〜狂気の執着力〜
〜狂気の執着力〜
はてさて、この世界はハイテク家電やインターネットといった技術は全然発達していないのだが、唯一かなり進んでいる技術がある。
それは医療だ。
回復士たちは魔法の不思議パワーで傷が治るイメージをして、なんとなくのイメージで治しているわけではない。
地属性魔法で失った鉄分を、水属性魔法でさまざまな薬液を調合。
他には火属性魔法で熱消毒、雷属性魔法で殺菌、風属性魔法では酸素を肺に送り治癒細胞を活性化させる。
細かくあげればキリがないが、一つだけ言えるのは、回復士は医者並みに頭がいいという事だ。
にも関わらず、私の目の前で必死に頭を下げる少女がいた。
「セリナさん、どうかお願いします。 べりっちょべりーさんを説得して下さい!」
受付の向こうでとある少女が腰を直角に折り、必死に無理難題を懇願されている。
「それなら直接お願いすればいいではないですか、なんで私に頼むんです?」
「もう頼みました、けれど断られたんです。 けど私は諦めたくありません! 回復魔法を覚えて、とーてむ君の役に立ちたいんです!」
私に頭を下げているのはよりどりどり〜みんさん。 とーてむすっぽーんさんと幼馴染の支援魔法使いだ。
「多分あなたが頼んで断られたなら、私がお願いしても一緒ですよ?」
「断られた理由さえわかれば、なんとかできるはずです! 私は本気なんです! 本気で回復魔法を覚えたい! だから理由だけでも聞き出していただけませんか?」
頭を深々と下げたまま必死に懇願してくるよりどりどり〜みんさんに、周囲から視線を寄せられ始めた。
困った私はとりあえず受付から出てよりどりどり〜みんさんをカフェエリアに連れて行く。 カフェエリアの適当な席に座り、なぜ回復魔法を覚えたいのか詳しく聞くことにした。
「私はこれといった特徴がない冒険者です。 支援魔法も目立った力がなく、攻撃魔法だって中途半端。 やる事全部中途半端です。 けれどそれならそれで、中途半端でもいいからできることを増やしたい! だから、回復魔法も覚えたいんです!」
「何言ってるんですか? あなたの支援魔法は精度クソ高いし、氷魔法だってかなり使い勝手もいい上に強力ですよ? あなたこの前、『私はもっと強くなりたいんだ!』とか言って、私に内緒で勝手に鬼人三体討伐しにいって結構やばい怪我してたでしょ? しかも単騎で」
無論、単騎で鬼人三体討伐には成功していたけど、かなり重症で帰ってきたから厳重注意したのだが………
「セリナさん、銀ランクや金ランクは鬼人三体なんて余裕ですよね? なのに私は満身創痍になってしまった。 しかも私の支援魔法だってまだまだです。 私はとーてむ君を金ランク冒険者にするために、強くなりたいんです」
………ものすごい気迫で視線を送られ、私はごくりと喉を鳴らす。
「た、確かに金ランクの人たちと比べると、どちらの魔法も劣ってしまうかもしれませんが、あなたまだ冒険者になってから一周期も経ってないですよ? 少し無理しすぎです」
「もたもたしてたら、きっととーてむ君は私を置いてどんどん強くなる。 私は彼を支えるために、もっと上を目指したい。 なら、無理して当然じゃないですか」
よりどりどり〜みんさんの気迫に負け、私はべりっちょべりーさんを探す事にした。
☆
既にクエストに向かってしまったぺろぺろめろんさんたちを待っていると、神怒狼夢さんが協会に戻ってきた。
私はあの人も回復士だよな? と思いながら何気なく視線を送っていると、よりどりどり〜みんさんが風のように走り寄っていく。
なにやら神怒狼夢さんに必死に頭を下げているようだ。 あの子は有名な回復士全員にああやってお願いして回っているのだろうか?
彼女が本気だということは痛いほど分かった。 しかしべりっちょべりーさんに回復魔法を教えてもらうことは、かなり難しいだろう。
本来、べりっちょべりーさんは頼み事を断れない性格だ。 けれど回復魔法に関しては注いでる情熱が違う。
軽い気持ちで回復魔法を教わろうとしても、キッパリ断られるだろう。
回復魔法に関しては白黒はっきりつける人だ。 頼まれたら断らない人だからと気軽に頼んではいけない。
いや、正確に言えば彼女に教わりたいなら、覚悟と知恵が足りない。
私はべりっちょべりーさんの努力がとんでもないという事を知っている。 よりどりどり〜みんさんは恐らく、彼女の努力を知らない。
回復士に頭を下げて回る、そんなのべりっちょべりーさんにとって当たり前だ。
なぜならべりっちょべりーさんは、今や回復士の中に知らない人はいないほどの有名人。 彼女はこの王都にいる回復士全員に、『回復魔法の知恵を享受してください』と頭を下げて回っているのだから。
多くの回復士から知恵をかき集めた彼女の回復魔法は次元が違う。
冒険者の傷を見ただけで即座に怪我の原因や体の状態を判断し、それを治すための治癒薬を水魔法で生成して障壁魔法で空気に触れないよう包み込む。
それを患者の体内に注入すると同時に、風魔法で患者の肺に酸素を送り、治癒細胞を超活性化させる。
こちらも障壁魔法で酸素を包んだカプセルを作り、それを患者の鼻や口に装着しているのだ。
彼女の回復魔法を一度かければ、その場に本人がいなくても治癒し続けるのはそういうカラクリだ。 治癒細胞の活性化する時間は酸素の量に作用される。
べりっちょべりーさんが傷のあんばいを即時に見極め、適量の酸素を送り治癒力を上げた体に、生成した治癒薬を点滴のように注ぎ続ける。
このシステムを作り出せるのは、恐らくべりっちょべりーさん以外にいないだろう。 彼女の凄さを、他の冒険者たちは口を揃えて『天才だから』という言葉で片付ける。
彼女の努力を知ってる私は、この言葉が嫌いだ。
むしろ、べりっちょべりーさんを見ていて思ったのは、彼女の努力は天才なんて言葉で片付けていい物ではないということ。
努力家と天才の違いはきっと、努力に対する本人の思い込みだ。
私が思うに努力家は、どんなにきつい事も最後までやり遂げ、優秀な力を手にする。
これに対し、天才はどんなにきついと思われる努力も苦に思わないだけだと思う。
天才は努力を楽しみ、努力家は努力に耐える。
具体的にべりっちょべりーさんは、常にクエスト帰りに冒険者協会の横に立てられた病院に行き、患者の治癒を手伝っている。
そして病院内にいる回復士たちに、どういうことを考えて治癒したのか、どういう風に魔力を込めたのか、そんな事を聞いて回る。
無論、素直に教えない人もいる。
なんせ回復士の知恵はその回復士の全てと言ってもいい。 そういう場合、彼女は惜しげもなく自分の知恵を提供して交渉する。
ダメなら平気で頭を下げる、それでもダメならぴよぴよぷりんつして懇願する。 この世界での土下座に匹敵する行為を、何の躊躇もなくやってしまうのだ。
彼女はある時、ぴよぴよぷりんつした回復士にこう聞かれたらしい。
『あなたにプライドはないのか? そこまでしてあなたより治癒魔法の性能が低い私から情報を聞き出したいのか?』と。
その問いかけに対し、べりっちょべりーさんは首を傾げながら、真顔でこう答えた。
『プライド? 知恵を享受していただくためにそれは必要ですか? あなたの治癒が、どんな風に考えてされたか知るのは私のためになります。 むしろ図々しい私に知恵を享受いただけるのなら、頭下げるのは当然じゃないんですか?』
彼女の努力はそれだけではない。
病院で治癒を手伝った後は家でひたすら魔法の練習、町の本屋で購入した医学の本でひたすら勉強。
彼女が勉強に使ったノートを一度見せてもらったことがあるが、ノート一面にびっしりと書き込みが書かれていた。
その日自分の治癒に足りなかったこと、これからどういった修正をするか、その日新たに得た知恵、その日治癒した患者の怪我の具合を記録していたり、上げればきりがないほどのことがびっしりと書かれていた。
彼女の努力ははっきり言ってドン引きするレベルだ。
私が一度、『こんなことを毎日続けて辛いと思わないのですか?』と聞いたことがあるが、彼女はキョトンとした顔でこう答えてくれた。
『私がこの生活を続けるから、ぺろりんやくろみっちが楽しそうに戦えるんですよ? 逆に、なにが辛いことなんですか? この生活を続けてるから、二人が戦ってるところを間近で見れるし、それを最大限サポートできる。 それってすごく幸せなんですよ? 辛いことなんて一切ないと思いますけど?』
彼女はぺろぺろめろんさんたちがいないと普通の口調になるが、それが逆に少し怖く感じた。 べりっちょべりーさんの狂気の執着力に度肝を抜かれ、言葉も出なくなった。
よりどりどり〜みんさんは、そんな彼女に回復魔法を教わろうとしている。
断られた理由は予想がつく、よりどりどり〜みんさんが回復士を本業にしていないからだ。
単純な話、よりどりどり〜みんさんに回復魔法を教えても、自分の知恵になることはなにもない。 ただそれだけの話だ。
しかし今、目の前で神怒狼夢さんに必死に頭を下げるよりどりどり〜みんさんを見ていたら、病院内を頭を下げて駆け回っていたべりっちょべりーさんを思い出してしまった。
私はため息をつきながら立ち上がり、よりどりどり〜みんさんに歩み寄った。
「よりどりどり〜みんさん、神怒狼夢さんにもお願いしてるんですか?」
「セリナさん? はい、神怒狼夢さんもかなり有名な方ですから」
殴るヒーラーこと神怒狼夢さん。
兎科の獣人で、べりっちょべりーさんより上の銀ランク冒険者だ。
「私は悲しい! この子の真剣なお願いを叶えてあげたいのだが、教えるのは苦手なのです! 本当に悲しい!」
先程からよりどりどり〜みんさんは何度も頭を下げていたが、神怒狼夢さんは教えるのが苦手だからと渋っていたらしい。
「べりっちょべりーさん、回復魔法を本気で覚えたいと言いましたよね? それなら、有名な方に頼るだけではダメだと思います」
私の声掛けに、眉を歪めるよりどりどり〜みんさん。
「別に私は協力しないなんて一言も言ってません。 けれどあなたは回復魔法を専門としていない。 基本的に何かを教わるならその情報に相応する知恵を持ってなければいけません。 べりっちょべりーさんが回復魔法を教えてくれないのはそういう事です」
「私は町の本屋で購入した本でも勉強はしました。 けれど仕組みが難しすぎて上手く実践できなかったんです。 だから本家の回復士にやり方を聞くしかないとと思って………」
悔しそうに下唇を噛むよりどりどり〜みんさんを見て、神怒狼夢さんはあたふたし始めてしまう。
「セリナさん! 私は悲しい! こんなにも一生懸命な少女に、残酷な現実を叩きつけるなんて! だがさらに悲しいのは、なんとか教えてあげたいが、私自身も教えてあげられる自信がないこと! 私はみじんこ以下の役立たずだぁ! あぁぁぁ! 悲しぃぃぃ!」
「ちょっ! うるさいですよ神怒狼夢さん。 私はよりどりどり〜みんさんが回復魔法を覚えるためのアドバイスをしにきたんです!」
大泣きしていた神怒狼夢さんが、首を傾げながら私に視線を向ける。
よりどりどり〜みんさんも、心剣な表情でカバンからノートを取り出した。
「言っときますが、私のアドバイスを実行すれば確実にウザがられます。 けれどそうすることで得ることはたくさんあると確信できます。 よりどりどり〜みんさん、もしかしたらあなたはべりっちょべりーさんに嫌われてしまうかも知れませんが、それでも私のアドバイスを聞きますか?」
よりどりどり〜みんさんの真剣な視線に対し、鋭い視線を返す私。
すると不穏な雰囲気を感じたのだろうか、神怒狼夢さんはあわあわと手を震わせた。 しかしよりどりどり〜みんさんはゆっくりと息を吐き、気迫のこもった顔で答える。
「無論、やってやりますよ」
☆
翌日、私は営業時間終了後、協会の横にある病院に顔を出してみた。
すると私のアドバイスを早速実行しているよりどりどり〜みんさんが目についた。
案の定、ぐちぐち文句を言われている。
「ちょっと、いつまで着いてくるんだし! うちは忙しいから早く帰れし!」
「邪魔はしてないです。 べりっちょべりーさんが回復魔法を教えてくれないから、見て盗むしかないじゃないですか!」
そう、私が教えたアドバイス?と言っていいのだろうか? 教えてくれないなら見て盗め。
技術は見て盗む物だから、病院で手伝いするべりっちょべりーさんにくっついて回るしかない!
そうアドバイスした。
可能なら治癒をした直後にさりげなく「今のどうやったんですか?」とか聞いてしまえと教えた。
案の定べりっちょべりーさんは、忙しい中ピッタリ後ろをついて回るよりどりどり〜みんさんを見て不機嫌そうな顔してる。
「はっ! うちの回復魔法を見て覚えるとか、やれるもんならやってみろし」
「はい、遠慮なく盗みますよ? 出し惜しみしないで全力治癒しちゃってください!」
べりっちょべりーさんは一瞬、鋭い視線でよりどりどり〜みんさんを睨むが、一拍おいて鼻を鳴らした。
「ったく、あんた………誰かさんにそっくりだし」
「えっ? 何か言いました? アドバイスくれるんですか! メモするのでもう一回教えてください!」
ぼそりと呟くべりっちょべりーさんに、メモを取り出してすずいと近づくよりどりどり〜みんさん。
「なんも言ってないし! 近い! 邪魔すんなら追い出すし!」
べりっちょべりーさんは文句を言いながら目の前の患者に一瞬で回復魔法をかけ、ずかずかと次の患者の下に早足で向かう。
よりどりどり〜みんさんはメモに何かを書き記しながら離れないように駆け足で後ろにくっついていく。
その日は患者全員に治癒魔法をかけ終わるまで、二人はガヤガヤと喧嘩しながら駆け回っていた。
私は呆れながらもその光景を見て鼻を鳴らす。
「よりどりどり〜みんさん、べりっちょべりーさんより図々しいですね。 あの子ももしかしたら天才なのかもしれないですね?」
私はぼそりと誰にも聞こえないように呟き、入り口のベンチに座りながら二人が病院から出るのを待った。
☆
その日の患者全員に治癒魔法をかけたべりっちょべりーさんが、足音を響かせながら入口に歩いてきた。
「あっ! セリナさん! もしかしてこの金魚の糞を差し向けたのはあなたですか!」
「はい、私は金魚の糞です。 回復魔法を覚えるためなら何にでもなりますよ?」
眉をひくつかせながら私の方に来るべりっちょべりーさん。
「どうしても回復魔法を覚えたいって言っていたから、教えてもらえないなら見て盗めとアドバイスしましたよ? だって本気ならどんな辛い事にも耐えられるでしょ? というか、よりどりどり〜みんさんはとーてむすっぽーんさんのために回復魔法を覚えようとしてます。 彼が戦ってるのを全力でサポートできるようになるなら辛くないんじゃないですか?」
私の一言に、べりっちょべりーさんは不機嫌そうな顔から驚いた顔に変わる。
「ふーん、そういう事? ちょっとひっつき虫、最後の治癒は火傷だったけどあんたならどう治す?」
「あれ? 金魚の糞からひっつき虫に変わっちゃったんです? どっちでもいいですけど、火傷なら氷で冷やすんじゃないですか?」
よりどりどり〜みんさんの返事に、肩を窄めるべりっちょべりーさん。
「ばっかじゃないの? それは応急処置。 火傷は熱傷って言うんだし、皮膚の炎症が原因で起こる………」
この後、べりっちょべりーさんの火傷に対する治療法が長々と語られたが、レベルが高すぎてこれっぽっちも理解できなかった。
しかしよりどりどり〜みんさんは、それはもう嬉しそうな顔でメモをとりながらたくさんの質問をする。
その顔はすごく楽しそうで、その顔を見ていて私は思った。
べりっちょべりーさんの執着力も大概だが、よりどりどり〜みんさんもとーてむすっぽーんさんに対し………………
——————狂気と言えるほどの愛を向けてるんだな、と。




