第6話 残滓
「…ここが、瘴気溜りのポイントなの?」
戦闘が終わり、キャロルとシェリーを伴ってセレス様の居る場所へ向かった。中層に入って、直ぐの場所にそこはあった。
──瘴気溜り。
魔素溜まりに瘴気が混ざり、飽和した場所。森に溜まった怨嗟の痕跡。自分の居た世界に、無かった常識。オカルトでは存在していたが、あくまでも、虚構の世界の話しだった。憎悪や怨念の具現化。其処にはそれが存在した。
黒ずんだ地面。何かが溶けたように一体化し、タールの様な物がブクブクと、泡立っている。本能的に忌避感が募る。まるで、其処に何かが存在するように。
『憎い! 悔しい! 苦しい! 憎い! 憎い! 悔しい! 悔しい! 苦しい! 苦しい! 生きたかった! 生きたかった! 痛い! 痛い! 痛い! 苦しい! 憎い! 憎い! やめて! やめろ! 痛い! 苦しい! 憎い! 生きたい! やめろ! くるしい! やめて! やめろ! どうして!? なぜ!? こんな目に! お前が憎い! お前が! お前が! お前を! 殺す殺す! 殺してやる! 殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! ころ──』
”バチン!!”
突然、頬をぶたれて我に返る。
「あ!…あれ?! 何が…」
気付くと身体は震え全身に嫌な汗が流れていた。
「…大丈夫です。此処には何もありません。私達はずっと一緒ですよ」
左右から優しい声と共に抱擁される。…あぁ良かった…一人じゃなかったんだ。
『…あまり、コレを見つめるな…呑み込まれる』
セレス様が俺を見つめながら優しく話しかけて来た。ふと頬を水が流れる。
「…あれ、俺泣いて…る?」
「大丈夫です。瘴気の残滓にあてられただけです。アレは憎しみの根源、その残滓。気を強く持てば問題ありません。ノートさんは初めて見たから、準備が出来なかっただけです。私達が傍に居ます、ね。だから大丈夫です」
キャロルがそう言って、一層強く抱きしめてくれる。柔らかく、暖かい彼女の体温が伝わってくる。シェリーは握った手を、包むように自身の胸に当ててくれる。
「私達は、心でも繋がっているわ、両手の紋はその証。心配しないで良い」
”トクン、トクン”
規則的に感じる心音。シェリーの胸から感じる。
「…あぁ、分かる。ゴメンねもう大丈夫。ありがとう皆」
そう言って、メンバー事クリーンを掛ける。
「良し。もう完璧! ありがとう。続けよう、セレス様石は有りますか?」
『…あぁ、ここに欠片が落ちている』
言われて見やると、そこにはあの時と同じくすんだ石の欠片が有った。
瘴気石。これがあるという事は、人為的な物が介在している事は確定か…。
『元々あった瘴気溜りがそこ。で、石が放り込まれて飽和現象が、急激に進化したんだろう。だから、純粋生産されたのが、オーク達。石側で起こったのが異常生産の変異種だろう。本来残滓がこんなに濃く残る事はない』
「…それでキングやハイオークが居たのに、群れの数が少なかったと」
『多分な。上位種は、標準種の昇華によって生まれる。群れに対して、上位種が多いという事は、この石が関連したんだろう』
「でもなんで教皇国がこの村に? 私達が来たのは昨日。幾らなんでも私達を狙ったとは考え難いです」
キャロルがもっともな意見をする。俺達にとってこの村は、通過点でしかない。足止めをするにしては、この村には要素がない。重要な施設も、人も居ないのだ。もしエクスに何かあれば、戻るのも簡単な距離。……意味が分からない。
「本当に、教皇国なのかしら」
『…どういう意味だ?』
「いえ、セレス様の事を疑ったわけでは有りません…この石の事情を知る者は私達だけではない、カークマン隊長が言っていました。国家案件だと。ならば、他国の間諜も知っている可能性があるはず。だとしたら…この間のスタンピードで、もし取りこぼしや、発生前に別に奪われたら…」
「シェリー、それってもしかして…ハマナス側の事?!」
キャロルが急に割って入ってくる。ハマナス?…て、中央の?
「…あまり考えたくはないけどね。キャロも忘れてはいないでしょう。傭兵部隊赤の斧」
ん?…どこかで、聞いた様な…あれ?
「ハイエナの居た部隊!! え?! アイツらハマナスに関係が」
あ!! あの三人組の斥候!…そう言えば、そんな部隊だったなぁ。
『ま、待て! 話が見えん。我にも分かるように話せ』
そこからシェリーは皆に順を追って話した。
帝国の雇っていた闇奴隷商人の攫い屋に居た三人組の斥候部隊。シンデリス内紛以前は、傭兵部隊として本業は戦場での戦働きだったが、何時もある訳じゃない。だからもっぱら護衛業務を請け負って居たらしい。
護衛として働き給金を得てはいたが、傭兵がそれで満足できるわけがない。そう言った物騒な連中は、野盗紛いの事もしていた。
──ハマナス商業連邦では、ある噂があった。そんな野盗の為のギルドが存在すると。
ハマナスは、商人の国と言っても過言ではない、故にそんな噂も当然だった。総ての国の商品が流通する国。どの国だって自国が一番潤いたい。だから、必然的に起きたのが足の引っ張り合いや、模倣商品。
それを取り締まる国もまた利権で争う。結果、国の暗部が粛清の名の下に、野盗の連中を管理し、運営する。
腐って矛盾した組織……通称ハマナスギルド。
正式名称など、存在しない。国が存在自体を認めていない。
それは水面下で、静かに深く腐って行った。
金で商売敵を潰す。コネで商品を横流し。気に入らないと商隊事皆殺し。そんなギルドに三人の部隊赤の斧は在籍していたのだ。
シェリーは、あの時違和感を感じていた。シンデリス内紛時、三人は確かに、赤の斧とは別行動だった。それは奴らのスキルによるものだ。でもそれは赤の斧にとっても、カードになる。なぜ別にしたのか? 帝国に何かコネを作るため? 色々考えたが、結局あの時は答えが出なかった。
「だからあの時は一旦忘れる事にしたの。…でも違和感は拭えないのよ。帝国が始めて、教皇国が絡んで…帝国の使った駒にハマナスの影。私はもう誰も何も、失いたくないの…」
『…そうか、分かった。ここで喋っていても始まらん。調査を進めよう。話は戻ってからしよう』
セレス様の言葉に皆は黙って頷き、周辺の調査を再開した。
俺は彼女らの過去を知らない…途轍もない程辛い事を経験しているのだろう。俺自身に人の生き死にや、そう言った非情な経験がないから寄り添う事も出来ない。
そこは歯がゆい。戦争は勿論、事件や事故に見舞われなかったある意味、幸せな人生だったんだろう。こういう時ってどう声を掛ければいいか、分からない。俺は黙ってミニマップを併用しながら、周辺を見回っていった。
この世界に降りる前、世界の構成を聞いていてなるほど、中央集権型の国家形成だと思った。国の代表と第三者で中央に監視機構が有って、周辺国家が各々発展し、中央に吸い上げて分散。リスクが細分化されて利益が最大化される。良いモデルだなと考えた。実際は真逆だったが。
結局は人のエゴ…欲の成せる業か。イリス様…人間は、何時まで経っても、変われないのかな。マリネラ様…貴女はこんな、人間たちを見捨てずに…優しいんですね。
グスノフ様…一杯一杯頑張ったんですね。ホント皆優し過ぎでしょ。
生きるって事は生々しい。綺麗事だけじゃ済まされない。そんな事はとっくに知ってたはず。
──でもここは、異世界。
読んだ物語では、皆が大体楽しんでいた。ざまぁや、追放系、復讐物は苦手だったから。現実世界で打ちのめされて、物語まで鬱展開はいやだったから。
はぁ~。異世界フィルターって怖いね。いくらチートを貰っても、それだけで世界を変えるなんて、俺には無理だよ。力は有っても知恵はないもん。ぶっ壊すなら出来るけど。
その後、一体どうするの? だよ。物語なら「おしまい」で良いけどさ。ここは俺にとっての現実なんだよ。これからずっと続いて行くんだ。
──最善策を見つけなきゃ。…俺と、俺の大切な…
”チリッ!” 痛たいっ!
──…そこで、俺の意識は途切れてしまった。
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