〜銀ランククエスト・牛闘士討伐〜
〜銀ランククエスト・牛闘士討伐〜
「へいへいセリナちゃ〜ん! 明日休みっしょ〜? 今日営業終わったら飲み行こうゼェ?」
私は知っている、目の前のこいつは鋼ランクのくせに大した成績を出していないパッとしない冒険者だということを。
私は知っている、こいつはメル先輩の担当で、四〜五日に一回ペースでメル先輩をナンパしている事を。
私は知っている、こいつはメル先輩や私以外にも、可愛い冒険者に声かけまくってるチャラい男だということを!
と、いうわけで朝っぱらからナンパしてくるこいつにはこのクエストを提供してやろう。
「私ぃ〜、牛闘士みたいな強いモンスターが倒せる〜、強い冒険者がタイプなんです〜!」
可愛らしい上目遣いと、少し傾けた顔。
いわゆるぶりっ子顔でキラキラした瞳をしながらクエスト用紙を取り出すと………
「げっ、あぁ! いっけねぇ! 俺今日はメルちゃんからクエスト頼まれてるんだった〜! ごめんねセリナちゃ〜ん! また声かけるね〜!」
そんなことを言いながら私に背を向けてそそくさと離れていくモブ男。 ………塩撒いとこ!
などと思いながら塩を投げていると、私が机の上に出していたクエスト用紙に手を伸ばす冒険者がいた。
「セリナさん………」「今の話は本当か?」
「ほへ?」
聞き慣れた声がしたので、恐る恐る振り返る私。
「牛闘士を倒せば」「セリナさんと」「「デートできるのか!」」
………まずい。
キラキラした瞳で私ににじり寄ってくるのは双子の冒険者。
閻魔鴉さんと極楽鳶さんだった! ここはどうにか切り抜けないと!
こいつらならマジで牛闘士くらい普通に倒してくるだろう。
「………ナンノハナシデスカ?」
動揺して片言になってしまう私。
「俺はちゃんと聞いていたぞ!」「セリナさんは牛闘士が倒せる男が好きだと!」
「………イッテナイヨ?」
冷や汗が止まらない上に、打開策が全く見つからない。
「なるほど、そういうことか!」「………? どういうことだ兄!」
何やら閻魔鴉さんが何かに気づいたようだ。
もしかしたら意外と機転が聞く閻魔鴉さんは、さっきの言葉がナンパを回避するための建前と気づいて………
「セリナさんは緊張しているんだ」「何に緊張してるんだ兄!」
——————なかったのかよ!
「きっと俺たちが牛闘士を倒したら、一体どっちとデートに行こうか? そんなことを考えていたせいで胸がドキドキしているに違いない。 安心しろ弟、俺はお前が牛闘士と戦うのをサポートするだけだ。 お前が全力で戦えるようバックアップしよう!」
「兄! ありがとう兄! 俺が尊敬する兄は今日もカッコ良すぎるぜ!」
ちょっと待て、何ワケのわからない解釈をしているのだ兄!
「そういうことだセリナさん。 今日中に帰るから、心の準備をしていてくれ。 弟はきっとあなたを幸せにするだろう!」
「ちょ! ちょっと待った! 待てっつてんだろゴラァ!」
静止の言葉も聞かずにものすごい早さで冒険者協会を出ていく双子さんたち。 これは非常にまずい!
どうにかして奴らの思惑を阻止しなければ!
と言ってもどうしたものか、頼みの綱のレミスさんは『牛闘士は狙撃効かないから難しいわよ? あいつら私の殺気に気づいて狙撃避けるし………』と、この前言っていた。
牛闘士は臨戦体制に入ると皮膚が固くなる、つまりぬらぬらさんも厳しいだろう。 となると頼れるのはあの人しかいない!
「鬼羅姫螺星さぁァァん! へールプ!」
牛闘士を、あの双子より先に倒せるのはこの人しかいないのだ………
「なんでやんすか?」
「ぎゃあ!」
急に背後に現れた鬼羅姫螺星さんに驚いて尻餅をつく私。
「いや、自分で呼んだじゃないでやすか、そんなに驚くことないでやしょう?」
ジト目を向けてくる可愛らしい顔の少年。
この子は小人族のため、幼い容姿に低い身長。 だがしかし、わざとおっさん臭い喋り方なのだ。 ちなみに年齢は私より少し上だ………
今はそんなことどうでもいい! 事態は急を要する!
「よく来てくれました! 鬼羅姫螺星さんにしかお願いできない緊急の案件があるんです!」
私はことの経緯を鬼羅姫螺星さんに説明した。
☆
「そういうわけで、双子さんより先に牛闘士を討伐して欲しいんです! あのクエストの内容は南西の山間エリアで牛闘士三体の討伐! クエスト用紙はあの二人に持って行かれたので、討伐した証拠さえ持ってきてくれれば、なんとでも手続きできます!」
ふむふむと頷きながら静かに話を聞いている鬼羅姫螺星さん。
「報酬はあのクエスト用紙に記載されていた物プラス、私が何かお礼します! お金でもいいですし、何か欲しいものでもいいです! できる範囲のことは用意するのでお願いします!」
「別にいいでやすよ? ちなみに言っときやすが、最初にセリナさんをナンパしていたのはモブ男じゃなくて美遊亭思案って言う第二世代の冒険者でやす」
なるほど、この世界でも3Bの方程式は存在するのか。
私の世界では、美容師、バーテンダー、バンドマンの男はロクでもないやつが多いと言う有名な方程式。
あれ? なぜだろう。 なんだか自分で言ってて心が痛い。 ってそんなことはどうでもいい!
「受けてくれるんですね! どうか! どうかお願いします!」
「任せてくれでやす! 追加報酬期待していやすからね!」
私は「ドンと任せてください!」と胸を叩きながら敬礼をして鬼羅姫螺星さんを見送った。
☆
南西の山間エリア、ここは王都から馬車で二時間くらいで到着できる。 しかし双子はハイテンションのまま馬をかっ飛ばしてきたのでその半分ほどの時間で到着していた。
拠点内で小休憩をして武器を手入れしながら期待を膨らませる極楽鳶。
「なあ兄! どんなデートがいいかな!」
キラキラした瞳で兄である閻魔鴉にじっと視線を向ける極楽鳶。
そんな弟を見ながら閻魔鴉は微笑みながら武器を鞘にしまった。
「そんなことは後で考えろ! 今は牛闘士を倒すことだけに集中するんだ!」
「もちろんだぜ! 今日の俺はいつもより三倍は強いぜ!」
期待に胸を膨らませ、二人は山間エリアに足を踏み入れた。
牛闘士【シャンピヴァン】このモンスターは人型モンスターの中で最強と言われている。
身長は二〜三メーターで、バッファローのような立派な角が特徴的。 かなり筋肉質で、漆黒の毛皮に覆われた二足歩行の闘牛だ。
武器は巨大な鋼でできた斧のような物。
何より恐ろしいのは殺気に敏感で、冒険者の殺気を感じると全身の毛皮を真っ赤に染める。
この真っ赤に染まった状態だと、ヤツらの皮膚は鉄のように硬い。
その上身体能力も高く、パワーは並はずれている。
どんなに鎧で固めていたとしても一撃で骨が粉砕してしまうほどのパワーがある。 しかも動きはかなり俊敏な方だ。
中級モンスターと分類されているが、実力は上級モンスターに限りなく近い。
そんな危険なモンスターに単騎で挑もうとする極楽鳶、しかし彼の足取りは軽かった。
なんせ牛闘士を倒せば、思いを寄せているセリナとのデートが待っている。
胸が躍っている状態の極楽鳶は、メラメラと瞳を燃やしていた。
そうして牛闘士を探し歩くこと役二十分。
遠見の水晶版を覗いていた閻魔鴉が嬉しそうに口角を上げた。
「弟、いたぞ! 牛闘士だ!」
嬉しさのあまり飛び上がる極楽鳶。
「どこだ! どこにいるんだ!」
「バカ! 静かにしろ! 気づかれるだろう!」
人差し指を口元に添え、極楽鳶を落ち着かせる閻魔鴉。 しかし極楽鳶はすでに抜刀していて、少しでも目を離せば駆け出してしまいそうな勢いだ。
閻魔鴉は再度水晶版に視線を戻すが、何かに気がついて眉を歪めた。
「あ? なんだ? なんか変だぞあいつ」
急に眉を顰めた兄を見て、極楽鳶も何かを感じたのだろう。
ごくりと息を飲みながら、閻魔鴉の言葉を待っている。
すると、額から汗を垂らしながら驚愕の表情を浮かべる閻魔鴉。
「あいつ、首がない。 たったまま死んでやがる!」
首がなくなっている牛闘士に慌てて近寄っていく双子。
牛闘士の首は綺麗な太刀筋で切り裂かれている。
皮膚が赤い状態のまま討伐された牛闘士は、赤い皮膚のまま素材となるのだが皮膚が黒いまま死んでいる牛闘士は大変珍しい。
なんせ牛闘士は殺気にかなり敏感で、超遠距離攻撃でも察知して皮膚を赤くするのだ。
一度レミスが五キロ離れた地点から遠距離攻撃を試みたが、ぎりぎりで急所を回避されて追い回されたことがあったらしい。
それほど殺気に敏感のはずの牛闘士が黒い皮膚のまま殺されるなどあり得ないことなのだ。
何か異常現象が起きているとしか思えない、そう判断した閻魔鴉は冷や汗を垂らす。
「弟、ここら辺には危険モンスターがいるのかもしれない。 あの牛闘士が黒い皮膚のまま殺されるだなんてあり得ないことだ。 これ以上ここら辺を探索するのは危険かもしれない」
額に浮かんだ汗を拭いながら、ゆっくりと弟に視線を送る閻魔鴉。 しかし、極楽鳶は驚いた表情のまま、口角だけを吊り上げた。
「兄、男にはな………譲れないものがあるんだ。 たとえ命懸けだったとしても、俺はセリナさんとデートをするために、この危険な戦いに挑むんだ。 かっこいいじゃあないか! 命懸けの戦いの末、待っているのはヒロインとのデート! そそるぜこれは!」
闘志を剥き出しにする極楽鳶をじっと見つめた閻魔鴉は、目頭に涙を浮かべた。
「弟! お前はなんて男気溢れるヤツなんだ! きっとセリナさんとお前は結ばれる! お前のような男気溢れるやつは、そうそういないからな! よし! やるぞ弟よ! 牛闘士を討伐して、セリナさんと幸せなデートをするんだ!」
「お取込み中失礼しやすが、もたもたしてると残り二体も俺が討伐しちゃいやすよ?」
演劇のように二人で盛り上がっていた双子の間に、いつの間にか鬼羅姫螺星が立っていた。 しかし可愛らしい容姿とは裏腹に、彼の右手には瞳をギョッと開いたままの牛闘士の首が握られていた。
驚いて後ずさる双子。
「おいおいどう言うことだ!」「なんでお前がここにいる!」
「なんでって? 決まってるじゃないでやすか。 牛闘士をお前らより先に討伐するためでやんす!」
鬼羅姫螺星はさも当然と言いたげな表情で答えたが、その返答を聞いて青筋を浮かべる極楽鳶。
「お前! 俺のセリナ姫を奪うつもりか! そうはさせないぞ!」
「セリナ姫ってなんでやすか? もしかして俺、悪役に抜擢されてやすかね? っていうか、セリナさんはまだお前の物になってないでやんす」
呆れたようにジト目を向ける鬼羅姫螺星。 しかしぐっと拳を握りながらまたも演劇のように身振り手振り動き始める極楽鳶。
「くそ! 魔王鬼羅姫螺星! お前の好きにはさせない! 囚われてしまったセリナ姫は、俺が必ず救ってみせる!」
「おお! 弟よ! 俺はお前の幸せのために、全力で力を貸そう! 魔王鬼羅姫螺星より先に牛闘士を倒して勇者となったお前がセリナ姫を救うのだ!」
二人は絶妙なコンビネーションで演劇の真似事をしていたため、鬼羅姫螺星はため息をつきながら先に向かった。
☆
鬼羅姫螺星は風魔法で気流を操り、周囲に纏うことで自分の姿を見えずらくする。 しかし彼の強みはそんな魔法ではない。
魔力目と言われる魔力を視認できる瞳と、暗殺者として立ち周りだ。
何食わぬ顔でスタスタと歩く鬼羅姫螺星の進む先に二体目の牛闘士が現れる。
牛闘士は一瞬鬼羅姫螺星に目線を送るが、すぐに脅威はないと感じて周囲の捜索に戻る。
鬼羅姫螺星はゆっくりと、牛闘士に近づいて行く。
牛闘士は常に殺気を向けてきた者を撃退するため、殺気を感じなければ無闇に戦わないのだ。
そのため鬼羅姫螺星は何もしようとしない牛闘士の隣を普通にすれ違う。
鬼羅姫螺星が牛闘士の真横をすれ違うと同時に、牛闘士の首がポトリと落下した。
落下する牛闘士の頭をこなれた手つきでキャッチし、そのままスタスタと歩いていく鬼羅姫螺星。
鬼羅姫螺星が無類の強さを誇る秘訣は、圧倒的に高い暗殺テクニックだ。
彼はモンスターの首を刎ねる時ですら、殺気を全く放たない。
殺気だけではない、彼は戦闘時に自分の気配を一切放たないのだ。
———圧倒的な気配遮断能力。
目の前に立っているにも関わらず、霧のように存在感を感じない程気配を遮断する。
彼にとっては殺気を放たなければ襲ってこない牛闘士など、歩きながらでも討伐できるのだ。
音もなく忍び寄り、殺気も放たず首を刈り取る暗殺のスペシャリスト。
首を刈られたモンスターは、急に視野が反転して首のない自分の体を見るまでは、自分の首が刈られたことにすら気がつかない。
故に鬼羅姫螺星に討伐されたモンスターは、自分がこときれていることに気がつかないため、立ったまま息を引き取るのだ。
「さて、これで後一体でやんすか。 人型モンスター最強とか言っといて大したことないでやんすね? 殺気に気づいたら皮膚が硬くなるって噂でやすが、臨戦体制に入る前に仕留めればただの雑魚でやんす。 それにしても両断蟷螂の刃で作ったダガーは使い勝手がいいでやんすね。 でも後一体仕留めたら刃がダメになりそうでやんす。 また補充に行かないとダメでやんすね?」
そんなことを呟きながら、鬼羅姫螺星は三体目の牛闘士とすれ違った。
☆
ギョッとする冒険者協会。
なぜなら私の目の前に、物々しいものが広げられているからだ。
周りの冒険者たちは青ざめながら後ずさっている。
「証拠持ってきたでやんすよ! こう言うとき何か言うセリフありやしたっけ?」
「ん? ええ、ああ。 てきしょー討ち取った〜! っとでも言っとけばいいと思います。 って言うかこれはグロすぎですから早くしまってくださいよ! なんちゅうもんカウンターに広げてんですか!」
山間エリアから帰ってきた鬼羅姫螺星さんは平然とした顔で、牛闘士の首をぶら下げたまま帰ってきた。
三っつとも瞳を広げたままの状態で、めっちゃ怖い。 って言うか今! 私目が会ったって! まじキッショ!
「敵将、討ち取ったでやんす!」
可愛らしい顔で、牛闘士の首を掲げだす鬼羅姫螺星さん。
たまらず近くにいた女性冒険者が口を押さえてトイレにダッシュしていった。
「何してんですか! 早くしまいなさい! みんなドン引きですよ!」
「そんなこと言っても、証拠持ってこいって言ったのはセリナさんでやんす」
どうやら鬼羅姫螺星さんは、山間エリアについてからものの二〜三十分で牛闘士を討伐してしまったらしい。
今頃山間エリアで双子さんは頭を抱えているだろう。
鬼羅姫螺星さんの鮮やかな手口は、もはや牛闘士キラーだ。
けれど鬼羅姫螺星さんのおかげで面倒なことにならずにすみそうだ。
別に双子さんが嫌いというわけではない、デートというワードが恥ずかしかっただけで一緒にお出かけするだけなら別に構わないのだ。
いつもお世話になっているし、付き合いも結構長いし………
ご飯奢ったりとかするのも全然構わないのだが………
デートだデートだと周りに茶化されたりするのも面倒だし………
そもそもデートなどしたことないから勝手がわからん!
別に恥ずかしがっているわけではない!
男の子に耐性がないなんて、照れ隠しだなんてそんなわけないのだぁ!
そんなわけで、双子さんとのデートは無事に阻止できた。
後は鬼羅姫螺星さんの望みを聞いて、報酬を渡すだけだ。
「鬼羅姫螺星さん! 何はともあれ助かりました! 報酬はどうします?」
「双子たちはセリナさんとデートするためにこいつを狩りに行ったんでやすよね?」
急に鬼羅姫螺星さんがそんなことを確認してくる、最初に説明したはずなのだが一体どうしたのだろうか?
「ってことは、こいつを狩った俺にもセリナさんとデートする権利があるってことでやすよね?」
「………ほへ?」
コノヒトハ、イッタイナニヲイッテイルノダロウ?
「しかもセリナさんはこいつを狩りに行く前に、『できる範囲のことはする』って言ってやしたね? だったら追加報酬は決まってるでやんすよね?」
石化する私、ニヤリと悪そうな笑みを作る鬼羅姫螺星さん。
——————鬼羅姫螺星! お前もか!
可愛い顔してなんちゅうことを考えているんだ!
あ、でも身長と見た目で忘れがちだけど、この人も一応年上か。
ああまずい、なんも言えね〜。
なすすべがなくなった私は、クルルちゃんに助けを求めたのだった。