〜エピローグ・最高の褒美〜
〜エピローグ・最高の褒美〜
「セリナ、人を呼び出しておいてあなた……十分遅刻よ!」
武闘大会優勝で勝ち取ったご褒美デートの日、開口一番文句を言われてしまいました。
「そんな事よりセリナ、休みの日はそんなにかわいい服着るのね? それにお化粧もいつもより少し大人っぽくて素敵だわ?」
私は頭がくらりとする。
ちっくしょう! 持っていかれたぁ! 私の大切なものを! 何を持って行かれたかって? 私の……心ですよ。
「キャ、キャリーム先輩! きょ、今日は私が勝ったんですから! 一日、私の言うこと聞いてもらいますよ!」
私はキャリーム先輩の魅惑の言葉に騙されず、今日の目的を告げる事にする。
「え? でも私あなたに言われたからここに来たんだけど、これで一つ言う事を聞いたんじゃ……」
「んっん〜。 え〜、まず今日一日私のことは『セリナお姉ちゃん』と呼んでもらいます」
「はっ? えっ? あなた年下でしょ? それにさっきも言ったけど——」
必死に抗議しようとするキャリーム先輩の言葉を遮り、捲し立てる私。
「あとはこれから洋服屋に行って、私がキャリーム先輩に似合う服を選びます。 今日はそれを着て一緒にデート……もとい遊んでもらいます! もちろん洋服代は私が出しますよ?」
捲し立てる私の勢いに圧倒されるキャリーム先輩は、頬をひくつかせながらため息をつく。
「もう、それでいいわ。 早く行きましょう? ……ちょっと! まずは洋服屋なんでしょう? 行くわよセリナ!」
私はちゃんと呼ばれないと答えるわけにはいかない。 絶対に! 絶対にだ!
「……早く行くわよ? ——セリナ、お姉……ちゃん」
「はい! 行きましょう! 気合い入れて似合う服選んじゃいますよ!」
るんるんとスキップしながらキャリーム先輩の手を引いて先に歩く私。
目を細め、痛い人を見るような目を向けなられながらも、私は歩き出した。
☆
洋服屋ではかなり思考をフル回転させた。
シンプルでスポーティな感じも可愛い、しかしフリフリは外せないだろう!
モコモコもいいぞ! もうすぐ寒くなるし、むしろ熊さんの着ぐるみなんてどうだ! くまの着ぐるみに、クマのパペット! そしてベアーの靴を……
いやいや落ち着け私、スモックだ! スモックはないのか! 店員さんに聞いたけど無かった。
スモックはなかったが、フリフリのガーリーな服を着てもらい、話をしたいと言うキャリーム先輩の要望に応えるためカフェに向かう。
カフェがあるテナントの一階は冒険者向けの武具店になっていて、カフェは二階にある。 階段を登りながら、私は思案を巡らせる。
スモックは後で私が自作する、黄色の帽子も忘れず作らなければ! ……とりあえず水色の布を買おう。
そんな事を思案しながら階段を登るとカフェに着き、適当に紅茶を頼んだ私たちは二階の窓の外に小さく見える魔族たちの孤児院に視線を向けながら話を始めた。 ちなみにお紅茶はダージリン。 あたりまえでしょ?
「セリナは、強いモンスターたちを倒す時に立てる作戦はとても画期的だと聞くわ」
……たぶんこれは真剣な話をしてると思うけど、私は少し悩む。
「んん〜、セリナお姉ちゃんが……どうやって月光熊の倒し方とか九尾狐の攻略法を思いついたか、知りたいんですけど」
私が悩んでいる内に、咳払いしながら勝手に言い換えてくれるキャリーム先輩。
キャリーム先輩の素晴らしい姿勢に応えるため、当時の討伐戦で見た事、私が考えていた事、冒険者たちの能力と特徴を説明した。
「あなたは、一瞬でそんな作戦を思いついたの?」
「一瞬ではないですよ! 冒険者たちが中級モンスターや雑魚対峙してるところを見て、こう言う戦法もありだって言うのを何個も考えますし、モンスターの特徴も下調べしてますから! 九尾狐に関しては砦に退却する間に考えたりしましたが、後半の戦いはほぼ咄嗟に思いついた事が多かったですね」
キャリーム先輩は私の言葉を聞き、悔しそうな表情を浮かべる。
「私には、そんな作戦咄嗟に浮かばない……今まで冒険者たちのために、困っている人の為に必死に勉強して、必死に色々考えていて。 そしたらいつの間にかナンバーワンだとか騒がれるようになったけど、私なんかよりモンスターの群れを即座に見つけて完璧な対応をするレイトさんや、どんなに強いモンスターもそこにいる冒険者だけで討伐してしまうセリナ……セ、セリナお姉ちゃんや、冒険者たちに慕われているメルさんや、みんなの失敗をカバーしてくれるクルルさんみたいな突出した才能なんてないの」
キャリーム先輩、すみませんもう真面目な話の時はお姉ちゃん呼びは大丈夫ですごめんなさい。
……と、心の中で唱えておく。
「私は優秀な冒険者たちの実力頼りで、為になる知識も何も教えてあげられない。 セリナお姉ちゃんみたいなすごい知識を教えてあげたい! なのに、私の平凡な脳みそじゃ何も浮かばないの。 魔族の冒険者たちの事も、私が力になりたかったのに、結局彼らの差別や偏見を少なくしたのはあなたの担当冒険者だった。 こんな私がナンバーワンなんて、名乗れるわけがないじゃない」
キャリーム先輩の言う通り、大会の後から見違えるほどに魔族の差別が減った。
むしろ、街で問題が起こりそうになると、当時どるべるうぉんさんたちの試合を見ていた一般の方は進んで止めるようになっていた。
彼らは問題を治める時に口を揃えてこう言うらしい『優秀な人間は差別なんてしない、魔族を差別するお前は無能なのか?』……と。
私はキャリーム先輩の頑張りも、カリスマ性も知っている。
それに、人前でこんな弱音を言うのは初めてだったのだろう。
俯き、肩を窄めて、膝の上のふりふりスカートをぐしゃりと握りしめながらポツポツと言葉を発している。
だから私が言える事はただ一つ。
「私はキャリーム先輩に憧れてます」
顔を上げ、目頭に涙を溜めたキャリーム先輩はキョトンと首を傾げる。
「キャリーム先輩が誰よりも優しい事を知ってます。 誰よりも真面目で、誰よりも熱心で、誰よりも一生懸命で、自分よりも他人を大切にしてしまう。 人間、突出した才能を持つ人がナンバーワンにならないといけないなんて誰が決めたんですか? そんな事が決まってしまったら、才能がない人間はみんな価値がないと言われているようなものです。 私はそんなの認めない!」
キャリーム先輩は私の言葉を真剣に聞いてくれている。
「私がキャリーム先輩に憧れたのは、あなたならきっとどんな天才も諦めてしまうような案件にも、逃げずに真正面から立ち向かえると確信したからです。 あなたは人を助ける為ならどんな困難も厭わないからです。 私は並外れた才能を持つ人より、困難にも屈さない努力家についていきたい。 だからそんなあなたがナンバーワンになるのは当然です。 冒険者たちは常に困難に挑みます。 いつ凶悪なモンスターが出現するかもわかりません。 どんな天才も、圧倒的な力を前にすれば尻込みしてしまいます。 しかし、そんな困難にもあなたは絶対屈しない。 だからこそナンバーワンはあなたにふさわしい。 誰かさんの言葉を借りちゃいますが、優秀な人はみんなそう言うと思いますよ?」
キャリーム先輩は私の話を聞いた後、少し俯いてから、窄めていた肩をゆっくりと下ろす。
スカートを握っていた拳を解き、満面の笑みで私の顔を見た。
私はその笑顔を見て、照れ隠しに紅茶を一口啜ってから真っ直ぐに彼女を見つ返す。
「だからあなたはナンバーワンが一番似合います、これからもキャリーム先輩の背中を追いかけていきますからね?」
私の言葉を聞いたキャリーム先輩は、それはもう嬉しそうな無邪気な笑顔を作る。
「ふふっ! こんな優秀な後輩に、カッコ悪いところ見せちゃうなんて! あーあ、恥ずかしいったらないわ! でも……ありがとう、セリナ、お姉ちゃん。」
ぐはっ! 何今の不意打ち!
今のセリナお姉ちゃんはずるいだろ! 心臓が止まってしまうかと思ったわい!
次からはキャリーム先輩とデートするときはAEDを持ち歩いて心肺停止に備えよう。
☆
私たちはその後、色んなモンスターの事や担当冒険者の自慢、武闘大会の事を楽しく話してからカフェを出た。
三時間くらいカフェにいたためお店の人に申し訳ない事をしてしまったが、三時間も話してたのにお互い話す事が無くならない。 充実しすぎていて時間が短く感じてしまう程楽しかった。
私たちはその後もベンチでしばらくだべってから帰路に着く事にした。 しばらくだべってから二人並んで歩く。
そして待ち合わせしていた噴水の前でお互い向き合う。
「そういえばセリナお姉ちゃん! どろぱっくさんがあなたとどるべるうぉんさんに話があるらしいから! 後、鈴雷さんはぬらぬらさんたちと一緒にクエスト行きたいって毎日のように言ってるから、なんとかしてよね!」
そんな、無茶振りな……
「とりあえず明日の朝どるべるうぉんさんには声かけておきます。 ちなみにぬらぬらさんからは、『毎日鈴雷さんにクエストに一緒に行って下さいと懇願されているのですが、私はどうすればいいのでしょう?』と相談されてるので、後でなんとか対策します」
ぬらぬらさんのモノマネが面白かったのか、キャリーム先輩は口元に手を添えてくすくす笑う。
「そう、ならあたしも協力するわ! ——セリナお姉ちゃん、今日はほんとに……ありがとね。 あたし! 明日からも頑張るから! ちゃんと追いついてきなさいよ!」
キャリーム先輩は笑顔でそう言い残し、自分の家の方に走り出した。
その後、キャリーム先輩は冒険者協会でたびたび私の事を『セリナお姉ちゃん』と誤って呼ぶ事が増えてしまい、冒険者の中ではあの二人は実は姉妹だったのでは? と言う少し頭の痛くなる噂が流れてしまったが、これはまた別の話である。




