〜果ての荒野の異常現象・百鬼夜行〜
〜果ての荒野の異常現象・百鬼夜行〜
全身が血生臭い上に吐しゃ物臭が半端ない。
華嘉亜天火さんが珍しく水塊から降りて私の背中をさすりながら、月光熊だった残骸と私が吐いた虹色の物体を魔法で作った水で洗浄してくれている。
「ラオホーク、素材にならないからって今のは過激すぎよ? 流石の私も少し気分が悪いわ?」
「………す、すまん」
気まずそうな顔でそっぽを向くラオホークさん。
ちょうど私のリバースタイムが終わり始めた頃、後から追って来ていた冒険者たちが到着する。
「きゃあぁぁぁ! セリナさんの顔が真っ青よ! 一体誰がこんなことを!」
レミスさんが騒ぎながらラオホークさんを睨みつける。
「その………すまん」
睨まれたラオホークさんはそっぽを向いたままクシャリと眉を歪めた。
「あぁあぁあぁ! あらかた気圧で爆散した月光熊見ちまったんだろぉ? 地味なキャラを《♩♩♩♩♩♩♩》演出しときながら、お前の能力意外と過激! しかしその強さは完成品!」
心なしか少しラップが上手くなっているフェアエルデさんはさておき、華嘉亜天火さんが飛び散っていた月光熊の残骸や私の胃から出た虹色の物体を片付けた。
おかげで私はようやく立ち上がることができるまでには回復する。 そしてさりげなく自分の水筒を差し出してくれる華嘉亜天火さん。
なんて優しいんだ!
私は遠慮なく差し出された水筒をゴクゴクと飲んで華嘉亜天火さんに返した。
すると返された水筒の口をさりげなく、私に見えないように体で隠しながら水の能力で洗浄しているところが横目で見えた。
少しショックだった。
「ったく、世話の焼ける受付嬢ね? そんなことよりどうするつもりよ。 せっかくこの私がここまで急いできてあげたというのに、このバカが実験体を惨殺してしまったわ?」
ため息をつきながら肩を窄める華嘉亜天火さん。
「なあ兄!」「なんだ弟!」「俺気づいたんだけどさ!」「何に気づいたんだ?」
突然周りをキョロキョロし始める双子さんたち。 すると立ち尽くしていた王消虎さんの顔面めがけて光線が飛んでくる。
しかしその光線は何かに遮られたかのように王消寅さんの目の前で止まった。 眉ひとつ動かさず光線の先に視線を向ける王消寅さん。
「奇襲受け ビックリしたけど 無事無傷」
一切驚いてるそぶりは見せずにそんなことを言い出す王消寅さん。
「兄、やっぱり囲まれてるよ」「見ればわかる、鋼鉄兵器が五体もいる」
双子さんは冷静にそんなことを言っているが、『言うのが遅え!』とツッコみたかった。 しかし鳩尾のあたりがいまだにムカムカしていてそんな気力もでない私。
「狙われたのが宝石ランクの変人でよかったわね? 急死に一生を得たというところね?」
「ねえねえお姉ちゃん! 九回も死んじゃったら大変だよ! しかも九回死んじゃってるのに一回しか生きてないって事だよね? 八回死んじゃってる計算だよね?」
「おれんちゃんったらおばかちゃんね? 急死の『急』は『九』じゃないわよ? 『休』に決まってるじゃない! 休止に一生を得る。 つまり、ゆっくり休めばちゃんと長生きできるということよ!」
———ばっかじゃねえの?
毎回心の中でツッコんではいたが、そろそろ馬鹿すぎてボキャブラリーにかけてしまう。 しかしレミスさんと双子さんは取り囲んできた鋼鉄兵器をじっと見ながら顎をさする。
「妙ね」
「兄、あいつらおかしい!」「弟も気がついたか?」
私も気がついたところだ、あの鋼鉄兵器の動きは滑らかすぎる。
いくら果ての荒野のモンスターだからといって、あんなに人間らしい動きをする鋼鉄兵器などあり得ない。
「何が妙なんですか?」
くりんこんさんが首を傾げながら私の顔を覗き込んできた。
「鋼鉄兵器には心臓部となる核があります、そこから電流が全身に流れて動いているため普通の鋼鉄兵器は機械的に動く上に、電気の駆動音が発生します。 しかしあの五体の鋼鉄兵器からは音もしないし動きが滑らかすぎる。 つまり………」
「———何かに操られている? ていうかセリナさん。 もしかしてゲロ吐きました? なんか、匂いが………ごめんなさいなんでもないです」
私は目力で『それ以上言ったらどうなるかわかってんだろうなあ?』と訴えて、くりんこんさんを黙らせた。 しかしこの子は私の説明ですぐにピンときたらしい。
死体が動く理由はこれでほぼ解明された、なんらかのモンスターの意図的な魔力によって操られている。
ここにいる五体の鋼鉄兵器はすでにそのモンスター、あるいは操られたモンスターによって殺されていて、魔力的な操作を受けているのだ。
そもそも鋼鉄兵器は複数で移動などしない。
「とりあえず さっさと倒して 会議です 王消寅に お任せあれ!」
その一言と同時に王消寅さんの周囲に複数の小さな竜巻が発生する。
鋼鉄兵器たちのターゲットは王消寅さんに固定されているらしく、レーザーが彼に集中砲火されるが、なぜか王消寅さんの体の前でせき止められたかのように攻撃が通じない。
「いざゆかん 王消寅の 武闘曲 竜巻による 蹂躙劇!」
王消寅さんは胸ポケットから指揮棒のようなものを取り出すと、指揮者のように優雅に振り回し始める。
すると竜巻は生きているかのように蠢きながら鋼鉄兵器たちに向かっていく。
竜巻が直撃した鋼鉄兵器たちは一瞬で遥か上空に飛ばされた。
「硬くても 倒し方は 複数だ」
クルリと方向転換し、私たちに向けてゆっくりとお辞儀をする王消寅さんの背後に、上空に吹き飛ばされていた鋼鉄兵器が次々と落下する。
遥か上空から紐なしバンジーをさせられた鋼鉄兵器たちは、落下の衝撃で爆発しながら体のパーツが粉々に霧散した。
「すげえな宝石ランク」「けどあの倒し方は」「あいつの能力でしか」「できないだろ………」
交互に話す双子さんを、羅虞那録さんが一瞥する。
「格下ども、喋り方がうざいですわ。 なんでわざわざ交互に話すんですの? うざったすぎてあくびが出ちゃうのだわ? まさに、二階から目薬ですわね!」
「ねえねえお姉ちゃん! 二階から目薬だって! なんで二階から刺すのかな!」
「羅虞那録ちゃんはたぶん先端恐怖症だから、近くから目薬刺すのが怖いのよ。 きっと………」
おらんげさんとあっぽれさんのいつもの意味不明解釈に珍しく耳を傾けていた羅虞那録さんは、二人の方に振り向いて頬を膨らませた。
「私は先端恐怖症なんかじゃありませんわよこのバカ姉妹! 回りくどいって意味のことわざよ! いい加減察しなさい!」
怒り出す双子さんと、ガミガミうるさい羅虞那録さん。
珍しく反応してもらったのが嬉しかったのだろうか、きゃっきゃうふふと笑い出すおらんげさんとあっぽれさん。
———やかましすぎて収拾がつかん。
そう思って私が眉を引き攣らせていると、今度はレミスさんが慌て出す。
「セリナさん大変! 北から何か来た!」
「さっすがに安直すぎるわ! もっと捻らんかい! って、え? なんですかあれ?」
いつものダジャレなのかと思い、裏手でレミスさんの肩をバシッと引っ叩いたところで私も北から来た何かを発見する。
「セリナさん! 今のは事故です! 意図してません。 けど意図してないのにダジャレが出るとは私もとうとう本物のダジャレ女王に………」
「ならんわアホか! もうやめさしてもらうわ〜。 ………じゃなくて水晶版さっき落としちゃったからよく見えません! 砂煙と何かが蠢いて見えるんですが、レミスさん詳しく教えていただけます?」
ノリツッコミしながらもしっかり情報を聞き出そうとするが、レミスさんの顔が青ざめている。
「約二〜三キロ先に、モンスターが………千? いや、もっといる。 しかも、中には上級モンスターが複数います!」
レミスさんの一言に、騒がしかった冒険者たちは一気に黙り込んだ。
☆
モンスターの大群をレミスさんが発見した。
私はすぐに赤い狼煙をあげて、拠点にいる高ランク冒険者たちもこの場に来てもらうことにする。
すると拠点で待機していた凪燕さん、シャエムー・グードゥさん、朧三日月さんがすぐに駆けつけてきた。
山側の当直見張り番だった紅焔さんも只事ではないと察してすぐに私たちのもとに駆けつける。
双子さんに簡易テントを用意してもらい、レミスさんに見張りを任せてこの場にいる冒険者たちに状況を説明した。
レミスさんが発見したモンスターの大群は、およそ五千体。 しかも中には上級モンスターも数体にいるらしい。
金ランクの上級モンスターは角雷馬筆頭に念力猿《 プシコキネージュ》とか猛毒怪鳥、八頭蛇。 海上からは帝王烏賊まで来ているらしい。
宝石ランクの上級モンスターも三体確認された。
月光熊、地獄狼、そして全身つぎはぎだらけの水神龍。
夢であってほしいと何度も願ったが、どうやら現実らしい。
まさに百鬼夜行である
。
「あのつぎはぎの水神龍は、もしかすると………」
ラオホークさんが下を向いたまま口にしたことで、全員の視線が彼女に集まる。
「私とキャリーム様が、数日前に討伐した個体と同一の可能性が高いです」
急に可愛らしい少女の声がした、誰の声だ?
私と同じことを全員が思ったのだろう、互いの顔をじっと見たり、キョロキョロとテント内を見回している。
するとシャエムー・グードゥさんが急に兜を外した。
兜の下はどんな顔をしているのか、気になっていた私はドキドキしながら凝視する。
しかし、漆黒の鎧の下にはなんと………
「うえっ? 首なし? 首なし騎士だったの?」
間抜けな声を上げる紅焔さん。
「お姉ちゃん大変! シャエムー・グードゥさん、中身空っぽよ!」
「お! お化け! お化けよきっと! きゃあぁぁぁぁぁ!」
あっぽれさんとおらんげさんは互いに抱き合って悲鳴をあげる。
私はというと、思考速度が追いつかずに固まってしまっている。
すると漆黒の鎧の中から、全身緑色の皮膚をした髪の長い少女が身を乗り出してくる。
「ぎゃあァァぁぁぁぁぁぁ! あ、ああ? って! なんだ、そういうカラクリだったのか〜。 びっくりさせないでくれよほんと」
珍しく慌てていた凪燕さんが、やれやれと肩をすくめながら座り直した。
「お姉ちゃん大変! お化けの鎧の中から可愛い女の子が出てきたわ!」
「本当ね! あの子ちっこくて可愛いわ! 頭なでなでしてもいいかしら?」
あっぽれさんとおらんげさんはシャエムー・グードゥさんの肌の色などお構いなしに、鎧から出てきた彼女に走り寄って頭を優しく撫で始める。
「ちょ、ちょっとバカ姉妹、その人多分本人ですわよ? 格上なんだからもう少し遠慮したほうが……… 虎の尾を踏むようなものじゃないかしら?」
「お構いなく羅虞那録様! むしろこのお姿でのご挨拶が遅れて大変申し訳ありません! あたしがシャエムー・グードゥ本人です! こっちの黒い鎧さんはオジ様といいます!」
シャエムー・グードゥさんはその後、姿を偽っていたことを簡潔に謝罪した後、姿を偽っていた理由と水神龍討伐に参加した際のことを話してくれた。
この場に集まった冒険者たちは誰一人としてシャエムー・グードゥさんの肌の色も生まれのことも差別するような発言をしなかった。
意外なことにあの羅虞那録さんですら差別的な発言をしなかったのだ。 むしろ格上だから少し気を遣っているくらいだった。
しかしそんなほっこりする現場に居合わせたからといって、のほほんとはしていられない。
「ではシャエムー・グードゥさんは、今回の動く死体事件の元凶モンスターは、あなたの能力に近い者の仕業と考えるわけですね?」
こくりと可愛らしく頷くシャエムー・グードゥさん。
「はい、セリナ様のおっしゃる通りです。 おそらくなんらかの方法で死体の魔力回路に干渉して操っているのでしょう。 能力は電気系が濃厚だと思われます。 鋼鉄兵器たちに襲われた際、全員王消寅様を狙っていたことから、おそらく指示の内容は『高い魔力を持つ生き物を襲え』だと判断できます」
心強い解説だ。
同じような能力である理由や、その指示の内容はおそらく間違っていないだろう。
ちゃんと実験したわけではないので根拠はないが、確証に近いと断言できる。 しかし問題は拠点に向けてゆっくりと進行するモンスターの大群への対処。
五千体近い中級モンスターと、複数の上級モンスター。
いくらこの場に最高峰の冒険者が集まっているからといって簡単に攻略できる相手ではない。
頭を抱えながら地図を睨む私。
「セリナさん! あたしとお姉ちゃんが本気出していいなら中級モンスターは簡単に倒せるよ! エルフさんの話だと、中級モンスターの中に地堀虫はいないんだよね? だったらなんとかできるかも!」
おらんげさんが明るい笑顔でそんなことを言い出した瞬間、場の全員の顔が凍りつくように引き攣った。
無論私も額から大粒の汗を垂らす。 だがしかし、冷静に考えれば可能かもしれない。
レミスさんの話によれば大群の中に地堀虫はいないようだし、この戦場なら自然破壊の影響も少ないだろう。
なぜならここは果ての荒野。
草木は生えておらず、どこまでもひび割れて乾いた大地が続いている。
ならばおらんげさんが本気を出すには問題ない状況なのではないだろうか。
「わかりましたおらんげさん。 あなたのおかげで一つ、策が思いつきました。 しかしあなた方二人はとても危険な目に遭うことは間違いありません。 それでも受けてくれるというのなら、あなたが本気を出すことを許可しましょう」
集まった冒険者たちは、全員が目をまん丸に開く。
「ちょっと待ちなさい! いくらなんでも危険すぎるわよ? 自然破壊をすればまた滅界級モンスターが出現する可能性を否定できないわ? それでなくてもこの前火山龍出現に肝を冷やしたというのに!」
華嘉亜天火さんはものすごい剣幕で私に待ったをかける。
「それにおらんげが本気を出せても、我々は戦場に近づけなくなるだけだ。 そうなれば五千体全てのモンスターをおらんげとあっぽれの二人で対処せねばならん。 部が悪すぎる」
ラオホークさんは腕を組み、背もたれにどっしりと体重をかけながら私を睨み付ける。
「地堀虫がいないと入ってものう、さすがに博打が過ぎるのではなかろうか?」
「何勘違いしているんですか? まだモンスターの群れとの距離は十分にあります。 それにここは草木一本生えない果ての荒野。 おらんげさんが本気で戦っても死滅する自然はないに等しいでしょう。 それにここにはフェアエルデさんもいます。 まずは私の作戦、黙って聞いてみませんか?」
私は声のトーンを下げながらまったをかけてきた冒険者たちを睨み返す。
「ふぇ? 今しれっと俺の名前出なかった?」
「し! 先輩ちょっと黙ってて!」
すっとぼけた声を上げたフェアエルデさんをくりんこんさんが肘でこずいて黙らせる。
ものすごい剣幕で睨み合う私たち。
まったをかけてきた華嘉亜天火さん、ラオホークさん、朧三日月さんはあくまで自然破壊の懸念とおらんげさんとあっぽれさんの身を心配している。
睨み合う私たちを、当人であるおらんげさんとあっぽれさんはおどおどしながら見つめていた。 すると、
「私は聞いてみたいな。 セリナちゃんの考えた作戦。 えげつないけどかなりやばいって有名でしょ?」
私へウインクしながらラオホークさんの肩にポンと手を置く紅焔さん。
すると王消寅さんも立ち上がる。
「見てみたい 博識策士な セリナさん 果ての荒野の 蹂躙劇」
またも短歌のリズムで私にウキウキとした瞳を向ける王消寅さん。
高ランクの二人が賛成してくれたことで、自然と他の冒険者も私の作戦を聞こうと椅子に座り直し始める。
すると呆れたようにため息をつきながらラオホークさんが私から目を逸らした。
「わかった。 話せ。 しかし二人に危険が集中するなら反対させてもらう」
「ラオホークさんもかなり優しい方なんですね。 けど、安心して下さい。 誰一人犠牲にさせない上に、この果ての荒野の拠点から先に、モンスターは一歩もたりとも通す気はないですから」
私は立ち上がり、地図を使いながら作戦を伝えた。
☆
五分後、作戦会議が終わった私たちは外で待つ双子とレミスさんの元に向かう。
「意外と早かったな!」「今のところ問題はないぞ!」
「けどモンスターの大群は着々と近づいてます! 距離はおよそ一キロ強ですかね? 作戦はどんな感じになったんです? 新しい作戦があったらしいですけど? あ、こんな時にごめんなさい」
モジモジしているレミスさんはさておき、なぜか三人の前に一歩踏み出す羅虞那録さん。
「喜びなさい格下共! あなたたちには、猫に小判とも言えるほどの大役を任命するのだわ!」




