第18話 メスタ君とゆかいな仲間たち
その男は店に入るなり案内を無視して店内を見回し、その席を譲れと騒ぎながら、ズカズカと押し入ってきた。途中、止めに入ったウエイトレスを突き飛ばし、足を止めずに俺達の隣の席へとむかっていった。
「この席を所望する故、そこな者達は直ちに立ち退かれよ」
尊大に言い放ち、さも当然とばかりに仁王立ちしてその席に座った客を睥睨する。言われた客は何が起こったのか意味が分からず、その彼を見て、ポカンとしたまま。
「…何を、ボケッとしておる! さっさとどけと言っておるのが聞こえんのか! このバカ者が! ウエイター! 早くこの者達を何とかしろ!」
痺れを切らす間もなく喚き散らす男に、ウエイターが飛んでくる。
「…お客様困ります。こちらのお席は既にこのお客様方が、お使いです。直ぐに、新しいお席をご用意いたしますので──」
「やかましいわ! 貴様! 誰に物を言っておるのか分かっているのか!? 我はメスタ子爵が嫡男、メスタ・デルネスであるぞ! その我がわざわざ庶民街まで出向き、このレストランに足を向けたのだ! 席を選んで何が悪い? さっさと言われた通りにしろ! この無能めが!」
うわっちゃぁ~。出たよ出ました、ザ・テンプレ! このまま行くとこっちに、火の粉が飛んでくる。うん。ここは無視一択ですな。
「おい! そこのクソガキ! 何じゃ? メスタ子爵が、嫡男? では、己は只の子供じゃろうが! しかも貴族でありながら、社交の礼儀一つも知らんのか? ウエイター、構わん。そのクソガキをつまみ出せ! このセリスが名を持って命ずる」
…あ、やっちゃった。
その言葉を聞いたウエイターは瞬時に目配せ、奥からぞろぞろウエイターが出て来る。そうして一気にメスタくんを取り囲む。
「な!…何だお前は?! セリス? だれだ!? おい! なんだ? 囲みをどけ!」
そこへ、何時の間にやら現れたいつもの執事が、冷静な声で彼に話し始める。
「申し訳ございません…お坊ちゃま。メスタ子爵様でしたら当店も非常に懇意にさせて頂いております。ですが、貴方様とは私面識がありません。この店は信用が第一。お客様への奉仕についても同様です。その様なご無体をされるのであれば、こちらとしても、見過ごす事は出来ません。その上、セリス様は当店にとって大切なご賓客。その御方の命となれば、無碍には出来ません。早々に立ち去られる方がそちら様の為と存じます」
「は? 貴様! 何を言っている? そこに座っているエルフは、庶民であろうが! 貴族と庶民を比べるなど──」
──パシィ!
店内に響く乾いた綺麗な平手打ちの音。
「おい…セリス様が、庶民だと? 帰って父に問いただせ! 今ならセリス様は黙って見過ごして下さるだろう。だがそれ以上喋るなら、子爵家を潰す覚悟で喋る事だ」
先程の冷静な態度から一変した執事は、男に顔を近づけると脅すようにはっきりと言い切る。
「…な、にを………」
二の句を継ごうとする彼を、まだ言うのかとばかりに睨み付ける執事。
「…クッ…もういい! 気分が削がれた! 帰る! どけ!…そこをどけ!」
憐れなメスタ君、テンプレな登場をしてこれまたそそくさ退散になるとは。
「皆さま、大変お騒がせ致しまして、誠に申し訳ございません。そちらのお客様に置かれましては、ご不快、ご不便な思いをさせてしまい、申し開きもありません。此度の事はこの店の失態。どうか伏してお詫び申し上げます故ご容赦の程、宜しくお願い申し上げます。」
そう言って、傍にいた従業員達と一斉に深く頭を下げる。
「もうよい。悪いのはあのクソガキでお前達ではない。頭をあげられよ」
「そうだ」
「もういいですよ」
「気にしないわ」
「怖かった」
そこかしこで小声では有るが、大半の者が許すとの声が上がってくる。そうして、各テーブルにウエイターたちが謝りに行き、俺達にはあの執事が歩み寄ってくる。
「セリス様…誠にありがとうございました。店の支配人として最大の感謝と謝意を」
「もうよい。しつこいのは逆に嫌いじゃ。感謝は飯で伝えてくれ」
「…畏まりました。シェフに伝えます。皆さまにも感謝と謝意を」
俺達は苦笑しながら会釈で応える。ってかこの人支配人かよ!
支配人が下がった後従業員達が手早く、周りを片付けると喧騒は収まり、落ち着いた雰囲気が戻って来た。
「それにしても…あの支配人、セリスさんの事知ってたんだな」
「ん? あぁ、多分昔に面識でもあったか、何かしたんじゃろう。高位の者なら儂の事を知っているはずじゃからな」
「高位の者って?」
「セリス様は、昔この国にセレス様と一緒に来たのよ。だから当然国王と面会しているわ。その時に、皆に紹介されていたから」
「ファ?! なんだよ国王と知り合いかよ、すげぇなセリスさん」
「ふん! そうじゃ、じゃからもっと儂を敬え! 運転させろ!」
「「「それは別だ!」」」
「ムキャー!」
それから、次々と出てくる食事はもう何だかアレだった。量は勿論、その豪華さたるや、おかげでセリスはずっとハイテンションで食いまくっていた。
********************************
「…セリス…だと?」
「そうなのですよ! わざわざ私が出向いてやったと言うのに、座る席すら、選ばせない。挙句の果てには、ソイツがしゃしゃり出てき──」
”バキャァッ!” ”へぶらぁっ”
「…ち、父上、な、何…」
「この大バカ者がぁああ! セリス様と言うエルフはこの国では、たったお一人! 精霊王の直系の孫娘、エルダーエルフのセリス様の事だ!!」
「──…はぁ?」
「木漏れ日の宿の主人は元公爵様の家令、その彼が言ったのだろう? 賓客だと」
メスタ君は思い出す。
あの時の支配人の睨み付けて来た目。そして自ら我が父に、問いただせと言った本当の意味…子爵家程度、ひと吹きで飛ばせる存在だったのか。
確かに昔聞いた事は有った。この国には神と同等の存在である、セレス・フィリア様と言う、精霊の王の直系の孫が住んでいると。
それは見目麗しく気品に溢れ、話す言葉は小鳥のさえずりが如く美しい声だと聞いた。
だがしかし、あの時見たエルフはそんな大層なものでは無かった。
見た目は確かに美しかった。だが言動はどうだ? とてもではないが、綺麗とは言えなかった。
偽物?! そうだ! そうに違いない! 我を貶めるために、店のたくらんだ策だ!
「父上! 奴は、…いえ奴らはグルになって、我を謀ったのです! 我が出向いたときに偶々、店に居たエルフに持ち掛けて、追い出すための方便を使ったのです! おのれ! ゆるせ──」
”メキャァァア!”
「ぐわぁぁあ眼ぇええ!」
「お前の腐った目など潰れてしまええええ!!!」
父であるメスタ子爵は頭を抱える。どうしてこの息子はここまで馬鹿になったのか。確かに正妻との初の男の子で喜んだ、それまでに産んだ子は皆、娘ばかりだった。側室に二人男は居るが、自身はやはり正妻に欲しかった。だから、頑張った。
そうして、髪に白いものが混じって来た頃にやっと出来た嫡男だった。
多少甘やかし過ぎたのかも知れない。自責は甘んじて受けよう。だが、このままで居ていいわけがない。先ずは店への謝罪。そして何より、セリス様への謝罪をどうすればよいか。廃嫡程度で済めばよい。でなければ、儂自身の首か…。
とにかく、朝一番に駆け付けねばなるまい。そう決めた子爵は家令を呼んだ。
********************************
「ファぁああ、ひっさしぶりに思いっきり寝たぁ!」
寝室で久しぶりに一人で目覚める。黄色くない朝。すごくすっごく清々しい朝だ! 着替えを済ませ、ドアを開ける。
「皆! 気持ちのいい朝だ! おはよう!」
「ウム。……気持ち悪いがおはよう」
「何が!? 気持ち悪いってなんだよ!」
「おはようございます、ノートさん」
「ん。おはようノート君」
「お、はい。おはようございます」
「朝食はどうします? お部屋に運んでもらいましょうか?」
「そうじゃな。朝はゆっくりしたいし、万が一が有っても嫌じゃからの」
何故かセリスが仕切っているが、誰もそこは突っ込まないんだね。
まぁ、いいか。確かに昨日みたいなのは御免だしな。キャロが、魔道具でメイドさんを呼び、食事の件を伝えると畏まりましたと言って部屋を出て行った。
洗面で顔を洗っていると、ドアノックの音が聞こえて来る。
食事、届くの早すぎない? と思っていたが、顔を拭いてリビングに行くと、何故か皆がこちらを困った顔で見つめて来た。
「ん? なに? 朝食じゃないの?」
そう聞く俺に、セリスが答えた。
「ならよかったんじゃがのう。残念だが昨日のお替りらしいの」
「はへ?」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、
ブックマークなどしていただければ喜びます!
評価ボタンは、モチベーションに繋がりますので、何卒応援よろしくお願いします!
ランキングタグを設定しています。
良かったらポチって下さい。