第32話 二転三転
結局、衛兵隊長が何を聞いても彼はそんな事は覚えていないと言い、俺達の嫌疑自体が消えたので、その場で釈放となった。黒ずくめの男達については、攫い屋の一味として処理されて検死に廻されるらしい。
一人は消し炭だったし、もう一人は半身が無かったが。
「あの、ノート様」
家令のアレフさんが声を掛けて来たので何かと聞き返してみると、明日の事だと言って来る。息子がこんな目に遭ったので日にちをずらせとかそんな事を言ってくるかと思っていたら、迎えの時間を伝えて来た。
「明日は午後にお迎えに上がりたいのですが、宜しいでしょうか」
「え? 大丈夫なんですか、息子さんが大変なのに」
彼は一瞬顔を顰めるが、直ぐに問題ないと言って来る。
「元はデルネス様、ひいては我が家の失態。そちら様にご迷惑をお掛けしません。こちらは何の問題もありません」
「…そうですか、分かりました。その時間にお待ちしています」
「ありがとうございます。此度の件、今は主に代わりまして感謝を」
「はい…では明日」
アレフさん達とはそこで別れ、隊長室で衛兵隊長たちと話してから詰所を後にする。
「マルクスさんはこれからどうします? 俺達は宿で手紙を読もうと思いますが」
「我も同じ宿だ。明日の事も有ろうから、二~三日は問題ない。決まったらメイドに伝えてくれればよい」
そうして、宿には遅い時間に戻る事となった。
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「フム。テレジア達も死んでしまったか。なかなか上手くは行かないものだな。ついでに貴族も潰したかったが、ままならないモノだ」
「あぁ、テレジア…もうそのナイスバディを拝めないとは、哀しい事だなぁ」
「…ゲールもトリスも笑いながら言ってちゃ、全く説得力がないんだが」
「ところで貴女は、何時まで食べているのだ、ミカエラ」
「ハン…ミカエラねぇ。アタシの名はベルゼブブってのが本名なんだがね」
「あぁん? それなら俺はアスモデウスだぜ? なぁルシフェル」
「………捨てた名を囀るな。貴様らもマモンの様になりたいのか」
瞬間的に膨大で濃密な瘴気と魔力が辺りを包み込む。
「…チッ、分かったよ、そんな事ぐらいで怒るなよ。ミカエラ、テメエがそもそも変な事を言うからだぞ、めんどくせぇ」
「はいはい、御免なさいね。はぁ謝ったからお腹がすいちゃった」
「今食ってたじゃねぇか。お前はまた…そう言えば、ベイルズはどこ行った?」
「さあ? アイツの事だから、どこかその辺で寝てるんじゃない?」
「ベイルズなら、帝国に行かせた。次の仕込みに」
「ほう、ところで俺達は何時動くんだ? お前は器を失くしたんだろ? 次のはまだ時間が掛かるだろうから、順番的には俺だよな」
「…そうなるな。何とも脆い物だった。次はまともな物が良い」
「アタシはお腹いっぱいになるなら、何でもいいかなぁ」
「…だからといって、そんなに魔獣を食べ散らかすな」
ゲールがそう言って見つめる彼女のテーブルの上には、生きた魔獣たちが食いちぎられ、血の海にもがきながら蠢いていた。
「…仕方ないじゃない、お腹がすくんだもの。モンスター達は、瘴気だけだったし。……あ、人間ならまた違う味がするのかな」
「さぁ? 食べた事は無いからな。血は少し甘かったが」
「あぁいやだいやだ。喰うなら精気でしょうに。色に溺れ、正気を失うまで肉の欲に塗れさせて、ゆっくりじっくり…ああ! 快楽だ!!」
──何処とも知れぬ、邸宅の中で狂った話は続いていった。
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「キーンとテレジアは失敗したそうです。実行部隊は壊滅、死体は端役の二人のみ発見、それ以外は見つからなかった模様。その際誘拐した貴族も、発見されたようです」
「それでは、すべて失敗ではないか!!」
黒壇で作られた大きな執務机を握りしめた拳で叩き付け、報告してきた者を睨みつける。
睨まれた報告者は、意も介さずに話を続ける。
「そうなりますね。…ただ、実行部隊のゲールに関しては死んでいないでしょう。奴のスキルで、本人が死ぬ事は絶対ないでしょうから」
「ヌグッ…それはそうかもだが、これでは無駄に消耗しただけではないか! 幾ら予備役が居ると言ってもこの様な醜態では、こちらとて考えなければならんぞ!」
「…ふむ、ならばこちらもその前提で商売を致しましょう。この国には建前上、全国家が集まっています。つまり我等の情報は値千金となる事でしょうから」
「な…貴様、このギルドを脅すつもりか?!」
「まさか。そんな面倒な事しませんよ。…脅すより潰す方が簡単ですから」
そう言って、報告者の目が怪しく光る。
「クッ…もういい! 次の策に掛かってくれ! 儂は報告会に行かねばならん」
「……そうですか、分かりました、ではこれで」
そのまま振り返り、何もなかったような素振りで部屋を出て行く報告者。
「クソ! このままでは国のバランスが持たんと言うのに…なぜあの様な者たちを」
ドカリと執務椅子に座り込み、深いため息とともにそう呟く。
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「…【世界】とはなに…か?…」
イリスはシステムから届いたメールに困惑していた。緊急と書かれたそれを、直ぐに開いてみたものの、『ノートが世界とは何かと聞いている』しか書かれていない。
何かの暗喩なのかと考えてみたが、彼らとそんな話しはしていない。真意を確かめる為に直接システムに連絡したが、折り返すとの事で待つしかなかった。だから周りの神にも聞いてみた。
「エギルは何の事か分かりますか?」
「フム…イリステリアの事ではないと思う。でなければ、その様な抽象的な質問にはならんだろうからな。あ奴や、ましてシステムならば、具体的に聞いて来るはずだ」
言われてもっともだと納得する。何しろシステムはこの世界の事を収集し続けているのだ。
そんな膨大なデータを持つ者が今更この世界の事など聞く理由がない。
だとすればこの言葉はやはり、何かの暗喩か違った呼称の事なのか?
「まだ、システムからの折り返しは無いのか?」
黙考していたイリスに、エリオスが話しかけてくる。
「え、えぇ、まだ、へんじ──」
《遅くなりました。詳細をご説明します》
イリスの言葉を遮って、シスの半ば機械的な声が突然話しかけてくる。
「…と、突然ですね、メールではなかったのですか?」
《それについては陳謝を。内容が少し複雑な為、メールよりも口頭の方が良いと判断しました。その為にメモリ確保と状況確保に時間が掛かってしまったのです》
「そうですか。それで、この世界と言うワードは何かの暗喩でしょうか?」
《いえ、そう言う訳では有りません。それは──》
そこから聞いたシスの説明で、神達は一様に驚愕した。
襲撃者を撃退した所、肉体を半壊したにもかかわらず平然としていた存在。
その者が自分たちと同等の力を有していた事。そして聞かされた世界と言う存在。奴らはその末端だと言い、私達を無知蒙昧だとも罵った。最も驚いたのは、奴らが私達と神の繋がりを知っていた事。勇者の力を行使できることが分かっていた事。
──…そのような存在を貴方達神は知っているのか。
システムは最後にそう言って聞いて来る。
イリス達は愕然とし、皆で顔を見合わせた。勿論だれにも分からなかった。
ノートの様な特異点を持った規格外の人間など、世界のどこにも存在しない。
彼と同等の力や能力がある? そんな人間は知らない。
体の半分を失っても平然としていた? そんな人間造って居ない。
《その様なスキルは無いのですか?》
システムに聞かれエギルを見るが、彼は即座に否定する。
「その様なスキルはない。痛覚が鈍化するスキルは有るが、肉体が半分も無くなれば、まず魔素が放出されスキルの維持が出来なくなる。一瞬で魔素が無くなり術は消滅する」
《では、別の身体に乗り移るようなスキルは?》
「ム? どういう意味だ?」
《その男は最期にこう言ったのです。肉の器は脆いと》
「肉の器?」
《はい。まるでその体は借り物の様な、そんな物言いでした。現在その死体は異界庫にて保管しています》
「…おい、それじゃあ、あれか? 人間の体をゴーレムの様に使って、憑依でもしたって言いてえのか?」
それまで黙って聞いていたノードが初めて口を開いた。
《可能性の一つです。私と言う実例がある以上検証の余地はあるかと》
「テメエは人間じゃないだろうが! 人間には魂魄が存在する、その肉体に魂魄が無ければ、魔素を吸収できない。つまり生命を維持できないんだ!」
ノードが何故か激高してシステムに怒鳴りつける。
「落ち着けノード。確かに人間とシステムは根本が違う。だが言っている事には一考の余地は有る」
システムに詰め寄るノードを、エリオスがそう言って抑える。
「それで、その体はもう調べたのか?」
《いえ、まだです。現状マスター達は別件で話し合い中ですので》
「そうか。イリスよ、どうなのだそ奴らの事何か分かるか?」
「…いえ、今のところ皆目見当がつきません。大神のデータバンクのアクセス権は持っていませんから、私の顕現以前の話しとなるかもしれないとなると…」
《そうですか。現状では何もわからないという事が判明したという事ですね》
「…遺憾ながら、そうなります」
《分かりました。マスターにはそう報告しておきます。何か分かった場合は連絡を》
──…それだけ言って、システムとの交信は切れた。
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