第17話 レストリア
確か…カイゼル髭、だったと思う。立派に生えたその髭は左右の先端が跳ね上がり、綺麗な弧を描いていた。髪は撫でつけたように後ろに流され、目鼻立ちは誇張するかのように、はっきりしている。背丈は2メートル近く、四肢は張って筋骨隆々。正に漢だ。
「あ、すみません。セリスもほら、謝って」
「ふん! 儂はな~んも悪くないわい!」
「このっ…はは、すみません」
「ハハハ! それは構わんよ。ただここは往来。人が何事かと集まるのは
避けたいのでな。そこなエルフ嬢も。気を付けられよ。では」
それだけ告げると、偉丈夫は颯爽と鎧に付いたマントを靡かせ、入門口の詰所へ向かって歩いて行った。
「あぁ、あの人衛兵さんか」
「違うわよ。彼は騎士団員ね。それも多分団長クラスね」
「そうなの?」
「衛兵が、あんな大層な鎧付けないわ。それにマントを付けているって事は、上位の騎士の証だもの」
「へぇ~。騎士団の人かぁ…」
「おい、ノート! もういいじゃろ。はよう行くぞ」
セリスが、言いながら歩き出す。慌てて後ろについて行った。
◇ ◇ ◇
「はい、確認いたしました。パーティ『スレイヤーズ』の方たちですね。
ようこそ、レストリアへ」
この町もギルドは総合ギルドだった。ただエクスとは違い、建物は同じ会館の中にあった。
「あのですね、こちらで宿の斡旋をしていると聞いたのですが」
「はい。ランクがプラチナ以上の冒険者様には、幾つかご用意しております。ご利用なさいますか」
「おねがいしま──」
「飯の上手い所を頼むぞ」
「承知いたしました、セリス様。それではこちらの、木漏れ日の宿など如何でしょう」
聞けばレストランが併設された高級宿で、部屋食も可能。部屋も大きくて清潔だとの話だったのでそこに決め、紹介状を貰って、宿へ向かった。
「──…へぇ、ここが木漏れ日の宿か、大きい宿だな」
会館を出て、更に大通りを中心部に進んだ通り沿いにその宿は有った。
高層建ての6階構造、幅も両隣の店を足したような広い作りになっている。一階部分にレストランがあるらしく、窓が多く配置され外観は洒落たレンガの装飾があしらわれていた。
──建物の中央部にある両開きのドアを引き中へ足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。木漏れ日の宿へようこそ。紹介状などはお持ちでしょうか」
入って直ぐドアの側に居た執事風の男が、傍に来て慇懃に礼をしながら俺に向かって聞いて来る。
ほぇ~、意思決定者をすぐさま見抜いて俺に聞いて来るって、すげぇなぁ。
「はい、冒険者ギルドからの紹介です。これが紹介状です」
「…お預かりします。少々お時間を頂きます故、こちらでごゆるりとお待ちください」
そう言って、カウンター横にある応接セットに案内される。座ると間もなくメイドが付いて、お茶を配ってくれる。
「フム。良い宿じゃな。客の動線も考えてあって、ここは死角になっておる。」
「お客様には良い思い出となって頂ける様、精進するのがこの店のモットーですので」
メイドの女性はそう言い会釈をし、ゆっくり下がって行った。
「一晩の宿なのに、確かにこれは思い出に残りそうね」
「ホント、綺麗だしお洒落な装飾ですね。あのランプなんてすごく綺麗です」
そうして一段落した時、見計らったように執事が視界に入ってくる。
「失礼いたします。スレイヤーズの皆さまで宜しいでしょうか」
「はい、そうです」
「有難うございます。こちらで確認が取れました。今宵は当店をお選びいただき、誠にありがとうございます。つきましては逗留の期間などをお知らせ頂ければ」
「すまんが、領都へ向かう身の上、故に今宵限りじゃ」
「勿体なきお言葉、承知いたしました。部屋につきましては、スイートが御座います。リビングに、寝室が4室ございますので、ご不便はないかと」
「あ、じゃあそこでお願いします。えと、料金は?」
「お帰りの際に清算させて頂きますので、今宵はどうぞごゆっくりお過ごしください。案内の者が直ぐに参りますので、暫しのご辛抱を」
そしてまた、ゆっくりと頭を下げて音もなく下がっていく。
「はぁ、こう言う宿って初めてだよ。ちょっと緊張するな」
「横柄にしなければ、問題ない。あまり気にするな」
「セリスはこういうの慣れてる感じだな」
「ん? あぁ、まぁそれなりにな」
「ノートさん。セリス様は、エルダーエルフでセレス様の直系のお孫さんですよ。ヒュームで言う所のお姫様ですよ」
キャロに言われて思い出す。そうだった! この人最近アレだからすっかり忘れてたよ。……ただのビバエルフじゃなかったわ。
「…お主、何か良からぬことを考えておらんか?」
「何も考えてないよ…気にし過ぎだよお嬢様」
「はん、思ってもない事を言うな」
その後、やはりタイミングよく案内のメイドが現れ、部屋へ向かった。
「ふわ~。綺麗なお部屋です」
「良い雰囲気ね」
案内された部屋は、三階の階段から離れた一番奥の部屋だった。
廊下には全て絨毯が敷かれ、所々には調度品が並び、廊下を照らすランプも洒落た魔道具が取り付けられていた。彫刻の施された重厚な扉を開くと、現れたリビングは十分な広さが有り、中央に配されたソファが如何にもな雰囲気で大きなローテーブルを囲んでいた。
「恐れ入ります。お食事は階下に併設しておりますレストランでも、こちらにお運びする事も可能ですが、如何様にいたしましょう?」
「皆、どうする? 俺は下でも良いんだけど」
「「「異議なし」」」
「畏まりました。ご夕食の準備は後半時もすれば、ご準備できます。何かあれば、そちらのベルを鳴らしていただければ直ぐ参ります。それではごゆっくり」
メイドさんが下がってから、各自で部屋を見て回る。部屋付きのトイレは水洗魔道具式だった。寝室は作り的には皆同じだったが、壁に飾られた装飾が違ったり、ベッドのシーツの色が違ったりで、雰囲気がそれぞれに違っていた。
「フム。細かい所にまでこだわりが見て取れるの。良い心がけじゃ。気に入ったわい」
「本当。家具や調度品がちゃんと統一されているのに部屋ごとに違う印象ってすごいわね」
「そうですね。お洒落で綺麗で言う事なしです」
部屋を一回りして各自寝室を決めた後、一休みしてから食事に行くことになった。階段を降りそのままロビーを抜けて、レストランの入り口に差し掛かった所にはまた、あの執事が立っていた。
「お待ちしておりました、ご案内いたします。こちらへ」
慇懃に会釈をした後、穏やかな笑顔でそう言うとドアを引いて俺達を先に通してくれる。
案内された席は店の中央から、少し奥に入った角の席。片側に席は無く、女性陣はそちらに座る。
「こちら側には客が少ないのぅ」
「…はい。皆さまには、こちらの方が落ち着いて頂けると思い、ご用意させて頂きました」
「ありがとうございます」
思わずキャロルが礼を言う。
「勿体ないお言葉。では、準備をさせて頂きますのでしばしお待ちを」
元の世界で言えば、高級フレンチに来た感じだろうか。
座っているだけで、気付くと目の前には食器がきれいに並べられ、食前酒が注がれる。…とにかく、タイミングが完璧で監視されているのかと思うほどだ。かと思って、周りを見ても誰も居ない。正にステルス! 何らかのスキルに違いないだろう。
そんな事を考えながら、食前酒をちびちびやっていると最初の皿がやって来た。
「こちら、アミューズに御座います」
前菜? が届けられ、皆が一斉に笑顔になる。
「…奇麗…」
「いい香り」
「おお、うまそうじゃ」
三者三様な答えで、食事が始まった時だった。
”ガシャン!”
「きゃぁ!」
「おやめください、お客様」
「うるさい! どけ!」
……何やら超めんどくさそうな案件が、起きた感じがするのだが…。
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