第35話 虎視眈眈
「ふう~終わったぁ~。疲れた~」
宿に戻って、ソファに倒れ込む。
「精神的に疲れますねぇ」
「確かに気分的には疲れるわ」
「まぁな。じゃが、これで少しは貴族とのやり取りの勉強になったじゃろ」
「…超面倒臭いってのと、関わりたくないって事が良く分かったよ」
セリスの言葉に正直に答えた。時間と労力、それに精神的な物。全部が面倒極まりなかった。体面的な余裕だとか、言葉の応酬、何もかもが回りくどくてややこしい。触らぬ神に祟りなしとはよく言った物だと実感した。
「確かに面倒なのは分かるがの。関わり合いは、否が応でもお構いなしに
やってくるものじゃ。お主は特にな」
セリスの言葉にげんなりする。
否が応でも関わり合いか…強制イベントって嫌いだったなぁ、オープンワールドで、一人ロールプレイが良かったな。おかげでMMOでボッチだったけど…。
「でもこれでやっと、出発できますね」
キャロルが明るく言ってくる。
「そうね、この事で足止めになって居たんだもの」
「うむ、ぶっ飛ばしてストレス発散じゃ!!」
「だめですよぉ! もう怖いのは嫌ですぅ!」
セリスの発言にキャロが反応し、騒ぎ出すとシェリーが怖い笑みを見せる。
「大丈夫よキャロ。無茶や無謀はしないから、慣れれば案外大丈夫」
「シェリーまで何言ってるのお! もうやだこのスピード狂たちぃ!」
はぁ…移動は移動で頭痛の種が…あ!
「今回からもう一人増えるんだからね、ホントに無茶はダメだよ」
「そうですよ! マルクスさんも同乗するんですから、安全運転厳守です!」
「アレは男じゃろう」
「騎士団なら大丈夫です」
「慣れさせてしまえばよいのじゃ!」
などと、セリスたちは聞く耳持たずにワイワイ盛り上がり、キャロは半べそかきながら抗議していた。
──はぁ~~。俺の自由な異世界ライフは、何時になったらできるんだろう…。
********************************
「貴族院への届け出は、この書類を提出願います」
「…うむ」
「聖教会の門戸は何時でも開かれております。ですが貴族様の蟄居の場合、女性はシスターとして。男児は神父見習いとしての修練に入っていただきます。故に一切の面会を禁じ、贈り物もお受けできません。文のみは年に三度検閲の上、やり取りが出来ます。これは教会と国で取り決めた正式な条約です。…ご心配は無用です。お二人が正式なシスター、神父となれば、晴れて自由になられます。そうなれば、御目文字叶う事となりましょう」
セリス様達が去った後、聖教会の神父と打ち合わせを行った。
我がメスタ家は断絶と言う憂き目になる事は無くなった。
それもすべてはセリス様の思し召し。なれば、必ず遂行せねばならん。
嫡男の廃嫡と蟄居。正妻に次男の居ない我が家にとって、没落に近い痛手には変わらない。しかし、息子を失う事はしなくて済んだ。
そして、妻の同時蟄居。確実に折れる妻の心を慮っての配慮と分かる。セリス様には本当に感謝しかない。
庶子の受け入れと後継者への指名。これほどの醜聞はないであろう。妾を正妻にする事が出来ない以上、形式上でも妻を探さなければならん。
確実に下がる家格。男爵家の出戻り位しか見つからないかもしれん。
だがやらねばならん。セリス様にあそこまで言わせてしまったのだ!
かの御方達が帰る際、メイド達が微笑んでいた。此処まで優しい断罪など、経験したことはないのだから。アレフも泣いて喜んでくれた。平凡だった儂に黙ってずっと付いて来てくれた。
国のために働け…必ずや、やり遂げて見せましょう。
「…委細承知した。妻と息子を頼む。今生の別れとなるやも知れないが、
それこそ天の思し召し。せめて健やかに幸せな余生を望むのみ。アレフ、
貴族院への手配、速やかに頼む」
「…畏まりました」
◇ ◇ ◇
「何故だ! 何故我が教会等に帰依せねばならんのだ! 我は貴き者ぞ!」
”バシン!”
「グワァ!」
「お黙りなさい! 本来ならば其方は今頃、首だけとなって晒されていたのです! それを、セリス様の慈悲で生かされていることを、理解なさい!」
「な、は…母上までその様な事を…今までぶった事など無かったのに」
「ええ、そうです。それが過ちだったのです。お前と旦那様が逝った後、私も自決するつもりでした。ですがあの御方が目を覚まさせてくれました。これから私達はもうこの家に戻る事は有りません。清貧にして、慎ましく。神の御許で修練するのです」
ミルラ夫人とデルネス君は、二人一緒に軟禁されていた。裁可が下り、
家主が受け入れた以上、その瞬間から彼らはもうこの家の者としては扱えない。
デルネスは憤懣やるかたないと叫び、喚き散らす。それを夫人が平手を打って叱り飛ばす。何度もそれを繰り返していた。
彼女は感謝していた。ずっと甘やかしてしまった後悔を、やっとやり直せると。自身で教育する事は出来ないが、それでも息子は生き残ったのだ。
ふと思い返せば自身もずっと、分かっていなかった。貴族に産まれ、何不自由なく過保護に育ち、世間など知らぬまま結婚した。男児に恵まれず初めてそこで、悔しい思いをしたのだった。妾に先を越されてしまった。
やっとの思いで出来た我が息子。溺愛するのは当然だった。…その結果が今だ。
貴族の結婚に愛などないと思っていた。実際子爵と出会った当時は、何とも平凡でつまらない人だと思っていたのだ。
だけど…気づけば彼を愛していた。彼の後を追う覚悟まで、当たり前の様に出来るほどに。
自嘲の笑みがつい零れる。
「今更、思い知るなんてね…どうか息災でお過ごしください、旦那様…」
頬が腫れ、ギャアギャア騒ぐ我が愚息を横目に夫人は小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
「…では、今日から私がお傍に付きます。末永くよろしくお願いします」
ハンクはそう言って、庶子であった妾の長男に傅く。
結局、俺はどうあがいても侍従かぁ。まぁ、あのバカよりはましだと願おう。
「あ、あの宜しくお願いします」
「…ミハイル様、私にその様な言葉は不要です。これから貴方様は、貴族の跡取りとして正々堂々と胸をお張りください。御母堂は既に屋敷の離れに居を構えられました。第二夫人故、正妻様にはなれませんが、ご家族も貴方様同様この家の者になられたのです。これから貴族としての礼儀作法など多々覚える事は、山積ですが立派にお勤めいただきます事、お願い申し上げます」
「はぁ…頑張ります…」
う~ん、何とも気弱な後継者だなぁ。ここは一発女遊びでもさせておくか。
「ミハイル様、早速ですがこれ──」
ダメ人間製造機は、そう言って早速彼を懐柔し始める。
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「フム。セリス様はその様に決着なされたのだな」
「は! 無駄な殺生なき見事な采配でした」
「…なるほど。で、あの家に監視は」
「つつがなく。既にメイドと侍従として五人」
「それは重畳。後はゴミの掃除を任せるぞ」
「は! そちらに関しても既に何人か監視を付けておりますので」
「宜しい、エリクス様には我から文を飛ばしておく。其方らは任の続行を頼む」
「御意! ではこれにて」
宿の従業員はそう言って、部屋を出て行く。
「今回の貴族は違ったようだな…さてカデクスはどうなる事か」
窓から通りを眺めつつ、マルクスは独り言ちる。
********************************
「ええ、ですから! マスターが行方不明なんです! はい! え? 受付嬢? …テレジアって誰です? ギルドにそんな人いませんよ」
魔導通信機を使い、本部に連絡をしている通信部。
衛兵詰所からの問い合わせを確認しようと、ギルドマスターを探したが、見つからず、結局今日まで全く音沙汰がない。家はもぬけの殻で、ひと月以上は帰った痕跡が無かった。
不審に思い本部に問い合わせてみたが、テレジア嬢から出張届が来たと言う。
そんな人間は知らないと聞き返すと、受付嬢のチーフだろ? と逆に聞かれる始末。全く意味が分からない。エリシア村のギルマスもまだ見つかっていないのに、今度はここもそうなのかと思って彼は、うすら寒い感覚になる。
「あ、あのこれって何か関連が有るんじゃないですよね? エリシアのマスターもまだ見つかってないんでしょう?」
『関連? 何を言っているんだ? お前んところのギルマスは出張しているんだろうが?』
「いえ! ですから! そんな話は──」
『ん? なんだ? おい、聴こえないぞ?』
「あぁ、すみません! 思い出しました! そうでしたそうでした。出張届出てました」
『…はぁ? 何だ急に』
「アハハ! いえ、衛兵さんにせっつかれちゃって、ちょっと焦ってたみたいです。どうもすみませんでした」
『はぁ~~。じゃあ、良いんだな』
「はい! こちらは問題ありません! 定時連絡これにて終了です」
『…了解だ。』
魔石を外し、通信機を切る。
「ふぅ~。いきなりメンドクセェなぁもう。あミカエラ、これ喰う?」
”バキッ、メシャ、ゴリュッ…” ”ゴクン”
「…なんか、骨ばって食べにくいねぇ…味はまぁまぁだけど」
「なんだよもう喰ってやがる…。まぁいいや、さてと仕事をしますかね」
「はぁ~~だるいなぁ、そう考えたらお腹空いてきちゃったよ」
「……今、喰ったじゃん。少しは我慢してくれよ、じゃねえとまた面倒くせえから」
「はいはい。で、アタシがテレジアで、アンタがマーカス?」
「そうらしいぜ? さてさて何人女が居ますかねぇ」
──…二人はそう言いながら通信室のドアを閉める。
これにて三章は終了です。
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