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ナンパなんてしてないでクエスト行ってこい!  作者: 星願大聖
果ての荒野での異常現象
106/130

〜宝石ランククエスト・モンスターの大群掃討戦〜

〜宝石ランククエスト・モンスターの大群掃討戦〜

 

 果てしなく広がる乾いた大地、黙々と立ち込める砂煙と枯れた草しか生えない荒野。

 その荒野を、五千を超えるモンスターの大群がゆっくりとした歩調で、果ての荒野の拠点目指して進軍を続けている。

 そしてその大群の前に、二人の少女が立ち塞がった。

 

 パステルカラーのフリフリしたゴスロリドレスを纏った二人の少女。

 一人はオレンジを基調としたカラーで、日傘のような可愛らしい装飾の傘を持ち。

 もう一人はワインレッドを基調としたカラーで、ゴシックな装飾のジョウロを持っている。

 姉妹の金ランク冒険者、おらんげとあっぽれはゆっくり近づいてくるモンスターの大群を見ながら、不気味な笑みを浮かべている。

 

 「ねぇねぇお姉ちゃん!」

 「あらあら、どうしたのおれんちゃん?」

 

 二人は張り付いたような不気味な笑顔のまま、モンスターの大群から視線を逸らさず淡々と話し始めた。

 

 「私たちがなにも考えずに大暴れできるのって、いつ以来かなぁ?」

 「そうねぇ、だいぶ前……白い狼さんが私たちの村を襲ってきた時だから、四年くらい前かしらね?」

 

 あっぽれとおらんげは、四年前果ての荒野付近の村で冒険者協会本部で働く幹部たちに拾われた。

 当時この二人は村で化け物のように扱われ、村の最果てにほぼ監禁されている状態だったのだ。

 

 その村は四年前出現した滅界級モンスター、幻影狼(ルルアンフェール)討伐戦の際初めに襲われた村だった。

 だが、幻影狼はその恐ろしい能力を駆使しても、数時間の間この村から先に移動できなかった。

 なぜなら幻影狼の前に、この姉妹が立ち塞がったからだ。

 

 「随分と長い事本気出してないから、意外とそんなにたくさん倒せないかもね?」

 「大丈夫よおれんちゃん。 背後には私たちより強いお兄さんやお姉さんがいるわ?」

 

 二人は仲良く手を繋ぎ、にっこりと笑いながら見つめ合う。

 おらんげはふりふりの可愛らしい装飾が施された傘をさし、肩にかける。

 はたまたあっぽれは真っ赤なジョウロを体の横で、機嫌良さそうにゆさゆさ揺らす。

 

 「行くよ? お姉ちゃん」

 「ここまでのお散歩の時、一生懸命考えてた技の名前? だったかしら。 楽しみにしているわね?」

 

 あっぽれとおらんげは四年前、たった二人で幻影狼を数時間に渡り足止めしていた。

 全力で戦う二人に近づけず、駆けつけた高ランク冒険者はあまりに恐ろしい戦いを眺め、立ち往生していた。

 そしてその冒険者たちはこの姉妹にある異名をつけた。

 

 ——————死域(しいき)の魔女と。


 「絶望の雨(アシッド・レイン)

 

 おらんげの掛け声とともに天に突き出した傘の先から、毒々しいオレンジ色の液体が噴水のように天高く突き上がる。

 放たれた液体は雨のように魔物たちに降り注いだ。

 危険を察知した上級モンスターたちはすぐに二人の少女に襲い掛かろうとする。 するとモンスターたちを囲うように周囲の大地が変形し、壁を作り出した。 フェアエルデの能力である大地変形。

 せりたった大地の壁に阻まれ、モンスターたちは逃げ場を失う。

 

 ドーム状に囲われた壁の中では、ジュウジュウと皮膚が焼けるような音が鳴り響き、モンスターたちの阿鼻叫喚がこだまする。

 おらんげは水魔法を操る魔道士だ。

 彼女が操る水はかなり特殊で、触れたものを全て溶かす強酸性の液体だ。

 

 今、壁の中に閉じ込められたモンスターたちに降り注ぐのは、おらんげの能力でかなり濃縮された強酸性の液体。

 おらんげが放った液体の雨に打たれるだけで、皮膚はただれ、焼けるような痛みと共に体が溶かされて行く。

 文字通り、絶望の雨が降り注いでいる。

 

 「あらあらおれんちゃん! かっこいい技の名前だわ! なら私もいくわよ! 終焉への幻夢(ケイオス・ミラージュ)

 

 あっぽれのジョウロから甘い香りのピンクのミストがふわふわと漂い始める。

 そのミストは壁で囲まれたモンスターたちを包み込むと、モンスターたちは苦しみもがくのをやめた。

 

 あっぽれの放つミストを吸うと、感覚神経がハッキングされる。

 要はあっぽれの妄想する幻術を強制的に見せられるのだ。

 朧三日月が使う霧の幻影は、鏡のように霧の中に入ったモンスターや朧三日月本人の体をいくつも見せる。

 

 しかしあっぽれの場合は次元が違う。

 あっぽれが設定した別世界を幻術で見せられるのだ。 しかし解除するには意外と簡単だ。

 そこが幻術だと気づいて、自分を叩くなどして意識を覚醒させればいい。

 ただし、幻術世界にいることが自覚できればの話だが。

 

 「お姉ちゃん! 今日はどんな物語を見せているの?」

 「モンスターたちが強くなって私たちを倒す物語よ? 生き物ってね自分が強いっ思い込んだ瞬間楽しくなっちゃうの! もしそれが幻術だと分かったとしても終わってほしくないって思っちゃうのよ? だから彼らがこときれる瞬間に、倒されたはずの私たちが目の前に出てくる設定にしたわ! 『いつから私たちを倒せた気でいたの?』って彼らにもわかるように、脳に直接伝える設定! はっとして現実世界に戻ってきたとしても、体はおれんちゃんの絶望の雨(アシッド・レイン)でドロドロに溶けてると思うけどね?」

 

 くすくすと笑いながら楽しそうな声音で話すあっぽれ。

 彼女の狂気的な笑顔に、少し離れた位置から様子を伺う冒険者たちは鳥肌を立てる。

 

 「なんとも凄まじい娘たちじゃ。 わしの上位互換なだけはあるわい」

 「何言ってんのさ? おじいちゃんの真骨頂は剣技と幻を組み合わせた立ち回りでしょ? あの二人は接近戦はこれっぽっちも強くないから比較対象にならないでしょ〜」

 

 呆れた表情でぼやいた朧三日月を、苦笑いしながら凪燕が励ます。

 するとフェアエルデが変形させた壁を、黒い炎が突き破る。

 

 「やはり上級モンスターは一筋縄ではいかなかったか………」

 

 ぼやくラオホークの視線の先では、地獄狼ルルアンフェールが吐いた黒炎が壁の一部を焼き尽くし、穴を開ける。

 そこから地上組の上級モンスターや、かろうじで原形を留めている中級モンスターが雪崩れ込んでくる。

 危険を察知して即座に走り出したあっぽれとおらんげ。

 

 しかし地獄狼は(ただ)れた皮膚にも関わらずものすごい速さで彼女たちに接近し、その鋭い爪を振り下ろそうとする。

 だが次の瞬間、地獄狼の腕は切断され、宙を舞う。 切り口は鮮やかすぎて、切断されてから数秒間は流血すらしていない。

 数秒時間をおき、地獄狼の脳が傷を認識したため腕から大量の血が噴き出した。

 

 「おらんげ、あっぽれ。 この(わたくし)があなたたちとパーティーを組む時に言ったはずですわよ? あなたたちが冒険中に怪我することは、金輪際ありはしないですわ?」

 

 地獄狼から逃げる途中で尻餅をついてしまった二人は、ゆっくりと声がした方に視線を向ける。

 そこには無色の両手剣を、軽々と片手で持ったままゆっくりと歩み寄ってくる羅虞那録(ラグナロク)がドヤ顔を向けていた。

 

 「この私が、あなたたちの尻拭いをするのですからねえ?」

 

 羅虞那録がゆっくりと剣を持ち替えた、両手剣の切っ先が少し地面に触れた瞬間、大きく地面が割れる。

 

 「なんだ今の!」「あいつ今何したんだ?」

 

 何が起きたかわからずに驚愕する閻魔鴉と極楽鳶。

 羅虞那録は遥か後方で騒ぐ双子に不機嫌そうな視線を向けた。

 

 「何もしてないわよ? ただ剣を持ち替えただけですわ。 あらら、切っ先が地面に触れちゃったのですわね? 切れ味が良すぎると扱いが面倒なのだわ?」

 

 羅虞那録は属性魔法をうまく扱えない、にもかかわらず冒険者育成学校時代からとんでもない魔法の才能を発揮していた。

 

 「双子さん、彼女のあの剣は障壁魔法を応用して作られた魔法の剣です。 そして、彼女が作る障壁魔法は両断蟷螂の鎌すら弾くだけでなく、破壊してしまうほどの強度。 今まで彼女の作った障壁は破壊されたことがありません。 文字通り、最強の盾なんです」

 

 セリナが驚いている双子に解説を始める。

 

 「その硬い障壁と」「あの剣の切れ味になんの関係があるんだよ?」

 「同じ重さの鉄と岩があったと仮定して、お互い同じ力でぶつけたらどちらが砕けると思います?」

 

 セリナは首をかしげる双子に、身振り手振りで説明を始めた。

 何当たり前のことを聞くのだ? とでもいいたそうな顔で二人は同時に口を開く。

 

 「「岩!」」

 「なら、その岩より硬い鉄と、羅虞那録さんの障壁が、質量も重さも同じ条件でぶつかったらどうなります?」

 

 はっとした表情で再び羅虞那録に視線を向ける双子。

 

 「圧倒的な硬さは、暴力的な破壊力を生みます。 最高峰の硬度を持った彼女の障壁が武器になったんです。 触れたものは問答無用で破壊される。 例えそれがダイアモンドだろうと、彼女の障壁魔法で生成された剣なら、触れただけで切れるでしょうねえ? それだけに危険な諸刃の剣でもあるんですがね」

 

 したり顔で地獄狼を睨みつける羅虞那録。

 

 「ちょうどいいわ! 絶対強者であるこの私がこの犬っころを担当してあげるのだわ。 他は適当に対応してちょうだい?」

 

 羅虞那録の提案に、有無を言わさずに全員が賛同してその場を離れた。

 海から侵攻してくる水神龍《 レアウディーユ》をシャエムー・グードゥが、帝王烏賊グランカルマルをラオホークが担当するのは作戦会議の時に決まっていたため、二人は早々にこの場を離れた。

 

 「なぁ! 残りは早い者勝ちでいいか?」

 

 海の方へと駆けていくシャエムー・グードゥの背中を見送りながら凪燕が呼びかけた。

 

 「凪燕 猛毒怪鳥(ポワゾンデゥール) 任せるよ あいつは色々 面倒だから」

 「確かにお前なら毒を禁止できるからな」

 

 王消寅と紅焔がほぼ同時に凪燕に指示を出す。

 

 「俺ぁ角雷馬コルシュトネールでいいか? 相性抜群(♪♪♪♪)あいつらが待つ不運(♪♪♪♪)だからよぉ!」

 「なら、わしは念力猿プシコキネージュじゃのお?」

 

 各々が得意とするモンスターを上げていく。

 

 「何寝ぼけたこと言ってんのよボンクラ共。 一人一体じゃ数が合わないじゃない? 目があった端から討伐しなさい」

 

 華嘉亜天火かかあてんかがフェアエルデにバケツ一杯程度の水をかけながら喝を入れた。

 

 「なんで俺だけ?」

 

 フェアエルデはびしょびしょになりながらファールを受けたサッカー選手のように両手を広げてアピールするが、誰も対応してくれない。

 

 「あー、細かい指示は上から出すので皆さん適当に大暴れしちゃっていいですよ? ただし一つだけルールを作ります。 互いの邪魔にならないよう、間合いには不用意に入らないこと」

 

 セリナは喧嘩を始めそうな冒険者たちに拡声器で声をかける。

 やぐらの上で戦場を見渡すセリナに、冒険者たちが視線を集めた。

 

 「地獄狼は本人のご希望通り羅虞那録さんたち三人で問題ないでしょう。 おらんげさんの酸の雨も止んだのでそろそろ雪崩れ込んできますよ! 先陣きってるのは角雷馬です。 フェアエルデさんお願いします!」

 「圧倒的(♪♪♪♪)な差だ即実行(♩♩♩♩)! 雑魚敵(♪♪♪♪)まとめて一掃(♩♩♩♩)!」

 

 ドヤ顔で走り出すフェアエルデ、セリナは彼に拍手を送りながら声援を送る。

 

 「素晴らしいリリックです! ブラボー!」

 「セリナさん! くれぐれも、真面目にお願いしますね!」

 

 大げさに拍手をしているセリナにジト目を向け、フェアエルデの後について行ったくりんこん。

 セリナはニヤリと笑いながら拡声器を口元に寄せる。

 

 「皆さん! 武運を祈りますよ! 散開して下さい!」

 

 地上組のモンスターを掃討する冒険者たちは、セリナの合図と共に各々別方向に散開した。

 

 

 ☆

 地獄狼【ルルアンフェール】全長五〜六メーターはある三首三尾の巨大な犬。

 神話に登場するケロベロスのようなモンスターだ。

 黒い炎を吐き、その炎は魔力を燃料にして燃えるため、酸素が無くなろうと魔力さえあれば燃え続ける消えない炎。

 魔力がある限り炎は消えないということは、人間が燃やされれば助ける術はなくなるということだ。

 

 この世界では人間の生命力とも言える魔力。

 誰しも体表面には魔力の層がある、これを遮断することはできないのだ。

 腕を切り落とされた地獄狼は黒炎をこれでもかと言うほど吐いている。

 

 現在作戦会議をしている羅虞那録たちは岩陰に隠れ、ヒソヒソと作戦会議をしている。 岩は魔力でできているものではなく自然にできたもののため、かなり熱くはなるものの燃えることはない。

 額に浮かんだ汗を袖で拭った羅虞那録は、ウキウキした表情のおらんげとあっぽれに視線を送る。

 

 「さて、あいつ調子こいでガンガン火を吐いてきているけど、あっぽれの幻術で一瞬でいいから別の方向を向かせられないかしら? 私の障壁は魔力でできているから、あの炎は防げないのですわ」

 

 羅虞那録の障壁は一度に出せる面積が決まっている上に障壁魔法で生成したものだ。

 魔力を燃料とする地獄狼の黒炎は相性が悪く、最強の盾を持ってしても防げない。

 

 「多分一瞬ならできるよ! って言うかリアルな幻術にすればずっといけるかも! でもね、終焉への幻夢(ケイオス・ミラージュ)は魔力でできたミストだから、わんちゃんの体に入る前に炎に燃やされちゃう!」

 

 あっぽれはニコニコしながら答えたが、羅虞那録は渋い顔をする。

 

 「つまり無理ってことですわね? なんで一瞬いけそうな雰囲気出したのかしら。 飴をしゃぶらされた気分だわ」

 「ねぇねぇお姉ちゃん! 羅虞那録ちゃんまた変なこと言ってるよ? 飴なんてどこにもないのに!」

 「おれんちゃん、きっと今のは………」

 「今そーゆーのいらないから! 少し黙ってなさい!」

 

 羅虞那録はコソコソ話しを始めようとした姉妹を黙らせようと、強めの口調で注意する。 しかし構ってもらえると喜んでしまうこの姉妹は、嬉しそうにキャッキャうふふと笑い出す。

 頬をひくつかせながら思考を回転させる羅虞那録、しかしそんな彼女に櫓の上から観察していたセリナが拡声器で呼びかけた。

 

 「羅虞那録さ〜ん! 障壁魔法で岩を押せます?」

 「できたらなんだって言うのよ!」

 

 イライラしている羅虞那録はヤケクソ気味に声に応じた。 なぜかセリナはこの距離でも羅虞那録がなんと言っているか聞こえているらしい。

 羅虞那録の返事を聞いたセリナはすぐさま隣に立っていたレミスの方へ顔を向けると、すぐに拡声器を口元に寄せる。

 

 「じゃあ障壁魔法で岩を押して体当たりしてみましょうか? さっきから観察してたんですけど、地獄狼は多分炎が自分にかからないように少しずつ後ろに下がりながら炎吐いてるんですよ〜。 それなら岩ごと体当たりしちゃいましょう! 地獄狼にぶつかる瞬間に岩の表面に障壁魔法展開すれば、岩の表面が黒炎で覆われるので自滅させられるかもしれないですし」

 

 セリナの助言を冷静に聞き入れる羅虞那録、しかし彼女はニヤリと笑いながらキャッキャうふふと笑う姉妹に視線を向けた。

 

 「私、思いついたのだわ! 別にあの女の言葉を参考にしたわけじゃないけど、おらんげの液体をわざと燃やしてぶつけましょう! こっから地獄狼に向けて放水ですわよ! そうすれば魔力でできてる酸の雨は黒炎で燃えるけど、放水した酸の雨はそのまま地獄狼に降り注ぎ、黒炎の雨が地獄狼に降り注ぐということですわ! まさに起死回生の一撃ね!」

 

 自信満々に人差し指を立てる羅虞那録、しかしセリナは再度レミスに顔を向けた後、ムッとした顔でに拡声器に怒鳴りかけた。

 

 「思いっきり私の案パクってんじゃねえか! 何賢い女ぶってんだドチクショウ!」

 「あんたいっつも私にだけ口悪いですわね? なんで私に対してだけ本性剥き出しにするのよこの腹黒女!」

 

 遠距離口喧嘩を始めるセリナと羅虞那録を嬉しそうに見守るおらんげとあっぽれ。

 

 「はあ、お姉ちゃん。 嘘みたいだね? 本当、羅虞那録ちゃんと一緒に冒険し始めてからは、昔とは比べ物にならないくらい楽しいよ。 セリナさんや羅虞那録ちゃんに会ってから、初めて生まれてきてよかったって思えるの」

 「おれんちゃん。 私もよ? 羅虞那録ちゃんのおかげで、毎日夢みたいに楽しい。 これからもずっと楽しい冒険ができるのよ?」

 

 ずっと化け物扱いされていた姉妹を仲間として受け入れた羅虞那録やセリナへの感謝の気持ち。

 急に本音を打ち明け出した二人の言葉を間近で聞き、顔を真っ赤にした羅虞那録はプイッとそっぽを向いてしまう。

 セリナも聞こえたのだろうか、遥か後方にある櫓の上で拡声器を下ろしてモジモジし始めている。

 

 「ま、まあ。 私も悪くないと思ってるのだわ? と、とりあえず酸の雨を降らせなさいよ! 時は金なりって言うでしょ!」

 「そうだね羅虞那録ちゃん! 時は金なり、か。 ………この仕事、時給いくらくらいなのかな?」

 

 おらんげはそんなことを呟きながら傘を天に掲げた。

 掲げた傘から毒々しいオレンジ色の液体が噴射され、岩影から出た瞬間黒炎に包まれる。 しかし勢いそのまま、黒炎で燃えた液体は地獄狼へ一直線に降り注いだ。

 

 地獄狼は慌ててバックステップして、飛んでくる黒炎の雨から離れる。

 それとほぼ同時に羅虞那録は岩陰から飛び出した。

 無論、黒炎の雨に気を取られている地獄狼は逃げ回っているため、周囲に黒炎は存在していない。

 

 「さて、この私の仲間に爪を向けた罪は重いわよ?」

 

 羅虞那録は再度障壁魔法を巧みに使い、無色の両手剣を作り出す。

 逃げ惑いつつも慌てて羅虞那録に向けて黒炎を放つ地獄狼、しかし距離的に羅虞那録が振り下ろす剣の方が圧倒的に早かった。

 羅虞那録の渾身の一振りは、黒炎に焼かれながらも地獄狼を正中線で両断した。

 否、羅虞那録の一振りが両断したのは地獄狼だけではなかった。

 

 羅虞那録の前には大きな大地の裂け目が延々と続いている。

 まさに硬度の暴力、絶対強者と呼ばれる羅虞那録に相応しい一振り。

 地獄狼を両断した瞬間両手剣を霧散させると、両手剣を覆っていた黒炎も共に霧散する。

 

 大地と共に地獄狼を切り裂いた羅虞那録は、肩にかかった髪を優雅にひらませながら、ドヤ顔で無惨な姿となった地獄狼を見下す。

 正中線で二等分された地獄狼はゆっくりと倒れ、大地の裂け目に消えていった。

 

 「ふん、犬っころにふさわしい最後ね? ()()しながら()()()()()()()()!」

 

 ………………沈黙。

 

 「ど、どうしようお姉ちゃん! 多分羅虞那録ちゃん『()()()()()しながら()()()()()』って言いたかったのに、ごっちゃになっちゃんだよ! あの世で死になさいっておかしいもん! あの世って死んだから行くところだもん! どうしよう、羅虞那録ちゃん、ドヤ顔しちゃってるけど指摘してあげた方がいいかな?」

 「だめよおれんちゃん! 空気を読みなさい! 羅虞那録ちゃんはせっかくカッコつけているんだから、水を差すようなことは言っちゃダメ。 気づかなかったふりをするのよ! 笑ったら絶対にダメだわ!」

 

 遥か後方にあるはずの櫓の上で、一瞬レミスへ視線を向けたセリナは腹を抱えて笑い始める。

 コソコソと話しているはずなのに、内容がご本人にまる聞こえな上に空気を読めない姉妹。

 羅虞那録は頬をひくつかせながら、何事もなかったかのように立って………

 

 否、よく見ると耳まで真っ赤に染め上げ、心なしか涙目になりながらも必死にドヤ顔を続けようと顔の筋肉をこわばらせていた。

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