第9話 災い転じてフラグ増す
「──…は、ははは! おい、見ろ! やった! やったぞ!!」
カインは歓喜の声を上げて、ソイツを見上げて居た。そんな彼とは逆に、周りの部下はその威容に慄き、後退っていく。
「隊長! ま、不味くないですか? こ、こんなバケモノ、ホントに言う事、聴くんですか?!」
部下たちは、その巨大さもさる事ながら、何と言っても火龍と言うバケモノを産み出してしまった事に、戦慄していた。
「あははは! 何を言う! コイツには、そんな必要などない! ただ、暴れればいい! 村を焼き、街を壊し、人を蹂躙すれば良いのだ! 我らの役目は、人減らし! モンスターを嗾け、異端者を滅する事こそが我らの本懐! さあ行け! そして暴れ、焼き、蹂躙せよ!」
──カインには、もう何も、聞こえていなかった。
ドラゴン。その存在はモンスターの頂点の一角。更に、その上を行く蹂躙せし者で有る火龍。それを瘴気石によって産み出した。報告のあった、ノート達の力。中途半端なモンスターでは、それこそ鎧袖一触と感じた。故に、渾身の思いで、全ての石を使って、唯一体のモンスターを産んだ。
「あはははは! ノートよ! 火龍の吐息で、消し炭となるがいい! 我ら、ヒストリアに光あれ!」
部下たちは何も言えず、ただ、その威容を見上げていた。
体長は恐らく三十メートルは下らない。首を持ち上げた高さは、二十メートルは有るだろう。彼らは身を寄せ合い、震え、怯えるしかなかった。
存在だけは、誰もが知っている。だが実際目にした者は誰もいない。奴らは古に、未開の土地へ去ったのだから。
だから、人間が栄えられたのだから。彼らは、自然災害と同じ。抗う事など、出来ようはずがないのだから。
──そして巨躯は、動き出す。その瞳は濁り、ただ怒りに突き動かされ、想う願いは唯一つ、【総ての破壊】。
──瘴気の石より産まれた、異形のドラゴン。それは、人の知りえる者とは違った。一歩を踏み出そうとして、それは気付く。足元に居る羽虫たち。…煩わしい。足元に、羽虫などと。
次の瞬間、彼はふぅと吐息を吐いて、綺麗にならした剥き出しの地を見る。そうして、首を持ち上げると、眼前の景色に去来する想い。
『燃やし尽くし、蹴散らし尽くす』
あらゆる怨念と、魔素を取り込んだ、異形のドラゴン。それは、復讐の念の塊。やがて背にある翼を広げ、魔力の風に乗って、その巨体を、空へ押し上げる。
『グアギャァァァァアア!!』
向かうは、ただ復讐の為。人を蹂躙せんが為。その羽ばたき一つで、森など超える。そう考えて、翼に魔力を流した時だった。
「サン・レイ!」
最初に感じたのは、熱だった。火の化身の様な、自身が熱を感じる? 次に違和感。羽ばたいたはずなのに、自分は落下し始めている。
そうして初めて感じる、背の激痛。
『ガギャァアア!?』 なんだ? 何故痛い? 気付くと光が見えた。
”バジュン!” また来る激痛!
そうだ! 光だ! あれが来ると、自身の身に傷がつく。
”ドッズゥゥウン!”
四つ足を使って、着地して光った方を見る。
──…羽虫?! こちらに向かって手を翳し、何やら口を動かしているが、解らない。焼けばいいのだ。それだけで事は足りる。そう考えて、息を吸い込み、魔素を練る。
口腔内で魔力を変換、口を開くと外気に触れたそれは、瞬時に発火し、吐き出すブレスに合わせて炎上、炎の道を創り出す。
これだけで、我の前の敵は消し炭となる。そう思っていた。
炎が、一瞬で掻き消える。
え? 何が起きた?! 次に感じたのは顔面のブレ。強かに顔を殴られた。…何に?
それは左の眼球に、映る男の姿。右の拳を目一杯引き絞り、目は真っすぐにこちらを見据えている。
”ドゴォォォォォオオオン!”
硬質な打撃音が響き渡る。巨大な、鐘楼をハンマーでぶっ叩いた様な轟音がした直後に聞こえるは、咆哮のような叫び声。
”ギャガァァァァァアアア!!”
「硬ったぁぁぁぁあああい!」
ブレスが来たときは焦った。さすがはドラゴン。一瞬で、周りの木々が炭化した。おかげで道が開けたんで、地を踏み、全力で飛び掛かって、ぶん殴ったのに。
岩? コンクリの壁? だった。おかげで、ガントレットは粉々。その代わりに奴は、首を思いっきり捩じって、ひっくり返ったけど。
これがドラゴンか。確かに強いなぁ、というか硬い。そんな感想を思っていると、念話が飛んできた。
…だ、だいじょうぶですかぁぁぁぁああ?!
あ、キャロ。うん、大丈夫! ガントレットが壊れただけだよ。
…あはははは! 何じゃそれ!? お前はやっぱり、おかしいわ!
セリスにだけは、言われたくねぇ!
二人とも無事だったんだな。…よかった。
さてと…ボチボチ、起き上がって来たなぁ。それにしてもデカいねコイツ。
──…気づくと、彼は一瞬でドラゴンに向かっていった。
やっと、スタンピードに、ひと段落付いたと思ったのに。彼からの念話で、裏でこそこそ動いてる人間を見つけたとの連絡が来た。モンスターの片づけをお願いして、駆け付けた時にあの咆哮。
正直、竦む思いだった。無意識下の根源的恐怖。
──ドラゴン。存在しか知らない、生物としての強者。巨大にして、強大。足元に向けたブレス一つで、森の半分ほどが、一瞬で消えた。
人類が敵う事の無い存在、そう思ったのに。あっという間に、空からアレを撃ち落としたと思ったら、一足飛びで、一撃で。彼は、ドラゴンの顔をぶん殴っていた。
──…心の中の何かが、あっけに取られ、一瞬で気が晴れる。
周りに居た誰もが、声を出せず、固唾をのんで見守る中、彼の気の抜けた声が聞こえた。
”硬ッたぁぁぁぁああ!”
何を、当たり前の事をと思うと、笑いがこみあげた。
もう! もうもう! 何なの何なの! カッコよすぎでしょう! 私の! 私だけのご主人様!! 絶対帰ってきてくださいね! 子作りしましょう! シェリーが発情期がどうのと言ってたけど、関係ないです!! ぁあああああ! もうもう! 尻尾が千切れそうですよ! 早く戻ってきてください!
「…の、のぉ、キャロルぅ、せめて、念話は切って喚こうな、ノートの奴、こっち見て、固まってるんじゃないか、あれ」
「……ファ────!!」
…うぉっほん…あ、愛が激しいなぁ…て、照れるぅ。
《おい! 来るぞ!》
起き上がるついでとばかりに、前脚? のスタンプ攻撃。
”ズドォン!”
横に飛んだ瞬間、其処めがけて、尾が迫る!
”ゴォォォォオオ”
尻尾の音じゃないね、コレ。迫る壁じゃん。すかさずククリナイフに魔力を通すが、気づかれたのか、先端だけを捩じって、鞭の様に弾きに来る。
”ズバァァァァアン!”
慌てて、奴自身の身体の下に潜り込むが、起き上がってすぐさま横に移動する。
「うっはぁ、でっかい癖に素早いとかって、反則じゃねぇ!?」
恐ろしく硬い鱗の表皮で、地面を削り取りながら、手足、尾まで使っての物理攻撃。此方が、立ち止まった瞬間には、魔弾の飽和攻撃が飛んでくる。
まるで気分は、弾幕シューティングだ。体力勝負で奴は来る。
おかげで、森は超悲惨。木々はなぎ倒され、地面は捲れ上がり、至る所に穴が開く。響く轟音、喚くドラゴン。はた迷惑極まりない。
実際の時間では、五分くらいだろう。体感的には半日だけど。ようやく、奴の攻撃に間が開いた。
──…なんでこんなに時間をかけるのか。俺自身は、直撃されても傷つかないのに。嫌だったってのもある。本音の大部分はそれだった。痛くなくても、吹き飛ぶし。
……だけど。奴の中にある、何かが。恐らく犠牲者のモノであろう、怨嗟が聞こえた気がした。
理不尽に殺され、異形を産みだす糧にされる。その気持ち、想いなんか、とてもじゃないが想像できない。そして、それを凝縮され、蓄積されて産まれた自身。
──…歪で、異質な存在。
本来ドラゴンは、モンスターのカテゴリーじゃない。知性を有しているのだから。
だからと言う訳でも無かったが、烏滸がましいかもだけど、少しだけ同情してしまった。
だから憂さ晴らし? に付き合った。コイツにとっては、それこそ余計なお世話だろうけど。
一拍の間の後、直上から火焔ブレスが吐き出される。周りは灼熱化し、地面は一瞬にしてガラス化現象を起こす。一点集中砲火。そこに俺はもう居ないけど。
「…すまんな。俺の身体に傷は付かないんだよ」
ありったけの魔力をククリナイフに通して硬化すると、鋭利化と伸長を意識して、風魔術に乗せて一瞬で振り抜く。
突然動きを止めたドラゴンの胴から、首がずれて落ちる。
”ドォォォォオオン”
続く様に、倒れる身体。
有史以来、無かった単独ドラゴンの討伐。そして同時に、ドラゴンスレイヤーが、此処に産まれた瞬間でもあった。
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