第34話 謝罪と断罪ー②
ソファで寛ぎ、お茶を飲んでいるとふと考える。
俺は正式に公の場で謝罪を受けた経験はない。そもそもこの世界での謝罪とはどんな事をするのかも知らない。現代の地球ではよく謝罪会見とかをテレビなどで見ていた覚えはある。通り一辺倒な質疑応答と、ただ頭を下げての書類の棒読み…冷めた目でしか見てられなかった。
──俺の場合はどうだっただろう……。
得意先のオフィスで土下座。口にしたのは『申し訳ございません』と『お怒りごもっともです』ばかりだった……。
今思えば俺も口先だけだった。心からの謝罪なんて考えた事なかったな。
「ねぇセリス。この世界での貴族の謝罪ってどんな感じなの? 家人総出で頭を下げて、許しを請うとかそんな感じ?」
つい、軽い気持ちで聞いてみた。
「…お前の世界はそんな程度で許すのか?」
セリスの声は冷たかった。
「…この世界では言葉での謝罪は友人や仲間内だけだ。正式な謝罪はそんな間柄であっても言葉だけでは済まされない。必ず断罪をされねばならん」
「だ、断罪って…」
「ノートさん、謝罪を行うとは犯した罪の責を取るという事です。当然犯した罪の大小により、断罪も内容が変わります。ですが、それでも断罪は行わなければならないのです」
キャロルが真面目な顔で言ってくる。
「…ある意味では見せしめとも取れるでしょうね。だからこそ、誰もが悪い事はしてはいけないと身をもって知るのよ」
シェリーが続けて付け加えて来た。
そこでふと思いつく。それっていうなれば裁判じゃね?
「それは、国が捕まえた罪人に行う事だ、一般的には普及していない」
「そうなんだ…え? じゃあもしかして、断罪で死刑とかも有るって事?」
「…あるな。大抵その場合は決闘になるが」
ああ、そうかと思い付く。この世界は中世風なんだ。魔術が進歩したために所謂、化学が中途半端に進んでしまった。同じ様に倫理感もそうなったんだ。
この世界で死は近い。魔獣が存在し、モンスターまでいる世界。自己管理が出来るから、自己責任も強要されているんだ。
生きる為に殺す事が正義だった時代…罪に対して罰が大きかった時代。
それは俺だけが感じる違和感だ。この世界では当たり前なんだから。
それに俺だってもう人殺しをした。罪の呵責もなく平然と。
守るために、攻めた。現代人には無い感情論。
──…そんな思考の波に気持ちの整理がつかないままに、準備が出来たと声がした。
◇ ◇ ◇
メイドさんに連れられて、奥庭側へとやって来た。
芝生の広間に椅子やテーブルが設けられ、俺達はそこへ案内される。
対面側には椅子だけが並び、俺達との中間地点には中央部がへこんだ木組みがあり、傍には覆面の男が一人と、神父さんのような人が立って居る。
その横には麻袋を被せられた男が一人、手足を拘束されて座らされていた。口に何かを詰められているようで、喚いているがもごもごとしか聞こえない。
「セリス、これってどういう状況なんだ?」
「チッ…つまらん事を考えおって」
「…もしかして…斬首か?」
俺の言葉にセリスはこちらを見ずに答える。
「…多分、バカ息子じゃろう。あれの首を持って謝罪とし、他の罪は自分たちで受けるとでも言うつもりなんじゃろう。愚かな奴じゃ」
「え? まじで! そんな──」
「黙っておれ! そんなもの儂だって御免じゃ」
俺達が全員座り、話が止まったのを見計らって子爵が前へと進み出てくる。
「改めて本日は当家にお越しいただき感謝を。先ずは我が家人の紹介をさせて頂きます」
メスタ子爵がそう口上を述べると、椅子に座っていた人が一人ずつ立ち上がる。
「先ずは細君である、メスタ・ミリアに御座います」
「皆さま初めまして、ミリアと申します」
そう言ってカーテシーを行い席に戻る。
「続きまして……」
そこから、長女、次女。第二婦人(妾だが、公の場ではそう呼ぶらしい)庶子の長男、次男と合計六人が順次紹介された。
「…そして最後に、今回の問題を起こしました我が嫡男、メスタ・デルネスに御座います」
子爵がそう言うと、仮面の男が麻袋を無造作に取り払う。
「ムガー! ムグムグガ! ムゴー!」
涙をぼろぼろ流した目は血走り、鼻水やら涎でぐちゃぐちゃになった顔を赤らめさせて、何かを喚き散らしている。身体は小刻みに震え、ガチャガチャと拘束具が鳴り、ズボンは既に濡れていた。
そんな光景を見ながら、視界の端が揺れるのが分かった。
ミリア婦人だ。顔は真っすぐにこちらを見て、穏やかに微笑んでいる。
だが座っているせいで、膝が抑えられない程震えていた。子供たちは表情を失くし真っ白な顔になって居る。
第二婦人に至っては、表情を変えずに涙だけが零れていた。
「…ンンッ、ン。失礼。全ては私の不徳の致すところに御座います。我が家に産まれた正妻の嫡男。甘やかしてしまった故の因果応報。今回の責はこの者と私の首を持って謝罪と致したく存じます。出来ますれば、この後、妻や家人を処断なき様、伏して──」
「ならん!!」
立ち上がったセリスが口上の最後の部分をぶった切る。その声に皆が固まる。
「そ、それでは、どうすれば…」
「まず死を許さん! 貴様と息子はそれで逃げるつもりか! 我の始祖を忘れたか! 我がどんな種族か忘れたか! 我等、精霊種は真の意味での死は無いのだぞ! 肉が腐り、身体を捨てても、命は消えず、果ては世界の一部となるモノなのだ。その様な我に対して、死んで詫びるなど言語道断! 生きろ! 生きて贖え!」
そんな話をされ、二の句が継げない子爵たち。
想像なんて付かない事だ。
永遠の命なんて。
そんな人にどうやって生きて謝罪をすればいいのか。
子爵が俯き答えずにいると、セリスが再び話し始める。今度は穏やかな声で。
「子爵よ。思いつかぬなら、儂が言い渡してやろう。メスタ・デルネスは廃嫡とし、第二婦人の長男を後継者とする。デルネスとミリア婦人は蟄居とし、教会預かりとせよ。……メスタ子爵よ、主はこれより死ぬより辛い人生となろう。だが生きよ。…生きてこの家を存続させてみよ。これが儂からの断罪じゃ」
メスタ子爵たちはポカンとしたまま、デルネスさえも呆けている。
そりゃそうだろう、一家断絶の危機だったのだ、それが丸々無くなった。ポカンとしても仕方がない。
「「「異議なし!」」」
俺達三人も同時に言って席を立つ。
「有難うございますゥゥウ! わぁあああ!」
そう言って泣き崩れたのはミリア婦人、直後堰を切ったように家人が声を上げて泣き叫びだす。
「そこの神父よ、貴様は教会の者だな」
「はい。この町の聖教会の者です、セリス様」
「今の沙汰、聞いていたな」
「はい」
「デルネスと夫人の事、よしなに頼む」
「…セリス様…感謝を、心よりの感謝を申し上げます」
地面に顔をこすりつけ、涙声で子爵が言う。
「ふん。貴様も貴族なら、国のために働け。このような事が起こらぬ様、精進せよ」
「…肝に銘じます」
「良し、我等はこれで帰る。馬車の準備をせよ」
セリスがそう言うと、メイドさん達がまた一斉に動き出す。しかしその顔は皆笑顔だった。
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