第27話 捕らぬ狸の皮算用②
「ハンク! どうなっているんだ! 何故まだ連絡が来ない!?」
「デルネス様、依頼を出したのは数日前です。準備も含めて時間は必要かと思います故、今しばらく待ちましょう」
メスタ子爵家の侍従見習いハンクは、そう言って息子デルネスの機嫌を取りなしていた。彼の癇癪にはもう慣れた。貴族様の嫡男として何不自由なく育ったせいで我が儘放題、待ったり我慢が全く出来ない。自分が間違っているとは微塵も考えない、堪え性など全くない。
本当は嫌で嫌で堪らなかった。しかし、実家がこの子爵の従者の家系。
幼少の時から彼の従者として生きて来た。今更どうにもならない。唯一の救いは、コイツがバカだった事だ。逆に自分はコイツのせいで色々させられたお蔭で、頭の回転は良くなった。だからコイツを使って自分も美味しい目には合う事が出来たと思う。
だが、今回の件はダメだろう。侍従長に聞いた所に寄れば、この馬鹿は良くて廃嫡、最悪は処断らしい。どうやら向こうは唯の冒険者ではなかった様子だ、なにやら高位の者が仲間らしい。
命令されて暗殺者を探しては見たが、何とか見つけた男はスラムの掃除屋。今頃は、返り討ちに遭っているか、最悪は持ち逃げでもしているかもな。
そんな考えが、頭の中で延々と廻って居たが、口には絶対出さなかった。
「デルネス様、ここはどっしりと構えておきましょう。貴き者は、余裕が
肝要。どうでしょう街に出て気分を晴らしてみるのも一興かと」
「グぬ…うむ、そうだな。我も丁度考えていたところだ。出掛けるぞ。支度をせい」
畏まりました。と返事をして部屋を出る。
「は~。やはり、バカは扱いやすい」
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「何だよ、結局宿に戻るのか。慌てて損したじゃねぇか」
グリスナーはボヤキながらも、尾行を続けていた。ギルド会館に入って長居をされたらどうしようとも考えたが、小一時間ほどで出てきたのだ。そして何をするでもなく、宿へと戻って行く一行。
「…あの二人、宿に戻って居たら金を巻き上げてやる。すぐ仕事も終わるってのに、バカな事しやがって」
彼らの後を付けながら戻らなかった二人の男達を思い出し、苛つきを隠せず、地面の小石に鬱憤をぶつけていた。
「残念ながら、あの二人はお亡くなりになりましたよ」
「うを!…またかよ。毎度わかんねぇとこ…え? 今何て?」
相変わらず突然声を掛けられて文句を言おうとしたが、言われた事葉に聞き返す。
「貴方のお連れさん達は、死んだと言いました」
「な、ど、どうして?」
「どうも、彼女達を襲ったようですね。倉庫街の一角で彼女達と揉めている声が聞こえたんです。慌ててそちらに向かったんですが返り討ちにされた様でね。私が見つけた時にはもう……衛兵に連れていかれる所でした」
そう言って俯き、首をゆっくりと左右に振るゲール。勿論途中からすべて嘘だ。彼女らが去った後、二人を処理して『袋』に回収したのだ。生かしていても面倒くさいと思ったから。
──スラムの人間が消えた所で、誰も気には留めないのだから。
「……襲った?…あの二人が」
そんな馬鹿な事するわけない! とは即座に否定できなかった。アイツらが尾行したのはエルフと犬女、…しかも美人だ。それが人気のない倉庫街に何の警戒もせずに入って行ったのだとすれば…。
気持ちとして分からなくはない。…だが痩せた男は臆病者だったし、もう一人にしたって並みのスラムの住人だ。普通の人にすら腕力で勝てるわけがない。それが分かっている筈なのに何でそんな無謀を? …何か武器の様な物でも手に入れたのか? それとも誰かに…。
「大丈夫ですか、グリスナーさん」
肩を揺すられ、急に聞こえた声で我に返る。
「え?! …あ、あぁ。流石に急に死んだと言われて、動揺しちまった」
「えぇ、そうでしょう。友ではなくとも仕事仲間を殺されたのですから。お察しします」
事務的に話すゲールの言葉に、何故か気持ちがささくれだった。
別にアイツらが死んだところで、俺自身に何かがある訳じゃない。元々接点だって殆どない。
──…スラムで見かける顔見知り程度、そんな認識だった。
ゲールとの事でこんな仕事になったから、急遽集めた人間だった。
この町から抜け出すために。屑な自分を変えるために。
──これはそのための最後の汚れ仕事なんだ。
「それで、どうします?」
ゲールが急に聞いて来る。
「え、何を?」
「監視の仕事です。あなた一人では到底無理でしょう。時間的にはまだありますが、今回の事は不測の事態です。現時点を持って終了しても構いません」
「──……そうだな…悪いがそうさせてくれると有り難い。この時間なら、町を出るのも何とか出来そうだし」
「分かりました。では契約は此処までとしましょう。お仕事お疲れさまでした」
そう言ってゲールはグリスナーの肩をぽんと叩くと、そのまま彼らを追って歩き出していった。
「……これで良い。この町とはおさらばだ。【コピアス】【ロット】テメェらは運が無かったんだよ。俺はこれからも生き抜いてやるさ」
ガリガリに痩せた臆病者のコピアス。
陰気な中肉中背の男の名はロット。
二人の名前を呟いて、グリスナーは一人で歩き出す。
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──あぁ、体中が痛い…顔も相当殴られた。何かの袋を被せられ、周りを確認する事も出来ない。身体は何かで縛られ身じろぎ出来ない。
ここは一体どこなんだ? ハンクは何処だ?!
「ムガー! フグォー! グ、ギャベ…──!」
”ドガッ”
「うるせー! 黙ってろ!」
うぅ、何なんだ一体…店で楽しく飲んでいたのに…個室に突然黒装束がなだれ込んで来たと思ったら、殴られ意識を失った。気づけば猿轡を嵌められ拘束されて、目隠しまで。誘拐されたことは分かるがこんなに乱暴して、身代金を受け取った後解放する気はあるのか?
メスタ・デルネスは困惑していた。ハンクと共に行きつけの娼館の個室で飲んでいた時だった。目当ての女が来るのが遅いと喚いたら、ウエイター達が呼びに行くと部屋を出た途端に、黒ずくめの男達に攫われたのだ。そこにはハンクも一緒だった、だから奴も一緒に連れて来られているはず。
そして、デルネスは痛みと疲労でまた気を失った。
◇ ◇ ◇
「あ、アンタ達は一体なんだ? 誘拐したなら目的を話せ! 俺を生かして返せ! じゃないと、身代金は貰えないぞ」
ハンクは別室で黒ずくめ達に囲まれていた。縄で手足を拘束されてはいたが目隠しはされず、口も塞がれていなかった。
「あぁ、勘違いするな。…俺達は只の攫い屋だ。仕事はここにお前らを連れて来る事。そして、その仕事はもう済んだ。依頼人はもう来る。話はそっちにしてくれ」
その言葉を聞いたハンクは絶句する。【攫い屋】だと! こいつ等は闇奴隷商人の子飼いだ。じゃあ依頼者は闇奴隷商人!? 何故だ!? 嫌だ! 奴隷だけは嫌だ!
「ま、待ってくれ! 奴隷だけは嫌だ! 頼む! なぁ! おい!」
「奴隷? 私達はそんな事しませんよ」
攫い屋はそう言いながら縋ってくるハンクを無視し、扉の向こうへ消えていく。そして入れ替わる様に、外套を羽織りフードを目深に被った者が現れる。
「え? じゃ、じゃあ何で俺達を攫ったんだ?」
「そうですね。今からちゃんとお話しますよ、安心してください」
──そう言って彼の傍に近づいて行く。フードから目だけを光らせて。
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《監視が切れました》
「は? 切れたってどうゆう事?」
丁度宿の前に着いた時、シスがそんな事を言ってくる。
《掃除屋がクラウンと思しき男と接触。直後、二人は別々に別行動をしています》
「二人は何処へ?」
《現在サーチ範囲外です。直前までの行動からの類推では、掃除屋はスラムへ。クラウンは不明です》
「フム。考えても仕方ないじゃろ。とりあえずは飯にしよう」
「そうですね。お腹空きました」
「時間的にも丁度いい頃だし、このままレストランで頂きましょう」
皆にそう言われて、シスも賛成したのでそのまま宿のレストランへ向かった。
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