〜緊急クエスト・担当冒険者の暴走を止めよ〜
〜緊急クエスト・担当冒険者の暴走を止めよ〜
最近私は激務に苛まれている。 ナンバーワンになったはいいが、他の受付嬢と比べると圧倒的に担当冒険者の数が少ないのである。
特に高ランク冒険者の数が少ない。 金ランクはわずか三名で、銀ランクも火山龍討伐戦でランクアップしたぺろぺろめろんさんたちを含めても八名のみ。
一人一人はかなり強力な力を持っているのだが、圧倒的に担当冒険者の数が少ないのだ。
それにもかかわらずナンバーワンになったおかげで担当するクエスト量が増えている。 おかげで銀ランクの方々は毎回のように三つ以上のクエストを同時にこなす羽目になっており、鋼ランクの方々も一度に二個以上のクエストを受注するのは当たり前。
私に必要なのは腕のいい後釜冒険者を育成、もしくはいまだ担当を決めていない野良冒険者を勧誘することである。
とは言ったものの、高ランクでいまだに担当受付嬢を決めていない冒険者は一握りしかおらず、その一握りを勧誘するのははっきり言って難しいときた。
一日の仕事終わり、くたびれた私は冒険者協会の食堂で晩ごはんのナポリタンを前に盛大なため息をついていた。
この晩ごはんが毎回私の疲れを癒してくれる重要な息抜きだ。 至福の晩ごはんタイムは何人にも邪魔させるわけにはいかない。
「セリナさん! 大変なんだし! すぐに来てほしいんだし!」
……何度でも言おう。 この、ナポリタンを堪能する時間はとても大切な息抜きの時間だ。
何人にも邪魔はさせない、絶対に、絶対にだ!
「いただきまーす」
「セリナさんってば! 悠長に晩御飯を食べてる暇ないんだし! 今すぐ訓練場に来てほしいんだし!」
困ったことになった。 今私の目の前で血相を変えてあたふたしているのはべりっちょべりーさん。
彼女はとっても頑張り屋さんで、アホが多い私の担当冒険者たちの中でもずば抜けて可愛らしい癒し枠。 つまらんダジャレしか言えないお馬鹿さんやギャルっぽい口調でちゃらんぽらんしてるお仲間さんたちと違って無下にするのは心が痛む。
しかし晩御飯という至福の時間を邪魔されるわけにはいかない。 何度でも言おう、私はこのナポリタンを堪能するひとときを邪魔されるわけにはいかないのだ!
「べりっちょべりーさん? 晩御飯は静かに食べるのがマナーというものなのです。 これを食べ終わるまで待っていてください」
「ナポリタンなんか後で食べればいいし! 後で私がオムライスを奢ってあげるから、とりあえず話を聞けし!」
この子はどうして私の大好物を知っているのだろうか?
とは思ったものの、私は何食わぬ顔で優雅かつさりげない手つきでくるくるとフォークにナポリタンを絡め出した。
するとべりっちょベリーさん。 あろうことか私のナポリタンを強奪。
これには流石の私も黙っていない。
「小娘、この私からナポリタンを奪うとは、覚悟はできているのであろうな?」
「そんなわけわかんない喋り方しても無駄だし! とにかく来てほしいんだし! ぬらぬらさんが暴走してて、もう大変なことになってるんだし!」
ぬらぬらさんが暴走? ぬらぬらさんは私が担当する冒険者の中でもまともな方だ。 天然でたまに怖いところはあるが、話はわかるし真面目で融通のきく冒険者である
とてもじゃないが彼女が暴走するとは思えない。
「べりっちょべりーさん、そのナポリタンを返してくれたら話を聞きましょう」
「訓練場に来たら返してあげるんだし!」
「わかりました、せめてコック長に頼んでパンをもらってきましょう。 パンに挟んでナポリタンドックにしてもらえば立ちながら食べることも……」
「いいから早く来るんだし!」
べりっちょベリーさんはそう言って、私の襟首をつかんで無理やり訓練場へと走り出した。
☆
ナポリタンドックを頬張りながら訓練場に到着する。 するとべりっちょべりーさんが慌てている理由がようやく分かった。
「とーてむすっぽーんさん、どうか私にお稽古をつけてくださいませ」
「何言ってるんですかぬらぬらさん。 僕鋼ランクであなたより格下ですし、僕なんかがあなたに教えられることなんてないですから!」
「ご謙遜を、あなたは武神と言われるほどの強者。 この私に新たなる力を授けてくれること間違いありません。 さあ、武器を構えてくださいとーてむすっぽーんさん!」
とーてむすっぽーんさんたちがぺろぺろめろんさんたちと共同で行っているとってぃーずブートキャンプ。 そのブートキャンプになぜか参戦したぬらぬらさんが、嫌がるとーてむすっぽーんさんに勝負を挑んでるらしい。
どっからどう考えてもとーてむすっぽーんさんよりもぬらぬらさんの方が遥かに強い。 だがぬらぬらさんは武神と言われているとーてむすっぽーんさんを勝手にライバル認定しており、問答無用でぶっ倒そうとしているようだ。
ナポリタンドックをむしゃむしゃと齧りながら、私は首を傾げていた。
「どうしてこうなった?」
「ああお嬢さん。 もしかして娯楽気分で観戦しに来たのかな?」
「おやぴりからさん、あなたぬらぬらさんの保護者なら、あの人の暴走を止めてくださいよ」
「変な認識はよしてくれ。 ボクはぬらぬらの保護者なんかじゃないんだけど?」
ぬらぬらさんの保護者のぴりからさんが、さりげなく私の隣に来てぼやいていた。
なんでも最近自分の限界を知ってしまったぬらぬらさんは、無理やりにでも新たな能力を開花させるため、訳のわからん無茶をしまくっているようだ。
その挑戦はかなり無茶なものが多く、素手で鬼人を倒すとか言い出したり。 武闘大会で新たに開花した槍投げの才能を伸ばすため、空飛ぶ剣怪鳥を槍投げで狙撃するとか言い出したり。
しまいにはクエストから帰ると毎日三時間座禅を組んで瞑想しているらしい。 完全に迷走している。 瞑想だけに……
その結果、「私にはライバルの存在が必要なのです!」などと言ってとってぃーずブートキャンプに乗り込んで、とーてむすっぽーんさんとタイマン勝負を御所望だとか。
結果は日を見るよりも明らかだが、何気に前回大会でちゃっかり無敗を記録していたとーてむすっぽーんさんと、二大会連続で無敗を記録しているぬらぬらさんとの奇跡のエキシビジョンマッチが観れるかもしれないということで、訓練場のボルテージは上がっている。
初めはぴりからさんもぬらぬらさんを止めようとしたが何を言っても話を聞いてもらえず、その上観客たちの煽りが酷すぎてどうしようもなくなったため、べりっちょべりーさんが私を呼びにきたんだそうだ。
「おいおいびびってんのかとーてむすっぽーん! 下克上のチャンスだぞ!」
「そうだそうだ! やっちまえとーてむすっぽーん!」
「勝つのはとってぃ! 勝つのはとってぃ!」
ものすごい煽りを受け、とーてむすっぽーんさんもしどろもどろになっている。
「おーいとってぃ! ぬらぬらに勝ったら、セリ嬢がご褒美にデートしてくれるかもしれないぞー!」
聞きなれた声の野次が飛び、眉間にシワを寄せながら声がした方に視線を向ける私たち。 なんだかツンツンオレンジヘアーが観客の隙間から見えた気がする。
しかし、その煽りを聞いたとーてむすっぽーんさんの目の色が変わってしまった。
「セリナさんと、デートだって?」
おい、私は一言も許可した覚えはないんだが?
「……最速だからと言って、僕に攻撃を当てられるとでも思ったか?」
虚な瞳になり、纏う雰囲気を変えたとーてむすっぽーんさんが大剣をぬらぬらさんに向ける。 どうやらとーてむすっぽーんさんは、私が以前あげたイケメンたちの名言集を集めたノートのセリフを使うことで、意図してゾーンに入る術を学んでしまったらしい。
「ふふ、とーてむすっぽーんさん。 それでこそこの私のライバルにふさわしいです」
いつものルーティーンなのだろう、二本の短槍をくるくると回しながら構えをとるぬらぬらさん。 とうとうその気になってしまったとーてむすっぽーんさんとぬらぬらさんの間に一瞬の沈黙が駆ける。
なぜだろう、個人的にこの二人の対決は見てみたい気もする。 が、隣であたふたしていたべりっちょべりーさんが騒ぎ出してしまった。
「ちょっとセリナさん! 何ワクワクした顔してんだし! 早く止めろし!」
「まあまあ落ち着いてくださいべりっちょべりーさん。 ここは大人しく観戦しましょう」
「あんた、ちょっとこの試合をみたいだけでしょ!」
引っ叩かれたが気にしない。
ぬらぬらさんの体がブレ、その場から消えた。
とーてむすっぽーんさんはほぼ同時に身を翻す。 すると、
「……なっ!」
「ぬらぬらの初撃が避けられたのは、初めて見たねぇ」
顎が外れんばかりに口を開けた私とべりっちょべりーさん、隣で冷静に解説をするぴりからさん。
一撃目をかわされたぬらぬらさんは目を見開き、涼しい顔で攻撃をかわしていたとーてむすっぽーんさんを凝視している。
「極上だよ、ぬらぬらさん。 けれど君の初撃は非常にわかりやすいんだ」
大剣を横薙ぎに振るうとーてむすっぽーんさん、ぬらぬらさんはバック転しながらスレスレで横薙ぎを避けた。
唖然とする訓練場。
「君は最初の一撃目はその素早さを利用し、相手の背後に回る。 そして相手のバランスを崩すであろう重心への決定的な一撃をお見舞いするんだ。 攻撃される場所さえわかっていれば、どんなに早くて目に追えなくても、容易にかわすことができるのさ」
ニヤリと口角を上げ、大剣を上段で構えるとーてむすっぽーんさん。
「さてぬらぬらさん、このお遊びにはいつまで付き合えばいいのかな?」
イケメンたちのセリフを巧みに使って調子に乗るとーてむすっぽーんさん。 なぜだろう、異常に腹たつ。
「なるほど、とーてむすっぽーんさん。 やはりあなたは、私のライバルにふさわしい強者だったのですね。 私の勘は正しかった。 あなたを倒すことで、私は金ランクになるための最後のピースを手にすることができるのですね!」
ぬらぬらさんはなぜか嬉しそうに槍を構え直し、とーてむすっぽーんさんと対峙する。 訓練場のボルテージも異常なほどに高まっている。
最強伝説を更新し続けていたぬらぬらさんの攻撃が初めてかわされたのだ、これはどっちが勝ってもおかしくない! 私も手に汗を握りながら次の立ち合いを心待ちにしていたのだが……
「いい加減にしろこの冷やかし女!」
ぺろぺろめろんさんの怒りの鉄槌が叩き落とされ、訓練場に巨大な地割れが走った。
☆
悲報、ぺろぺろめろんさん訓練場六十日間使用禁止。 とってぃーずブートキャンプ、開催地は訓練場ではなく王都城門外の平原に変更。 ぬらぬらさん、とってぃーずブートキャンプ構成員総勢五名係で取り押さえられ、会議室に連行。
みんなが固唾を飲んで見守っていたとーてむすっぽーんさんとぬらぬらさんの決闘は、誰も望まない形で終幕を迎えてしまった。
「あんたらもみてないで止めてくれてよかったんじゃないの!」
会議室で正座しながら説教を受ける私とぬらぬらさん、ついでにぴりからさん。 説教をしているすいかくろみどさんはかんかんに怒っている。
「だって〜、結構熱いマッチアップだったからみてみたくなっちゃって〜」
「そうだよすいかくろみど、ボクだって最初はぬらぬらを止めようとしてたじゃないか。 でもぬらぬらが言うこと聞かなかったし」
「言い訳なんて聞きたかないわ!」
ぺろぺろめろんさんは再三に渡り訓練場を大破させたため、クルルちゃんにお説教を受けている。 そのためすいかくろみどさんが私やぴりからさんを説教しているのだが、しょんぼりと肩を落として反省しているのはぬらぬらさんだけだった。
やはりぬらぬらさんは私が思っていた通り、常識人のようだ。
「セリナさんは反省してないんだし! ナポリタンドックを取り上げろし!」
ナポリタンドックをかじりながらぬらぬらさんの様子を見ていたら、べりっちょベリーさんに怒られてしまった。
とってぃーずブートキャンプは駆け出し冒険者たちを育成するために重要な試みであるため、ぬらぬらさんのような強い冒険者が冷やかし行為をしてしまうと商売あがったりになるらしい。 司会進行を務めているよりどりどり〜みんさんが重鎮が如く奥の椅子に腰掛けており、嫌味ったらしいため息を漏らしていた。
「そもそも、ぬらぬらさんはどうしてこのような行為に及んだんです? 場合によっては損害賠償を請求してもいいほどの迷惑行為ですよ?」
よりどりどり〜みんさんはどこでそんな難しい言葉を覚えたのだろうか、眼鏡をかけていたら超怖い秘書の出来上がりである。
「私はただ、金ランクに上がるために強くなろうとして……」
「ランクを上げたいのはわかりますが、それで他人に迷惑をかけるのは良くないと思いますけど?」
「はい、本当に申し訳ありません」
しょんぼりと肩を落としているぬらぬらさん。 どうして彼女はそんなにも切羽詰まっているのだろうか?
「ぬらぬらさんは順当に行けば金ランクになるのはすぐだと思いますけど、どうしてそんなに急ごうとしてるんです?」
「おいおいお嬢さん、それを君が聞いちゃうかい?」
呆れたように手のひらを返すぴりからさん。 よりどりどり〜みんさんはなるほどとばかりに手のひらを打ち、勢いよく席を立った。
「セリナさんの負担を軽くするために、ランクを早く上げたいんですね?」
よりどりどり〜みんさんの問いかけに、遠慮がちにこくこく頷くぬらぬらさん。 やべぇ、毎日仕事に追われて大変な目にあっている私のために、こんなにも努力してくれていた人がいたとは!
感極まって泣きそうになってしまう私。
「なるほど、それで色々試したけどうまくいかず、前のめりになって今回の強行に及んでしまったと」
「どり〜みん先生のおっしゃる通りです。 私は、一刻も早く金ランク冒険者になって、セリナさんにかかる負担を軽減させたいのです」
「そういうことなら、私たちもどうすればランクが上がるのかを考えましょう!」
よりどりどり〜みんさんは優しく微笑みながらしょぼくれているぬらぬらさんに手を差し伸べた。 これは、私も人肌脱ぐ時が来たようだ!
☆
私とよりどりどり〜みんさんが知恵を振り絞って思いついたのは、既に金ランクになっていて、さらにぬらぬらさんと戦闘スタイルが似ている人物に相談をすることだった。
なんせこれが一番手っ取り早いだろう。 そうして私は翌日、朝一番にキャリームちゃんに頭を下げ、例の金ランク冒険者と対談をできるよう取り計らった。
そうして数日後、対談の席が完成した。 ぬらぬらさんの戦闘スタイルが非常に似通っている金ランク冒険者とは、いうまでもなくあの人、龍雅さんである。
対談に立ち会ったのは私とぴりからさん、龍雅さんのパーティーメンバーである虎宝さんと貂鳳さんだ。
「さてぬらぬら、相談というのは魔法の利用方法に関することかな?」
「はい、私の魔力量は上位の冒険者と比べると多い方ではなく、全力で戦闘できる時間が限りなく短い上に、装甲が硬いモンスターなどが相手だと思うように立ち回れないのです」
「なるほどな、君は電気の魔力を身体能力の強化にしか使っていなかったが、魔力総量が少ないのが問題点だったか」
「龍雅さんは強力な静電気の衝撃波で空を自由に駆け回ったり、装甲が硬いモンスターにも強力な電気ショックを与えることができると聞いています。 なんでも宝石ランクの水神龍相手でも無双していたとか」
「あれは相性が良かったのもあるがな、逆に月光熊のように全身が硬い毛皮で覆われている上に視線で妨害をかけてくるようなモンスターが相手だとうまく立ち回れん。 どんな冒険者にも弱点はあるんだ」
ものすごくためになる話し合いをしている。 私はメモを取るのに必死になっていた。
龍雅さんとぬらぬらさんの戦闘スタイルは似ているようで全く違う。 筋肉に電気の刺激を与えて高速移動する点は一緒だが、そもそもの性能に違いがあるようだ。
龍雅さんは角雷馬の毛皮を使った防具を装備しており、その防具は空気との摩擦で静電気を発生させやすいらしい。
動き回ることで発生した静電気を魔力に変え、半永久的に魔力を回復し続ける。
これは相当魔力操作に優れている冒険者でも至難の業らしく、恐らく全冒険者の中でもこんな芸当ができるのは龍雅さんだけだろう。 だから戦闘に使う電気の量が圧倒的に多い。
一方ぬらぬらさんはそもそもの魔力量が多くはないため、身体強化以外に電気を使ってしまうと全力での戦闘は持って三分程度になってしまうらしい。 節電することで長時間の戦闘を可能にしてはいるが、どうしても破壊力に欠けてしまう。
参考程度にどうやって静電気を魔力に変換しているのか聞いてはみたが……
「ほら、魔力って全ての物質に流れてるだろ? 私は電気にしか適性がないからよくわからないが、水や炎にも魔力が流れてる。 ほら、このごうごうしてる感じが炎の魔力で、すいすいしてるのが水の魔力。 わかるか?」
蝋燭で燃えている炎やコップに注がれた水を指差しながら意味不明なことを言っている龍雅さん。
「魔力の感じがわかれば簡単だ。 自分が纏ってる魔力をその魔力の波長に合わせていい感じに調整して、ふわっと包んでポンと収める。 そうすると自然物から発生した魔力も自分の魔力に変換できるんだ。 な? 簡単だろ?」
龍雅さん以外首を傾げている。 もしかしなくてもこの人あれだ、天才すぎて説明が下手くそすぎるタイプだ。
結局ぬらぬらさんは龍雅さんの魔力変換をものにできなかった。 それも当然だろう。
静電気を発生させた龍雅さんが色々と指導をしていたのだが、
「もっと静電気の気持ちに寄り添うんだ!」
「ほら! いい感じに波長を合わせて! 今! ほら今今!」
「考えるんじゃない! 感じるんだ! 静電気が起こすハーモニーを!」
と熱く指導していたが、こんなふざけた指導でわかるわけがない。
結局解決策が浮かばなかったぬらぬらさんは余計に落ち込んでしまい、龍雅さんは困った顔で眉間にシワを寄せていた。
「うーむ困ったなー。 そもそも私とぬらぬらは電流の使い方も違うし、君には君の得意分野というものがあるだろう? それを伸ばせばいいのではないか?」
「得意分野ですか? 私の得意分野なんて、あるのでしょうか? 私はせいぜい龍雅さんの下位互換にすぎませんし……」
「何を言っている? 速さなら、お前の方が圧倒的に早いだろう?」
龍雅さんが手のひらを返しながら語りかける。
「むしろ私が聞きたいくらいだ、どうやったらそんなに早く動ける?」
「え? どうって言われましても、それぞれの筋肉に電気の刺激を与えて収縮と伸縮を半自動的にさせています」
「は? それでどうやって早く動くんだ?」
「え? 簡単ですよ、頭の中でどう動きたいかを先に考えておいて、その通りに体が動くよう必要部位に電気を流すんです」
そういえばぬらぬらさんから聞いたことがある、あの人が早く動くことができるのは、あらかじめどう動いて相手に攻撃を仕掛けるかを想定し、その通りに動けるよう全身に電流を流しているのだとか。
あらかじめどこの筋肉がどう動けばいいかわかっていれば、あとは作業に等しい。 順番に筋肉に電流を流せばいいのだから。
「ちょっと待て、それだと相手が予想外の動きをした時に対処できん」
「相手に予想外の動きをされたことなどありませんでしたよ? 先日のとーてむすっぽーんさん以外は……」
「なん、だと?」
驚愕の表情を作る龍雅さん。 これには私もびっくり。
「一撃目さえ当たってしまえば、あとは作業に等しいです。 なんせ一撃目は相手の重心を崩してバランスを崩させるだけですから。 あとは相手のバランスを崩す位置をあらかじめ想定してそこへ攻撃を当てるよう機械的に体を動かせばいいのですから、考えなければいけないのは最初の一撃をどう当てるかだけだと思います」
しれっととんでもないことを言い始めるぬらぬらさん。 つまりこの人は、人間だけでなくモンスターの身体のつくりすら熟知し、どこをどう攻撃すればバランスを崩すか、ということを計算して、相手のバランスが崩れる位置に連続で攻撃を放っている。
要は戦う前に勝ち筋を想定し、想定どうりに戦いを進めているということになる。 何それチート。
「私は相手の動きや状況を見てから全身に電流を流して動いているからな、視覚頼りのいわば後出し戦法だ。 相手の動きをあらかじめ想定して動くなどできんぞ?」
「そうでしょうか? 相手のバランスさえ崩せばあとは作業に等しいと思いますが」
「いやいや、そもそもどの筋肉をどう刺激すればどう動くかなんてわからないからな、試しに私の体に電流を流して操ってくれないか?」
そう言って席を立つ龍雅さんに近づいていくぬらぬらさん。 彼女は龍雅さんの背中に優しく触れて電流を流す。
すると龍雅さんは、ぬらぬらさんがよくやっているルーティン、短槍二本をクルクル回す動作を全く同じ動きでやってみせた。
「って! ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」
私の叫びにびくりと肩を揺らすぬらぬらさんと龍雅さん。
「それですよそれ! それを使えば最強すぎると思うんですけど?」
興奮して声がひっくり返る私。 しかしぬらぬらさんも龍雅さんも、こいつ何言ってんの? といいたそうな顔をして私のことを見ている。
私は冷静になるために咳払いを挟み、ぬらぬらさんに説明してあげた。
「ぬらぬらさん。 自分以外の人を思うがままに操れるなら、モンスターの体とかも自在に操れるんじゃないですか?」
この瞬間、二人は目を見開きながら顔を見合わせる。
「ちょっとセリナさん! 今から行けそうないい感じのクエストはないか?」
「はい、私も思いついてしまいました! 新たな権能を用いて、火力不足も魔力不足も補えるであろう最強の戦法が!」
目を輝かせる二人に私は深海魔鬼討伐クエストを提案した。 二人は飛ぶような勢いでクエストに向かい、取り残された私やぴりからさん、虎宝さんと貂鳳さんは苦笑い。
近いうちに私の担当冒険者の中に金ランク冒険者が増えることは間違いないだろうな、そんなふうに思った瞬間だった。




