〜銀ランク調査クエスト(仮)・山間エリアの異常現象〜
〜銀ランク調査クエスト(仮)・山間エリアの異常現象〜
冒険者協会を出発して約三時間。
馬車で王都から出発した旅路には、モンスターとの遭遇がかなり多かった。
しかし今回は豪華なメンバーが揃っているため、遭遇したらほぼ瞬殺だった。
馬車の中で急にぴりからさんが銃を抜いたと思ったら、遭遇前だったモンスターの頭を撃ち抜いていたり。
レミスさんもかなり視力がいいから、数キロ先にいたモンスターを超遠距離射撃で仕留めてしまったり。
途中、中級モンスターの鬼人が現れたが、双子さんが絶妙なコンビネーションで瞬殺していた。
もちろんハイタッチは失敗してお互いの顔を鷲掴みしていたが……
ぬらぬらさんはモンスターを倒す度に祈りを捧げながら「どうか安らかに……」とか「主よ、哀れなモンスターにお救いを」とか言っていた。
なんでこの人回復士じゃないんだろう?
メル先輩が担当してる二人もかなり強い……
まずシュプリムさん、本名プリウム。第三世代だ。
薙刀使いで、先ほどの会議中クルルちゃんに寝かされ、バッドタイミングで起きた空気が読めない人。
短い金髪に、赤い髪の束がちらついているファンキーな髪型で、戦闘中は薙刀を豪快に振り回す。
風魔法を使って薙刀自体を高速振動させているらしい。
切り伏せられたモンスターの断面は、チェーンソウの切り口に似ていた。
その切れ味は全冒険者の中でもトップクラスで、噂では鋼鉄兵器すら両断できるらしい。
もう一人は虞離瀬凛さん、第二世代で本名ユウィール。
全身をがっちりと真っ赤な鎧で固めていて、武器は持っていない代わりに巨大な盾を持っている。
筋肉もりもりの坊主さん。
炎魔法を使って全身の鎧と盾を超高温にして、触れたモンスター達を大火傷させる。
ご本人は蒸し暑くはなるみたいだが、炎魔法を操作して熱くなりすぎないように調節しているらしい。
そんな強力すぎるメンバーが揃い、道中何事もなく進んだ。
山間エリアの拠点に到着して荷解きする。
明日の調査では何が起こるかわからない、冒険者達にはゆっくり休んでもらおう。
私とメル先輩は山間エリアでモンスターを監視している岩ランク冒険者達に話を聞きに行く。
話を聞くと、耳を疑う報告をされた。
なんと、数時間おきに念力猿と、角雷馬が交互に発見されているとか。
「意味がわからない」
私は頭を抱えながら休憩所でため息をついて机に突っ伏す。
「どうしたんだい? お嬢さん?」
「セリナさん、どうかお一人で悩まずにご相談ください!」
ぴりからさんとぬらぬらさんがそんな私にコーヒーを差し出しながら声をかけてくれた。
私は机に突っ伏していたので顔だけ上げてお礼を言う。
「ああ、ぴりからさんにぬらぬらさん、ご配慮ありがとうございます。 今回のクエスト……マジでやばいクエストかもしれないですよ?」
「やっぱりこんな危険なクエスト、冒険者の皆様に何かあったら大変です。 もっと情報を集めた方が……」
私達の声が聞こえたのだろうか?
メル先輩もそんなことを言いながら歩み寄ってきて、不安そうな顔で私の隣に座った。
すぐに姿勢を正してメル先輩と向き合う。
「その情報を集めに来たんですよ? 大丈夫です! 受付嬢が二人もいるんですから! それに、この案件を放置していたら、何も知らずに山間エリアに来た冒険者達が被害に遭う可能性があります。 不可解な現象は早めに対処するべきです」
私の言葉を聞いたメル先輩は、遠い目で話をしてくれた。
「セリナさん、今回は一緒に来ていただいて本当にありがとうございます。 私、あの日からずっと怖くて。 いつもネガティブなことばかり考えてしまいます。 不意にあの日帰ってこなかったリューカさん達の顔が浮かんできてしまって……」
私は何も言えずに顔を伏せる。
ここ山間エリアは彼女にとってトラウマを思い出すのだろう、その上モンスターの正体がわからないという状況がまた、あの事件そっくりだ。
メル先輩は毎朝、出勤前に亡くなった冒険者のお墓の前で何かを祈ってから出社してくる。
あれは事故だった、メルさんは悪くない。
けれど彼女はそう考えなかったらしい。
今もたまにしばらく資料室に篭って、「もっと下調べをしていれば」とか、「危険なモンスターに遭遇した時の対処法をもっと考えていれば」とか呟きながらひたすら調べ物をしている。
メル先輩の呟きを聞いた私達は、その後特に何も言う事が出来ず、自然に席を離れて休むことになった。
考えが行き詰まった私は、気晴らしのためにレミスちゃんを呼ぶ。
「セリナさん、どうしたんです?」
「お話ししましょ? レミスちゃんといると落ち着くんだよねぇ」
私は休みの日、よくレミスちゃんと遊ぶ。
付き合いが二番目に長い彼女と遊ぶときはいつもタメ語なのだ。
タメ口の私を見てレミスちゃんも休みの日のような接し方をしてくれる。
なんと! この子は休みの日は驚くほど駄洒落を言わないのだ。
「セリナさんが優しいとかちょびっと怖いなぁ、今回のクエスト……なんか引っかかるの?」
「敵の正体がわかんないから対策の立てようもないの、一応ここにくる前に他の受付嬢のみんなに頼んでここ二週間の山間エリアのクエスト見せてもらったんだけど少し気がかりでね?」
「聞いてもいい? 何か分かったんだよね?」
付き合いが結構長いからだろうか、彼女はさっきの言い回しで気がついた。
……私がこのクエストに抱いている不信感を。
「まず、これはあくまで私の予測だから他の冒険者に言わないでね? 例の上級モンスター発見報告があった廃城周辺に、下級モンスターの討伐クエストが全く無い時点で嫌な予感はしてたよ。 それにここに来て聞いた岩ランク冒険者達の報告」
レミスちゃんは真剣に話を聞いてくれている。
「おそらくここにいる謎のモンスターの能力は変化能力。 そして、変化したモンスターの力も自在に操れる」
☆
翌日、朝……
不安を拭いきれないまま、私達はとうとう山間エリアの廃城周辺に足を踏み入れた。
ここに来る前に拠点の岩ランク冒険者達にお願いしていた事がある。
「セリナさん! 狼煙は上がってません!」
虞離瀬凛さんが元気に伝えてくれる。
「どうやら、強い冒険者が来ると隠れちゃうみたいですね。 これは、相手を見つけるためには蹂躙戦するしかないですね」
「お嬢さん、冗談はよしてくれ……」
思わずため息をついたのはぴりからさん、それもそうだ。
「この辺りには、もう中級モンスターしかいないと伺いました。 この人数では少し難しいかと思います」
ぬらぬらさんのいう通り、この辺りには中級モンスターしかいない。
私は朝、拠点を出発する前に言っていたのだ、この辺りでは下級モンスターが発見されてないから注意するようにと。
みんなは難しそうな顔で辺りに視線を送る。
「なぁなぁ、あの岩見てくれよ! なんか変じゃねえか? 人の顔みたいな形してるぜ!」
シュプリムさんは空気が読めないらしい……
「シュプリム! 今はそれどころではない! これから中級モンスターを駆りまくらなければならないのだ、気を引き締めろ!」
「いやいや、だから言ってんじゃん! あの岩、なんかの顔みたいじゃねえか?って。 多分俺らが探してんのあれだぜ?」
……は?
私は一瞬何を言っているのかわからなかった。
しかし隣にいたメル先輩が、つんつんと可愛く私の肘をつつく。
「あの、セリナさん。 彼は風魔法で自分の周辺に常に微弱な風を纏っていて、その風の揺らぎでモンスターの気配を察知できます。 つまり彼が言いたいのは……」
「あの岩こそが、今回のターゲット! そういう事ならボクが先陣を切ろう!」
ぴりからさんが腰のホルスターからピンクの銃を勢いよく取り出して岩を撃つ。
すると、ぴりからさんが放った銃弾が当たる寸前に岩はぐにゃりと歪み、角雷馬に変形した。
「角雷馬! みなさん退避を!」
「いいや! まだです! あいつの化けの皮、剥がしちゃいましょう!」
私は逃げようとするメル先輩に声をかける。
「角雷馬の正面には雷が落ちます! 予測は不可能なので前衛は常に動き続けて! 中衛! 角雷馬は触れなきゃどうにかなります! しかし動きがかなり早いので注意を!」
私の号令で全員が同時に動き出す。
「レミスさん! 連射お願いします!」
レミスさんは数十本の矢をつがえて放つ。
放たれた矢は、角雷馬に踏み込んで欲しくない場所を撃ち、動きを誘導する。
……あのモンスターの力が変化能力ならば、おそらく解除するための条件があるはず!
角雷馬を誘導し、冒険者達の攻撃を当てやすくする。
双子達が炎の斬撃を放つが角雷馬は高速でステップを踏み、それすらもかわす。
「嘘でしょ? あの連続攻撃でかわされるの? ぺろぺろめろんさん達どうやって倒したのさ!」
私は角雷馬が予想以上の動きを見せて少し焦る。 しかし冷静に次の一手を考える。
「レミスさん! ぴりからさんや双子さんと連携して角雷馬を近づかせないようにしてください! 虞離瀬凛さん! 体の周りに炎は纏えますか?」
「セリナさん!」「双子さんって呼ぶなんて!」「ひどくないか?」「ちゃんと名前呼んでくれ!」
「纏えるぞ! 炎を纏って何をすれば良い?」
「角雷馬は常に体に雷を纏っているので、飛び道具で攻撃しないと感電して動けなくなります! 動けなくなったら突進されて、角でぐさりとやられますので、角雷馬の攻撃は直接触れずに炎の壁で対処をお願いします!」
「了解した任せておけ!」
虞離瀬凛さんは私の指示を聞いて前に出る。
「ぬらぬらさんは回避に専念してください! 雷が来そうになったら避雷針作ってそらしたりできれば最高です!」
「避雷針! 電気を操る私なら可能です! ぜひ、お任せを!」
そう言って二本ある内の一本の槍に、雷を纏わせて角雷馬の近くに投げたぬらぬらさん。
このメンバーならもしかしたら倒せるかも? とか思った矢先。
「セリナさん! あの角雷馬、何かおかしいです。 雷を纏ってない……」
私はメル先輩の言葉で角雷馬を慌てて観察する。
「どういうこと……?」
角雷馬は常に強力な雷を纏っていて、武器で攻撃すると感電して動けなくなる。 そして痺れて動けないところを角でくし刺しにされる。
しかも動きがかなり速いため遠距離、中距離の攻撃はほぼかわされる。
私は今、ぺろぺろめろんさんはどうやって倒したか詳しく聞いておけばよかったと後悔しているほどだ。
しかし目の前にいる角雷馬は雷を纏っていない。
ならば触れても大丈夫なはず。
「ぬらぬらさん! 攻撃を当てられますか?」
「お任せ下さい! セリナさんのご期待に応えましょう!」
ぬらぬらさんは雷魔法を自在に操ることができる、例えば全身に微弱な電気を流し、視覚情報と反射神経を連動させ、動かしたい筋肉に直接電気信号を発生させて超高速で動ける。
以前共に月光熊討伐に参加した龍雅さんも似たような方法で動くが、その速さは角雷馬の速さを凌駕する。
ぬらぬらさんは超高速で肉薄し、短槍を突き刺そうとした。
「……なっ!」
しかし、刺そうとした腹部が先ほど同様ぐにゃりと歪む、次いで角雷馬の首から上部分だけが大きな鎌に変化した。
大きな鎌は両断蟷螂の鎌だ、一瞬でその鎌はぬらぬらさんを捉えてしまうかと思った。
しかし、ぬらぬらさんはあり得ないほどの反射神経を駆使し、身をそらして紙一重でかわす。
「今のなんだ? あいつら、動き早過ぎだろ!」
思わず叫んだのはシュプリムさん、レベルの高すぎる攻防に全員が息を呑んだ。
「ぬらぬら、ナイスだよ? ボクの魔弾が、彼をすでに捉えたようだ」
ぴりからさんがそう言ったと同時に四方八方で破裂音が鳴る。
彼女は雷魔法と炎魔法を合成させた爆発を利用し、銃弾を打ち出す。
撃った銃弾を、さらにまた爆発させて軌道を変えたのだろう。
破裂音を鳴らしながら何発もの銃弾がカクカクと射線を変更し、異形の角雷馬だったものをとうとう捉えた。
銃弾を全弾同時にくらった角雷馬だったものは、体の至る所から血を流し、体の形をみるみる変えていった。
現れたモンスターは、四つ足の獣だった。
純白の美しい毛皮に九本の長い尻尾を生やしている、大きさは二メーター後半。
そう、それは日本神話でよく名前を耳にする怪物。
「はは〜ん、発見した私に命名する権利があるんなら、この異世界風に【九尾狐】とでも名付けましょうか?」
「あんなモンスター、見たことありません……」
隣で震えるメル先輩。
「セリナさん! あいつの能力は変化で正解でしたね、それとも気のせいかい? ……あ、あの〜」
「レミスさんシャラップ! ちなみに、あいつの能力、変化だけじゃないみたいですよ?」
隣で顔を赤くしてモジモジするレミスさんに私は伝える。
九尾狐はぴりからさんに撃たれた傷を、まるで時間を巻き戻しているかのような早さで再生させる。
「な! 回復? ——されたのか?」
ぴりからさんだけではなく、全員が絶句する。
「撤退します! 全員撤退準備!」
私達は脱兎の如く撤退を始めた。
☆
「あんなモンスター、初めて見ました」
メル先輩は拠点に帰ってすぐにため息混じりにつぶやいた。
「おそらく今までずっとあの辺りに潜伏していたのでしょう、あの能力で色々なものに擬態して隠れ潜んでいたと見ていいですね」
しかし解せないのは今頃になって姿を現した理由だ。 これに関しては考えてもしょうがない、でも一つ分かったのは……
「リューカさん達は、もしかしてあのモンスターに……」
ぼそりとつぶやくメル先輩。 その呟きを聞いて全員が押し黙る。
あいつが今のメル先輩を苦しめている元凶? ……だとしたら。
「メル先輩、わがまま言ってもいいですか?」
「まさか! セリナさん、あのモンスターを……」
不安そうな瞳を向けてくるメル先輩。
しかし私はここにくる前に覚悟を決めているのだ。
「私が受付嬢になったばかりの時、メル先輩に何回も助けて貰った。 何回も励ましてもらったんです。 私は優しくてカッコよくて、生き生きと仕事をしているメル先輩が大好きです。 今も私はあなたに昔の様になってもらいたいと思っています」
自分の能力を高めたくて、キャリーム先輩やレイトを付け回したりもしていた。
私は昔を思い出しながら、くるりと方向転換してメルさんを正面から見つめる。
「また生き生きしているメル先輩と仕事したい。 あなたのおかげで一人前になった今、ランキングを競ってお互い結果を伸ばしあって、ライバルとして競い合いたい。 そのためには、あのモンスターが邪魔なんです。 あいつさえいなければ今頃私はメル先輩と毎日競い合っていた、高め合っていた。 私はあなたと同じ土俵に立ちたくてここまで頑張ってきたんだ」
全員が真剣に私とメル先輩を見つめている。
これは私のわがままだ、だけど私はメル先輩の心の枷を外したい。
私は、全員に視線を向けて、勢いよく頭を下げた。
「冒険者の皆さん、どうか私のわがままを聞いて下さい! 私は、またメル先輩と笑いながら仕事がしたいです。 あのモンスターをここで討伐して、過去の出来事にケリをつけてもらいたいんです。 私にできる事ならなんでもします! 囮だろうとなんだろうと喜んで引き受けます! だから……」
私の頭には、ずっしりと重い手が乗せられた。
「セリナさん、その願いは私が口にしようとしていたと言うのに……この時のために少しでも強くなろうとして、毎日タンパク質を八十グラム以上きっちり摂取して来たのですから」
重い手を乗せてきたのは虞離瀬凛さんだった。
「セリナさん! 俺も虞離瀬凛も山間クエストばっかり受けて、ちゃっかりあいつのこと探してたんだぜ? 見つけるまでに一年もかかっちったけど……ようやくぶち殺せる。 リューカの仇を取ってやれる」
虞離瀬凛さんもシュプリムさんも、笑いながら私に声をかけてくれる。
「さすがセリナさん!」「そうこなくっちゃ!」
「また、あっと驚く作戦を立てて、ボクを楽しませておくれよ? お嬢さん」
「あなたの心からの願い、承りました。 私にできる事ならなんでもいたします。 あなただけに負担をかけさせるわけには行きません」
「私とセリナさんの仲でしょう! 辛気臭いこと言わないでくださいよ! どこまでもついていきますよ? また私の神業で、あいつもぶっ倒しちゃいますから!」
冒険者達は楽しそうに笑いながら、自然とメルさんに視線を集めた。
するとメルさんは嬉しそうな顔でにっこりと微笑みながら……目頭から雫を滴らせた。




