第8話 目覚めと当惑
「ぐわぁぁぁあああ!!」
頭の激痛と、何かに腕が引っ張られている感覚で、目が覚める。
何だ? 何だったんだ? 夢? いいや違う。そうじゃない。…声、そう! 声が聞こえたんだ! システムメッセージの様な何かが。…何が、許容量を超えたんだ? シナプスって確か…脳の…伝達なんちゃらだったような…。
…あぁ! もう! シャットダウンって──。
「…さん!………トさん! ノートさん!!」
腕に有った力が強く引かれて、ハッとする。
「え?! あ! あれ? ここは…」
「ノートさん! 大丈夫ですか? ノートさん! ノートさん!」
キャロルが、涙を流しながら、ずっと腕を揺すっていた。
そうして初めて自分の居る場所に気付いた。宿のベッド…そうか、俺は現場で気を失って…そのままここに…運ばれてきたのか。
「…あぁ、キャロ…ゴメンね、まだ少し混乱しているけど、身体は大丈夫だから。皆も心配かけて…シェリー?」
周りにはセリスとシェリーも居たんだが、シェリーが何故か、俺を訝しそうに見詰めていた。
「…ノート君…貴方…」
『待てシェリー。キャロル…そろそろ、離してやれ。少し落ち着こう』
セレス様の言葉に、皆は俺の傍からいったん離れ、個別に座る。
──まだセレス様のままだったんだ。そう思って彼女を見る。
『ん? 入れ替わってないのが気になるか?』
「いえ、まぁ…はい」
『…ところで、聞きたいのだが。…お前はノート…でいいのか?』
「…は?! 何を言ってるんですか? どうゆう事なんです?」
俺の反応を見て、分かっていないと気づいたセレスは、起きた事を説明しだした。
瘴気溜りから皆それぞれに調査を始めて少し経った時、俺の喚き声が聞こえた。その声に、皆でその場に駆け付けた。すると、俺はただその場に、佇んでいたらしい。
◇ ◇ ◇
『どうした!? 何かあったのかノート?!』
「ノートさん! どうしたんです?」
「ノート君!何かあった──」
”バチンっ!!”
「きゃあ!」
駆け寄り、肩に手を置こうとしたシェリーが、何かに弾き飛ばされる。次いで、ノートの身の回りに、結界と地面がひび割れるほどの荷重がかかる。
”ビシッ!” ”キィィィィィイイイン!” ”ズズゥゥン!!”
『な! 何だあれは?!』
「…ノート君…どうして…」
「いや! どうしたんですか! ノートさん! ノートさん!」
俺は皆の声に全くの無反応で、虚ろな目をしたまま微動だにせず、結界がどんどん濃くなっていく。それはやがて圧力にかわり、外側へ向かって風が舞いはじめる。
『い、いかん! 皆、ここを離れるぞ!』
気付いたセレスが、自身に結界を張りながら、二人を引き摺って行く。
「嫌です! ノートさん! ノートさん! どうしたんですかぁぁぁあ!?」
シェリーはその光景に茫然としたまま、キャロルは泣き喚いたが、構わずにセレスはその場を離れる。
”ブゥゥゥゥゥウウウンン!” ”キィィィィィイイイン!” ”ピピピ!ピ!ピピ!”
風が渦となって結界を取り巻き、様子が窺えない中妙な声が聞こえて来た。
《ナンバーツーナイン、コード確認。マスターの身体保護を優先…セーフモードへ移行…成功》
『…何が…喋っている? マスター? 誰の事だ?』
セレスは何とか声を聞き取るが、意味は分からない。
《ピピ。マスターの身体情報更新を確認…生体情報を更新…成功…魂魄との接触開始…ビビ!接触失敗…リロードします…ビビ!失敗…魂魄情報開示失敗…リブートします…ピ!成功》
──風が収まり結界が解けると、その中心部に倒れた俺が居た。意識は無く呼吸は正常だったので、宿に連れて来たらしい。
◇ ◇ ◇
『だから、今お前自身はノートかと聞いているんだ、それにあの妙な声やマスターとは?』
「妙な声…って? マスター?…いや、俺自身にそんな覚えは…いや、夢で聞いた?」
『ム?! 夢で何を聞いたんだ?』
そこまで話して、逡巡する。さっきの光景が何なのか? 自身でも説明できないから。
──…勇者の記憶を何故見た? 記憶? 何故分かるんだそんな事…全てが全く意味不明。
「…ごめん、ちょっと待って。俺は森で気を失ったんだよね?」
皆が頷く。そして次を話せと目で訴えて来る。
「順に話す…でもその前にちょっと待ってね」
そう言って俺はすぐさま、メニューのチャット機能を呼び出す
エギル! ヘルプ! 誰か!
どうした?
誰?
エギルだ。
さっきまでの状況、わかる?
どういう事だ?
森で気を失った。
勇者の記憶を見た。
その時変な声が聞こえた。
マスターってなに?
暫し待て。
待つことしばし、突然メールが届いた。すぐに開封する。
エギルだ。教会に移動し、祈りを捧げに来られよ。召喚し、詳しい話がしたい。
簡潔にそれだけが書かれていた。
「…教会に行きたいんだけど、いいかな」
『お前、まさか…神と交信しているのか?』
「「え?!」」
セレスの言葉にキャロとシェリーは絶句し、セレスはじっとこちらを見る。
「…うん、俺も聞きたい事が有って…相談したら、教会に来いって」
そして、皆で連れ立って教会へと向かう事になった。
*******************************
「管理者イリスよ、火急の用件が発生した。ノートからのチャットだ。
内容を確認してほしい」
エギルに言われ、イリスがチャット画面を眺めると、弾かれたように顔を上げ叫ぶ。
「履歴を!」
イリスは慌てて、エギルに彼の記憶装置を持ってこさせる。
確かに、先程の異常事態はこちらでも観測していた、だが彼の記憶までは見られない。
彼が、森で瘴気にあてられたのは知っている。が、その後普通に皆と行動していた。
おかしくなったのは、単独行動してから。何かを考えているようだった。そして突如大声を出し昏倒した。そこから立ち上がった彼に意識はなかった。にもかかわらず、結界を張り恣意的な行動まで行った。再び昏倒して、宿に戻った彼がチャットをしたのは知っていたが、一体何が起きたのか、調べようと思った処にこの内容か。
「…これは!?」
思考を中断させられたのは、エギルが急に声を張ったからだった。
「どうしたのです…か…」
それは、彼の記憶装置。装置と言っても見た目は、手鏡の様な物だが。しかしそこに映った物を見て、イリスも言葉を失った。そこには断片的では有るが、勇者時代のノートの記憶が綴られていたのだ。
──…全ての神が、装置を見て各々表情が変わって行く。
「…ノート君、記憶が…戻って──」
「いや、違うようじゃ、全てではないがアレは見せられておるんじゃろう」
マリネラの呟きに、苦い表情のグスノフが即座に否定する。
「…なぜ? 誰に見せられているんです?」
マリネラが驚き、問いかけると。
「…おそらく…【彼女】でしょうね」
イリスが引き取って、ため息交じりに正当を告げる。
「…並列思考システム…【シス】か」
装置を流し見ていたエリオスが吐き捨てる。
「エリオス…その、シスとはなんだ?」
「ノード…彼の来歴は理解していますよね。彼は元々私が呼んだ【相馬健二】その人だと」
「は、ハイ。ですが時空の只中に飛ばされ、無理やり送還されたため、全ての記憶と能力を失ったのではなかったのですか?」
「…そうです。彼自身は失ってしまいました。ですが彼は、我らが召喚した勇者。能力の補正は大きなものを授けました。それを彼は十二年かけて成長させ、邪神そのものを滅ぼせる力を有したのです。当然、彼自身で保険もかけていました」
「…保険とは?」
「並列思考と記憶の複製…それらを彼の言う所のアカシックレコードに保存したのです」
「アカシックレコード?」
「はい。我等には理解できませんが、万物の補完書籍とも、データバンク、とも言うべきモノだそうです」
「…か、神すら認識できないモノとは…」
「解りません。元の彼はそこまで進化、もしくは神化したのでしょう。とにかくそうしてそのデータを整理、総括するための思考を分離、別人格化の為に性別付与まで行ったのが彼の並列思考システム。シスと名付けられたモノです。シスは分離後、成長を続け、細分化したのです。彼が全てを失った時、シス自身が彼を保護し、元の世界へ戻したのです」
「…そんな事が、あり得る…のか」
「…実際、彼はそうして、自身の元居た地球へ帰還を果たしました。……歯痒い思いでした。私が無理やり喚び、嫌な仕事を押し付けたのに、礼の一つも言えず、記憶まで無くさせてしまって。…戻った所で、彼はもう三十歳。かなり苦労した様でした。申し訳ない気持ちと裏腹に、安堵もしました。こちらの世界では復興と言う巨大プロジェクトを、発動しなければいけませんでしたから。もう彼に、そんな負担まで負わせたくは無かった。せめて、戻った地球で健やかに過ごして欲しかった…ですが、そうはならなかった。彼自身が蓄積した力、能力は失われてなどなかった。それは彼自身の中でずっと巡り続けた結果、特異点と言う力の塊を産んでしまった」
「…しかし、管理者イリスよ、なぜ今なのだ? 先程までの行動や言動から、シスが発現するに足るモノが、有ったようには思えないんだが」
「…なにやら、そこに彼の記憶の封印に関わるモノがあったのか、それともシス自身が、行動を起こしたのか。今はまだ分かりません。とにかく彼の精神を今一度ここへ」
「了解した。教会へ向かうようメールで指示する」
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