〜エピローグ・異例の報告書〜
〜エピローグ・異例の報告書〜
氷帝鯱討伐に成功した私たちは、その日は拠点で夜を明かし、翌日の日の出と共に王都への帰路についた。
今回は討伐の証として氷帝鯱の素材を馬車に積み込んでいたため、溢れ出る魔力のせいなのかモンスターはあまり近づいてこなかった。
氷帝鯱の額に埋め込まれている宝石には底知れぬ魔力が込められており、この素材は武器に付属させるにしても扱いが非常に難しいらしい。
素手で触ると触った瞬間体温が奪われて手が壊死してしまう。 そのため触れる場合は厳重に保護した手袋を装着しなければならない。
こんな危険な素材を取り扱える職人は限られているのだが、売値は非常に高くつくらしい。
今回は迅速に討伐した上に宝石自体に物理的損傷がほとんどなかったため、今まで市場に出回った中でも一番いい状態の素材になるだろう。
これまでの氷帝鯱の宝石の売値を聞き、私は何度も目を擦って零の数を数えたが、報酬としてこの素材の売値が私たちに分配されると考えると、計算しただけでも一週間は金に糸目をつけずに豪遊できるかも知れない。
ウキウキした気分で帰路につきたいところだが、今回は怪我を負った冒険者が非常に多く、反省点が非常に多い。
こめっとめんこさんに関しては命に関わるような大怪我を負っていたし、すいかくろみどさんや銀河さんも全身大怪我だったのに後半戦も無理したため高熱を出してしまっていた。
ぴりからさんやぺろぺろめろんさんも出血量が多すぎたせいか、帰り道は休憩中ほとんど眠ってしまっていたほどだ。
きっと王都に帰ったらレイトと反省会をしながら劣等感やら罪悪感に駆られてしまうのだろうな、なんて思いながらの帰路だった。
会敵したのが全体で見て三回と、非常に少なかったため帰りは少し早めに王都に帰ってくることが出来た。 とは言っても、行きと五〜六時間しか変わらなかったため二日目の夜中に王都に到着したということだが……
夜中に王都に帰った私たちは、報告は明日の朝にしようということで解散し、すぐに自宅に帰って就寝。 浮かない顔つきのまま翌朝に王都の冒険者協会に顔を出す。
すると、冒険者協会に戻ってきた私の元に、開店準備中だったメル先輩やクルルちゃんがものすごい勢いで駆け寄ってきた。 一体何事だろうか?
それにしてもメル先輩がいるということは、地獄狼討伐はつつがなく達成したらしい。
「セ! セリナ! 嘘でしょ? まだ出発してから五日しか経ってないわよ?」
「えーっと、往復で四日かかる海辺エリアへの遠征で、帰って来たのが五日ってことは……」
「氷帝鯱は、そんなにも厄介なモンスターだったのね」
「まさか、レイトさんとセリナが二人がかりでもすぐに撤退させられてしまうだなんて……」
なんだか私がキョトンとしている間に、勝手に会話を進めてしまうクルルちゃんとメル先輩。
「あの、なんで私たちが失敗した前提の会話になってるんです?」
「無理しなくていいのよセリナ! あなたたちはよくやったわ。 安心して、私たちがすぐに応援部隊を編成するから!」
「ちょちょいちょいちょい! 一回深呼吸しましょうクルルちゃん」
クルルちゃんがなんだか知らないが勝手に冒険者名簿を持ち出したため、私は慌ててクルルちゃんを落ち着かせようとしたのだが……
「セリナ? 今セリナって聞こえたわよ! セリナが撤退してきたの?」
「あ、キャリームさん! 今からクルルさんが討伐隊を再編成をしようとしているところです!」
「え? ちょっと、メル先輩? 一旦話聞いてくださいよ……」
「そーゆーことなら仕方がないわね! 安心なさいセリナ! 今度はあたしがあなたと一緒に討伐に向かってあげるわ! 地獄狼もメルさんと一緒に討伐してきたんだから、あたしがいればなんの心配もいらないわよ!」
協会の奥で資料をまとめていたのだろうか? キャリームちゃんは資料の束を抱えながら入り口まで駆けてきた。
あ、どうしよう。 このままの流れでいったら私はキャリームちゃんとまたあの水辺エリアに向かうことになる。
ふふふ、それもまた一興ではないか? いわゆる海デート、ぬへへへへへ。
「ふっふっふっふっふ♪ 落ち着きたまえよ皆さん♫」
そんな煩悩が私の思考を支配し始めた頃。 入り口の壁に背中を預け、カッコつけながらオカリナを吹く変人受付嬢が登場。
「レイトさん! 怪我がなくてよかったわ! でも安心してちょうだい、きっと次に向かわせる討伐隊は一流のメンバーを用意するから!」
「必要ないよクルルさん♪ 私たちの知恵がかけ合わさり、ビックバンが発生したようでね。 既に氷帝鯱は灰燼となって風の中に溶けていったのさ♫」
先ほどまで慌てふためいていたクルルちゃんやメル先輩は口を閉じ、チラリと私の方へと視線を送ってくる。 はいはいわかってます、通訳ですよね?
「氷帝鯱なら討伐しましたよ? ほら、これが氷帝鯱の額に埋め込まれてた宝石です」
私は布袋を持ち上げ、みんなの目につくように主張した。 すると、思考停止してしまった三人はフリーズする。
一泊置いてからクルルちゃんは自らの両手の指を折りながらぶつぶつ呟き、なんらかの計算をし始める。
「あれ? セリナたちが討伐に向かったのは五日前だから、往復で約四日かかるとして、そうすると討伐にかかったのは、えーっと……」
「五日から四日引くわけなので、一日しか使ってない? あれ、おかしいですね」
「わかったわ! きっとセリナとレイトさんは華嘉亜天火さんの水圧ジェットでビューンって飛ばして移動したのよ! そうすればきっと往復二日くらいでいけるわ!」
三人はおよそ頭の悪い方法で算数の計算やらをし、謎の議論を繰り広げる。
「でもキャリームさん、それでも計算が合いません! 往復二日で行けたとしても討伐には三日しかかかっていない計算ですから」
「た、確かにメルさんのいう通りね、ってことは……わかったわ! 私たちが五日前に会議してた時、既に二人は水辺エリアにいたのよ!」
「え? じゃあ私たちと会議してたのは、いったい誰なのよ?」
「それはきっと、影武者というやつだね♫」
「「「影武者ですって!」」」
お〜いレイト、話をややこしくするな〜。 と、言いたいところだが。 三人が困惑するのも仕方がないことだろう。
氷帝鯱は本来討伐に五日以上かかる厄介なモンスターだ。
それを私たちは一日で討伐してしまった。 もっと詳しく言うのなら八時間で討伐してしまったのだ。
そりゃあ信じられないのも頷けるだろう。
というわけで、目をまん丸にしながら「あなたは本物よね?」なんて問いかけてくるクルルちゃんに本当のことを教えてあげるとしよう。
「それがですね、レイトさんが起点を利かせてくれたおかげで約八時間で討伐できたんですよ」
「なっ? 八? はちじかん?」
「はちじかん、なんだか冒険者のニックネームに良さそうね」
「まさか〜! セリナったら〜、ま〜たそんな冗談言って私たちを困らせようとしてるのね〜? まったくも〜、困った後輩ちゃんなんだから〜」
クルルちゃん、キャリームちゃん、メル先輩の順番でキャラ崩壊一歩手前な顔面でそんなことを言い始めている。 ちなみに全員声のトーンがツートーンくらいおかしい。
私は苦笑いを浮かべていたのだが、レイトはむすっとした顔でオカリナをピーヒョロロと甲高く鳴らしてくる。
なんだ? PKか? それともオフサイド?
「言っておくがねセリナ♪ 八時間で討伐できたのは君が尾鰭を切るために知恵を絞ったからであって、私の起点のおかげで早期討伐できたと報告するのは断罪の業を背負う行為だよ!」
「とは言いましても、結局のところ直接的に氷帝鯱を討伐したのはレイトさんの策でしょ?」
「それを言うんだったらね、尾鰭を切断した時点で討伐は完了したようなものだから、君の指揮が素晴らしかったから討伐できたと言ってもいい!」
レイトは何がなんでも自分だけの手柄にはしたくないらしい。 私も同じ気持ちだ。
なんせ私の手柄にされてしまったらレイトに負けた気がして嫌だ。 ここは私の更なる成長のためにも、レイトのおかげで倒せたんだと自分に言い聞かせて一から勉強し直すのだ!
と言うわけで、やけになった私は『意義あり!』と言いたげにバシッとレイトを指差した。
「何言ってんですかレイトさん。 氷帝鯱は尾鰭切った後も私の想像を超えるほどの抵抗をしていたでしょ? そっちを完封したのはレイトさんですからね?」
「あれを完封できたのは君の指示を参考にしているからね、オリジンは君の指揮さ」
「それってちょっと無理やりすぎません?」
私たちの口論を、目を点にして聞いているクルルちゃんたち。 なんだか頭からお花が咲いてそうな顔つきになっていたが、私とレイトの喧嘩はヒートアップしてしまい、そちらに構っていられる余裕はない。
「何を言っているのさセリナ!♬ 結局のところ報告書を書かないといけないのはわたしたちのどちらかだ。 そう考えると、氷帝鯱の弱点を看破した上に肺に酸素を送り込んでいるという新たな生態を発見した君こそが報告書を書くのにふさわしいということになる!♩ だとしたら間違いなく、君の方がこの討伐に貢献していると定義付けるのに何の遜色もないではないか♩」
「は? なんですかその意味わからん定義づけ! それいうんだったらトドメ刺す策略を考え出したあなたこそ報告書を書くべきでしょ? それはつまり、あなたの方が貢献したということですよね! つーか、肺に酸素を送り込んでるって最初に気づいたのあんたでしょうが!」
「いーや違いますー♪ 私は怪しいなーと思ってただけだけど、実際に論理を華嘉亜天火さんに説明してたのはセリナですー♫」
ガミガミと喧嘩を繰り広げていると、クルルちゃんがふるふると頭を振って、私たちの間に割り込んでくる。
「ちょっと二人とも、一旦落ち着いて! 喧嘩は後にしてとりあえず今は確認させてくれるかしら! あなたたちはその、本物のレイトとセリナよね?」
そっちの確認かーい! とばかりに私とレイトは盛大にずっこけた。
☆
あの後私とレイトは一緒に討伐に向かった冒険者たちを探して回り、今回の討伐において最も貢献したのは私とレイトのどちらかと聞いて回ったのだが。
「もちろんあたしの大活躍に決まってんじゃん! 功労者にはお肉を贈呈してくれるんだよね?」
「そんなんどっちもどっちっしょー、な~にわけわからんことで喧嘩してんのさ~。 そんなことより打ち上げいつやんの? ちゃんと呼んでね〜」
「レイトさん、この前はきつくあたっちゃってごめんなんだし! レイトさんもセリナさんもすっごくがんばってたんだし! だから二人とも、早く仲直りしろし!」
と、予想通りに答えてくれた三人組。
「ああ、喧嘩するほど愛が深いといいます。 セリナ様とレイト様の愛、とくと感じさせていただきました! 些細ではありますが、ご祝儀を納めさせていただきます」
「ふむ、功労者か。 それはともかく、すいかくろみどに伝えておいてくれないか? 俺のファンクラブを作るのはやめてくれとな」
「おいこらぎんがさん! あなた調子に乗って浮気するつもりですか! 私という女がいるというのに!」
と、およそ話が通じているとは思えないレイトの担当冒険者たち。
「は? どっちでもいいわよそんなの。 私は果ての荒野に帰らないといけないから、早く報告済ませてきなさいよ」
「いんや~、結局みなさんの足を引っ張っちまったあたしにゃ~そんなこと決められる資格なんてねえべさ~。 皆さんを見習って、接近戦でもやぐに立てるようこれから頑張っぺさ~」
と、自分のことばかり考えていて全く答えをくれない人たち。
「は? どっちが活躍したかだって? そんなのどっちも同じくらい活躍したにきまってるだろう? くだらないことで言い争ってないで早くボクたちに報酬をくれないかい? お嬢さんたち」
「私にはどなたが最も活躍したか、そんなことはどうでもいいのです。 皆さんが一致団結して強大な敵に立ち向かったという事実、そうして生まれた友情こそが尊いものだと心得ております。 ですから、お二方は今すぐ喧嘩をやめ、本部への報告はお二人仲良く行っていただくのが一番かと」
いろいろな意見をいただいたが、結局のところ優劣をつけられなかった私たちはカフェエリアの机にぐったりと突っ伏す羽目になった。
「これじゃあどっちが報告書書けばいいかわかったもんじゃないですね」
「普通に考えれば、ナンバーワンである君が書くべきかと思うけど?♫」
レイトはなんの迷いもなくそんなことを言ってきた。 こやつ、まさかとは思うが……
「あの、レイトさん。 一応確認ですけど……もしかしてあなた、報告書を書くのが面倒だからって、私を功労者に仕立て上げ、無理やり報告書を書かせようだなんて思ってないですよね?」
「……♩♪~♫~♪♬~」
ジト目をレイトに向けたのだが、レイトはさりげなくそっぽを向きながらオカリナで陽気なメロディーを奏で始める。
「くぅおらぁ! どこ向いてんだこのオカリナ星人! こっち向いて私の目を見んかいぃ!」
「ふふふ♪ 言っておくがねセリナ、私は一応先輩なんだよ?♫ と、言うわけで……先輩権限だ!♪ 報告書を書くことを君に託す!♩ 存分に励みたまえ!♫」
「ざっけんなゴラァ! 先輩だったら素晴らしい報告書を書いて、私の見本になろうとしてみせんかい!」
結局、その後も数時間にわたり喧嘩を繰り広げ、私たちは二人で報告書を書くことになった。
内容としては氷帝鯱の討伐方法として、尾鰭の切断と陸への誘導をわかりやすく記入した。
あとは私たちが発見した生態について。 哺乳類で肺呼吸をしている事や、尾鰭の筋肉は非常に硬い点、風魔法を使って肺に酸素を送っていると言った発見などは詳しめに記載した。
他にも氷帝鯱の知能は予想の範疇を超えていたため、私たちがしてやられた超音波索敵を妨害された件や、鏡海生成による視覚の妨害、他にも危険な冒険者を選別して集中的に狙ってくる習性があるという点など、注意勧告として詳しくまとめ上げた。
二人で喧嘩しながらも報告書に書いた内容は、割といい感じにまとまった気がする。
これはもしや、画期的な討伐法を見つけたとして、私たちは一躍有名人になれるかもしれない。
そんなふうに思っていたのですが、冒険者協会から帰ってきた返事にはお褒めの言葉が一割、皮肉が九割でした。
氷帝鯱が風魔法を使う、哺乳類のため肺呼吸をしている、陸に上げれば圧死するなどといった記載については目から鱗な情報だったようですが、私たちの討伐方法の記載に問題が多かったらしい。
具体的に説明すると、
湖ひとつ分の水を持ち上げて氷帝鯱を拘束、この記載に対しては『できるの一人しかいねーじゃん』的なことを長々と書かれ、代案を求められた。
電気反射を利用すれば氷帝鯱より早く泳げる、この記載に関しては『はっきり言って意味不明』的なことをぐちぐち書かれた。
氷による攻撃は水を蒸発させるほど温めれば完封できる、これに関しては『お前、舐めてんのか?』 的なことをつらつらと書かれた。
他にもお小言が多かったが、かなり皮肉を書かれたのはこの三つくらいだ。 なんだかんだ文句は書かれたが、新たな生態を発見できたことと、他の冒険者たちが討伐する際の参考になるのではないかという事で、新たな氷帝鯱討伐記録が冒険者協会の掲示板や書斎に展示されることになった。
まあ確かに、わたしたちが発見した新たな生態や習性、氷帝鯱の知能を危険視する記載は大変参考になること間違い無いだろう。
真面目な冒険者たちはこぞってその展示を確認しにきた。 大体の冒険者たちは氷帝鯱の新たな情報を知って目をまん丸にしていた
が、展示に目を通した冒険者たちは最後まで目を通した後、最後はみんな眉を歪めながら同じようなことを口にしていく。
「これ、メンバー豪華すぎて……討伐方法の記載は全く参考にならない」
私とレイトは、しばらくの間このつぶやきを聞くたびに苦笑いするハメになってしまった。
いつもご拝読ありがとうございます。
今回のエピソードで無事にすべての受付嬢とのエピソードを記載することができました! ここまで長期間にわたり執筆できたのも読者の皆様方のおかげです。
本来なら火山龍討伐で完結予定だったのですが、あれを書いてる最中に「メル先輩とキャリームちゃんとのエピソードはあったのに、他の受付嬢とのエピソードがねえじゃん!」と気がついてしまい、クルルちゃん編とレイトさん編も執筆しました。
途中おまけでメル先輩とキャリームちゃんをピックアップしたエピソードもありましだが、決してひいきしているわけではありません^^;
そんなわけで無事に全受付嬢とのエピソードもかけたこの機会に一旦連載を休止しようと考えております。
毎週楽しみに拝読してくれた読者様には頭が上がりませんが、ビビッと来るアイデアが浮かぶまではもう少々お待ちいただければ幸いですm(_ _)m
私事で連載を休止してしまうことを大変申し訳なく思いますが、今後も応援いただけると幸いです。