〜武闘大会決勝・無我の境地〜
〜武闘大会決勝・無我の境地〜
「ちょっ、待てし! なんなんあいつ! 何今の動き!」
「ウソっしょ! なんであいつの動きが読めてるの? まっじ、わけわかんな!」
興奮した様子で身を乗り出すすいかくろみどさんたち。
「な、なんだい彼の動き? 蜜柑頭君の攻撃誘導? ——————いや、次元が違う。 あれはもしかして……」
「相手の動きを予知しているかのような動きです」
とーてむすっぽーんさんの豹変ぶりに会場の全員が震えている。
いきなり構えを解いて力無くその場に立ち尽くしていたと思ったら、人間離れした滑らかな動きで樽飯庵さんの攻撃をかわし続けるとーてむすっぽーんさん。
しかもかわすなんておこがましいほどの動きだ。
樽飯庵さんの剣はミリ単位の感覚でかわされている。 文字通り、紙一重の回避。
「あれ、すいかくろみどさんもできます?」
「はぁ〜、何言ってんのセリナさん! バッカじゃないの? できるわけないっしょ? マジでわけわかんない、意味不明! あの子は人間じゃないよきっと! 神だよ神! 武神とーてむすっぽーんだよ!」
「ぶ、武神……あいつやばいし! うちらあいつらと同期だし! 武神と同期とか、マジパないし!」
……武神っておいおい。
「すいかくろみどさん、流石にそれは言い過ぎじゃ?」
よりどりどり〜みんさんが困りながら告げるが、興奮している彼女は聞く耳を持たない。
「と、鳥肌が出るなんてね! あの少年、どうやって相手の動きを予知しているのかな?」
流れるような動きで樽飯庵さんの攻撃をかわし、隙を見て強打を叩き込み続けるとーてむすっぽーんさん。
相手は銀ランクの格上、しかも冒険者と相性の悪い制圧剣術を使って来ている。
にも関わらず、さっきまでとは立場が逆転してしまっている。
すでに樽飯庵さんの鎧は半壊状態。
さらに肩で息をしながらかなりの動揺を見せる樽飯庵さんに対し、虚な瞳で立ち尽くすとーてむすっぽーんさんからは……限界など感じさせないかのような、圧倒的な力の奔流を錯覚させられる。
「なんだ、なんなのさ! 君は、さっきまで手を抜いていたのかい? 何か答えたらどうなんだ?」
「………………」
動揺し、汗を拭いながら声を上げる樽飯庵さんの言葉に、一切興味を示さないとーてむすっぽーんさん。
「訳が分からん、さっきまでとは別人じゃないか? ぼくの攻撃が完全に読まれてるのか? 一体なんの魔法だ!」
さっきまでの軽い口調からは考えられないの動揺の声。
しかしとーてむすっぽーんさんは一切口を開かず虚な瞳を樽飯庵さんに向け、ゆっくりと近づいていく。
それを見た樽飯庵さんは、戦慄しながらじりじりと後ずさる。
「き、君は本当に銅ランク冒険者なのか? なんだ、なんで僕は追い込まれている? さっきまでは僕が追い込んでいたはずだろう?」
やはり何も答えないとーてむすっぽーんさんは、ゆっくりと大剣を構える。
しかしその構えは師匠であるパイナポの構えとはまるで違う、両手でどっしりと構える中段の構え。
まったく隙を感じさせない構えを崩さずに、ゆっくりと、一歩ずつ近づいていく。
「昔から、とーてむ君はぼけーっと上の空になることはあったんですが、あんな動きの彼を見るのは初めてです」
よりどりどり〜みんさんが呟くと、耳ざとく聞いていたすいかくろみどさんたちがさらに騒ぎ出す。
「宿ってる! 武神降霊させちゃってるよ!」
「ちょっ、くろみっち! 降霊とか怖いこと言うなし! 明日から普通に話しかけるの戸惑っちゃうし!」
この二人だけではない、会場全体があたふたとみんなして騒ぎ出す始末。
観客たちが口々に勝手な事を言い出している。
やれ「神が降臨召された!」だの「第五世代は選ばれし者たちだったんだ!」だの「闘技場の覇者だ……セリナ組は闘技場の覇者だ!」などと勝手に変な事を言い出している。
そうこうしてるうちにじりじりと後ずさる樽飯庵さんは、全身を汗でびっしょりと濡らしながら闘技場の一番端まで来てしまう。
跡がない事を悟り、恐怖の眼差しをとーてむすっぽーんさんに向ける。
「来るな! 来ないでくれ……」
完全に化け物扱いされているが、お構いなしに歩み寄るとーてむすっぽーんさん。
「来るなと言っているだろぉぉぉ!」
完全に我を失った樽飯庵さんは水の泡を作り出し、とーてむすっぽーんさんに飛ばす。
「えっ? あれはダメですよね? 直接的な魔法攻撃は反則ですよ」
後ろからよりどりどり〜みんさんが抗議の声を上げるが、飛ばされた水の泡をとーてむすっぽーんさんは軽々と避ける。
「ひいっ!」
とうとうとーてむすっぽーんさんの間合いに入ってしまった樽飯庵さんは、頭を抱えながら自分自身を泡で包み込む。
彼は銅ランク代表戦に参加する代わりに魔法の使用は一切禁止のはずだったが、この際これは黙っておこう。
とーてむすっぽーんさんは水の泡に包まれた樽飯庵さんに一瞬目を向けると、彼の足元を横一線した。
パキンと何かが切れる音がし、その直後に闘技場の端の部分が斜めに両断される。
斜めに両断された闘技場の角が、ゆっくりと場外に落ちていく。
落ちていく足場の上には水の泡で包まれた樽飯庵さんを乗せたまま。
砂煙を上げながら両断された闘技場の角が場外に落ち、上に乗っていた水泡も必然的に場外に投げ出された。
呆けていた審判は、その様子をぼーっと見ているだけで何も反応しない。
仕方ないので私が叫ぶことにする。
「反則〜! 樽飯庵さん、反則したくせにとーてむすっぽーんさんに場外に叩き出されてま〜す!」
私の叫びを聞いた審判は、慌てて試合終了の鐘を鳴らし、会場全体から音量に波がある不思議な歓声を上げる。
みんな戸惑いながら歓声を上げているのだろう。
ポカンとする人、よく分からないけど鐘が鳴ったから叫ぶ人、呆れながら歓声を上げる人など、十人十色のさまざまな歓声。
そして試合終了の鐘とほぼ同時に、とーてむすっぽーんさんは石になってしまったかのように、直立したままぱたんと地に伏した。
☆
とーてむすっぽーんさんは担架で控室に運ばれた、遠くで試合観戦をしていたパイナポが飛ぶように駆け寄って行き、それを合図に私たちも駆け寄っていった。
担架で運ばれた彼を見た私たちはほぼ同時に口を開く。
「寝てるし!」
「寝てるな」
「寝てますね」
「寝ちゃったね」
皆きょとんとした顔を合わせて同じような事を口にする。
するとよりどりどり〜みんさんがゆっくりと近づいていき、寝ているとーてむすっぽーんさんの手に優しく触れる。
「とーてむすっぽーん君、やっぱりすごい人だったんだね……ま、私はずっと一緒にいたから知ってたけど!」
母性溢れる笑顔でそんな事を口にする。
「いやいや、俺はコイツに師匠って呼ばれてるんだぜ! こいつがすごいやつだって事は俺の方が知っていたさ!」
「は? とってぃは武神宿して戦ってたんだし! 武神とーてむすっぽーんだし!」
得意気なパイナポにべりっちょべりーさんが謎の対抗心を燃やす。
「ちょっとべりちょん! あんたは香芳美若氏狙ってたでしょ〜、くら替えとか! 尻軽女だったの〜?」
「別に、くら替えしてないし! つーか狙ってねーし!」
顔を真っ赤にして熱り立つべりっちょべりーさんを見て、私たちはお腹を抱えて笑っていた。
☆
まさかの覚醒を見せたとーてむすっぽーんさんが一勝を遂げ、現在一勝一敗のシーソーゲームになっている。
次の相手は鋼ランク代表のキャザリーさん。
彼女は水と電気の合成魔法を使うらしいのだが……能力の詳細がよく分からない。
真っ赤なハート型の可愛らしい片手鈍器(片手ハンマー)を持っていて、彼女がその鈍器でモンスターを殴ると、殴った部分が爆発するのだ。
理論が全く分からないが、実際に戦闘を見た冒険者からの話なので間違いはないだろう。
水色髪の縦ロールで、常に眼帯をしている。
いつもお肌がツヤツヤで、あのプルプル肌は女子として憧れるが……
冒険者協会では巨大なペンギンのぬいぐるみを抱きしめながら移動していて、ペンギンのぬいぐるみにも眼帯がついている。
一言で言うと痛い人。
しかしその実力は折り紙付きらしい。
並外れた身体能力も魔力も無いのだが、なぜかかなり強いらしく、強さの理由もなぜか不明。
そんな謎の多いキャザリーさん。
夢時雨さんは未だにシュプリムさんに敗走した事を引きずっているが、きっと彼なら勝てるはず、そう思いながら試合を見ていたのだが……
「当たらないわよ? あなたの攻撃」
夢時雨さんの攻撃は擦りもしなかった。
あり得ないものを見ているような視線を向ける夢時雨さんに、キャザリーさんは邪悪な笑みを向けながら答える。
「あなた、本能型よねぇ? 前の試合見てたらよく分かるわ? 知能のかけらもない野蛮な猛獣みたいな戦い方。 私、計算型だから相性最悪よ? ぬらぬらやどるべるうぉんみたいな感覚型が相手じゃなくてよかったわ? あぁ、言っておくけど本能型と感覚型は似てるけど別物よ? 勘違いしてるおバカさんたちにいつも教えてあげてるの。 あなたにも教えて差し上げてもよろしくてよ?」
優雅な仕草で左手の甲を口元に添えるキャザリーさん。 しかし夢時雨さんは心の底から楽しそうに笑う。
「ちなみに、パイナポのやつも感覚型か?」
「ええ、多分そうね。 あなたと一緒のパーティーにいるオレンジのつんつんでしょ? あの人も頭悪そうな顔してるじゃない、私みたいな計算型の風格を感じないもの。 接近戦はかなり強いみたいだし、十中八九感覚型ね?」
楽しそうに笑う夢時雨さんに、不服そうな表情のキャザリーさん。
「そうか、テメェの天敵らしいな……パイナポのやつは。 なら話は早ぇ」
そう言って夢時雨さんは構えを変えて口元を歪ませる。
「もう十分喋れたかよ眼帯女。 今からテメェを泣かせてやっから、今のうちに好きなだけ強がっとけや」




