第8話 隣は何を、するひとぞ
ヒストリア教皇国、特殊戦闘部隊。異形戦術部隊、通称【青の蹂躙者】部隊名より、色で呼ばれるのは、彼らの出で立ちによるものだった。その体中に入れ墨を施し、差し色は必ず青。顔中に燃え盛る炎の様な、トライバル柄は、奇麗な青色に、染め上げられていた。
彼らの最も得意とする、戦術。それは瘴気石による、スタンピード。これに乗じた、略奪や殺戮に破壊工作。モンスター主体で行われるそれは、まさに、蹂躙だった。
同時多発的に起きる、スタンピード。兵の準備はおろか、避難すら、間に合わせない。阿鼻叫喚の中、幼子を攫い、瘴気石の補充に充てる。そんな狂気の沙汰を繰り返し、彼らは任務を遂行する。正に狂信者。
しかし、その部隊長であるカインは、報告を聞いて、困惑していた。
「開拓村の、モンスターが殲滅された?」
「は! モンスターのみならず、瘴気石も粉々に破壊されていました」
コイツは、何を言っている? モンスターの殲滅は、まだ分かる。あそこに出現させたのは、ゴブリン達だ。数で押せばすり潰せる。だが、瘴気石は別だ。一度発動したあれに、人間は近づけない。瘴気に、取り込まれてしまうからだ。万が一近づけば、発狂死するだけだ。それをどうやって? いや、それ以前に、何故石の事を知っている?
「それをやった連中は? 確認したのか?」
「は!…それが」
「それがなんだ?!」
「は! ゴブリンを殲滅した者は一人。石はどうやら、狙撃された模様」
「…は?」
「え? 一人? 一部隊?」
「いえ、個人一人です」
な、そうか! あの帝国の殺人狂を、殺したあの男か!
「ノートとか言う奴が、もう出て──」
「いえ、ゴブリンを殲滅したのは、たった一人の魔導師です」
「ファ?」
「瘴気石を破壊したのも、その者の仲間の様です」
──…石一つあれば村の一つや二つ、簡単に蹂躙して来たのに。
それがなんだ? モンスターは、一人の魔導師に殲滅され、石も一度の狙撃で、粉々? あり得ない。そんな事、有って言い訳がない。
「な、何なんだ? 化け物か? オリハルコン級の冒険者でも、居たのか?」
オリハルコン級冒険者。国に認定され、各国で保有制限される、超級冒険者。そんな存在が、この辺境に?
「い、いえ。その…ノートのパーティです」
「…は?」
思考が、停止しそうになった時、また、報告が入ってくる。
「報告します! トロルが、トロルの部隊が、瞬殺されました」
集まった青の蹂躙者の顔は正に、真っ青になった。
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二人の部隊と別れてから、小一時間が経った頃、渓谷の橋が見えて来た。俺はミニマップを展開し、トロルを指定して、探査を開始する。
「皆さんは、このまま橋へ! 俺はトロルに向かいます!」
「え?! あの、大丈夫なんですか?」
並走していた兵が声を掛けてきたが、そのまま俺は渓谷めがけて、ダイブする。
「うわ! とんだぞ!」
「マジか!」
「とにかく今は村だ! 急げ!」
深さにして、およそ三百メートル程。放物線を描きながら、自由落下を始めた体に、身体強化と姿勢制御の風魔術をかけ、速度調整をしながら、マップを見る。
「…いた。結構デカいんだな、トロルって」
渓谷の底に、体長約三メートル程の、巨漢の様なモンスターが四体見えた。耳に風切り音を聴きながら、正確に場所を特定し、足に強化を掛ける。
「どうぉぉりぃいやぁぁぁぁああ!」
俺は体制を制御しながら、トロルの頭めがけて、ライダーキックを敢行する。
”グモア?!”
振り向いたトロルの鼻の辺りを中心に、汚い花が咲く。
”グバァアガァア!” ”バシャァアア!”
顔の中心部を貫通され、頭部を失ったトロルは吹き飛び、他のトロルに、その体を押し付ける。
”グアァ?” ”ボマァア”
体中に付いた体液や血を、クリーンで飛ばしながら、着地と同時に次のトロルへ肉薄する。
「フッ!…はっ!」
トロルの体表は堅く、切りつけても再生スキルですぐに、塞がる。しかし、切断すれば別だ。再生に時間がかかる。ククリナイフに、風魔術で切断距離の延長を意識。そのまま振り抜く。
”バザンッ!” ”グガヤガギャァァア!”
両の足を腿で切断されて、前のめりに突っ伏する。
”ザンッ!”
頭部を胴から切り離す。
「…よし、後、二体」
◇ ◇ ◇
「あ、アイツが、ノートかよ。…化け物だ」
渓谷の手前で用意した、コボルトの斥候が戻らず、見に行った時には、戦闘跡しかなかった。その為、用心して渓谷の底に来て、トロルを産んだのに。
瘴気石はそれで枯れてしまった。使い切った。そうしてまさに、村に向かおうと思った瞬間に。
空から、人が降って来た。
降って来て、そのままトロルに直撃した。しかし潰れたのは、トロルの方だった。そんな馬鹿な話、ある訳ない。実際、目の前で見るまでは。
次の瞬間には、別のトロルの足がもげた。倒れた途端に、斬首される。あまりにも、理不尽な光景。次のトロルは、腹に穴が開いた後、首が飛ぶ。
最後のトロルは、その有様に何もできないまま、縦に割れて死んだ。
震える足を、叱咤して、その場から逃げる。隊長に連絡を! その一心で唯、走って逃げた。
──こちらを見上げる視線には、気が付かなかった。
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”グガァァァァア!” ”ゲギャァアア!”
「フンッ!」
「はぁあ!」
「うりゃ!」
”バザン!” ”ザスッ!” ”ビジャァ!”
「ふぅ…」
「オークも、これで終わりじゃ」
「ですねぇ。さっき、ノートさんも、トロルの討伐、完了したって」
「ふむ、儂にも聞こえたよ…それに…」
「えぇ。視線の主でしょう」
「…また、暴発しなければよいが」
「ぁ、あのぅ。も、もう大丈夫でしょうかぁ?」
「あ! はぁい。もう終わりましたよ!」
「…なぁ、キャロよ」
「え? どうしました?」
「…このオーク共もそうじゃが、さっきのゴブリンも、魔石が異常に小さい」
「え? そうなんですか?」
「ほれ」
周りには、惨殺されたオークが転がり、衛兵たちが、集め始めている。そんな中、彼女たちはオークから抜き出した魔石を、先程殲滅した、ゴブリンのものと、併せて確認する。
「…本当ですね。個体差にしては、あまりに小さいです」
キャロルは、仕事上、魔石を見慣れているので、直ぐに気付く。
「ふむ、兎に角いくつか確保してくれ。調べるでの」
「はい。衛兵さんに、伝えておきます」
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「クソ! なんだ、アイツら? オークも全滅した!」
「どうする?」
「これじゃ、石に補充出来ない。一度、隊長の所に──」
「はい。そこから、動かないでね」
いつの間に? いや、隠蔽の魔道具は?…え? 壊れてる?
「あぁ、動くなと言った」
”ピシリ”と、地面から棘が立ち上がると瞬時にソレが、男達を取り囲む。
「…クッ」
「…これが、【石】か。」
そう言って、徐に一つを掴む。握りこぶし大のそれは、禍々しく黒光り、石の周りが歪むほど、異質な感じがした。途端に石が反応する。 魔素を、吸っているのか?
「バカが! 掴んだぞ! 魔素を吸われ、ろ…? なんだ?」
勿論、結界で包んでいるから、そんな事は起きない。
…やっば、マジやばかった。ハカセ、サンキュウです!
《…何をやってるんだ、お前は》
「そうか、無差別に吸うんだこれ。でも、お前達には効かないな、何故だ?」
残りの石を纏めて、結界で包んで異界庫に入れてから、男達に近づく。
「ん? あぁ、その入れ墨、魔紋か。それでこれが、反応しないんだ」
な、何なんだ? 喋っていないのに、何故次々に分かる? 大体、ここにしたってそうだ。魔道具で、隠蔽されていたのに。普通、モンスターが集まる傍に人が居るなんて、考えないのに。
ミニマップで、マーキングした後、男達を尾行していた。トロルの所に居た奴は、ここではない。その集団は、ずっと森の奥に居る。人も魔獣も見当たらない、東端の未開の森。
前人未踏の深い森で突然、それは大きな咆哮をあげる。
──ギャァァァァアオオオン!
そして天に向かって、上がる炎の柱。
──火龍が、産声を上げていた。
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