〜氷帝鯱討伐・七つの魔弾〜
〜氷帝鯱討伐・七つの魔弾〜
二人の負傷者を背負ったまま甲板に這い上がってくるぬらぬらに、慌てて駆け寄っていくべりっちょべりー。
「ぺろりん! あぶちゃん! 早く怪我を見せろし!」
「私が無茶をさせてしまったせいで、申し訳ありません」
「ぬらちょんさっきから謝りすぎだし〜。 両腕の感覚全くないけど、鯱公ボコボコにできてなんかスカッとしたよ?」
「凍傷してんじゃん! 無茶しすぎだし!」
べりっちょべりーの悲鳴に近い叫び声が甲板に響く。 手に持っていた杖を二人に向けると、半透明な水色の膜が二人の受傷部に纏わりついていく。
べりっちょべりーの治癒魔法。 受傷した部位に最適となる栄養素を水魔法で再現し、点滴のようにそれを注ぎ続ける。
受傷部分にまとわりついた膜が消える頃には、怪我は綺麗に回復する計算になっている。 この治癒魔法のおかげでべりっちょべりーは一度治癒魔法をかければその場に留まらなくても治癒を継続できるのだ。
「それにしてもあぶちゃん! ギリギリ内臓に傷が着いてなくて良かったし! 二人とも三十分はここで安静にしてろし!」
「私は、何もお役に立てていないのに……本当に申し訳ありません」
「そんな暗い顔しないでよあぶちゃん、あたしのこと助けようとしてくれたんでしょ? ありがとね?」
「ぺろぺろめろん様……私のことを勇気づけてくれるのですね、これはもしや!」
「恋じゃないよ?」
「……ですよね」
さらっと振られてしまったあぶらあげはシュンとしながら脇腹を押さえる。 その体勢のまま凍傷して赤くなってしまったぺろぺろめろんの両腕を一瞥したあぶらあげは、悔しそうな顔で口を開いた。
「申し訳ありません。 陸上に上がってしまっては、私の魔力操作ではあなたの腕を灰にしてしまいかねません。 助けてもらってばかりで、何も恩返しができなくて、不甲斐ないです」
「ねえねえぬらちょん、あぶちゃんまた落ち込んじゃったけど、元気付けようとしたらまたときめかれちゃったりするかな?」
「そうですね、私の経験からすると……気が済むまで落ち込んでいただくのが吉かと思われます」
「ちょっと二人とも! それは流石に白状すぎだし!」
二人揃ってコソコソと話し合っていたため、べりっちょべりーは呆れたように声を上げる。
「あぶちゃん! 治癒はあたしの仕事なんだし! だから気にしないで、今は自分の怪我が治るのに集中してほしいんだし! 自分の体なんだから、大切にしろし!」
べりっちょべりーはあぶらあげの前に屈みながら優しく声をかける。 が、ぬらぬらはべりっちょべりーの語りかけを聞いた瞬間『まずい!』と言いたそうな顔をしてしまう。
「私の体が、大切なのですか?」
「もちろんだし! 冒険者は体が資本だし!」
「べりっちょべりー様は、私の体を大切にしてくれるのですか?」
「……? もちろんそうだし」
「ということは、私のことを大切に思ってくれている!」
べりっちょべりーは困った顔でぬらぬらに視線を送ったが、ぬらぬらは苦笑いを浮かべながらわざとらしく目を逸らす。
隣で座っていたぺろぺろめろんに関しては呆れたように肩を窄めていた。
「べりっちょべりー様! 私、冒険者ゆえに怪我が多く、あなた様に心配をかけてしまうことが多いかもしれませんが! それでも私、あなた様を幸せにするためにたくさん稼いでみせます!」
「えーっと、その……あぶちゃん、一回落ち着けし」
「あぶちゃん! 愛ゆえに私にあだ名をつけてくださいましたのですね! それでは私も、僭越ながらべりっちょべりー様のことは、旦那様とお呼びいたしますね!」
「一文字も被ってないんだし。 あの、ぺろりん。 こういう時ってどうすればいいんだかわかんないし」
「あたしも知らなーい。 頑張ってねべりちょん」
「ちょ! 見捨てるとかひどいし!」
「旦那様! 私以外の女の方と話すだなんて、これは浮気です! 浮気は良くありません! 家に帰ったら部屋に閉じ込めてしまわないとダメですね!」
べりっちょべりーはぺろぺろめろんやすいかくろみどに釣られて、彼女なりに考えたギャルっぽい口調で喋っているが、根はものすごく真面目で優しく、かなりの他人思い。
ゆえに、頼まれた事を断ったり、他人が傷つく可能性がある言葉を言ったりできない性格だ。
あぶらあげに迫られたべりっちょべりーは、ただ口をあわあわさせながら逃げ惑うことしかできなかった。
☆
「おいすいかくろみど! お前の間合いは五メーターとか言ってなかったか? 話が違うぞ!」
「それって地上にいる時の話でしょ? 地上にいると重力の影響とかで五メーター以上刀を横に伸ばしちゃうと折れちゃったりするわけよ。 けどここは水中、無重力に近いこの場所でなら間合いは最大の十八メーターまで伸ばせるってわけ!」
水中にいる間は重力の影響が緩和される。 よって重力に逆らって間合いを伸ばしていたすいかくろみどの刀身は、向きに限らず最大の長さまで伸ばすことが可能になる。
腹部を抉られた氷帝鯱は眼球運動ですいかくろみどとこめっとめんこの位置を確認した。 こめっとめんこがヤケクソで放った大玉花火は遥か彼方へ飛んでいるため、それによる被害は考えていない。
数舜の硬直の後、氷帝鯱は迷わずこめっとめんこに突進する。 体の周囲に氷柱を作り出すが、今回作る氷柱は巨大な氷柱状ではなく、細長い槍状にして大量に作り出した。
ぷぷるんはその様子を見て杖を氷帝鯱に向ける。
「あの氷の槍の中には、透明な氷も複数本混ざってます!」
「それはなんとなく察してるけどさ、泳ぎであいつから逃げるのはむずくない?」
刀身を伸ばし、射出された氷柱を切り刻みながらすいかくろみどが言及する。 すると銀河は自分の周囲に浮遊させていた金属の宝珠に手をかざす。
「突っ立ってるだけで最強とか言ってたな、すいかくろみど。 残念ながらそれはお前だけではない」
得意げな表情で銀河が宝珠を操作すると、宝珠から金属が分離し、一本の短槍が出来上がる。
「俺の使うこの武器、これは炎溶鉱石でできていてな。 俺は賢く器用だからこいつを自在に加工できるのだ!」
「ギャラりん、それ自分で言っちゃうとカッコ悪いし」
銀河はドヤ顔で短槍をこめっとめんこの方へ飛ばす。
「つかめ! こめっとめんこ。 そいつでお前を高速で泳がせてやる!」
「あざまーっす! さすが銀河先輩だっぺ!」
銀河が飛ばした短槍に捕まったこめっとめんこは、素早く氷の槍から逃れていく。 しかし、泳ぐ速度が上がったとはいえその速度はぬらぬらほどではない。
「こめっとめんこ! 片腕でその大砲は扱えるか?」
「任せてときゃー! この大砲は演出みでーなもんで、うちの障壁魔法で密封した花火玉をぶっ飛ばす際、照準がブレないようにこいつがあるだけなんだべさ! 片手でも余裕でぶっ放せんだっぺよ!」
左腕で大砲を肩に担ぎ、右手でしっかりと短槍を持ったまま水中を素早く移動するこめっとめんこ。 氷帝鯱は氷の槍をこめっとめんこに向けて集中砲火しながら急停止し、その様子をじっと眺めている。
『皆さん! 氷帝鯱は氷壁の修復を始めてます!』
セリナの声を聞き、こめっとめんこは大砲を氷帝鯱に向ける。
「動いてねーってこどは、狙いたい放題だっぺさ!」
こめっとめんこの大玉花火が氷帝鯱に向けて飛んでいく。 氷帝鯱は大玉花火から大げさに距離をとり、なおもこめっとめんこを睨み続ける。
「あんりゃー、爆破の範囲がバレてんだべか? これじゃあ隙をつかないとブッパなてねえべ!」
『奴の氷壁を破るには君の能力が鍵だ♫ すいかくろみどさんとぴりからさんで隙を作れないかな?♩』
「ふふ、鯱君の氷壁を破れるのは、本当に田舎の子猫ちゃんだけかな?」
次の瞬間、氷帝鯱の氷壁に三つの穴が空く。 空いた穴から血液がもれ、氷壁にはガラスに打ち込まれた弾丸のようなヒビが入っていた。
突然空いた穴に度肝を抜かれる冒険者たち。
「七つの魔弾・貫通弾」
ぴりからがドヤ顔で銃口を氷帝鯱に向けている。 銃口からは気泡がぷかぷかと漏れており、明らかにぴりからが氷帝鯱の氷壁を破ったということがわかる。
『ちょ! え? ぴりからさん、あなたそんな火力ありましたっけ?』
「言っただろうお嬢さん。 ボクもぬらぬらに負けないように新技を開発してたんだ」
『そういう大事なことはもっと早く教えて欲しかったんですけど?』
「文句ならピンク髪の子猫ちゃんたちに言ってくれ。 ボクの新技お披露目の機会をことごとく潰したのは子猫ちゃんたちだよ?」
セリナとぴりからの口喧嘩を聞き、苦笑いを浮かべるすいかくろみど。
氷帝鯱はまさかのダメージに驚いたのか、視線を迷わせている。 その隙をついてこめっとめんこはもう一発大玉花火を放った。
その大玉花火は氷帝鯱も要注意しているようで、大玉花火が放たれた際の衝撃で水中が揺れるだけでもすぐさま大げさに回避を繰り返している。
三発もの大玉花火が海中に消えていく。 そのタイミングでぬらぬらが再度戦線に戻ってきた。
「お待たせしました皆さん! ぺろぺろめろんさんとあぶらあげさんは無事です!」
『それはよかった♪ 早速だがぬらぬらさん、君に頼みたいことがあるのだが、すぐに動けるかい?♫』
レイトからの通信が入り、こめっとめんこはニヤリと笑う。
『君には落とし物を拾ってきてもらいたいんだ♩』
自信満々に呟かれた指示を聞き、ぬらぬらは首を傾げながらも海の彼方へ消えていった。
☆
「七つの魔弾・装填——炸裂弾」
ぴりからが構えている真っピンクの古式銃には回転式弾倉がついている。 その回転式弾倉を外し、くるりと回しながら装填と唱え、弾倉を元に戻す。
そうしてぴりからが再度氷帝鯱に向けて数発の弾丸を放った。
「ボクの銃弾は障壁魔法で作った弾丸だからね。 長い試行錯誤を繰り返し、新しい技を開発するためにちょっとした工夫を施した」
放たれた銃弾を氷帝鯱は身を捻ってかわすが、一発だけ尾鰭の付け根に命中してしまう。 しかし、命中した弾丸は氷壁を少し抉った程度で貫通はしなかった。
「あれ? さっきはぴりりんの攻撃貫通してたよね?」
「さっき打ったのは貫通弾。 貫通力を底上げした弾丸だ。 そして今回撃ったのは……」
ぴりからが三日月のように口の端を吊り上げると、先ほどの弾丸が命中した尾鰭の付け根が爆発する。
「炸裂弾。 ターゲットに貼りついて爆発する弾丸だ」
貫通弾は障壁魔法で弾丸を作る際、弾頭を尖らせて精製し、さらには弾速を上げるために螺旋状の溝が薄く彫られている。 これにより弾丸の発射と共に高速回転し、貫通力と弾速を限りなく底上げしているのだ。
対して炸裂弾。 こちらは雷の魔法によって発生させた強力な静電気を駆使し、弾丸が命中した相手にくっつく性質になっている。 くっついた弾丸は時限式で爆発するため、威力に関しては貫通弾を上回る。
「変幻自在の魔弾。 それがボクの生み出した新たな力。 七つの魔弾さ」
ぴりからは得意げな顔で二丁の古式銃を構える。 氷帝鯱は遅れて爆発した尾鰭の付け根をチラリと確認し、すぐさま泳ぎ始めた。
氷帝鯱が自ら泳いで突撃し始めたのはこめっとめんこ。 こめっとめんこは慌てて大砲を向けるが、氷帝鯱はこの大砲をひらりとかわす。
代わりに、今までこめっとめんこを狙って射出されていた無数の氷の槍がぴりからに向けられた。
『賢いモンスターだね♪ およそ完璧とも言えるレベルの対処方法だ♫』
「まったく、困った鯱君だねぇ」
ぴりからは悠長に肩を窄めているが、無数の氷の槍は多方向からぴりからに迫っている。
おそらく氷帝鯱にとって一番食らいたくない攻撃はこめっとめんこの大玉花火。 しかしそちらに気を取られているとぴりからの貫通弾と炸裂弾にじわじわと体力を削られてしまう。
そこで、二人を同時に仕留める選択をとった。 今までは氷壁を回復させるために自身は動き回らず、氷の槍でこめっとめんこを仕留めようとしていたが、銀河の炎溶鉱石とすいかくろみどの剣裁きのせいでうまく仕留められなかった。 そこにぴりからの猛攻撃が炸裂。
ぴりからの放つ弾丸はこめっとめんこが放つ大玉花火とは比べ物にならないほどの弾速を誇っており、自力でかわすには少々骨が折れる。
故に自力でかわすのは容易なこめっとめんこの大玉花火に自らが対応することを選択した。 氷の槍で手数を増やせばぴりからの弾丸はそちらの対処に追われ、こめっとめんこが直接氷帝鯱に大玉花火を放っても軽々とかわせる。
銀河とすいかくろみどの攻撃は注意していれば氷壁で防げるし、なんならすいかくろみどはぴりからを守るために立ち回らなければならないだろう。
さらに、銀河の作り出した短槍で早く動けるようになったこめっとめんこだが、その速さはぬらぬらほどではない。 氷帝鯱でも容易に捕捉可能。
「ちょ! 銀河先輩! もっど早く動かせねえんだべか!」
「無茶言うんじゃない! これが限界だ!」
慌てふためいているこめっとめんこの声が冒険者たちの共振石を揺らす。 氷帝鯱の回遊スピードは群を抜いており、時速四十キロ程度で移動するこめっとめんこを追い詰めていく。
海中で時速四十キロで動けるのならばそれは非常に早い分類になるが、氷帝鯱の最高速度は時速八十キロオーバー。
二倍近い速度で迫ってくる氷帝鯱を前に、こめっとめんこの顔は涙ぐむ。
銀河が額に汗を浮かべながら残りの炎溶鉱石を四つに分担し、こめっとめんこに迫っていく氷帝鯱に向けて飛ばす。
四つの金属球を氷壁が治りかけている即腹部や腹部に向けて飛ばそうとするが、氷帝鯱は器用に身を捻ってその攻撃を回避していく。
「時間稼ぎにもならんか!」
奥歯を噛み締めながら銀河は氷帝鯱に攻撃を仕掛けていくが、こめっとめんこの目前に鋭い歯を見せた氷帝鯱が迫っていく。
氷帝鯱は水中でのパワーも群を抜いている。 その巨体で生身の人間に体当たりをしただけでも相当なダメージになるだろう。
重さ二トン近い生き物が時速八十キロで体当たり、現代社会で例えるならトラックにはねられた際の衝撃にも匹敵するだろう。
それだけでも脅威になるが、筋肉が集中している尾鰭での打撃や鋭い牙でのカミツキもある。 物理攻撃も氷を使った攻撃でも氷帝鯱には隙がない。
こめっとめんこは涙目で大玉花火を連射するが、目の前に迫っている氷帝鯱にはひらりと花びらのように避けられてしまう。
氷帝鯱の牙がこめっとめんこの足を食いちぎろうとしたその瞬間、光の線が氷帝鯱の左頬を氷壁ごと貫いた。
衝撃で水中で身を捩る氷帝鯱。
「ふふ、とっておきの一発だ。 光線弾の威力はどうだい?」
古式銃を氷帝鯱に向けたままクスクスと笑うぴりから。
「ぴりから? 氷の槍はどうしたんだ!」
「あんなもの、拡散弾を使えばチョチョイのチョイさ」
「チョチョイのチョイって……一体何種類の攻撃をすると言うんだ」
「小煩い坊や、君は馬鹿なのかい? 最初から七つの魔弾って言ってるだろう?」
「いや、カッコつけて『七つの』とかつけてるだけかと思ってな」
「後で射撃練習に付き合ってもらおうか、小煩い坊や」
ギロリと銀河を睨みながら低い声音で呟くぴりから。
ぴりからに頬を貫かれた氷帝鯱はすぐさま体制を立て直す。 頬には焼け焦げたような穴が空いており、目の前からそそくさと逃げ去っていくこめっとめんこには目もくれず、古式銃を優雅に構えているぴりからへ鋭い眼光を向ける氷帝鯱。
「おやおや、とうとうボクが君にとって最大の脅威になったかな? 当然だ、ボクは可愛くて強くて賢い冒険者だからね?」
ぴりからは二丁の古式銃を氷帝鯱に向けると、銃口から細い光線が二本射出された。 その光景を見て、興奮したような声が耳元の共振石を振動させる。
「うっひゃあ! ぴりから先輩がレーザー打ってるべ! ちょーかっけーなぁ!」
『まさかこの目で、ビーム打ってる人を生で見れる日が来るとは! 異世界最高! ヒャッホー!』
「田舎の子猫ちゃんとお嬢さん、なんでそんなに興奮しているのかな?」
呆れたように呟いたぴりからだったが、二本の光線は氷帝鯱にひらりとかわされる。 その光景を前に、ぴりからは楽しそうに口角を上げながら古式銃の回転式弾倉を外す。
「とっておきのサービスだ、鯱君。 さらに次の次元に至ったぼくの奥義をご覧に入れよう」