〜武闘大会決勝・計算された戦術〜
〜武闘大会決勝・計算された戦術〜
「私を泣かせる? 面白いこと言うのねぇ?」
夢時雨さんの『今からテメェを泣かせてやっから、今のうちに好きなだけ強がっとけや』宣言を聞いたキャザリーさんは、微笑を浮かべる。
「さっき自分で言っただろ? おめぇはパイナポが苦手なんだろ? あいつは俺に勝ったことねえんだ。 つまり俺より弱いパイナポを苦手としてるテメェは、俺より弱ぇ」
……夢時雨さんは話を聞いていたのだろうか?
「おいこらぁ! 時雨てめぇ喧嘩売ってんのか! 大会終わったら訓練場来いやごらぁ!」
遠くの方から聞き慣れた声で野次が飛んできたが、二人は全く聞いていないふりをしている。 そして小さくため息をついて呆れたような表情になるキャザリーさん。
「あなた、私の話聞いていた? 対人戦においては相性というものが存在するの。 あなたは本能型、私は計算型。 つまり相性最悪なの。 ちなみに感覚型は本能型に弱くて計算型に強い。 根性型はどのタイプが相手でもそこそこ戦えると思うわ? 確か……さっきの銅ランクの冒険者、とーてむすっぽーん君だったかしら? あの子が根性型ね」
悠々と説明を始めるキャザリーさん。
しかし説明の最中に地を蹴り、飛びかかる夢時雨さん。 キャザリーさんは余裕の表情でひらりとかわす。
「言ったでしょ? 当たらないわ。 あなたの攻撃」
かわしながらハンマーを振るキャザリーさん。
夢時雨さんは空中でかすかに体を捻り、ぎりぎりで直撃を回避する。
「……っ! クソが!」
なるほど、彼女の説明は非常に分かりやすい。
つまり、本能型である夢時雨さんやシュプリムさんは相手の動きを見てから行動するのではなく、本能的に相手の隙や急所、危険だと感じた物に飛びついていくのだろう。
月光熊の目を潰していたり、攻撃誘導とかに引っかからないのも、戦闘時に戦術を考えないためだ。
感覚型はおそらく相手の動きを見てから動くパイナポやぬらぬらさんのようなタイプ。
力の流れや戦闘時の思考をなんとなく察知して、相手の動きを利用して戦うタイプだ。
計算型とは相手のキャザリーさんや、どるべるうぉんさんのようなタイプだろうか。
あらかじめ相手の動きに合わせて行動する方針を決め、勝ち方を前もって決めておく。
こちらの動きで相手を操ると言う点では、私がモンスターを討伐する際も同じようなことをする。
そう考えるとキャザリーさんと私の立てる戦術は、どこか似ているような気がする。
ハンマーがかすった胴鎧をさすりながら、キャザリーさんを睨む夢時雨さん。
「力の差を理解していないのね。 なら分かりやすく教えてあげるわ?」
距離を取っている夢時雨さんを見ながら数歩移動し、足元をハンマーで叩いて闘技場にヒビを入れるキャザリーさん。
謎の行動に夢時雨さんは首をかしげるが、キャザリーさんはすぐに臨戦体制をとりなおす。
「これでいいわ。 ほら、さっさとかかってきなさい」
気だるそうな仕草で手招きをするキャザリーさん。
「随分と余裕じゃねえか! 吠え面かくなよ?」
「……そうねぇ、四十五秒後のあなたの表情が楽しみだわ?」
さっきから謎の言動を続けるキャザリーさん。 しかし夢時雨さんは一切の迷いなく飛びかかる。
夢時雨さんがキャザリーさんに次々と攻撃を仕掛ける、持ち前の関節の柔らかさを駆使して体全体を使い、流れるように攻撃する。
「すごいねぇ、獣人君。 あんな体制から攻撃ができるとは、並大抵の運動神経や体の柔軟さでは不可能だ。 他の者が真似して、万が一動きを真似できたとしても攻撃としての威力は出ないのだろうが、彼の攻撃は全て恐ろしい威力だ。 しかし……」
「あれも避けちゃうか〜。 相手の子、喋り方とか態度はかなりムカつくけど、やっぱりめっちゃ強いね」
夢時雨さんは予想できないような角度から、不規則な軌道で攻撃を仕掛けるが攻撃は当たらない。
猛攻撃が一旦落ち着き、お互いが距離を取った。
その瞬間……ぴりからさん、すいかくろみどさんが目を見開く。
「じょ、冗談……だよね?」
「な! 何あいつ、何ものなん?」
私は二人が驚く理由がわからず、ぴりからさんの顔を覗き込む。
べりっちょべりーさんやよりどりどり〜みんさんも私と同じ理由だろうか、ポカンとした表情で二人の顔を見ている。
「……ちょうど、四十五秒だねぇ」
「ゆめぴーの足元、見てみ?」
私たちは言われるままに夢時雨さんの足元を見て驚愕する。
「あ、あのヒビって!」
「あいつがさっき、急に足元を叩いて入れてたヒビだし」
夢時雨さんの足元には、先ほどキャザリーさんがわざわざハンマーで叩いていたヒビがある。
まるでそこにヒビを入れた時すでに、こうなる事が分かっていた——とでも言うように。
「あらあら、吠えずらをかいたのは……あなただったようね?」
憐れむような視線を送るキャザリーさん。
左手の甲を口元に寄せ、蔑むような高笑いをし始める。
「どうしたのかしら? 私を泣かせるのではなかったの? 私より強いんでしょう? 吠えずらをかかせるとまで言ったわねぇ? 足元を見て固まってしまっているようですけど? 頭の悪いあなたでも、ここまでお膳立てしたら力の差を理解してしまったのかしら? どうやら声も出せないみたいねぇ?」
足元のヒビを見たまま、絶望的な表情を浮かべる夢時雨さん。
「ちょ、あいつ! マジでぶん殴りたいんですけど」
すいかくろみどさんは青筋を浮かべながらキャザリーさんを睨む。
夢時雨さんは小さく頭を振り、気を取り直してキャザリーさんを睨む。
「テメェがバケモンだってことはよく分かった。 そんなに頭がいいアピールしてくんなら、考える隙を与えなけりゃいいだけだ」
夢時雨さんの言葉を聞き、口元を邪悪に歪めるキャザリーさん。
「野蛮な脳みそでも、最低限の判断はできるのね?」
キャザリーさんの挑発と同時に飛びかかる夢時雨さん。
ものすごい動きで流れるように攻撃を仕掛ける、早すぎて見ているこちらも力が入ってしまう。
しかし……
「う、嘘だろう? 今のフェイントも騙されないのかい? 獣人くんの攻撃は普通なら避けられるはずがないのだけど」
動揺するぴりからさん、しかし私はなんとなくキャザリーさんの本当の恐ろしさをわかってしまう。
「最初から彼の動きを全て予測しているなら、避けれるのではないですか? 戦う前に攻撃してくるであろう場所を想定していたのなら、きっとフェイントにも騙されない」
私は恐る恐るぴりからさんに問いかける。
「……っ? まさか、今の状況を——————戦う前から?」
「おそらく最初から何パターンか計算した上で戦っています。 つまりどんなに速い攻撃も、どんなに巧みなフェイントも、全部想定されています」
私はおそらくキャザリーさんと近い思考を持っているのだろう、しかしこの計算能力は次元が違う。
「あいつ! バケモンじゃん! ゆめぴーは一体どうすればいいの?」
すいかくろみどさんは悔しそうに下唇を噛む。
しかし、私はこう言ったタイプの人間への対策を知っている。
「相手の予想を、上回るしかありません。 または……怒らせるしかないですね」




