〜武闘大会準決勝・圧倒的暴力〜
〜武闘大会準決勝・圧倒的暴力〜
「ちょっ! ぺんぺんさん今の! 見ましたか! バッコーンってなってシュバって叩いて! グールグルグルグルグルゥ!」
「わ、わかったセリナさん、肩を揺らすな! 揺らすなと言っている! 首が変になってしまう! うっ、まずい、酔ったかもしれん……」
私は今、興奮しすぎて隣にいるぺんぺんさんの肩をゆさゆさと力任せに揺すっている。
そしてされるがままに首をぐわんぐわん揺らすぺんぺんさんは、少し顔を青ざめさせて口元を押さえ始めた。
ぬらぬらさんが、無傷無敗の記録をさらに伸ばしてしまった事に会場はもうてんやわんやだった。
「お静かに! 次の勝負を始めます! お静かにぃ! おーしーずーかーにー! うるっせぇつってんだろぉがぁぁぁ!」
審判は相変わらず青筋立てながら拡声器に叫んでいる。
あの人、喉大丈夫かな?
喉ちんこが飛んでいってしまいそうなほど叫んで観客の興奮を抑えようとしているが、いくら叫んでも焼け石に水。
これから始まろうとしているのは今日一番の注目カード。
金ランクの朧三日月さん対ぺろぺろめろんさんなのだから。
朧三日月さんはたった一人で念力猿を討伐した伝説を残している。
みんなが言うには、彼の能力は念力猿とかなり相性がいいらしい。
念力猿は念力で身の回りのありとあらゆる無機物を操作し、無限に遠距離攻撃をしてくるモンスター。
数人係で攻撃を分散させ、なんとか近づいて仕留める。
そう言った戦法を使うのが一般的。 むしろそれしか手段がない。
だが、朧三日月さんはそんな念力猿を一人で狩ってきた。
遺体も一撃で首を刎ねられていて、とてもいい状態だったらしい。
彼の能力は、水と風の魔法を合成して濃霧を生み出す能力。
その濃霧はさまざまな幻を作り出して相手を翻弄する。
朧三日月さんはこの能力で念力猿の大岩による砲撃を分散させ、注意が散漫になった念力猿に肉薄し、その首を刈ったのだ。
本人も抜刀術の達人らしく、抜刀速度は音を置き去りにするらしい。
木製の刀を腰にぶら下げ、堂々と朧三日月さんが入場してくる。
すでに闘技場の真ん中で大斧を担いでいるぺろぺろめろんさんは、その姿を一目見てニヤリと笑う。
この大会に参加するにあたり、木製武具には重さ制限がある。
ぺろぺろめろんさんの大斧は武器の制限ギリギリの重さに造られ、その代わりに防具は簡素なものになっている。
肩、胴、腰にしか防具はつけず、腕や足は何もつけていないため、細い体のラインが目立つ。
「遅刻じゃな〜い? おぼろん?」
「小娘め、妙な名で呼ぶでない」
古風な印象をした壮年の男性は、苦笑いしながらぺろぺろめろんさんと対峙した。
今までの騒音が嘘のように鎮まり、会場内の全員が開始の合図を待つ。
そして今、審判の号令と共にぺろぺろめろんさんは朧三日月さんに飛びかかった。
「先手必勝! 吹っ飛ばして終わりにしちゃうからね! おぼろん!」
斧を振りかぶって、ぺろぺろめろんさんは朧三日月さんに向けて突進する。
しかし朧三日月さんは余裕の笑みを浮かべる。
「遅いわ小娘……わしの能力を発動する前に攻撃したくば、ぬらぬらでも連れてくるのだったな」
それを言い残し、二人は濃い霧の中に姿をくらました。
目の前の光景を見た私は思わず叫んでしまう。
「ちょっと! 霧が濃すぎて二人の戦い見れないじゃないですか!」
私の文句を聞いた観客たちも、次々と抗議の声を審判に向ける。
本日何度目だろうか、審判の憤怒の叫びが会場内に轟いた。
☆
濃霧の中、ぺろぺろめろんは目を瞑り、辺りに反響する音を聞き分けようとしている。
しかし………
(めっちゃ反響してるからどれが本物のおぼろんか分かんないじゃん)
濃霧に包まれた直後、ぺろぺろめろんの前に現れたのは五十を超える無数の朧三日月の幻。
さらには彼の声まで霧の中で反響していて、平衡感覚を狂わせるような感覚に陥っている。
そのためぺろぺろめろんは即座に目を閉じ、音を聞き分けると言う選択を取ろうとしたが、霧の中で発される自分の音すら無数に反響するため、一切聞き分けることができない。
幻の中から本物を見分けることも不可能に近かった。
攻撃を受けると同時に反撃を仕掛けても、動きが特別早い訳ではないぺろぺろめろんの攻撃は空を切る。
(くろみっち並みに早ければ、相手の攻撃に合わせてカウンターとか余裕なんだろうけど。 うちの速さじゃとてもじゃないけど無理だね)
濃霧に包まれ、かなり時間が経過している。
ぺろぺろめろんはすでに胴鎧に大量の破損。
肩鎧は両方完全に破壊され、無事なのはもはや腰部分のみ。
銅鎧が完全に破壊され、腰まで攻撃され始めるのは時間の問題。
攻撃を受けると同時に斧を振るが擦りもしない。
どこか遠くから攻撃されているのかと感じてしまう。
攻撃魔法が禁止とは言われているが、見えなければなんとでも言えるのだろう。
このままではじり貧だ、そう思ったぺろぺろめろんは打って出る。
まずはこの霧をどうにかしなければ、相手の不正を証明する事も、攻撃を当てる事もできない。
となればやるべきことは、ただ一つ。
ぺろぺろめろんは斧を捨て、両拳を勢いよく天に掲げる。
そして掲げた両手の拳を勢いよく地面に叩きつけた。
☆
闘技場の中心で耳をつんざく爆発音が響き、中の様子を気にしながらウズウズしていた観客たちは、突然の轟音に腰を抜かす。
直後、闘技場の方から突風が吹き荒れる。
風の強さに耐えきれず、私は目の前の柵にしがみ付く。
何人かは踏ん張りキレずに吹き飛ばされて尻もちをついてしまっていたようだ。
また怪我人はやめてくれよ? なんて思いながら闘技場の方に視線を向けると……
「霧が、晴れてる?」
ぺんぺんさんは信じられないものを見ているかのように目を見開いて呟いた。
闘技場はぺろぺろめろんさん中心に粉微塵に破壊されていて、もはや跡形もない。
そして闘技場の端の方では呆けた面で尻もちをつく朧三日月さん。
「おぼろん! みっけ!」
「あ、あの〜。 ちょっとだけ待ってもらえるかの? ぺろぺろめろんさん殿はその、可憐で美しいのぉ!」
さっきまでの古風でキザな話し方は嘘のように、顔中脂汗をびっしりかきながらそんな事を言い出す朧三日月さん。
風圧にやられて尻もちをつき、足が瓦礫に埋もれていて動けないらしい。
「あ、まじ? ちょーうれぴー! つーかそんな遠くにいたんだね? どうやってうちに攻撃当ててたん?」
結構な距離があったため、ゆっくりと近づいていくぺろぺろめろんさん。
「き、清く美しい女神のようなぺろぺろめろん殿! いや、ぺろぺろめろん様! 十秒、いや! 五秒でいいから待つのじゃ、下さい!」
慌てふためく朧三日月さんは、必死に足に乗っている瓦礫をどけようとしている。
「清く美しいぺろぺろめろんちゃんが、今瓦礫から掘り起こしてあげるから! 安心して腹に力込めてねん♪」
笑顔で微笑みかけるぺろぺろめろんさんは、かなり怖かった。
そして清く美しいぺろぺろめろんさんの渾身の腹パンが炸裂し、ものすごく鈍い音と共に吹き飛んだ朧三日月さんは場外の壁にめり込んだ。
その後、瓦礫から出してはあげたのだけど、その代わり壁に埋めちゃったうっかり屋の女神様でしたとさ。




