〜特別クエスト・困っている受付嬢の悩みを解決せよ〜
〜特別クエスト・困っている受付嬢の悩みを解決せよ〜
積雪月上半期が終了した。 今日は月に二回行われる受付嬢会議の日だ。
受付嬢会議は月に二度行われる。 以前説明した通りこの世界での月は四つしかなく、ひと月九十日前後で回っているため受付嬢会議は月の中盤である四十五日目と最終日に行われる。
会議の内容はそれぞれの受付嬢が請け負った討伐クエストの傾向から、次に上級モンスターが出現するであろう地点の予想、それぞれの担当冒険者へのアドバイスの方法など、冒険者協会に所属している冒険者たちが安全に冒険できるよう促すだけでなく、周囲の村へモンスターの危害が及ばないよう対策し、色々な意見を交換しあう。
今月の上級モンスター討伐件数は異常に多かった。
理由は単純明快、果ての荒野で死体モンスターが動いたという騒動のせいだ。
具体的な数字としては金ランクモンスター二十五体、宝石ランクモンスター八体。 これは先月と比べると二倍近い数値である。
私たちは仕事が終わった後会議室に集まって今後のモンスターの動きを予想しあったり、冒険者へのアドバイスをどのようにしているかを共有しあった。
翌日は冒険者協会が休みということもあり、会議は三時間に及び、会議が終わった私たちは背伸びをしながら愚痴タイムに移行する。
「それにしても、最近冒険者のナンパが酷いわよね〜」
愚痴の先陣を切ったのはクルルちゃん。 キャメル色の髪をお団子にまとめた綺麗系のお姉さん。
「確かに、私も今日は三回もナンパされてしまいました」
「三回? そんなに多かったのかい?♪」
キャリームちゃんが頬杖をつきながら口を尖らせていて、彼女の発言に目を丸くするレイト。
「三回は少ない方じゃないですか?」
「メルさん、あなたと比べないでよ。 ちなみにあなたは一日何回くらいナンパされてるの?」
「えーっと、平均六回くらいですかね? 今日はもっと多かったですが……」
「平均六回?♪ え? 六回も?」
ナンパ女王メルさんの衝撃発言にオカリナを吹くことすら忘れて二度問いかけるレイト。 メルさんにずいと顔を寄せていて、メルさん苦笑い。
私も多い日は六回くらい普通だが、流石に一日の平均が六回はやばい。
「とんでもないですね、私は多い日はそのくらいされますけど、そんなにナンパされるのは九日に一回くらいですよ?」
「え? キャリームさんもそんなにナンパされるのかい?」
先ほどからレイトはオカリナを吹き忘れるほどに動揺している、キャリームちゃんのペースはそんなに驚くほどのことだろうか?
確かに見た目が少々ロリ(だけど二歳年上)で、真面目に仕事をしているキャリームちゃんはナンパしづらいだろう。
クルルちゃんも同じくらいのペースでナンパされているのだろうか、特に驚いた様子も見せず背伸びしながら何気なくレイトに問いかけていた。
「レイトさん、なんでそんなに驚いてるの?」
「え? な、何を言っているのかなクルルさん♫ 私は驚いてなんかいないさ、これはその、オーバーリアクションをしてみんなの愚痴を真摯に聞き届けてあげているだけさ♩ ココココミュニケーションの常識じゃあないか!」
額に浮かんだ汗をさりげなく拭いながら、居住まいを正すレイト。 そんなレイトに訝しむような視線を向けるクルルちゃん。
「ねえレイトさん。 そういえばあなたは冒険者からナンパされているところ見たことないけど、一日何回くらいナンパされてるのかしら?」
「え? え〜っと、そうだな〜。 ちなみにセリナは一日何回くらいされているのかな?♪」
なぜ突然私に話を振ったのだ? などと思ったが、真面目に一日何回くらいか計算してしまう。
「そーですねー。 三〜四回くらいじゃないですか?」
「さっ、三〜四回? ……私はその、二〜三回くらいかな?♩〜」
ん? 今レイトのオカリナの音がハズレなかったか?
「え〜、二〜三回ですか? 少ないですね、すごく羨ましいです」
「う、羨ましい? あ、あっはっはっは、まあ私がナンパだと思ってないだけで、厳密に考えればもっと多いかもしれないけどね?♬〜」
「あ〜、確かに。 それはあるかもしれないですね」
机に顎を乗せながら声を上げてきたキャリームちゃんに対し、レイトはまたオカリナの音を外しながら答える。
「そんなことよりもうそろそろ帰りませんか? 私、明日は当直番なんです」
「あ、明日の当直番はメルさんだったのね。 ご愁傷様、私はお昼ごろまで布団にくるまってるつもりよ! 最近寒いから布団の中にいる時が幸せだわ!」
「あ、わかりますそれ、私も明日は一日やることがないので、家でゴロゴロしながら買い溜めしていた娯楽本を読み耽る予定です」
クルルちゃんのグータラ発言に同意する私。 この世界にはテレビもパソコンもないので、元引きこもり予備軍だった私にとって、娯楽本を読むのが一番の暇つぶしなのである。
「私は魔族の子供たちがいる孤児院に援助金を送った後、最近出現した新種モンスターの勉強をして、武器屋を回って最近冒険者の中でよく使われてる武器や道具の傾向を調べようかと……」
グータラ発言をした私とクルルちゃんは、聖女じみたキャリームちゃんの休みの予定を聞き、気まずそうな顔で視線を交わらせることしかできなかった。
「ふ〜ん、セリナは明日、暇なのか……」
苦笑いしながらクルルちゃんと視線を交わらせていた私は、気難しそうな顔で私のことをぼーっと眺めているレイトが横目に見えたのだが、罪悪感のせいで特に何も聞くことができず、トボトボと会議室を後にしたのだった。
☆
翌日、キャリームちゃんはあんなことを言っていたが、いざ休みの日になると動く気が全く起きない。 私もナンバーワンになったことだし、キャリームちゃんに習って何か慈善活動のようなことをしようとしたが、お布団が私を離してくれなかったので仕方がない。
なので日が真上まで上がっているのにも関わらず、ゴロゴロしながらじゃがいもを薄切りして自作したポテトチップスを齧り、娯楽本を読んでいる。
いつも思うがこの世界の娯楽本、異世界の御伽噺と称しておきながら内容は私が元々いた地球の神話や御伽噺に内容がそっくりだ。 まあ、そういう話を読むのが好きだから著者に文句を言う気にはなれないが、この世界になぜかある広辞苑、英語辞典や漢字辞典と言い、もしかしたら私以外に転生者がいるのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えていると、急に家の扉がガンガンと叩かれた。 私はムッとした表情で玄関へと向かう。
「どなた様ですか〜?」
「ふふ♩ 喜んでくれセリナ♪ この私が遊びにきてあげたよ〜?♫」
耳障りなオカリナ音とこの特徴的な喋り方、ドアを開けるまでもなく相手が誰だかすぐわかる。
「セリナは留守でーす。 お帰りくださーい」
なので私は先ほどまでの重い足取りは嘘のように、機敏な動作で踵を返した。
「ちょちょ! ちょっと待ってくれセリナ! 君は昨日言っていたじゃないか! 今日はやることがないから家でゴロゴロしてるって! それに返事しておいて留守だなんて嘘は通じないぞ!」
けたたましくドアが叩かれる。 どうやらレイトは焦っているらしい、またオカリナを吹き忘れてる。
だが私は動じない。 せっかくの休みの日なんだ、ぐーたらせずに何をすると言うのだ!
私は固い意志を持って布団に戻っていくのだが、入り口に放置プレイされているレイトは怒濤の如くドアを叩きながら語りかけてくる。
「せ、セリナ! 頼むから開けてくれ! 相談があるんだ! どうしても君にしかできない相談なんだ!♪ さあ、開かずの扉を今こそ解き放とう、私の心に住み着いた邪悪を払拭できるのは君だけなのだから!♫ 選ばれし者の使命を果たす時は今なのだ!♩」
私が住んでいるのは一軒家ではない。 けれど受付嬢の収入はまあまあいいため、少しいいマンションのようなところに住んではいるが、流石に一軒家を買うほどのお金はなかったのだ。
何が言いたいかというと、これ以上玄関の前でオカリナをピーヒョロと吹かれたり、意味のわからない口上を声高らかに騒がれてしまうと近所迷惑になってしまう。 というか今にもドアが壊れてしまいそうだ。
仕方がなく入り口に戻り、扉をほんの少しだけ開ける。
「今忙しいので、明日とかにできないんです? 相談なら昼休みとかでいいでしょ?」
とだけ告げてドアを閉めようとしたのだが、レイトは機敏な動きでドアの隙間に足を突っ込んできた。
「そんな釣れないことを言わないでくれセリナ!♩ もしかしてあれかな?♫ これは君がよく言っているツンデレ、というやつかな?♩ 本当は私が遊びにきて嬉しいんだろう?♪ ささ、早く中に入れてくれ!♩」
「何言ってくれてんだこのすっとこどっこい! ツンデレも何もないわ! 普通に迷惑だっつってんですよ! 普通休みの日に家に遊びに来るなら前日に許可取るでしょ! つーか、なんで私の家知ってるんですか!」
「ふふ、こんなこともあろうかと、仕事終わりに君を追いかけて家を特定していたのさ!♬」
清々しい顔でストーキング宣言をするレイト。 その後もしばらくの間自宅のドアで綱引きが行われた。
☆
隣の部屋に住んでいるお姉さんがドアから顔を覗かせ、迷惑そうな顔でわたしたちを睨んできたため、渋々部屋の中にレイトを入れる羽目になった。
私はありあわせの茶菓子と急遽作ってあげた紅茶をレイトの目の前におき、リビングテーブルで向かい合って座る。
「で、私の大切な休日を台無しにして、なんのご相談ですか?」
むすっとした顔で問いかける私を前に、レイトは遠い目で目の前のお菓子を眺めている。
「いやぁその、なんだ。 本当のことを教えて欲しいんだが、セリナは一日に何回くらいナンパされているのかな?」
「その話昨日もしてませんでしたっけ? 三〜四回って言ったでしょ?」
「大丈夫だセリナ、今は私と君しかいない。 そんな見栄を張らなくてもいい。 本当のことを言っても、誰も笑わないさ」
「は? 見栄なんて張ってませんけど?」
この女、引っ叩いてやろうか? と思ったが震える右手を左手で制す。 なぜならレイトが口をあんぐり開けて驚愕の表情を取っていたからだ。
「え? 本当に? キャリームさんやメルさんが見栄を張っているから君も見栄を張ったのでは?」
「何言ってるんですか? あの二人は見栄を張るどころか、多分本人が気づいてないだけでもっとたくさんナンパされてますからね?」
「はい? 一日に六回もナンパされることなんてあるのかい?」
「そりゃあるでしょ? 冒険者たちは女性に飢えてる獣ばかりですから、私だって多い時は一日に六回とか普通ですからね?」
雷に打たれたような表情でショックを受けるレイト。 まさかこの女……
「まさかレイトさん、あなた昨日一日二〜三回ナンパされてるって言ってましたけど、もしかして嘘つきました?」
私の問いかけに、レイトはシュンと肩を下ろしながら自白を始めた。
「なあセリナ、私ってそんなに不細工なのかな?」
捨てられた子犬のような雰囲気でつぶやくレイト。 なんだか急に心が痛くなってきた。
レイトのために言っておくが、レイトは決して不細工などではない。 むしろその逆、綺麗すぎるほど綺麗だ。
すらっと伸びたモデルのような手足に、手入れがされた透明感のある陶器のような肌。 いつもつぶっている瞳はここぞと言う時に開くと空色をした幻想的な瞳をのぞかせる。
紺色の髪の毛は絹のように美しく、癖もないすらりとした長髪。
不細工な要素は微塵もない。 だからナンパくらい余裕でされると私は思うのだが……
「ちなみにレイトさん、あなた今まで何回くらいナンパされました?」
「……ナンパって、どう言う感じのことを言われたらナンパって言うんだい?」
これ以上聞くのは無粋だろう。 どうやら一度もナンパされたことがないらしい。
よくよく考えてみればオタク視点でなく一般人視点で考えれば理由は明白だろう。 一般の人が、言葉の語尾にいちいちオカリナを吹き、暗号のような喋り方をする厨二病な女性を見てどう思うだろうか?
おそらく、何この痛い子、なんか怖い、できれば近づかない方がいい、だ。
レイト自身がどんなに綺麗で萌え要素をふんだんに使っていたとしても、一般人が実際にそんな女性を目の前にすればドン引きだろう。
とは言ったものの、今にも泣きそうな顔をしながらオカリナで悲しげなメロディーを奏で始めているレイトに「ナンパされないのはそのオカリナのせいですよ」などと口が裂けても言えない。
「あの、えーっと。 相談というのはもしかして……」
「……私も、ナンパされてみたい」
これは、難易度宝石ランクのクエストが発生してしまった瞬間である。
☆
メル先輩がなぜモテるのか。 あの人懐っこそうなクリっとした瞳、ふんわりとした印象を与えるボブカット。 そしていちいちとる仕草の可愛らしさと、守ってあげたくなる容姿。
だが意外にも、思ったことはビシッと言ってしまう毒舌。
仕事も真面目に取り組んでるし、趣味がおやつ作りときた。 担当冒険者に趣味で作ったおやつを配ってしまうあたり、ずるいとしか言いようがない。
しかもそれを自然とやってしまう完璧な女子力。 私が男だったらイチコロだろう。
そう、メル先輩には圧倒的な萌え要素と毒舌というギャップがある。
だがレイトには可愛らしい要素がない。 もちろん見た目は綺麗だから容姿に問題があるわけではない。
要は可愛らしい仕草や趣味がないのだ。 にも関わらずオカリナを拭いちゃったり意味不明な言い回しをするという謎仕様。 これでは確かにモテないのも頷ける。
というわけで私は昨日、レイトにありとあらゆる知識を伝授した。 今日は伝授した知識を存分に発揮する機会である。
「今日はどんなクエストを受けにきたのかな?♩」
かわいらしく小首を傾げながらオカリナを吹くレイト。 クエストを受注にきた担当冒険者の反応は……
「あ、えーっとその。 剣怪鳥の討伐をお願いします」
見事に訝しんだ顔をされていた。
クエスト受注の手続きを済ませ、レイトは追い討ちとばかりに小首を傾げながら「気をつけて行ってくるんだよ?♪」と言って小首を傾げている。 可愛らしい仕草の一つとして小首をかしげる仕草を教えたのだが、どうやら容量が悪いせいでワンパターンしかできていないらしい。
動揺しながら冒険者協会を去っていくレイトの担当冒険者を私は受付から眺めていたのだが、レイトは先ほどの冒険者が出て行った直後にご機嫌そうな歩調で私の元にやってきた。
「みたかいセリナ!♫ さっきの冒険者はきっと今頃ドキドキしているに違いない!♪ きっと私の仕草にドキっと来てしまい、恥ずかしくてそそくさと去ってしまったのさ!♬」
めちゃくちゃ嬉しそうなレイトなのだが、どっからどうみても気味悪がられているようにしか見えなかった。
とりあえず私はご機嫌なレイトをがっかりさせないために……
「れ、レイトさん。 仕草はいい感じですが肝心なアレを忘れてるじゃないですか」
「ああ、そう言えばそうだ♪ 首を傾げる角度を意識しすぎて忘れてしまっていたよ♫ あれだね、あれ♩」
レイトは鼻歌混じりに去っていく。 するとしばらくして、見たことがある冒険者がレイトの元に現れた。
「レイトさん、今日は火山エリアにある炎溶鉱石を取りに行きたくてな、鍛治精の護衛クエストはあるか?」
「ああ、護衛クエストかい?♩ 残念ながら護衛クエストは違う冒険者が持って行ってしまってね、よかったら火山エリアの烈火蜥蜴討伐クエストなんてどうかな?♫ 君が探してる炎溶鉱石はここら辺で見つかるかもしれない」
炎溶鉱石とは特定温度の炎で炙ると水のように柔らかくなる鉱石のことだ。 他にも変わった特性として電流を流すと鋼よりも硬くなる。
自由自在に形を変えられる上に電流を流すとものすごく硬くなるため、一部の鍛治師にかなり人気の素材である。 しかし加熱する際ピンポイントで特定の温度を維持しないと水のようにならないため、相当腕のいい鍛治師しか扱うことはできない。 ましてや鍛治師として何年も研鑽を積まなければ扱うことはできないだろう。
こんな鉱石を武器として自在に扱えるのは、おそらくこの冒険者だけだろう。
「ふむ、さすがレイトさんだ。 俺がこの素材をそろそろ補充しようとしていたからわざわざこのクエストを取っておいてくれたのか?」
「ふふ、褒めすぎだよ銀河くん♡♪ このくらい朝飯前さ☆♫」
小首を傾げたり、オカリナを拭いた後に恥ずかしそうに肩を窄めるレイト。 レイトの仕草を見て彼女の担当冒険者、銀河さんは頬を引き攣らせながら固まっている。
そんな銀河さんを見て、レイトは思い出したとばかりに「そうだ!」といって人差し指をたて、受付カウンターの下から何かを取り出した。
「銀河くん、これは私の大切な担当冒険者たちの無事を祈って作ったお守りだ。 君が無事に帰ってきてくれるのを祈っているよ」
レイトは固まっている銀河さんの手に、私が提案して作らせた手作りのミサンガを握らせる。 ミサンガを握らせた両手を包むように優しく握り、レイトはにっこりと微笑みながら銀河さんの顔を仰ぎ見た。
銀河さん、何が起きているかわからず石化。
これこそが私が用意した秘策、レイトが得意と言っていた裁縫技術を駆使したミサンガ作戦である。 レイトは自分の制服を改造しており、スカートの丈を伸ばしてわざと風に靡くようにしているらしい。 なんでも、風に揺れるスカートが只者ではない雰囲気を醸し出してそうでかっこいいかららしい。
とまあそんなどうでもいい話は置いておき。
担当冒険者の無事を祈って手作りで作ったミサンガ。 そんなものを、普段の振る舞いが意味不明だとしても、見た目がとても綺麗な女性からもらったとしたら、モテない男たちはどう思うだろうか?
間違いなくイチコロである。
これはレイトがナンパされる日は近いだろう。 そう思って私は勝ち誇ったような笑みを浮かべながらその日の仕事を片付けた。
☆
数日後、お昼ご飯を食べた私は窓際のいつもの場所で日向ぼっこをしていた。 すると顔見知りの冒険者が私の元に歩み寄ってくる。
「あらら? 銀河さん? お久しぶりです」
「あ、ああ久しぶりだな、セリナさん」
私の元に来たのはレイトの担当冒険者、銀河さんだった。 今回は珍しく名前を間違えられていないため忘れがちだが、いつも『ぎんが』と名前を読み間違えられて怒っている人だ。 正しくは『ギャラクシー』さん
「少し相談があるのだ……最近レイトさんがおかしくてな」
「はい? レイトさんが最近可愛くなって困っちゃうって相談ですか?」
「バカかあなたは。 レイトさんは元々キレイで……失敬。 そういうことではなくてな、なんだか仕草がバカっぽいというかなんというか、少し妙なんだ。 俺ら担当冒険者たちは何事かと気が気でなくてな」
バカっぽいとは失礼な! と言ってやりたかったが、何か考え事をするように顎に人差し指を添えた銀河さんの腕についているものが目に入った。
「そういうこと言う割にはもらったミサンガ、ちゃんとつけてるじゃないですか。 しかも五つも」
「な、なんでこれがレイトさんにもらったものだとわかる?」
「いや、だって入れ知恵したの私ですし」
「まさか、レイトさんがバカっぽくなったのはあなたのせいだったか! だからあんなにも仕草がバカっぽかったわけか」
「誰がバカじゃこのボンクラギンガ!」
「ボンクラとはなんだ! っておい、今さらっとギンガとか言わなかったか? さっきまでちゃんとギャラクシーと言っていたくせに、わざと言い間違えたな!」
いちいち細かい男だ、と思いながらもことの成り行きを説明してあげた。 すると銀河さんは気難しそうな顔をしながら考え込んでしまう。
「う〜む。 レイトさんはそんなことで悩んでいたのか。 別に悩む必要はどこにもないと思うがな」
「なるほど銀河さん、あなたはキレイ系の女性が好みなんですね?」
「やかましい。 だがなんと言うかな、レイトさんは俺たち冒険者が気安くナンパしていいような人間ではない。 あの人はなんと言うか、高嶺の花ってやつなんだ」
あらま、この男はもしや奥手なのかしら! なーんて思ってときめいていたら、銀河さんは私に細目を向けていた。
「おい、その腹たつ顔をやめろ。 あの人はあなたが思っている以上にすごい人なんだぞ。 並外れた記憶力と計算能力で三年前までのクエスト記録を全て事細かに記憶していて、この王都周辺で起きているモンスターの出現情報と討伐情報から次にモンスターが出現するであろう場所を予知じみた方法で発見する。 だからあの人は上級モンスターやモンスターの群れが出現する前に処理してしまうのだ」
は? 何それ初耳なんだが?
「しかもそれを鼻にかけたりしない。 あたかも意味不明な文言で自分をバカっぽく見せ、並外れた凄さをひけらかそうとしないんだ」
なんだか、銀河さんの話を聞いていたらレイトがものすごく徳の高い人なんじゃないかなんて思ってしまっている。
その後も銀河さんはレイトの凄さを長々と語ってくれたが、おかげで分かったことがある。
レイトがナンパされないのは、彼女を慕う担当冒険者たちが親衛隊の如く守っているからで、彼女は担当冒険者たちから絶大な信頼を得ているからだと言うことを。
銀河さんからレイトの凄さを長々と自慢された数日後、肩を落としたレイトが私の元にまた相談に来た。
どうやら私から言われた可愛らしい仕草やミサンガ作りは意味がなかったらしい、いまだに彼女はナンパされたことがないという。
だから私は落ち込んでいるレイトにこう言ってあげた。
「みんながこんなにナンパされている冒険者協会で、あなただけが全くナンパされないと言うことは、逆に誇ってもいい事なんじゃないですか?」




