第10話 禁則事項-①
幸いここは、時間が存在していない。皆が落ち着くのをゆっくり待った。
何もないこの空間ではやりづらいだろうと、エギルが円卓と椅子を出すが誰も席に付かないので俺が座ると、対面にイリス様。左右に分かれて、神達が座っていく。その後俺の左右にキャロルとシェリー次いでセリス、セレスは、マリネラの横をせがんで座っていた。
「…よろしいですか」
イリス様の言葉に、皆静かに頷く。
「…先ずは貴女方からお話をしていきましょう」
「此処は本来、神の間。人の身で存在は出来ません、よって貴女達は現在、魂魄でここに存在しています。死んではいません。そこは安心してください。ここに来てしまった理由は、エギル…この魔神ですが、彼が慌てて精神、つまり魂魄を個人認定せず呼んでしまった為にノートさんの傍に居た貴女方ごと、召喚してしまったのです。」
そこでエギルが立ち上がり、謝意を述べる。
まさか神が謝罪などと、考えていなかった皆は驚き、「謝罪など必要ない、神に会えるなど恐れ多い事で、逆に恐縮してしまう」と答える。
「…ありがとう。では、何故送還させなかったか。についても語って行きましょう」
そう言ってイリス様は一度、呼吸と姿勢を正す。
「…ここに居るノートさん。彼が【迷い人】であることは、理解されていると思いますが、ただの迷い人では有りません。本来の彼は、この世界とは別の世界。地球と呼ばれる時空間すら別の場所からここに、縁が有って戻って来た存在です」
「今、なんて言った? 戻って来た? 其れってどういう事なんだ? 俺はこの世界に落ちて来たんじゃなかったのか? そう言ってたよね?」
ビックリして思わず、立て続けに詰問してしまう。
だってそうだろう、俺はしがないくたびれた人生を送っていた、五十でボッチのおっさんだった。偶々身体に有った【特異点】のせいでここに来たと説明されたんだ。
「それがどうして戻って来たに変わるんだ? もしかして前世はこの世界の住人だったって事か?」
「ノートよ、そう急くな。イリス様は全てをお話しされる。先ずは聞いてはくれんかの」
グスノフ様が、前のめりになって聞く俺を手で制す。
「…ごめんなさい。あの時はそういう事にしか出来なかったのです。それもこれも、その特異点が、原因なのです」
「…管理者イリスよ、我が引継ごう。貴女は彼女らに説明を。ノートよ、二人で話そう」
そう言ってエギルは席を立ち、離れた場所へ移動する。
「ん? グスノフも来たのか」
「儂も、話したい事が有るからの」
それを聞いたエギルは何も言わず、床から椅子を三脚出現させる。
「ふぅ。…ノートよ。今回お前は、記憶を見たと言って来たな。【夢】でも、【歴史】でもなく。…何故だ? 一体なぜ勇者の記憶と言うモノをお前が見る事が出来る?」
「…いや、分かんないよ。だからこっちに連絡したんだ。断言できる。夢じゃないし、史実を見たわけじゃない。あれは、勇者ケンジの記憶だ。感情すら覚えているんだか…ら?」
自分で言ってはたと気づく。感情? え? 何でそんな、本人しか感じないものを俺は知って、いや覚えてるんだ?
「気付いたか。確か…【アカシックレコード】と言ったか。記憶の保管庫だか、データバンクとかの名は?」
急にエギルがそんな事を聞いて来る。何を言っているんだ?
「何でそんな事を? アカシックレコードは森羅万象の全てを記憶しているデータ──」
「言ったはずだ。我等の世界にその様な物は存在しないと」
◇ ◇ ◇
…でも今まで読んだ物語では、叡智とか、アカシックレコードや、何処かのシステムとかが、教えてくれんじゃねぇの?
「なんだ? そのシステムとやらは」
…そうかぁ、そっちかぁ。手探りパターンかぁ…
◇ ◇ ◇
あ!! そうだ! そんなシステムはこの世界には存在しないって聞いたんだ。あれ? じゃぁ、あの明晰夢の時に見たアレは何だ? はっきりと自覚しているぞ。手元に有ったタブレット。アレは、アカシックレコードの端末だ。
「いやいやいや、ちょっと待ってよ、おかしいおかしい。え? じゃあ、あの時見た端末は? アレを弄って情報開示したんだよ? 俺の事見てたんでしょ? あの明晰夢は一体何?」
「落ち着け! そうか、昏倒したあの時…だからか」
エギルが、俺の身体を抑えながらも何かに気付いたように呟く。
──…ノートよ、【シス】に心当たりはあるか?
「は? シス? なにそ──!」
”ズキン!”
「ウグッ…あ、頭が、いた…」
《ピピ! ワード確認。第三者による名称の呼称を確認しました。ピピ…ピ! マスターの承認待ち……ビビ! マスター未承認。マスターの保護を優先。人格自閉…ピピ! 並列思考システムへと移行…リブートします》
突如聞こえる無機質な声。
エギルやグスノフは、すぐさまノートと距離を取る。一瞬倒れそうになったノートはその場に足を踏ん張り留まる。そうしてゆっくり、顔を上げる。
《…ここは? あぁ、精神の間ですか。という事はそちらはイリステリアの神々で?》
声はノート。だが抑揚は無く平坦な声音。そして感情もない。
「お前が、シスか?」
エギルが、訝しがりながら聴く。
《…状況確認…マスターの直前までのログを閲覧…確認終了…貴方がエギル様、そちらがグスノフ神様…お初にお目にかかります。私が並列思考システム。マスターに与えられた名はシスと申します》
「管理者イリスよ! シスが発現した! こちらへ!」
エギルは、すぐさまイリスを呼ぶ。
《…管理者イリス…システムセーブを閲覧…確認》
「…これは、どうゆう事です? どうして彼女が?」
「恐らくですが、ノートに何らかの精神的負荷が一定以上かかったのでしょう。彼が混乱した際に、我が問うたのです、シスの事を。すると彼女が出てきました」
「…そうですか。ではシス。まず貴女に危害を加えるつもりは一切ない事を伝えます。ただ、質問には答えて欲しい。宜しいですか?」
《…受諾…了承しました。禁則事項以外はお答えします》
「禁則…解りました。まず、彼をここに戻した理由は?」
《禁則事項の為、回答できません》
「な! 何故です!? 彼は…辛いながらもあちらで、生活できていました! それを今更、半ば強引な形でこちらに呼んだのです!? 彼にその意識は無かったはずです!」
いきなりの禁則事項に激高したイリスが叫びながら、シスを責める。
それに対してシスは、一切の感情がないまま返答する。
《マスターの意識、それ自体が喪失状態にあって判断は不可能です。理由については回答できませんが、マスターの幸福と、保護。これこそが自身の存在理由です》
「…幸福と保護って…貴女、それではまるで…」
イリスの横に居たマリネラが呟く。
「…エギル、シスには感情がないのではなかったのですか?」
「…管理者イリスよ、シス自体はスキルのはずだ。だが、アレがスキルに見えるか? 勇者ノートは、恐らく我の思考をすでに超えた次元で…次元! そうか! シスよ! 其方、一つのスキルではないな。ノートの事象増加効果を管理しているのは其方だろう?」
《…はい。私はマスターのバックアップ作業中に出来る、事象増加を常に整理、管理も担っております。故に、自身も相対的に増加吸収を繰り返しています》
「…エギル、すみませんが、判り易く…」
「アレはもう単一のスキルではない。ノートが創った事象は全て、結果が現在とは違うのだ。即ち、アレが増加した事象に存在したスキルは、その世界分だけ増えたのだ。思考の違う行動結果のスキルが」
「…では? 彼女は全ての別事象の結果を知った存在だと?」
《いえ、結果を知ってはいません。可逆的に増加した事象を記録しているのです》
「…つまり? どういう事なのですか?」
《回答権限が有りません》
「じゃぁ! 何もわからないじゃないですか! シス! お願いです! ノートさん、…いえ、健二君を、これ以上苦しめないで!! もうこれ以上、私達の…ことに…巻き込みたく…無いの…」
イリスの突然の懇願と嗚咽にシス以外が驚愕する。
「ど、どうしたのですか、イリス様!? ノートさん!! 聞こえていますか!? イリス様が泣いちゃってます! 私も泣きますよ! シェリーだって泣きます! 良いんですか?!」
イリスの姿を見たキャロルが、シスを見ながら叫ぶ。シェリーは一瞬固まってから、シスを見る。
「そ、そうよ。ノート君! さっきまでの違和感は、そのシスさんで理解したわ! もういいでしょ! 早く戻って。お願いだから」
《…イリス様、未だアナタは健二と呼ぶのですね…そして、あの国の名ですか…》
「──…! 違う! そうじゃない! そんなんじゃないの!…おねがい…健二君…」
《…マスターの意識覚醒を確認…保護状態を解除…ピピ…事象変換の不可を受諾…マスター権限を承認…ピ…自閉モード解除…リブートします》
「…まって! まだ終わってない! まだ──」
”ドサッ”
──…イリスの懇願空しく、ノートの身体は床に落ちる。
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