第13話 思い出の欠片
「…行って、しまうんだな」
ギルドマスターの部屋で、セーリスは寂しそうに呟く。
「セーリスはどうして嫌なの? そこまで彼が嫌いなの?」
キャロルの真摯な問いに、彼女は一呼吸おいてから答える。
「フム…嫌いとは言わない。でもそれだけだ。好意は有っても好きまではない。これもある意味、種族特性なんだろう。強いという事だけに、魅力は感じないのだ。もっとゆっくり考えたいと思う」
「…そっか」
「それに今はサラも居る。彼女を育てる事が、何より今は一番なんだ」
そこには偽りのない、真っすぐな瞳で二人を見るセーリスがいた。その視線を受けた二人は、肩をすくめるしかなかった。
「──…解った。じゃぁ待ってる。貴女はエルフだもの。私達より人生は長い。そして恐らく彼もそうでしょう。彼の見た目はヒュームだけれど、彼にそれは通じないでしょうから」
「シェリー! それは……」
「解ってたわよ。キャロルだって勿論。私達は、強者に根源的に惹かれるわ。でも彼の中身は決してそうじゃない。いえ、むしろ弱いんだと思う。お伽噺に聞いた勇者様は、全てが強かった。でもそれがホントかどうかなんて、分からない。ノート君が、勇者になるかは知らないけれど、私は傍らで見続ける」
「セーリス。私達は、シェリーと二人で誓ったの、国を出る時に。生涯二人で、忠誠を尽くすのは、世界で最も強くて、最も優しい人にしようって。彼がどんな時に怒るか、どんな時に笑うか。出会って間もないこの短期間でも、嫌と言うほどわかったわ。彼は常に子供達。それを通して、未来を常に気にしてた。私は、彼の強さと同じくらいの、優しさが好き。だから私は彼を支え続ける」
──…二人の言葉は、セーリスにとって覚悟にも聞こえた。
見続け、支え続ける。それを生涯かけて──。今の私には絶対言えない言葉だ。彼女たちと知り合った時、彼女らの中にあったのは、憎悪と復讐だけだった。今の彼女たちからは、欠片もそれは感じない。
「…わかった。もう泣き言は言わない。私も真摯に考える。先の話になるけれど。…よし! しんみりするのは、此処までにしよう。引継ぎの事だが──」
そうして三人は、夜明け前まで、いろんな話を続けていた。
*******************************
自室に戻って、ベッドに転がる。
両手の甲に見える紋、狼と虎。……結婚か。いざ、ハーレムになると、戸惑いがある。二人の事、為人や、性格なんかは、なんとなくの理解でしかない。
ビーシアンとしての特性。頭では理解するけど、気持ち的には追い付かない現状。お見合い結婚とかが、心情的に近いのかなぁ等と、ぼんやり思う。
「駄目だ! それは失礼だ。あの時誓いの言葉を聞いたじゃんか。応えるとか、烏滸がましいじゃん! 思いっきり好きになればいい!」
《どうした!? いきなり起き上がってそんな事》
「あ、そか。ハカセが居たんだった。あはは、いやぁ、いきなり結婚とか実感なくてさ、モヤッとしてたんだけど彼女たちに失礼だと思って…ねぇハカセ…」
《…なんだ?》
「…へへ。俺、こっち来て色々、巻き込まれたりもしたけどさ。良かったよ」
《なにが?》
「なんだかんだ言って楽しいんだよ。充足感って言うのかな? ずっと、何かが足りて無かったものが、今は足りた感じ?」
《…満足とは違うのか?》
「ん? あぁ、似てるけどね。それとは意味が違うから。それはこれから頑張って、最期に感じるのが良いかな」
《…そうか、今は、揃ったという感じか》
「あ、それが一番近いかも」
《そうか。これからの旅路にもか?》
「ん~。具体的に聞かれると分からないなぁ…あふわぁぁぁあ…眠い…お休みぃ…」
《眠ったか…はい、セレス様…いえ、特には…はい、は──》
◇ ◇ ◇
「***は、どんな花が、好きなの?」
「私が好きなのは、フリージア…***は?」
「う~ん、ヒマワリとか?」
「へぇ。…一途、なんだね」
「え? なにそれ」
「フフフ、花言葉だよ。ヒマワリの花言葉は、あなただけをみつめますや、憧れなんかもあったかな」
「ふ~ん、詳しいんだなぁ。じゃぁ、フリージアは?」
「…それは、***に調べて欲しいかな」
「うぅ…わかった、じゃぁ今度、調べる」
「えぇ~、出来れば、言葉と一緒に贈って欲しいなぁ」
「うわ、やっぱり、そっちが目的だったのかよ~」
「ウフフ。欲しいなぁ…ダメ?」
「うぐぅ…わかった、わかったよ、今度、今度な。今日は無理!」
「やった~! あ! ちゃんと花言葉も調べてね?」
「うへぇ~、ハードルたけぇ~」
「フフフ!約束だよ…約そ──…」
そう。彼女との約束。花が好きで、花言葉を調べて…。
守れなかった、約束と果たせなかった、願い…。
消えぬ想いと、消せない傷…押し殺して、彼女の願いを叶えたのに…。
時の流れは残酷で。戻れぬ道と、進んでしまった道の果て。
──…俺は、どこへ向かうのか…──。
気づくと夜は、明けていた。
「…何かの夢を見てたような、感じがするんだけどなぁ」
ぼうっとする感覚の中、そんな事を呟く。
「ノート兄ぃ! もう起きた?! ご飯、出来てるよ!」
ユマの声に、頭を軽く振ってベッドを出る。
「はいよ~。顔洗ってから行くぅ~」
返事をして部屋を出て行く。
《……今は、まだ…か》
◇ ◇ ◇
食堂に顔を出すと、3人はもう席についていた。
「「「おはようございます」」」
「お、おはようございます、早いっすね」
「お前が、遅いんじゃ! ムグ、もちぃとムグ、早くングッ、起きろ」
セリスがパンをモグモグしながら話す。
「もう、セリスさん。食べるか喋るかどちらかにしてください」
キャロルが、セリスの飛ばしたパンくずを拾いながら叱る。
「キャロは、朝から細かいのぉ…サラー! パンをもう一つおくれ~」
「はいですぅ!」
「ははは。朝っぱらから、元気ですねぇ」
席に着くとすぐにサラが、セリスのおかわりのパンと、俺の食事を運んでくる。
「ノートさんも、おはようですぅ」
「おはよう、サラちゃん。修行はどう?」
「はい! 頑張ってますぅ! 師匠と今日も、精霊ちゃん達に会いに行くですぅ!」
元気に返事をして、戻っていくサラ。そうして、皆で食事をしながら、今日の予定を決めて行く。
「じゃぁ、私は魔導車の進捗を見に行ってから、ギルドに行くわ。引継ぎと残務処理をしないといけないから」
シェリーが言うと、キャロも一緒に行くと言う。
「私も、シェリーと一緒にギルドに行きます。彼女の書類整理の間に、受付の引継ぎを」
補佐をすると言い出したので了承する。
「儂は、店の引き渡しに行ってくる」
「あれ? あそこ、賃貸だったの?」
「そうじゃ。で、出発までは此処に泊まるでな。」
「分かった。じゃぁ、今日は皆別行動って事で。」
「何かあったら、念話くださーあ! シェリーの分まだだった」
「期待してますね、ご主人様」
「あは! ハッ! 朝からヤバイ! シェリーはリクエストある? 耳に着けるんだけど」
そう言ってキャロルのカフスを指さす。
「…同じものでお願い。色だけ変えられる?」
「ん? いいよ。何色がいい?」
「そうね。キャロはシルバーだから、私は白金が良いかな」
「了解。今日中には渡すね。あ、後、その呼び方、やめて欲しいんだけど」
「「??」」
キャロとシェリーがきょとんとする。
「…なんか嫌なんだ。普通にノートで良い。君達を従えてる訳じゃないんだし」
二人は顔を見合わせ、笑顔になると、声を合わせて答えてくれる。
「「分かった(分かりました)ノート君」」
「うん! ありがと。じゃ! また後でね」
そうして各々、宿を出て行く。
俺は鍛冶工房街に来ていた。
相変わらず響く槌の音、カーンカーン、カンカン高く伸びる音や短く、響く音。何故か、心地良く響いて来る。そんな音をBGMにしながら、ヘイスの店に辿り着く。間口は狭く、気にしなければ店とは気づかない。ひっそりと言う言葉が似合う、そんな店。
「おはよう~っす!」
店の扉を潜ると、状況は一変する。空間の拡張された部屋。右手にカウンターがあり、左には様々な武具が並ぶ。カウンターの向こうには立て掛けられ、整頓された剣や槍。ショーケースのような架台には、各種、ナイフや短刀、魔導武具が並ぶ。
「はいよ~。お?! 来たかドラゴンスレイヤー! 待ってたぞ!」
カウンター横の工房出入口から顔を出したヘイスが言う。
「な、なんでそれを?!」
「アハハ。うちは冒険者ギルド御用達だぞ? セーリスだって来るんだ。他言無用は知ってるさ。でも今は、アタシとお前さんしか居ないんだ。アタシの武具はどうだった?」
「…ふぅ、まぁ、良いか。それなんだけどさ」
言いながら、壊れたガントレットを見せる。
「ありゃぁ! また、信じられない壊れ方だねぇ。どうやったら、こんなになるんだ?」
「…顔面、ぶん殴った」
「…はぇ? 顔面? なんの?」
「…ドラゴン」
「ブハっ!…アハハハハハ! マジでか?! まぁ、これは、そう言う武具だけど、グクッ…アハハハハ! で、どうだった? 感触は?」
「超~硬かった」
「ダ~ハハハハアハハハハ! ヒーヒー!」
壊れるんじゃないかと言うほど、カウンターを叩きながら豪快に笑うヘイス。
「アハハ! すげ~な! マジ尊敬だわ! そんな感想初めて聞いたよ。ドラゴン殴った奴も初めて見たし」
「アイツさ。ブレス吐きやがって。村に直撃コースだったんよ。だから、顔の向き変えたくて、飛び掛かってぶん殴ったんだ。でもさすがに硬くてさ、ひっくり返すのが精いっぱいだったよ」
「だははははは! 何だその感想!? てか、ひっくり返したの?! アンタバケモンだな!」
「もういいじゃんか! それよりも! コレ、直る?」
「…無理だな、芯が割れてる。作り変えた方がはやい」
「だよなぁ…でさ、物は相談なんだけどコレ、使えないかな」
そう言って、俺は異界庫から五十センチ程のドラゴンの牙を、カウンターに乗せる。
「うっひゃぁああ! なんてもんを出すんだこの野郎!」
何故か理不尽に怒られた。…解せぬ。
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