〜武闘大会決勝・制圧剣術〜
〜武闘大会決勝・制圧剣術〜
試合は中盤を迎えている。
現在とーてむすっぽーんさんは鎧の半分を破壊され、対する樽飯庵さんは肩鎧を破損した程度。
試合の序盤にとーてむすっぽーんさんのカウンターが成功したため、肩鎧の破壊には成功したものの、その後徐々に追い込まれていき現在に至る。
展開は単純で、大きな武器を振り回すとーてむすっぽーんさんは常に後手に回り、相手の動きに対応させられ続けている。
しかし相手もそれを予測しているのか、少しでも処理を誤ればその隙を見逃さずに着々と鎧を破損させていく。 地味だが確実な戦法だ。
そしてまたも相手に先手を取られ、後手に回ってしまったとーてむすっぽーんさんの腰鎧にヒビが入る。
「また踏み込まれちゃった!」
後ろの席からパーティーメンバーであるよりどりどり〜みんさんの悲痛の呟きが聞こえてくる。
悔しそうな顔でヒビが入った腰鎧に視線を向けるとーてむすっぽーんさんは後ろに飛び、樽飯庵さんと距離を取る。
「さっきから後手に回ってばっかだし! 先に仕掛けちゃえばいいし!」
「べりちょ〜ん、接近戦ってそう簡単じゃないよ? 武器が大きいとってぃ〜はね、先に攻撃してかわされたらおっきな隙ができちゃうの」
ぼそりと呟くべりっちょべりーさんの言葉に、困り顔で応じるすいかくろみどさん。
「それにしても、なんか展開が普通な気がします」
私は普通すぎる展開を見て首を傾げる。
もちろんうちの冒険者たちが少しばかり尖りすぎているせいもある。
とーてむすっぽーんさんは特に目立った特徴がない、強いて言えば視野が広いから周りがよく見えているくらい。
それゆえに弱点が少なくどんな相手にも対応できる強みがあった。
そもそも特徴がないと言う事は決して悪いことではない。 どんな敵にも対応できるのだから。
そんな彼だからこそ、ここまで一方的な展開の割にお互いの動きが普通すぎるのは、少しおかしいのだ。
「私、あの人の動きを見たことがあります。 きっと相手の人、王宮騎士が使う戦術だと思います」
「おやおや先生。 よくわかったじゃあないか? お嬢さんの言う通り、樽飯庵君の使う戦法は王宮騎士が得意としている制圧剣術だ」
ちなみに月光熊戦以降、関係ない冒険者からもよりどりどり〜みんさんは先生呼びが定着してしまっている。 彼女は最初かなり嫌がっていたが、すでに諦めているらしい。
そんな事はさておき、よりどりどり〜みんさんの言う王宮騎士の戦術は、犯罪者や盗賊相手に使われる制圧剣術。
相手に好きな動きをさせない特殊な歩法を使い、ストレスを与えつつ少しずつ敵を無力化する戦術だ。
「なんだし? その気取った名前の戦術! ちょっと意味分かんないし!」
「まぁ簡単に説明すっとねぇ、かなり相性悪すぎ。 逆にダメージがあの程度になってるとってぃは半端なく凄いんだよ」
確かに、自己流の剣術で技を学ぶ冒険者や盗賊にとって制圧剣術は無類の強さを誇る。
しかし大型のモンスターなどが相手だとあまり意味をなさない。
そのため冒険者で制圧剣術を使う人が珍しいのだ。
「あの剣術を使う樽飯庵君が、銀ランクの武闘大会で活躍できないのは納得さ? あの程度じゃ銀ランクではお話にならないよ。 銅ランクで戦っていい勝負になるであろう事は容易に納得がいく。 しかしねぇ」
「もしかして、今までのトレーニングが仇になってますか?」
私の質問にぴりからさんは気まずそうな顔で口をつぐむ。
「一概にそうだとも言えない、被害をあそこまで抑えているのは連日の訓練のおかげでもある。 だが攻めきれないのも練習相手に冒険者を選んでしまったせいでもあるんだ」
彼女はつまりこう言いたいのだろう。
相手の攻撃を凌げているのは連日の訓練で運動能力が上がったからだ、しかし戦術に対応できないのは自己流の剣術で戦う冒険者たちとばかり戦ってしまったからだと。
そうは言っても制圧剣術を使ってくるなど予想できるわけがない。
試合を偵察してた時も鬼羅姫螺星さんや双子さんは彼を「普通でやんすね」とか「特に何もないな」「普通すぎて普通だ」としか言っていなかった。
極楽鳶さんのボキャブラリーにツッコミたかったが……
「あれ? とーてむ君! 剣を下ろしちゃった!」
よりどりどり〜みんさんの呟きが聞こえ、私もふと視線を戻す。
すると、剣を下ろしたとーてむすっぽーんさんを煽るように樽飯庵さんは肩をすくめた。
「どうしたんだい少年? もう諦めちゃったのかな?」
「……」
樽飯庵さんの言葉に反応を示そうとしないとーてむすっぽーんさん。
突然構えを解いて静かに俯く彼の行動に、会場内がざわつき始める。
しかしこの時、すいかくろみどさんだけが彼の動きを見て冷や汗をかきながら目を見開いた。
「ちょっ、うそっしょ? とってぃって、もしかして——とんでもない化け物なん?」
☆
どるべるうぉんが初戦に敗北した。
けれど、あいつは誰よりもカッコよかった。
メルさんとの試合でもそうだった、後輩だったはずのあいつの戦いを見て、僕は震えた。
なのに僕は、未だこの大会で何も結果を残せていない。
みんなに成長した姿を見せられていない……
嫌だな、元々僕に闘いの才能はなかった。
それもそのはず、王都近隣の村で生まれて普通に生活していたのだから。 多少目はいいかもしれないが、ただそれだけだ。
平凡な僕が冒険者に憧れるのも当然だろう。
こんな僕の無謀な夢を応援してくれたヨリちゃん……どり〜みんちゃんには感謝してもしきれない。
幼い頃から一緒に遊んでた彼女は、いつも冒険者に憧れる僕の話を楽しそうに聞いてくれて、いつも背中を押してくれていた。
彼女だけじゃない、こんな僕の担当をして、いろんなことを教えてくれるセリナさん……
いつもいろいろなことを教えてくれるパイナポ師匠……
他にもたくさんの方々が親切にしてくれる。
僕は何も恩を返せていない、本当にこのまま負けてしまうのだろうか?
……せめて、一矢報いたい。
無様でもいい、不恰好でも構わない。
最後の最後まで、足掻いて見せたい。
ふと、周りの音が一切聞こえないことに気づく。
違和感はない、樽飯庵さんが何か話しかけてきている……
しかし視線は僕の足に向いていて、剣を持つ右腕の筋肉が収縮し始めることに気がつく。
そしてふと、脳裏をよぎる。
……仕掛けてくる、右から袈裟がけに振り下ろす斬撃だ。
僕は予測していた通りの動きで、仕掛けてくる樽飯庵さんの攻撃を紙一重でかわす。
驚いた顔の樽飯庵さん、しかし視線は変わらず僕の足元を見ている。
爪先の方向を見て、僕の動きを読んでいるのかな?
次いで踏み込んだ太ももと、左腕の筋肉が動いた。
……剣を持ち替えて追撃が来る。
あの筋肉の動きだと、横薙ぎに振ってくるだろう。 大剣で普通にガードできそうだ。
ガードした後に、空いた右脇に拳をねじ込める。 この際だから試してみよう。
予測した通りの動きをしてくる樽飯庵さんを普通に対処し、右脇に拳をねじ込む。
なぜか思考がクリアで、今必要な情報以外は僕の思考を邪魔しない。
両断蟷螂に殺されそうになった時、白羽取りしたパイナポさんや、急に強くなった夢時雨さんを見たみんなが言っていた気がする。
ゾーンと言うやつか? これがそうなのだろうか?
ならばこの状況が続く限り、僕は彼を圧倒できるのだろうか?




