第12話 記録の記憶
「…に、にじゅ…へ?」
《二十年です》
何言ってんだコイツ…俺の記憶が二十年も消えてる? いやいや、そんな事ある訳ないじゃん!
《…マスター。高校三年生頃から、卒業式や成人式、大学や就職試験などを覚えていますか》
「──…え? あれ? 覚えてない…と言うか知らない…なんで?」
「ノートさん…」
「…二十年だなんて…」
キャロルとシェリーが絶句する。
「どういう事だ? 此処に居たのは十二年程度のはず…」
エギルが疑問を口にする。他の神は黙ったままで俺をずっと見ている。
……なぜ? どうして俺は覚えていないんだ。不安が急に押し寄せる。
《ご安心ください。全てはセーブデータが存在します。今、ここでは閲覧する事が出来ませんが、現世に戻れば可能です》
いや聞きたいのはそこじゃない。そんな事じゃない──。
「…どういう意味だ?」
《ここでは私のリンクが確立しません。スタンドアローン状態では、アカシックレコードを、開示できません》
「…違う!! エギルに聞いたんだ! 何だその十二年っていうのは?!」
不安が疑念と共に膨れ上がる。…嫌だ…まさか、どうして?!
エギルがしまったと言う表情を見せ、皆が沈黙する中シスがさも当然
と言わんばかりに、俺に答えを突き付ける。
《マスターが、このイリステリアに、前回召喚されていた期間の事です。
高校三年生の時に召喚され、十二年掛けてこの世界を巡って、邪神アナディエルとその配下達を討伐しました…結果は、不本意な物でしたが》
「…不本意?」
《…はい。邪神たちは最後の足掻きに、次元の扉を開きました。その扉にマスターを巻き込み、自分たちは時間遡行を図ったのです。遡行は失敗し、彼らは次元の歪みに捕らわれ、塵となりましたが。マスターは自身の自我と能力を糧とし、時系列順当の地球へと帰還を果たしたのです》
「………ちょ、ちょっと待て」
それだけ何とか言葉に出来た。……頭が全く追いつかない。え? 俺が勇者だったって?
俺が世界を救ったって? いやいやいや。ハハハハ…何の冗談だよ。
俺は太田零士だぞ? そうだ!
「俺は相馬健二なんて名前じゃないぞ」
《…その後の八年間、マスターはどう過ごしたか想像出来ますか?》
「…え? 想像って?」
《自我も、記憶も持たない人間が、西暦二千xx年の地球の日本で発見されるのです。発見者は、山に山菜取りに来ていた、老夫婦でした…》
──そこから八年の空白を、シスは説明し始めた。
発見者は最初、死体を見つけたと思ったらしい。そこですぐに警察を呼んだ。駆け付けた警官は、俺が息をして気絶しているだけなのに気付くと、遭難事案に切り替え、保護され救急搬送された。
発見された山の所在は某県の太田市。時間はお昼時だった。
病院で目覚めた俺は、言語障害を起こしていた。厳密には喋れなかった。その為記憶の確認もできず、勿論知り合いなど分からない。
結果、病院をたらい回しにされ、約三年間、赤子の様なまま過ごした。
その際の仮名が【太田(市で発見)(時刻)零士】だった。
そうして最後に辿り着いたのが、とある警察病院だった。そこで俺は人としての再訓練を受けた。何故その記憶がないのか。そこもシスは知っている。だがそれは今言えないと言う。
とにかくそこで五年間、地球で従順な日本人として、再教育を施されて就職したらしい。
──…俺の記憶が鮮明なのは、その後からだそうだ。
《これが、マスターの記録としての記憶です。アカシックレコードにリンクできれば全てが記憶として、再構築されるでしょう》
シスはそう言って締めくくった。
──これが世界イリステリアを救った勇者の後日談…救いようのない現実。
──…はは。何だそれ、結局は只死ななかっただけだ。
異界の神に頼まれて世界を救ったのに…全てを掛けて戦って、最後の最後でそんなオチかよ。
「…はは、そう、か。……それが真実なんだな…相馬健二…それが俺の本当の名か…なぁ神様、あんた達はこの事知ってたの? 俺が相馬健二だって判ってて、あんな長ったらしい小芝居うってまで俺をこの世界に送ったの?」
なぜか突然エリオスが眼前に来る。
「…全てではないがな。我らに地球の事は見る事が出来なかったか──」
”ドゴンッ!”
「…グクッ…怒りは、視野を狭くする…おちつくのー」
”バキャァァァア!”
「ヘブァア!」
おそらく、こうなると思って彼は自身を俺に差し出したのだろう。
俺自身も、頭が真っ白になっていた。怒りと慟哭、激情が胸を焦がすほど燃え盛り、何も考えられなかった。全身が総毛立ち衝動のままに彼をブチのめした。
「ぐぅぅぅううををおおおああああああ!!!!」
絶望と虚無感…慟哭の後に来たのはそれだった。
人生の半分を無駄にした。それは、本来起こらなかった事のはず。
後悔と痛惜…涙が溢れてとまらなかった。
なんだよ! なんでだよ! どうして俺なんだよ?! 一体俺が何をしたってんだよ! 俺は一体何なんだよ! 誰なんだよ! 太田零士じゃない?! 相馬健二なんて知らねぇよ! 頭の中がぐちゃぐちゃになって行く。…全部が嘘だったように思えて来て、自分の生きた意味すらも分からなくなる。…五十年だぞ! 五十年も無駄にしたって事なのか!?
──…声にならず、言葉に出来ず…唯々泣き喚いて叫んだ。
感情が収まらず、どうして良いかも解らなくなりかけた時、ふと背中に誰かが触れる…反射的に払い除けようとして、留まった。
「ノートさん…これからを見てください。私とシェリーはずっと傍に居ますから」
「…誓った言葉に嘘はないわ…私達はずっと一緒に居る…だから…もう悔やまないで」
いつの間にか傍に来ていたキャロルとシェリーが、二人で俺を抱きしめてくれる。
熱を感じる事はない。ここは精神だけの世界。でも彼女達の顔を見た瞬間に想いは充分伝わって来た。二人も涙で顔がグシャグシャになっている。
──…そうか、前回の俺は仲間はいたが、恋人は作らなかった。この世界に生き続ける気が無かったから。あくまでここは異世界だった。
「──…ありがとう…おかげで落ち着いたよ。二人共、大好きだよ。」
「「はい、私達も大好きです」」
二人から一旦離れ、シスを見やる。
「シス。俺が気絶した時に見た明晰夢。あれはお前だな。なぜ、あのタイミングだったんだ?」
《…あの時見せた情報は、マスターの意識に反応したからです。記憶の内容は覚えていらっしゃいますか?》
「…あぁ、もちろんだ」
《では、その直前に考えた事も?》
あぁ…コイツは俺の感情に反応したのか。あの時考えた事…神様の優しさだ。
俺が理不尽な人生を送ったのに…それを忘れた原因を作った彼らに……。
「…お前、健二が大好きだったんだな。それで許せなかったのか」
《な、何を言うんですかマスター。健二とはあなた自身では有りませんか。それに私に感情は有りません》
「あぁ。確かにそうなんだろう…だけど太田零士でも、ノートでもあるんだよ、今はさ」
《…そうですか》
「あぁ。…そうだ、戻ったらお前のボディ創らないとな」
《…では、あのファン〇ルタイプをお願いします》
「へ? 球体型ゴーレムでいいの?」
《はい》
「…あ…あの、ノートさん…」
ふと、声を掛けられて気付くと神様たちがじっとこちらを見ていた。エリオスは、ぶっ倒れたままだった。
「あぁ。色んな事が起きたんで、忘れてた…どうやら、コイツが全ての元凶なんですよね」
俺はシスを指しながら、神様たちに話しかける。
「あ、あぁ、恐らくは彼女が【特異点】だ。だがそれは、只の結果だ。原因は我等にあるとも言える」
エギルが真摯に答えて来る。
「お主にはただただ、辛い人生を強いてしまった。そのうえ、騙すような形で送ってしまった。弁解の余地はない。儂があ奴を討伐して居れば、お主を召喚する必要もなかったのだから」
グスノフが、心底申し訳ないと言った顔で言ってくる。
「…ノートよ、我等は等しく世界の子らを祝福し愛して居る。儂はその時、この世界にはまだ顕現していなかった。だが皆の思いは解るのだ。エリオスもそうだ。コイツは不器用だから、お前の怒りを受け入れる事で我等を護ってくれた。そこを理解してやって欲しい」
ノードが、エリオスを支えて言ってくる。
「ノート君…私は何も言わないわ。アナタの怒りも後悔も…全ては私達が押し付けた結果だもの」
「いいえ! 違います! 全ては私一人の責任です! 健二…いえノートさん! 彼らに非は有りません! だから! 私を…私だけを責めて下さい!」
泣きはらし、乱れた髪をそのままに、管理者イリスは俺に懇願する。
──…全ては自分の責任だと。罰は自分が受け入れると…。
「…イリス様。やっぱり、貴女は優しいお方です。今すぐ全てを許す。なんて俺には無理です。でもね、それは貴女やここに居る神にじゃないです」
俺の宣言に、その場にいる皆がきょとんとする。
「…まずは、実害を寄こした邪神とその配下…残ってるんでしょ? アレの残滓かなにかが」
それを聞いた神が目を剝く。
「…そして。一番の諸悪の根源は大神! ですよ。忘れたんですかイリス様。アレに貰った本で俺を呼んだんでしょ? ずっとここにも顔出して無さそうだし」
「…あ…あなた、それを覚えているんですか?」
「ん? あぁ、その部分は情報開示でね。イリス様の可愛い、おねがい顔思い出しましたよ」
”ポン!”
”キュー”
「きゃぁあイリス様ぁああ!」
俺の言葉に、イリス様の顔が沸騰し昏倒する。周りの女神やキャロ達が慌てて抱き留める。
──…とりあえず今は、このくらいのお返しにしとこうかな。
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