第10話 契
「…はい? え? どら、ごん? ドラゴン!?」
辺境伯は、会議机を勢い良く叩いて、立ち上がる。
遠く離れた、エクスの街周辺で起きた、スタンピード。同時多発的に起きたそれは、七カ所も確認されていた。故に住民の避難や、救援を含め、会議を始めた矢先、飛び込んで来た報告。
「は! 魔導通信によりますと、出現場所は未開の森、周辺集落よりは、離れた場所との事。」
「…そんなもの、奴は飛ぶんだ。意味がない! ドラゴンの大きさは? 種別は?」
「…は、はぁ、それについてですが…」
「何だ?! どうしたのです?!」
歯切れの悪い態度に思わず、怒気が混ざってしまう。
「は! 種別については、火龍。体長は約三十、体高は二十程です」
「か、火龍…だと」
「は! 実況見分では、そうだと」
「──…は? なに? 今何と言った、実況見分?」
「…そ、それがですね」
「は!…まさか?!」
「ドラゴンは、既に討伐済み。スタンピードについても、ほぼ鎮圧されたとの事です」
──静まり返る会議室。集められた高官達は、報告者と、辺境伯の方を交互に見るばかりだ。
やり取りの意味が分からない。スタンピードの報告が、有ったのが昨日。此処に居るほとんどの役人は、屋敷で寝ている所を叩き起こされて、そこから関係各所を言葉通りに、駆けずり回った。
そうして、やっと今から纏めたものを、整理しようと集まったのだ。なのに今来たこの男は、ほぼ片が付いたと言う。しかもドラゴンなどと言う、更に混乱極まるおまけも付けて。
次の瞬間、会議室は打って変わって、爆発したように騒ぎ出す。
「貴様! 意味の分からんことを──」
「一体何がどうゆう事だ!!」
「ええい! こっちは、寝ずに資料を纏め──」
「それは皆同じだ!」
「ドラゴンってどういう──」
「いや、それよりもだな!」
「予算が!」
「──…!」
”ドン!”
「お静かに!!」
ずっと辺境伯の後ろに控えていた、ゲイルが机を叩き、一喝する。
「一同、ご静粛に。エリクス様…エリクス様!」
「…は!? 何だゲイル?」
「皆がお言葉を、お待ちです」
報告者の言葉で事の真意に思い至った、エリクス辺境伯は、あまりの事に絶句していた。
ゲイルに促されるまで、茫然自失してしまった。
「あ?! あ、あぁ、報告は了解した。折り返し連絡すると、伝えてください」
「は! 了解しました。失礼いたします」
「皆も、今の報告を聞いたと思う。危機は去ったとみて良いでしょう」
「え? エリクス様!? 先程の報告を信じられるのですか?!」
「ど、ドラゴン等と、言う文言は?」
「裏取りもなしに、安易にお決めになられるのは、早計ですぞ」
皆、矢継ぎ早に反論するが、辺境伯は全く聞く耳を持たない。
「信頼出来る御方が、エクスには存在しています。一同、お忘れか?」
その言葉を聞いた途端、反論はピタリと止む。
「で、では、セレス・フィリア様が?」
高官の一人が、恐る恐る聞くと彼は、無言で首肯する。
「…ですが、まだ予断は出来ません。現状は、危機が去ったという事だけです。復興や、人的損害等把握に切り替え、話を進めます。準備を」
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「【青】が、消息を絶った?」
「は! 先程、瞳が、報告して参りました。」
「…それは、全滅の意味で?」
「…おそらく」
「この件、枢機卿は?」
「いえ、先ずは、司祭様にと思い」
「それは、僥倖。私からあの御方には伝えます。故に他言せぬ様、宜しいですね」
「心得ております。では、私はこれで」
「ふむ。暴力程度では、敵わないと…では、次の一手を用意しましょうかね」
報告者の出て行った部屋で一人、ボスコ司祭は、嫌な笑みをこぼしていた。
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「はぁぁああ?!」
ギルドマスターの部屋に響き渡る声。
「うひゃぁ!」”ドテン”
「ビックリですぅ!」
セーリスの大声に、吃驚したサラが尻もちをついて、抗議の声をあげる。
「あ? あぁ、すまん、すまん。いや! そうじゃなくてだな」
「ふぇ? 師匠、どしたですぅ?」
「え? いや、今シルフが教えてくれたんだよ。ノートのバカが、やらかしたとな」
「ん? 何の事ですぅ?」
「…あのバカ、ドラゴンを討伐してしまった」
「どらごん? どらごんって、おっきな龍の事ですか?」
「そうだ。どうやら、火龍を討伐したらしい。目撃者がいる。あぁ! もう!」
「…すっごいですねぇ! まるで、勇者様みたいですぅ!」
「始祖様、始祖様! どうするんです?」
セーリスは、念話でセレスに呼びかけるが、反応は無い。
「もう! 肝心な時にだんまりって! ずっこいです!」
ギルド内の、休憩所はもっと騒ぎになっていた。
「おい! 斥候組の話、聞いたか?!」
「トロルの事か?」
「それそれ! ノートの単独って奴だろ?」
「あぁ。なんか、瞬殺だったらしいぜ」
「どんな攻撃したんだ!?」
「なんか、体術? らしいぞ?」
「いやいや、威力が、おかしいって! 全部一発だったらしいぞ?!」
「それで、トロルが爆散って」
「「あははははは!有る訳ねぇ~~」」
正確に、情報は伝わっていたが、あまりに荒唐無稽すぎて、信じられる事はなかった。
「ふぅ。そりゃ信じられないわよねぇ。良かった」
シェリーは、ドラゴンの事も聞いていたが、話すつもりは当然なかった。
「…キャロル、大丈夫かしら? 発情、爆発しないといいけど…」
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「いいか、頼むからホントに! 真面目に! お願いだよ。隊長からの!」
皆の下に戻ってきた途端に、キャロルが抱き着き、セリスが大爆笑していると、カークマンが近づいてきて、何故かの、懇願攻撃。
「ど、どうしたんですか、隊長?」
「ぎゃははは! コイツ、自分が何したのか、解ってないみたいじゃのぉ」
「もう! もうもう! 離れませんから! ずっと! ずぅぅぅぅっと!!」
まさに、カオス! てかキャロ、やばいから、あ! む、胸がぎゅぅぅぅって!
『えぇえい! 落ち着け!』
セリスから、主導権を奪ったセレスが、風を巻き上げ、場を落ち着かせる。
『…おい、キャロル、いい加減離れろ。ノートの理性が飛ぶ』
おパ~~いだ! わぁ~い! おぱ。は!? ここは?
《既に、飛んでいたようです》
「え? なになに? あ! キャロ! ただいま!」
「はい! ご主人様!」ばっさばっさ!
「うお! 風圧がスゲェ!」
”ポカ!” ”パコッ”
「「痛たいっ!」」
『後にしろ…カークマン、お前も落ち着け』
「ううぅ、セレス様ぁ…俺、お腹痛いですぅ」
『我は、頭が痛いわ……。とにかくだ。ノート、あれ、異界庫に仕舞ってこい』
そう言われて、ドラゴンの遺骸を回収し、俺達パーティと隊長とで、先に戻ることになった。
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詰所に戻ってくると、俺達は速攻で隊長室に隔離。現在、事後の処理や復興の件で、魔導通信中で、隊長は不在。部屋には、代官と彼の侍従。コンクラン副長と、俺達合わせて六人がいる。
「…はぁ~。いやはや、もう。何と言えばいいのか」
ハンスは、苦笑いのお手本みたいな顔で、こちらに話す。
「…トロルの件だけでも、信じられんと言うのに」
コンクランは、扉の近くで、小声でぼやく。
”コンコンコン”
「は、はい!?」
「冒険者ギルド、マスターと、シェリー嬢がお越しになりました」
「あ、通してくれ」
何故か、ほっとした顔でコンクランが、戸を開ける。
「始祖様! 何故、返事をしてくれないんです?」
入って、開口一番セーリスの言葉はそれだった。
「キャロ…は、はぁ~。やっぱりか」
同じく、シェリーの言葉。
「あ! ただいま! シェリー! 私もう無理! 決めたから! ご主人様の子を産むの!」
そう。キャロルは、あれから、ずっと俺の腕を掴んだままなのだ。正直、腕が気持ちよい…が、痺れても居る。既に、指に血が通って居るかも怪しい。まぁ、頑丈だから大丈夫とは思うが。常人なら多分千切れてるな。
「ねぇ、キャロ。分かったから。……良いのね? 本当に」
「うん! 誓った姉妹の絆は永遠に、互いの不可侵を持って、主従の誉れ分かち合う」
『おい! おいおいおい! お前たち! 待て! 待って!』
「…しぇ、シェリー! 貴女迄なの!」
な、なに? なんなの? ドユ状況?
《あちゃ~まさか、こいつ等、姉妹の契りを結んでいたのか》
…ハカセ──! それって何ぃ? 教えろくださ~い!
混乱した俺の前に、突如二人が跪いて、頭を下げる。
「え? なに? キャロ? シェリーさん?」
「「我等、姉妹の契りしは、とこしえの絆。どちらが、決めた相手でも。一生かけて、添い遂げましょう。我ら姉妹は一心同体。産まれ、種族は違おうと。最期に死ぬは、同じ主の元となりや。言霊以て、奏上します。我等の忠誠、伏してお願い奉る。主の御名はノート様。この命果てるまで。どうぞお傍に」」
口上を述べた二人は、自身の頭を俺に向け、まるで耳を触れと言わんばかりに差し出す。
「あ~、え~と。はい、宜しく? お願いします」もふもふ。
ふわぁぁぁあ、猫耳と犬耳だぁぁぁぁああ~。
”パチリッ”
「痛たっ!」
引っ込めた手を見る。右手には、狼の文様、左手には、虎の文様。
「な! なんじゃこれぇぇぇえ!?」
「「フフフ、これから、よろしくお願いいたします。ご主人様!」」
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