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ナンパなんてしてないでクエスト行ってこい!  作者: 星願大聖
果ての荒野での異常現象
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〜モンスターの大群掃討戦・緊張感皆無の戦場〜

〜モンスターの大群掃討戦・緊張感皆無の戦場〜

 

 レミスさんには冒険に全く役立たない得意技がある。

 

 「レミスさんレミスさん! 羅虞那録ラグナロクさんはなんて言ってます?」

 「ええっと、『後悔しながらあの世で死になさい』とか言ってます」

 

 実はレミスさん、その並外れた視力を使って読唇術(どくしんじゅつ)が使えるのだ。

 冒険には全く役に立たないが、その読唇術を使って今戦闘中の羅虞那録さんたちの状況を説明してくれている。 しかし私は今のセリフに異変を感じた。

 

 「『後悔しながらあの世で死になさい』って、なんか変ですよ? もしかして見間違いですか?」

 「そんなことないですよ、確実にそう言ってました。 ん? おらんげちゃんがなんか言ってます。 ええっと………『ど、どうしようお姉ちゃん! 多分羅虞那録ちゃん『()()()()()しながら()()()()()』って言いたかったのに、ごっちゃになっちゃんだよ!』ぶ、ふふっ。 あ、『あの世で死になさいっておかしいもん!』 つっふふふ。 『あの世って死んだから行くはずだもん! どうしよう、羅虞那録ちゃん、ドヤ顔しちゃってるけど指摘してあげた方がいいかな?』」

 

 レミスさんは笑いを必死に堪えながら、おらんげさんの言葉を伝えてくれた。

 

 「あ、あの世で………死になさっぷくふふ、あっはっはっはっはっは! バカじゃん! ただのバカじゃん! だっはっはっはっはっはっは! ドヤ顔で、ぐっふふふ、あ〜お腹痛い」

 

 私とレミスさんはその後、しばらくの間腹を抱えて笑うことになった。

 

 

 ☆

 やぐらで指示を出す私を、レミスさんと双子さんが護衛として残ってくれている。

 レミスさんは私が全体を見るサポートとして、前線で戦う冒険者たちの呟きや状況を細かく教えてくれている。

 私も遠見の水晶版を拠点から持ってきて全体の把握にいそしんでいた。 しかしそんな私に向かって大岩が勢いよく飛んでくる。

 

 「うぎゃあ! 念力猿プシコキネージュの念力です! ヤバイヤバイ! ちょ! 双子さん!」

 

 櫓から飛び降りる私を極楽鳶さんがキャッチしてくれた。

 間一髪で大岩から逃れた私は極楽鳶さんにお姫様抱っこされながら、嬉しそうに親指を立てる閻魔鴉さんと、頬を膨らますレミスさんが横目に見えた。

 とりあえず無駄にキメ顔をしている極楽鳶さんにお礼を言ってすぐに降り、再度辺りを水晶板で観察する。

 するとこちらに接近してくる上級モンスターが見えた。 慌てて拡声器を口元に寄せる。

 

 「角雷馬コルシュトネールがこっち来てます! フェアエルデさ〜ん!」

 

 私がそう呼びかけ、レミスさんは慌ててフェアエルデさんを探す。 すると突然、角雷馬の足元に巨大な穴が開いた。

 突然開いた穴に対応できず足をばたつかせながら落下する角雷馬。

 

 「ヨォ〜ヨォ〜ヨォ〜! その辺りは要注意陥没(♩♩♩♩) あまりいい気はせんな乱暴(♩♩♩♩) そんな利かん坊(♩♩♩♩)なお前をこの俺が圧倒《♩♩♩♩》!」

 

 キレッキレのリリックで大穴を指差すフェアエルデさん。

 穴の上にはくりんこんさんが作ったセメントが大量に集まり、穴を覆い尽くすほどの分厚い板が完成していく。

 そして完成した分厚いセメントの板が即座に固まり、大穴に落ちていく。

 鈍い衝撃音とともに角雷馬の声にならない悲鳴が響き、フェアエルデさんは悪戯をした後の悪ガキのようにニッカリと笑いながら大穴を見下す。

 

 「お察し(♪♪♪)の通りはい圧死(♪♪♪)!」

 「先輩、カッコつけてないで次行きますよ! 念力猿の岩飛ばしが少し危険なのでとっとと片付けましょう!」

 

 カッコつけているフェアエルデさんの襟首を掴んでせっせと次の戦場へ向かおうとするくりんこんさん。

 金ランク冒険者たちの強さに私たちは絶句していた。

 月光熊といい地獄狼ルルアンフェールといい、終いには角雷馬ですら呆気なく討伐されていく。

 

 角雷馬はあのぺろぺろめろんさんたちを追い詰めたほどの危険モンスターだ。

 月光熊だって蒼海月そうかいのつき中盤、両断蟷螂コプマット蹂躙戦の最中まさかの遭遇をしてなんとか討伐したが、怪我人も続出してかなり苦労したはずだったのだ。

 それをああも簡単に討伐されると、なんだか自分の強い冒険者という感覚がおかしくなってしまいそうだ。

 

 そんなことを思いながら、地割れのように避けた大地と突然空いた大穴を凝視する。

 じっと見ていると、私は何かを忘れているようなモヤモヤを感じ始める。

 

 「あ! こらぁ! 羅虞那録さんとフェアエルデさん! モンスターの死体は実験のために回収してくれって、さっきの作戦会議で言ったでしょうが! あれじゃあ回収できないじゃないですか!」

 

 ようやく重要なことを思い出し、二人を叱咤する私。

 私たちの目的はモンスターの大群を全滅させることではない、モンスターの死骸を操ってる謎のモンスターを探すこと。

 そのためには閻魔鴉さんとレミスさんの力が鍵となるのだ。

 

 しかしそのためにはモンスターの死骸、あるいは生捕りにしたモンスターが必ず必要になる。

 だから作戦会議の際、オーバーキルは禁止したはずなのだ。

 

 「セリナさん羅虞那録ちゃんがぼやいてます『ったく、うるせえクソ女ですわね。 この私に命令するなんて、二千年早いですわ?』えーっと、 それに対しておらんげちゃん『どうしようお姉ちゃん! セリナさんは人間なのに、二千年早いだなんて理不尽すぎ………』」

 「こるぅあ〜〜〜こんのクソア………んっん〜。 羅虞那録さぁ〜ん! 聞こえてますからね〜! 後でじっくりお話しがありま〜〜〜す!」

 

 レミスさんが羅虞那録さんたちの会話を密告している途中、私は拡声器に怒鳴りかけた。

 すかさず拡声器のスイッチを切り、すぐにレミスさんに視線を送る。

 

 「で、羅虞那録さんはなんて?」

 「えーっとー『ななな! なんでこの距離で聞こえていますの? なんという地獄耳、面倒なことになる前に次行きますわよ!』 だそうです」

 

 私は勝ち誇った顔で慌てている羅虞那録さんを遠目に見た。

 

 「いや〜。 レミスさんと一緒に来て本当によかった! 読唇術最強すぎですね!」

 

 私の一言にものすごく機嫌が良くなったレミスさんは、頼んでもいないのにくりんこん鬼軍曹に叱られているフェアエルデさんや楽しそうにはしゃぐ果物姉妹の言葉を満面の笑みで詳しく教えてくれた。

 数秒前の自分のセリフを後悔しながら水晶板で辺りを見回す私。

 

 いつの間にか、念力猿と猛毒怪鳥ポワゾンドゥールがいなくなっている。

 見失ってしまったと思い、慌てて辺りを見回す私の背後から声をかけられる。

 

 「全くセリナ殿、あなたという人はこの状況でもずいぶん余裕でいられますなぁ?」

 

 声がした方に視線を向けると、朧三日月さんが余裕の表情で立っていた。

 

 「おいジジイ!」「何サボってんだ!」

 

 双子さんが朧三日月さんに声をかける、何やら朧三日月さんは体の後ろで何かを持っている様子だ。

 

 「サボってなどおらぬよ青二才共、わしはセリナ殿が指示したものを持ってきたまで」

 

 そう言って体の後ろに隠していた物を私の目の前に突きつけてきた。

 

 「うげっ! なんちゅうもん鷲掴みしてんですか! うぎゃあ! 今目があった! こいつまだ生きてるんじゃないですか?」

 

 私の目の前に突きつけてきたのは念力猿の首だった。 青ざめながら後ずさる私。

 双子さんも口をつぐみ、かなり驚いている。

 

 「何を申しますか? わしはすでにこいつを単騎討伐したことがある。 それにわしはこいつを切った際に確信した。 この操られているモンスター共、知能がないせいか、普段のモンスター共と比べるとはるかに弱い。 能力は異論なく発揮しておるが、戦闘での駆け引きやこちらを惑わす計略と言ったものが一切ない。 強さは半減していると言っても過言ではないほどに弱すぎるのじゃよ。 機械的な動きしかできていない人形を相手にしているようでしたからのう」

 

 確かに朧三日月さんは銀ランクだった時、たった一人で念力猿を討伐した事でかなり有名になり、金ランク冒険者となった人だ。

 この人が言うなら間違いない、つまり今戦っているモンスターの大群は機械的な動きしかできない操り人形みたいなものだ。

 そうなれば脅威はほぼ半減したと思ってもいい。

 

 「あっれ〜おじいちゃんに先越されちゃったか〜。 俺も猛毒怪鳥をいい具合にバラバラにしたから持ってきたのになぁ〜?」

 

 今度は凪燕さんが駆け寄ってきた。

 どうやっているのか、彼の背後にはバラバラになった猛毒怪鳥がぷかぷかと浮いている。

 

 「凪燕さん! 猛毒怪鳥を討伐してくれたんですか? 仕事早すぎでしょ!」

 

 凪燕さんと朧三日月さんは同時に得意げな表情をする。

 

 「ま、俺は頭の悪いあいつらと違ってインテリジェンスな戦闘スタイルだからさ!」

 「青二才共には負けてられませんからなぁ?」

 

 なんか引っ叩きたくなるドヤ顔で二人ともカッコつけ始めている。

 とりあえず私は二人が持ってきたモンスターの残骸を一箇所に集めてもらった。

 

 「閻魔鴉さん、この残骸を燃やせますか? 無論、あなたが出せる黒い炎で」

 

 私の問いかけに首を傾げる閻魔鴉さん。

 

 「なんで俺の炎? 弟の炎じゃダメなの?」

 

 寂しそうな顔で地面に『の』の字を書いている極楽鳶さんを指差す閻魔鴉さん。

 

 「あなたは自分の炎の能力知らないんですか?」

 「俺の、炎の能力? 俺がこの炎出したのは、なんかかっこいい炎が出したい! って思ったからだから、特に能力なんてないと思うけど?」

 

 口をあんぐりひらいてありえない! とでも言いたそうな凪燕さん。

 朧三日月さんも隣でずっこけそうな仕草をしていた。

 

 「ちょっちょっちょ! ちょっと待て黒髪の君! って事は君は無意識にあの地獄狼の炎を再現してたっていうのかい?」

 

 凪燕さんがものすごい勢いで閻魔鴉さんの肩を鷲掴みする。

 閻魔鴉さんは突然肩を掴まれておどおどし始めた。

 

 「いやいやいや! なんの話だ? 俺の炎はただ黒いだけで………」

 「バカか君は! 黒い炎など存在しない! 炎は温度の高さや燃やした物質によって色が変わったりするが、黒い炎なんてものは現実では存在しない。 ナトリウムランプや炎色反応をうまく使えば黒く見える炎を再現できたりはするが、炎自体が黒いなんてことはありえないんだ! 君が出している黒い炎は、厳密に言えば炎ではない別の何かなんだ!」

 

 ぽかんとした顔で凪燕さんにゆさゆさと揺らされる閻魔鴉さん。

 地面にのの字を書いていた極楽鳶さんは「僕なんて必要ないんだ、どうせ出来の悪い弟ですよ。 ええそうですよ昔から兄さんは才能の塊みたいな人で………」などと小声でぶつぶつ言い出したため、レミスさんが隣で慰めている。

 とりあえず私は興奮している凪燕さんを一度なだめることにした。

 

 「ええっと、閻魔鴉さん。 分かりやすく言うと、炎は酸素がないと燃えないのです。 ですがおそらくあなたの炎は酸素を燃料にしていません。 おそらく燃やすための燃料にしているのは魔力、地獄狼が吐く炎と色も効果も一緒なんですよ。 意識せずにそんなすごい炎を作り出したとは言っても、今回はあなたのその魔力を燃やす炎の力が必要なんです。 とりあえず一旦離れて深呼吸しましょうか凪燕さん。 後、あそこですねている極楽鳶さんのフォローもお願いします」

 

 私は凪燕さんを閻魔鴉さんから引き剥がしながら作戦の概要を説明しようとした。

 すると朧三日月さんがいきなり刀に手を添える。

 

 「悠長に話している場合ではないですのぉ。 来ますぞセリナ殿。 月光熊じゃ」

 

 私は朧三日月さんの視線の先を追った。

 するとものすごい形相で走ってくる月光熊が見えた。

 櫓の上から見ていた時は、華嘉亜天火かかあてんかさんが相手をしていたはずだ、まさか彼女はやられてしまったのか?

 嫌な予感が脳裏をよぎるが、ラオホークさんのせいで月光熊は軽く恐怖症になりかけている。

 そのせいか胃の辺りがムカムカし始めた。

 

 「そういえば先ほどの姉妹、絶望の雨(アシッド・レイン)終焉への幻夢(ケイオス・ミラージュ)とかいう技を使っておったなぁ。 なんの偶然か、このわしの新技に名前がそっくりじゃ」

 

 ………嘘つけこの厨二病ジジイ、大方あの姉妹の技名をかっこいいとか思っちゃったから、今考えただけだろ?

 なんて事は本人には言えず、私は黙って次の言葉を待つことにした。

 

 「ワシの愛刀、隼夜叉はやぶさやしゃの餌食にしてくれよう!」

 「え? おじいちゃんこの前愛刀の名前五月雨(さみだれ)とか言ってなかったっけ?」

 

 凪燕さんの鋭いツッコミに無言で固まる朧三日月さん。 まさか、刀にまで名前をつけているとは。

 

 「五月雨は折れたのじゃ、こいつは五月雨の跡を継いで………」

 「嘘つかないでよおじいちゃん! その刀前に見たのと鍔の形も鞘の色も一緒だよ!」

 

 凪燕さんの一言を聞き、額から汗をダラダラと垂らす朧三日月さん。

 なんだか朧三日月さんが少しかわいそうになってきた。

 

 「ちなみにその刀特注だったよね! おんなじ刀作るとか無理だって言ってたよね? なんで名前変わってんのさ! お〜い、おじいちゃ〜ん!」

 

 もうやめて! おじいちゃんのライフポイントはゼロよ!

 っていうか凪燕さんってかなり頭がよかったはず………

 

 さてはこの人、おじいちゃんがカッコつけたいだけって言うのをわかった上で、純粋な気になり君を装って質問攻めし、困るおじいちゃんの反応を面白がってるな?

 

 「………わしの愛刀、五月雨の餌食にしてくれよう!」

 

 何事もなかったかのように言い直して、弾かれたように走り去っていく朧三日月さん。

 

 「あっ! ちょっと〜! 隼夜叉はどうしたのさ! おじいちゃ〜ん!」

 

 そそくさと逃げる朧三日月さんを逃がすまいと、すかさずついていく凪燕さん。

 ——————私たち、本当に五千もの魔物の軍勢と戦ってるんだよね?

 

 

 ☆

 「海竜の咆哮(カーレント・ロア)!」

 

 朧三日月が技名のようなものを叫びながら水圧の斬撃を飛ばす。

 月光熊はその斬撃をひらりとかわし、丸太のような大きな腕を振り上げた。 しかし、直視されているはずの朧三日月は月光熊の攻撃を軽々とかわす。

 

 「ほうれ遅いぞ? そんな攻撃じゃあ当たらんわい!」

 

 薄く広がる霧の中で朧三日月の姿が次々と増えていく。

 しかし月光熊は朧三日月の幻影には目もくれず、すぐさま別方向へと駆け出した。 

 操られているはずの月光熊には嗅覚による探知ができていない、おそらく目標が(まと)う魔力に反応しているのだろう。

 

 「お主の狙いは魔力が一番多い冒険者じゃろう? 暴れ熊!」

 

 何もない空間で月光熊が太い腕を振り下ろすと水の塊が盾のように出現し、腕が水の中に吸い込まれるように入っていく。

 やがて水の塊は大きくなっていき、月光熊は水塊の中に全身を包まれた。 水塊の中で苦しそうにもがく月光熊。

 それを遠目に眺めていた朧三日月はニヤリと笑い、その姿がぐにゃりと歪む。

 

 「全く、人の獲物を横取りしようとするなんて、いい度胸しているわ?」

 

 霧の中、ぐにゃりと姿が歪んだ朧三日月、そして彼がいた場所から出てきたのは華嘉亜天火かかあてんかだった。

 

 「この私が相手をしている最中に急に別の方向に走り出すんですもの、何事かと思ったじゃない。 凪燕の魔力に反応したのかしら? この私を無視してそっちに行くなんてね。 これだからただの操り人形は嫌ね? コケにされたみたいで不快だわ? 恥を知りなさい」

 「まあそう言いなさんな、俺とおじいちゃんも手伝うよ? 姉貴!」

 

 凪燕の声が霧の中に響く。 何もなかったはずの空間はぐにゃりと歪み、月光熊が腕を振り下ろした先に堂々と立っていた凪燕が姿を現した。

 すると不服そうな顔で華嘉亜天火が眉をクシャリと歪める。

 

 「勝手に姉貴とか呼ばれるのも不快だと、何度も言ったはずよ?」

 

 月光熊は水塊の中で苦しそうにもがきながらも、血のように赤い目で凪燕をぎろりと睨む。

 だが睨まれているはずの凪燕は小馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 いまだに華嘉亜天火や朧三日月には目もくれない月光熊に対し、華嘉亜天火は呆れたようにため息をつきながら水塊に手をかざした。

 

 「無駄よ死に損ない。 あなたが見ているのは水で作られた鏡、光を屈折する水の中では、正確に凪燕がいる方角を分かっていたとしても、その視線で凪燕を捉える事は不可能よ? まあ私はあなたの知能が欠如していることを知ってたとしても慢心しない。 念のため泡で視界を覆っておくわ?」

 

 凪燕が立っている方向を正確に捉えていたとしても、水の中では光が多重に屈折し、その視界の中に凪燕を捉えることはできていない。 故に目の前で睨まれているように見えている凪燕に、重力の負荷はかからない。

 

 月光熊の目の前で大量の泡ができ始め、満足そうに鼻を鳴らした華嘉亜天火はクルリと方向転換してそのまま歩き出す。

 すると辺り一体を覆っていた霧がスーッと引いていく。

 

 「生捕りでよかったのよね? 私はこの馬鹿共と違って、きれいな状態のモンスターを持ってきてあげたわ? ナンバーワンの受付嬢さん?」

 

 珍しく自分の足で、堂々とした足取りでセリナに近づいていく華嘉亜天火。

 水塊の中で苦しむ月光熊は、苦しさのあまり自分の首を引き裂こうとするが華嘉亜天火が指を鳴らすと、水塊の中ではりつけにされたかのように両手足をだらしなく広げた。

 

 「溺れているのだから、ダメージは蓄積しない。 だから自分自身に傷を与えてダメージを体内に蓄積し、衝撃波でも発生させようって根端かしら? 無駄よ凡くら。 この私の前で自由に動けるなんて思わないことね」

 

 弄ばれる月光熊を、少し離れた位置から見ていたセリナは苦笑いすることしかできなかった。

 特に何もしていなかった凪燕はつまらなそうに後頭部を両手で覆い、ドヤ顔で刀を鞘に収めた朧三日月に視線を送る。

 

 「つーかおじいちゃん、あの斬撃なんのために飛ばしたの? もしかしてかっこいい技名言いたかっただけ?」

 

 堂々とした足取りで歩く華嘉亜天火の後ろで凪燕が急に口を開いた。

 華嘉亜天火の隣を歩いていた朧三日月は、眉をひくつかせながら呟く。

 

 「わしが切ろうとしたのだが、すでに華嘉亜天火の獲物であったか。 わしの新技を披露するのはまたの機会になりそうじゃな」

 「え? シカト? ねえおじいちゃん! なんで意味無いって分かってて新技披露したの? お〜い!」

 

 後ろでワイワイ騒ぐ二人の話を聞きながら、華嘉亜天火は盛大なため息をつく。

 

 「なんでここにはこうも緊張感の無いやつばかり集まってしまうのかしら?」

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