〜金ランククエスト・果ての荒野での異常現象〜
〜金ランククエスト・果ての荒野での異常現象〜
積雪月になって二週間ほど経過した。 私は初めてのナンバーワン受付嬢になって、毎日忙しく働いている。
今月の順位はなぜかキャリーム先輩は三位だった。
理由を本人に聞くわけにもいかず、クルルちゃんに聞いてもなぜかわからないと言う。
まあ気にしてもしょうがないので毎日大量のクエストを捌いているのだが………
ランクアップした冒険者も多く、一日で二個分のクエストを受けてくれる冒険者も増えた。
銀ランクになったぺろぺろめろんさんたちや、元々かなり強かったぴりからさんたちなんかは常にニ〜三個同時にクエストを受けてくれている。
例えば森林エリアに行ったら鋼ランクの女王蜂三体討伐と両断蟷螂五体討伐。
帰り道の平原エリアで銅ランクの角兎十体討伐を受けるなどして工夫してくれているのだ。
それにしても私は他の受付嬢と違って高ランクの担当冒険者が少ないにも関わらず、以前よりも担当するクエストが二倍近く増えた。 その上ほぼ全部難易度が高い。
火山龍討伐の作戦考案と言う大活躍を見せた私はみんなの計らいで今月はナンバーワンになったわけなのだが、日々頭を抱えてしまうほど忙しくなってしまったのだ。
そんな中、朝のラッシュが落ち着き始めた頃、受付カウンターに突っ伏していた私にクルルちゃんが困った顔で近づいてきた。
「あの〜セリナ? 大丈夫? ものすごく忙しそうだけど?」
「見ての通りものすごく忙しいです。 高ランクの担当冒険者があと五組は欲しいですよ」
私は突っ伏したまま低いトーンで返事をする。
「ま、まあ野良冒険者はまだたくさんいるし、鉄ランクとかを育成するのも手よ? 特に第五世代はぺろぺろめろんさんたちやとーてむすっぽーんさんたち以外目立った成績がないから『ビックマウスな第五世代』なんて言われ始めているし………」
「な、なんですってぇ? その汚名はまだ返上されてなかったんですか! 第五世代冒険者たちを急いで高ランクにしなければ!」
クルルちゃんから思いもよらない情報を聞き、慌てて立ち上がる私。
「まぁそれはこの大仕事が終わってからね? ほら、ナンバーワンのあなた宛に特別クエストよ?」
クルルちゃんはなんとも豪華な材質の手紙を差し出してくる。 嫌な予感しかしない。
「これ、どこからの手紙ですか?」
「果ての荒野からのクエストよ? なんでも最近原因不明の異常現象が多発してしまっているみたい。 ナンバーワンのセリナ様に原因解明を求める手紙が来てるわ? 手紙の送り主は金ランクの朧三日月さん」
朧三日月さんか、武闘大会でぺろぺろめろんさんにフルボッコにされた人だ。 しかしその実力は、はっきり言って次元が違う。
抜刀術の達人で、高水圧の水の斬撃を放つことで間合いが測れない上に、霧を作り出して相手に幻影を見せる。
なんでもあの念力猿をたった一人で討伐してしまったことがあるとか………
ごくりと息を飲み、恐る恐る手紙を開く。
なんか、素材とかキレイすぎて破かないように開かないといけないんじゃないかとか思ってしまう。
私が手紙開封にモタモタしていると、クルルちゃんはペラペラと果ての荒野へ行くにあたっての注意点を述べ始める。
「まず、明日朝イチで果ての荒野に向かってもらうけど、道中モンスターと遭遇する可能性が高いから竜車は使っちゃダメよ? 馬車でおよそ三日、道中遭遇するモンスターはちゃんと討伐してね、討伐したら狼煙をあげ忘れないで? 近くの拠点に駐屯してる岩ランク冒険者がちゃんと回収に向かってくれるから。 まぁ回収に来るまでその場で待つ必要はないから、討伐したらすぐ出発してオッケーよ」
馬車で三日? しかもモンスターと遭遇しながら………だと?
マジでめんどくさそうだ、しかも長旅の後は果ての荒野で問題解決に取り掛からなきゃいけないとは………
「護衛は銀ランク冒険者をオススメするわ? 三人くらいいれば問題ないと思うけど、鋼ランク以上の冒険者しか連れていっちゃダメだからそこは注意してね?」
ため息をつきながらようやく手紙をキレイに開くことができた私は、内容に目を通す。
拝啓、ナンバーワン受付嬢のセリナ殿。
この度はナンバーワン就任、改めてお祝い奉りたき候。
ついてはお願いがあり、書物にて連絡させていただき候。
ここ最近、果ての荒野に謎の現象が起き奉り候。
化物共の死骸が勝手に動き出し候。
動き出した化物の死骸は微塵に切り刻まなければ動き続け候。
我々の実力なら問題は無いのですが、討伐効率が非常に悪くなり候。
早急な対応をお願い申し上げ奉り候。
———朧三日月。
………なんか色々とツッコミたいところだが、あえて一言言わせてもらう。 すげぇ達筆じゃあ、ねぇか。
そんな事より達筆すぎて読むのが大変だったが、簡単に略すと討伐したはずのモンスターが動いて襲ってくるらしい。
つまりモンスターのゾンビ化だ。
急所を貫いても動くのだから、いちいち死骸をバラバラにしなければならないらしい。
素材の買い取り単価も下がるし、時間もかかって効率が悪いから早くどうにかしてくれ。 こんな感じだろう。
なるほどこんな現象初めて聞く上にかなり厄介だ。
………なぜだろう。
正直な話かなり厄介だと思う反面、すごくワクワクしてしまってる私がいる。
もしかして私も担当冒険者たちに似て、戦闘狂になり始めているのだろうか?
☆
さて、朧三日月さんからの手紙をもらい、果ての荒野に行く事になったが護衛が必要らしい。 しかし現状、難易度の高いクエストが大量に溜まってしまっている私は銀ランク三人なんて連れていってしまえば、大量に来る高難易度クエストを捌ける人がいなくなってしまう。
せいぜい銀ランク一人までしか連れて行けないだろう。
幸い私の担当冒険者は戦闘特化のため、銀ランクでも金ランク冒険者に匹敵する戦闘力がある。 つまり連れて行くのは鋼ランクでも問題ないわけだ。
と、こんなことを思いながら受付カウンターで頬杖をついている私の目の前を、とある冒険者がチョロチョロと歩き回り始めている。
その動きは超不自然。
私の前を横切って『あぁ、暇だなぁ』と言ったと思ったら、すぐに踵を返して来て『何かいいクエストないかな〜。 護衛クエストとか得意なんだけどな〜』と、明らかに独り言です感を出しつつも、確実に私に聞こえるように言っている黒髪のエルフがいる。
———あえてスルーして他の冒険者に声をかけよう。
韻星巫流さんなんかは宝石ランクに憧れてるし連れて行くべきだ!
っと、思ったがさっきキャザリーさんとクエスト受注してどっか行っちまった! ちっくしょう!
とりあえず素直にレミスさんに声をかけるのもなんか癪なので、しばらく様子を見てみる事にする。
「今日はなんのクエスト受けようかな〜!」
コンピューターみたいに決まった通路を往復するレミスさん。
「狙撃手だし、私は目がいいから護衛任務とか! 得意なんだけどなぁ!」
鏡越しにこっそり観察していてわかったが、十二秒に一回私の方をチラチラと見ている。
すると今度は掲示板の方からも似たようなつぶやきが聞こえてくる。
「あぁ! 今日は暇だなぁ!」「多分、明日も暇だなぁ!」
おや? レミスさんの観察をしていて気づかなかったが、冒険者新聞とかが掲示されてる掲示板の前にも私をチラチラ見ている二人組がいる。
黒髪と銀髪の双子冒険者だ。
「兄! 次はなんのクエストがいい?」「護衛クエストとか! いいと思うけどなぁ!」
まさかお前らもか………
レミスさんも双子さんも一貫して『護衛クエスト』というワードを強調しながら私の方をチラチラ見ている。
観察してるとめっちゃ面白い。
笑いを堪えている私に、隣にいたメル先輩が困った顔で耳打ちしてきた。
「ねぇセリナ? レミスさんと双子君たち、多分果ての荒野への護衛クエストを受けたいんだと思うんだけど………」
「知ってますよ! あの不自然な動きが面白すぎて、いつまで続くか観察してるんです!」
私の耳打ちに対し、呆れたように目を細めるメル先輩。
「レミスさん! 双子君たち! セリナはまた意地悪してるだけだからこっちいらっしゃい!」
「ちょっ! メル先輩! せっかく面白い動きだからもう少し観察する予定だったのに………なんて事を!」
などとあたふたしていると、キラキラと顔を輝かせたレミスさんと双子さんたちが駆け寄り、カウンターから身を乗り出して来る。
「果ての荒野への護衛任務ですか! 悩み抜いた果ての公約を結ぶのですか! ………あ、なんか今のは微妙だったかな?」
「おうおう! そんなに俺たちの力が必要なら!」「仕方がないからついてってやるぜ!」
顔をずいっと近づけてくる三人から少し距離をとりながら、ポリポリと頭を掻く私。
「レミスさん、今のダジャレ………零点。 それと双子さん、メンズのツンデレは求めてないのでテイクツーお願いします」
いつも通りワイワイと騒ぎ出す私たち。
この三人は私が担当するクエストの中でも、厄介すぎてみんな受けたがらない面倒なクエストを進んで受けてくれる。
ものすごく助かるしかなり感謝しているけど、なんか意地悪すると反応が可愛いからついつい悪戯したくなる。
果ての荒野への護衛クエストもかなり面倒なはずなのに、この三人は何故か喜んで受けてくれる。
まったく、意地悪しておいてこう言うのはなんだけど、たまには優しくしてあげるべきなのだろうか?
そんな事をぼんやり考える私の横顔を、にっこりと微笑みながら見ているメル先輩がちらりと見えた。
そういえばこの三人は九尾狐討伐の時も一緒で、メル先輩ともかなり仲良くなっていた。
おそらく今のはメル先輩なりの優しさだったのだろう。
とりあえず三人に詳しい説明をするのはお昼を食べてからと言う事にして、一旦お昼休憩にした。
☆
話し合いの結果、出発は朝五時。
私は馬車の手続きを済ませ、三人には明日に備えて早めに休んで貰おうとした。 しかし三人は「今日残ってるクエスト、私たちで片付けますよ?」などと言って、無理矢理私からクエスト用紙をかっぱらって、夕方までに片付けてくれた。
私はお礼に三人に夕食をご馳走し、明日の移動中の布陣を話し合う。
こうしていい感じに作戦もまとまり、果ての荒野へ向かう日の朝を迎えた。
手配していた馬車に乗り、運転役は閻魔鴉さんと極楽鳶さんが二時間交代で担当することになった。
私はひたすら遠見の水晶で見張り、レミスさんは迎撃するまでずっと休んでもらうことにした。
なぜこんな布陣なのかと言うと、レミスさんには強力すぎる狙撃性能があるからだ。
私は平原エリア移動中に、遠見の水晶で約二キロ先にいる剣怪鳥を発見してしまった。
「レミスさん! 約二キロ先に剣怪鳥がいます!」
と一声かければ、レミスさんは馬車から顔を出して弓を引き絞り、衝撃波とともに矢を発射。
遠見の水晶で発見した剣怪鳥を見てみると、放たれた矢が見事に心臓を貫いている。
中級モンスターの討伐にかかった時間、十五秒。
次いで沼地を横断中に地面から百足武者が現れ奇襲を受ける。 しかし馬車を運転していた極楽鳶さんの青白い炎の斬撃が百足武者を両断し、上半身だけで過労時で生きている百足武者に馬車の中から飛び出した閻魔鴉さんがとどめを刺す。
中級モンスターのはずの百足武者討伐にかかった時間、一分十五秒。
なんだろう、このパーティー強すぎるんじゃないだろうか?
超遠距離狙撃ができるレミスさんがいる限り、近くにモンスターは寄って来れないし。
地中などに潜んでいるモンスターから奇襲を受けても、反射神経のいい双子が絶妙なコンビネーションで即座に討伐してしまう。 しかも双子さんたちは炎の斬撃を飛ばせるから中衛もできる。
近距離も中距離も担当できる上に運動神経もかなりいい。
上級モンスターでも出て来ない限り、何も問題ないだろうか?
そう思ったが、冷静に考えれば山間エリアにいる鋼鉄兵器など、皮膚が硬いモンスターは弱点になるだろう。 しかし今回果ての荒野へ行く通路で山間エリアは通らない。
結局何事もなく三日たち、果ての荒野を目前としたところまですらすらと進んでしまった。
モンスター討伐がスムーズすぎて、私は一日に三回とっていた休憩時間くらいしか馬車から降りていない。 こんな簡単でいいのだろうか?
そう思った時だった、遠見の水晶で進行方向を見ていた私の目にありえないものが映り込む。
「なんじゃあありゃあ! ええっと牛闘士に蜥蜴兵、それから鬼人? それぞれ複数いる上に鬼人と蜥蜴兵が協力して牛闘士と戦ってるんですが………」
私の報告に渋い顔をするレミスさん。
「さすがに複数いたら一撃で倒すのは無理だし、私の狙撃に気づかれたらこっちに来ちゃうかな? 蜥蜴兵なんかは盾持ってるし、牛闘士は結構硬いからこの人数じゃ厳しいかも………」
「セリナさん! 見える範囲でいいけど」「それぞれ数はどのくらいか分かるか?」
私は水晶版を覗き込んだまま見えた数を報告する。
「牛闘士が八体、蜥蜴兵が一八体、鬼人は………十体くらいいますね。 合計すると余裕で三十超えるし、人型モンスターの中でも最強格って言われてる牛闘士が八体って言うのは少し頭が痛くなりそうです」
牛闘士【シャンピヴァン】このモンスターは全身の皮膚が硬い上にパワーも強く、足も速い。
殺気に敏感で臨戦体制に入ると皮膚が赤くなる。 こうなった牛闘士は鉄よりも硬くなる。
その上戦闘時の駆け引きもうまく、人型モンスターの中では最強と言われている。
どうしたものかと手をこまねいたまま私は水晶版を覗いていると、一人の冒険者がその三つ巴の戦いの中に歩み寄っていく。
どこかで見たことがある冒険者だ。
「あ! あのイケメンは! もしかして凪燕さん!」
彼とは火山龍討伐戦で少し話したことがある。
宝石ランク最強と言われている冒険者、凪燕さんが余裕の表情でモンスターたちの戦場に向かっているのだ。
さすがに一人で行くのは無謀すぎる、そう思って私は馬車の中のみんなに視線を向ける。 するとなぜか頬を膨らませているレミスさんと目があった。
「セリナさん。 美しい狙撃手の私と言うものが近くにいながら、ポッと出のよくわかんない男に目移りするなんて! どう言うことですか! 浮気よ浮気! うわーきっと私、捨てられるんだわ!」
真顔で首を傾げながら私は思った。
———何言ってんだこいつ?
「おい! 意識をしっかり保て弟よ! 大丈夫だ! 大丈夫だから戻ってこい! あのいけすかない宝石ランクは黒髪、だけどお前は銀髪じゃないか! 二週間に一回ペースでサロンで染めてるじゃないか! 大丈夫だ! 大丈夫だから戻ってこぉぉぉい!」
上の空で口から魂が抜けたような顔をしている極楽鳶さんに、必死に声をかけ続ける閻魔鴉さん。
———茶番はいいから運転に集中しろ閻魔鴉さん。
と、心の中で思いながら再度戦場の様子を見ようと遠見の水晶に視線を戻そうとしたのだが、レミスさんが驚愕の声を上げる。
「は? 何あれ? あいつ今何したの?」
私はレミスさんの言葉を聞いて慌てて水晶版を覗き込んだ。
「………は? なんでもう一匹残らず討伐されているんですか」
私の目に映ったのは、特に目立った外傷がないにもかかわらず、凪燕さんの足元に突っ伏す人型モンスターたちと、私たちの馬車に向けてヘラヘラしながら手を振っている凪燕さん。
ゴクリと息を呑みながら、茶番を続ける閻魔鴉さんを引っ叩いて凪燕さんの方に馬車を走らせてもらった。




