第16話 イニシャルS
──…頭の中では今、ずっとユーロビートが流れていた。
「お、おお! シェ、しぇり──さぁあん!!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! 良いぞぉ! シェリー!」
「んきゃぁああ! いやぁあああ!」
村を出て数時間、皆が運転できると楽になるという事で、キャロルとシェリーに、順に運転を教えたのがきっかけだった。
キャロルはおっかなびっくりと言う感じで、超が付く程の安全ノロノロ運転で、ほぼ歩いている感じ。その後シェリーに代わったんだが、…まさか、こんなことになるとは。
──…彼女はハンドル握ると豹変するタイプだった。
「フフフ。私の前は譲らない。フフフフハハハハ!」
そこから全開ギリギリ、ぶっ飛ばしの街道レーサー状態。
カーブに差し掛かっても、ノンブレーキ。六輪が砂塵を巻き上げ、巨体を斜めに滑らせながら走り抜ける。かと思えばギャップを使って跳ねた車体をコントロールしながら障害物を躱していく。
超絶に上手いのである。俺は助手席で固まりながら、後ろに吹き飛ぶ景色をただただ、眺めているしか出来なかった。
”ギャイン!”とか、”ブギャ!”などと、偶に変な声が混ざる。
恐る恐るミラーを覗けば、ウルフの様な、はたまたボアだったはずの塊が、幾つか千切れて飛んでいた。後ろの席ではセリスが喜び、キャロルが半ばパニックになって俺の首にしがみつく。
「ノートさん! シェリーを止めて! お願いですからぁああ!」
「ぐえ! …あ、あの、きゃ、キャロ…首、首は、だ…めぇぇ」
──…俺は吹き飛ぶ景色を眺めながら、滲んだ涙と共に気絶した。
◇ ◇ ◇
広い部屋だった。応接セットに座った俺は周りを見回すと、ローテーブルに、キャビネット。目の前には大きなテレビもある。
窓からは、優しい光が差し込み、気持ちのいい風が入ってくる。
あぁ。何が何だかわからないが、すごく心地いい。
「じゃなくて! なにここ!? 俺どうなったの?! え? 怖い!!」
《マスター、落ち着いてください。ここはマスターの心の空間みたいなものです》
「え?…あ、君だれ?」
声を掛けられ、振り向いた先に彼女は立っていた。
所謂メイド服、クラシックメイドを着た眉目秀麗な彼女は、見事なカーテシーで、俺に挨拶をする。
《この姿ではお久しぶりです。私はマスターの並列思考シスの分体。【メイ】と申します》
その説明を受けて呆気に取られる。メイドのメイって…また安直な。まぁシスも大概だけど。などと現実逃避な思考で彼女を見ていると、怪訝な表情で声をかけてくる。
《マスター大丈夫ですか? 宜しければここの説明を致しますが》
「へぁ? あ、あぁ、頼む。って、シスの分体ってなに?」
《はい。私は独立型並列思考シスの一部です。彼女は統括管理で全ての情報や、マスターの身の回りの行動を管理、または整理を行っています。私はその中でも、この精神世界【アカシックスペース】と命名された部屋での、マスターのお世話を仰せつかっております。情報端末だとでも思って頂ければ、理解いただけるかと》
「せ、精神世界? アカシックスペース?」
《はい、この間一度、ここで情報の一部を開示されて行かれました》
あ! そう言われて思い出す。勇者の記憶を見た部屋だ。
「思い出した。勇者の記憶をここで見たんだ。タブレットを操作して」
《はい。こちらです》
そう言って、彼女は何処からともなくタブレットを差し出す。
《今回は気絶と言う症状を使って、ここにお呼びしましたが、既に本体がマスターとリンクしていますので、何時でもここに来る事が可能です。意識を集中して頂ければ大丈夫ですので、今後とも宜しくお願い致します》
「え?! 気絶! …俺、今気絶してるの?!」
《はい。キャロル様に首を絞められて、酸素欠乏状態に至りました》
「え?! なにそれ! ヤバいじゃん! 俺死んでない?!」
《その前にここにお連れしましたので大丈夫です。ただ…》
「なになになに!? もったいぶらないで! 余計怖いから!」
《現実世界で皆さまが、半ばパニックになっています》
「戻してぇええ! 向こうに早くぅう!」
「ぅぅ…ぅううわあああ!」
「「「ノートさん!!」」」
「うきゃぁぁああ!」
気付くと同時に、全員が取り囲んで傍で喚くように叫ぶ。その声にびっくりして変な声が出た。
「よがったぁぁあ~。死んじゃったかとおもっだぁぁ」
「ふ~。さすがに焦ったわい。呼吸も少ししてなかったからのぉ」
「…ごめんなさいね、もう無茶な運転はしないから」
そう言われて見ると、車は街道沿いに停車していた。少し先には街の壁の様な物が見えた。
「あ、あぁ。もう大丈夫。キャロ…泣かないで良いよ。でも、今度は首はやめてね。そこはお願い」
「……ゴメンナサイ」
耳をペタンと下げ、尻尾もフニャンとなって謝るキャロル。
「フム! それ、すっごい可愛い! ハイ許しました!」
「…コイツ…やっぱり、バカじゃな」
「セリス、バカって言うな! それからシェリー。君が運転上手な事は理解したよ。…はっきり言おう、俺より上手い! でもスピードは少し控えてね。途中でウルフやボアが、千切れて飛んでたよ、怖いです」
「あ、あらそう? じゃあ、また運転してもいい?」
「──…スピードは控えてね(怖いって言ったのは聞こえてないの?)」
「うん! ありがと! ノート君」
キャロが「ホントだよ! ホントにスピード控えてね!」と言い、セリスが、「ギャハハハ! またあのスリルが楽しめるわい!」と騒いでいた。
「皆あれ、次の街じゃないか?」
俺が、窓の外を指さす。
「ええ、そうよ。あそこが【レストリア】町になるわ。エクスよりは小さい町ね」
「あぁ、そうなんだ。じゃあ日もまだ高いし、ここで車は降りて歩いて行こう」
そうして異界庫に魔導車を仕舞い、徒歩でゆっくりと町に向かっていった。
──カデクスの衛星都市であるレストリア。人口は八千~九千人ほどとエクスに少し届かない程度の、大きな町。特産品はこれといった物は無く、交易の中間都市として栄えている。
町から街への昇格も近いらしく、人が常に流入しているので衛兵も多く配置され、門には二人の衛兵が立ち番をしていた。
「はい、こちらにカードを挿入してください。はいOKです。荷物検査はその先で、はい次の方!」
入門口には結構な人が並んで順番待ちをしていた。俺達も最後尾に付き、カードの準備をする。
「なぁ、これってどっちのカードを出せばいいんだ?」
「どちらでも構いませんよ。ギルドカードを出せばその場でギルドに連絡が入るので、手続きで少し楽になりますよ」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ──」
「その代わり、面倒事も舞い込みやすいわよ。私達の様に高ランクだとね」
「そうじゃな。ノートは特に冒険者以外も高いからの。身分カードにしておけ。どうせ冒険者ギルドには顔を出すんじゃから」
キャロの発言の後、シェリーとセリスがそんな事を言ってくる。確かに面倒は嫌だ。なので結局皆身分カードを準備する。
「はい次の方。ここへ、カードをお願いします」
「はい」
”シュッ” ”んべっ”
「…はいOKです、荷物検査は向こうです。はい次の──」
流れ作業で門の中へと進んでいく。奥に進むと何人かの衛兵がまた居て、荷物の検査をしていた。
「はい、問題なしですね。ようこそ、レストリアへ。次の方どうぞ!」
呼ばれて、肩にかけた鞄を見せる。
「はい。荷物はこれだけですか?…少ないですね、なにか禁制の物や危険物は持っていませんか?」
「ないです。荷はパーティなので分散して持っていますので」
「あぁ、なるほど。では中を拝見…はい、問題ないですね。ようこそレストリアへ」
荷物検査も問題なく通り、皆でそろって町へと足を踏み入れる。
「ここが、レストリアかぁ…」
町の規模はほぼエクスと同じなのであろう。入った道は中央を貫いて真っすぐと伸び、外壁沿いには、雑多な建物がある。商店や安宿、食堂などが並んでいる。ここは、入口の庶民達の場所なんだろう。中央通りを先に見ると、大きな建物が見える。中心部が栄えていると窺える。建物には鉄骨が使われているのか、剥き出しのそれは、木目が見当たらかった。
「へぇ。ここは鉄が使われた建物が有るんだな」
「え? エクスもそうですよ。高層建築には、鉄の骨組みで作られているのが殆どです」
キャロが当たり前の様に言ってくる。どうしても変な部分でまだラノベ脳が邪魔をする。
「そ、そうなんだ。じゃなきゃ、構造的に無理があるものな」
適当に誤魔化し、宿を先に探そうと提案する。
「でしたら、ギルドに顔を出しましょう。私達なら斡旋が受けられますから」
「ウム! 飯がうまくて多い所が良いぞ!」
最近セリスが完全に食いしん坊モードになっているが、大丈夫なんだろうか。
「セリス、最近食事の事ばっかりじゃね? 大丈夫なのか」
「ん? 何を言っておるんじゃ! 旅先の飯は出会いじゃぞ! その地でしかない美味い飯! それこそ、旅の目的でも有るんじゃ!」
「ふぅ~ん。そんなもんかねぇ。なんか年寄りの温泉──」
「ムキャー! 誰が年寄りじゃ! お主なんか下手すれば千を優に超えてるじゃないか! この耄碌爺ぃが!」
”プチン!”
「何をぬかすか! このおバカビバエルフ!」
「な!? またぬかしたな! そのビバエルフはやめい! 何かむかつく!」
「っさい! 美人のくせにクソ婆の残念無念エルフでビバエルフだ!」
「…お前、何でちょっと褒めてるの? じゃが残りはむかつく! この馬鹿ノート!」
「…ンンッ! 道の真ん中で、騒ぐのは止めてもらえんかね」
──…とても立派な口ひげを蓄えた、鎧姿の偉丈夫が立っていた。
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