゃない。 こんな素晴らしい仲間たちと出会えたのだ。 あなたがさっき言ったように、これから先俺に責任を取らせてくれ、結果で挽回させてくれ。 ——あいつらの命を救う機会を、与えさせてくれ」

 

 そしてみんなの元にゆっくりと歩き出すぺんぺんさん。

 

「さっきキャステリーゼちゃんにはお別れを告げてきた。 俺にはもうこんなにもたくさんの仲間がいるから、もう大丈夫だ……とな?」

 

 そう言ってみんなのところに向かうと、私の担当冒険者たちに囲まれるぺんぺんさんは、少し困った顔をしていたが……

 

 ——今の私には、どこか嬉しそうにも見えた。


 

 ☆

 その日の夜、私はとあるものを買いに行った。


 お目当てのものを購入して家に帰り、部屋の端に置いておいた道具を取り出す。

 

 久々の作業に少し戸惑ったが、転生前はよく趣味でしていた事なのでお手のものだ。

 

 ——そう、私が今作っているのはぬいぐるみ。

 

 昔作っていた推しキャラや、今の推しであるキャリーム先輩のぬいぐるみではない。

 

 ……キャリーム先輩のぬいぐるみは、後で特大サイズの物を作ってもいいな。

 

 それはともかく! 今作ってるぬいぐるみは、どこにでもいそうな美少女で、満面の笑みを貼り付けた女の子。

 

 私の記憶が正しければ、よく見かけた悲しそうな顔のぬいぐるみに似ているはずだ。

 

 これを渡そうとしてる冒険者は、必要ないと言うかもしれない……けれど私は作らずにはいられなかった。

 

 私は翌日の朝、クエストを受けに来たある冒険者にそのぬいぐるみを渡しながらこう告げる。

 

「そのぬいぐるみはいましめです、私がいいっていうまで取ってはダメですからね! あなたも私も納得できるような成果を達成するまで、預ってもらいます!」

 

 その言葉を聞いた冒険者は、嬉しそうに笑いながら優しくぬいぐるみを抱えて、左腰についていた……寂しそうなチェーンにつける。

 

 そして、その両目からは溢れんばかりの闘志をみなぎらせてこう答えた。

 

「無論、セリナさんですら驚く成果を上げ、この恩に報いてみせるさ。 あまりに大きすぎる成果を聞いて、腰を抜かさないよう覚悟しておけ!」

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