第23話 錬金術でダマスカス
「…ぅぁ~もう朝だぁ~~」
窓から差し込む強烈な黄色い閃光に、目を瞬かせながら呟く。
隣を見ると、幸せそうに肌色の山が規則正しく上下している。反対側にも同じようにうぷっ…。
「ン…うんん…まだするのぉ…」
うんしない。しないから! 息できない! ウグッ…クッ…プハッ!!
何とか柔らかい双丘を押しのけ、呼吸を確保する。
──…アレは猫の習性なのか? モノをギュウッと抱きしめて来るのは。
二人の間を何とかすり抜けベッドを降りる。全戦全勝俺頑張った!
アホみたいな考えを振り払う様に、洗面所に向かおうとドアを開ける。
「…おはようさん」
「あ、おはようセリス…今朝は早いんだな」
「…壁がどかどかうるさくてな…このソファで寝ておったんじゃ」
「…ごめん」
「…構わんが、次からは結界でも張ってくれ」
「了解です」
少しして二人も起き出してきたので、魔道具を使って朝食を頼む。
今朝のメニューはスープに白パン、薄く切られたベーコンの様な物とサラダ類。…標準的な朝洋食だった。
「じゃあ俺は、昨日話した通り部屋に居るから。何かあれば言ってね」
「私はここで、本を読むわ…」
「じゃあ、わたした──」
「儂は二度寝じゃ、昼頃起こしてくれ」
セリスはそう言って、部屋に戻って行った。
「もう、しょうがないですね…それじゃあ私は…ノートさん。セリスさんが起きるまで、見学しても良いですか?」
「ん? あぁ、別に構わないよ。面白くはないと思うけど」
「じゃあ、私も居ていい?」
そう言って、結局三人で部屋へ戻った。
◇ ◇ ◇
二人をベッドに座らせ、小机の上に素材を並べる。
インゴット類は昨日のまま出してあるので、残りの素材だ。先ずは魔石。これはキングオークの魔石を使う。直径は6センチ程。これを核として術式を転写してゴーレム化する。極端に言えば、この核がゴーレムそのものだ。ガワやその他の部分は言わば、装飾に過ぎない。…逆に言えばこれだけだと唯のコロコロ動く石ってだけなんだが。
コイツに吸魔素装置を繋ぎ、動力伝達、魔力循環装置などと言った部品を、形に合わせて変形装着していく。
この工程が面白い。手の中で硬い鉱物や鉄が、粘土の様にグニャグニャ出来る。恐らくこの時、手には魔力が集中しているんだろう。少し熱を持ち、仄かに光っているのだ。
設計図は頭の中に完成している。それをマップ投射の要領で展開すると目の前に実寸で見える。
──気分はプラモデルの制作と粘土細工の両方を同時に進めている気分。
そんな俺を、二人は唖然とした顔で見ていた。
「ね、ねぇシェリー…あの魔力放出量おかしくない?」
「……私なら、もう二回は気絶しているわね…」
「ね、ねぇ、どうして術式が上下左右に書けてるの? 重なってる場所も有るみたいだし」
「…もう、アレは別物ね。術式を立体構築するなんて、何が何やら…」
「あ、また魔鋼鉄をあんな風に捩じってる…魔鋼鉄って、既に魔力を含んでいるから、超絶硬いはずなのに…指でこねるって」
「…ね、ねえあれって確かに魔鋼鉄よね…なんだか模様が付いていない?」
「あ! 本当…年輪? みたいに変わって行ってる…」
現在俺は、ゴーレムの外郭ボディの制作中。
魔鋼鉄をダマスカスに形状変化させるため、現代風ではなく、本来の形であるウーツ鋼の製法で行う。
現代のダマスカスは、積層体積を重ねて打つ事で製造されるが、本来はるつぼに溜めた粗鉄を幾つも居れて種類の違う物を順に入れ、密封して幾つものそれを使うと言った超絶メンドイ工程を踏むのだが、そこは魔術のごり押しだ。
まず、魔鋼鉄を純度の違う部分で捩じり分け、順に重ねて圧縮をかける。それを何度か行い、纏めて捏ねる。するとあっという間に放射状にまだら模様の付いた塊が完成。
圧縮時に超高温で焼成処理もしているので、折れず曲がらず、しなやかな鋼が出来上がる。
これを板状に延ばし、球体に加工していく。
「…シス。大体要望通りに造っているけど、何か変更したいところある?」
《…いえ、全くありません。重量的にも問題なさそうですので、そのままでお願いします》
「了解…っと。うぅん…ちょっと休憩」
そう言って振り返ると、二人はげんなりした様子でこっちを見ていた。
「あれ、どうしたの二人共。なんかすっごい疲れた顔して」
「あは、アハハ…ノートさんの非常識っぷりにあてられちゃって…」
「へ? なにそれ」
「…普通に異常な事をポンポン見せられて疲れたって事よ」
「…そうなの?」
「あぁ。途中から見てた儂でさえ、引く程異常じゃったわい」
「セリス! もう起きて来たの?」
「何を言うとるんじゃ、とうに昼を過ぎとるぞ。キャロ、出掛けるのじゃろ」
「え!? もうそんな時間だったんですか! ごめんなさい! 行きましょう! じゃあ、行ってきます」
そう言って、二人は部屋を出て行った。と言うかセリスは何時入ってたんだ?
「ふう~。じゃあ、何か軽く食べるものとお茶を運んでもらうわね」
「うん、お願い」
シェリーと二人でリビングに戻り、魔道具で注文した後ソファに腰掛けゆったりとする。
シェリーは昨日買った本を持ってきてテーブルに積み、その一冊を手に取る。
「…ノート君の錬金術や、制作に使ってた魔術…どれも高度過ぎて理解できなかったわ。君自身は別の知識が有るから、普通に使えるんでしょうけど、今の私達じゃ理解できない。だから先ずはこの世界の魔術を理解することにしたわ。君のおかげで魔術が色々使えるみたいだし」
「あぁ、眷属化の…あ、それで思い出したんだけどさ。二人に有った固有スキル。【獣王化】と【獣神化】あれってなに?」
俺が思い出して、そう聞くと彼女の本を持つ手が止まった。
「…キャロが戻って来てからでいい?」
「え? あぁ、全然いいけど」
「そう。じゃあその時に話すわ」
──軽食が届くまで、二人無言で本を読むこととなった。
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「で? どこへ買い出しに行くんじゃ?」
「昨日、鉱物店に行く前に通った日用品の店の辺りです。庶民の品が多いって言ってた」
「あぁ、あそこか。…で、後ろのはどうするんじゃ?」
「…取りあえずは、放っておきましょう。まさか、あんなにバレバレな奴らだったとは」
「…そうじゃな。恐らくは只、頼まれてやっているだけの素人じゃな」
セリスとキャロルが宿を出てすぐ、後ろに二人の尾行が付いた。
恐らく昨日からの二人だと当たりを付ける。確証もないし襲ってきても居ないので、すぐにどうこうするのはやめて先ずは買い物に専念することにした。
「おい、俺達二人で大丈夫か?」
「何ビビってんだよ。向こうは女二人じゃねえか。黙って仕事続けろよ」
「だだ、だってよ、高ランクのぼぼ…冒険者だって聞いてるぜ」
「ハッ、どうだかな。俺達の尾行にすら気付いてねえんだぜ? 下手すりゃ、俺達で楽しめるかもよ」
「な、なな、何言ってんだよ! 俺は嫌だぜ、そんな事して返り討ちに会いたくねえ」
「ケッ、おめえはそんなだから、何時まで経ってもヒョロッちいんだよ!」
「そこは関係ないだろ!!」
「チッ…おい! 移動だ、行くぞ」
「…はぁ~つまらん会話をしておるのぉ」
「え、どうしたんですか?」
「…いや。このまま、あの馬鹿どもが、先走らん事を祈っておこう」
「は、はぁ…」
四人の頭上、建物を超えて遥か五十メートル上空に、セリスのゴーレムは浮いていた。集音マイクの拾った音はセリスの耳に在るカフスにずっと伝わっている。
「おやおや、彼は手を出すのでしょうか。それはそれで良いかもですよ」
──屋根の影から覗く男は、ゴーレムの死角からほくそ笑んでいた。
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