第6話 スタンピード
「行きました! 右前方!」
…ザザザ! 下草を掻き分け、ソイツは敵意剥き出しに、向かってくる。
「…コイツが」
俺は腰を落とし、ミニマップを意識しながら、ククリナイフを握りしめる。…次の瞬間、ソイツは下草の隙間から、跳び上がって来た。
「ギイガァ!」
開いた口には乱杭歯が並び、目を血走らせて、木切れを手に必死の形相をしている。
”ブウン!” ”ギャァ!” ”ブン!”
木切れを振り回して、必死に立ち向かってくる、人型の緑色の肌を持つ異形。しかし、その動きはひどく緩慢で、容易くソレの背後を取る。
「フッ!」
”ザンッ!”
一刀で、その首を落とす。
「お見事!」
首を落とされ、指示の来なくなった身体は、ふらつき、その場に頽れる。頭部を失った首から、脈打つように、濁った血がどくどくと流れる。…身長は、一m程の異形。この世界で初めて出会うモンスター。
「これが、ゴブリン…」
ヘイスから、武具を受け取った俺達は、調整や、連携などの諸々の確認も兼ねて、エクスから少し離れた森の奥で、モンスター狩りをしていた。
「…すっごい、切れ味ですね。何を付与してるんですか?」
キャロが、近づきながら聴いて来る。
「あぁ、属性は風と、防汚でクリーンと、摩擦軽減。だから、切った感覚が、ほぼないんだよね」
「はぁ?…怖いですよ、言い方」
「あ! ごめんごめん。でも、キャロのも同じ加工したから、切ればわかるよ」
「つくづく実感しますよ、ノートさんの、規格外っぷり」
「ふははは! ホントに、見てて飽きんわい。なんじゃ、あの動き、一瞬で後ろに回り込みよって」
──確かに、自身でも薄々気付いている。
戦闘経験なんてものは、もちろん無い。でも記憶に刷り込まれている。それは神々に聞いた事で、理解はしている。だが、実際、それを行ってみると、違和感も感じる。
ソレはとても生々しい感覚だ。一瞬で頭に出来上がる、動作の種類。どう動き、どう捌き、躱し、確殺するかを、瞬時に選べる思考。
今まで生きて来て、考えた事の無い、必要のない思考感覚。
何よりも、怖いのが、平然と殺戮行為が、行えている事。どうしてだ? 自分は今まで、こんな世界とは真逆の平和主義者だったのに。
──そこまで考えて、ハタと気づく。精神は年齢五十の太田零士だ。だが、肉体は違う。…そう。魂だけが、俺なんだと……。
「ノートさん? どうかしました?」
「おい、どこか、痛いのか?」
「…え?! あ、ごめん、何でもないよ」
……詮無きことだ。もう、太田零士は居ないのだ。俺はノート。この世界の住人なんだ。
「さぁ、魔石と耳? だっけ、切り取って次!」
「え、えぇ。解りました」
「…変な奴じゃのぅ」
心のわだかまりを、無視するように、ナイフを物言わぬ、躯に向けた。
「これもいつか、日常に…なるさ」
──小さく呟いた言葉は、ハカセだけが聴いてくれていた。
「防具の具合はどうです? どこかきついとか、引っ張る感じしません?」
「うん、無いね。すごくいい感じ。特にブーツ。重みが有るけど、逆に、踏み込みが安定する」
「へぇ。それにも何か、仕込んでるんですか?」
「うん。…こんな感じ」
そう言って、踵部分を押し込むように踏むと、爪先から切先が出る。
「わっ、仕込みナイフ!」
「そう。ワンアクションで出せるから、咄嗟にも使える」
「…なんか、暗殺者みたいです」
「あはは、言えてるな。腕の仕込み暗器も、そんな感じだし」
右の腕にはガントレット。左は盾にもなる手甲。各々に暗器が収まっている。右からは、手の甲部分から魔弾が。左には、手首側に魔道具スロット。全部、俺の魔改造によるものだ。
「お主、一体、何と戦うんじゃ?」
さっきから、批判ばかりしている、セリスだが。
「いや、俺はセリスにそれを聞きたいよ」
「…ですね」
キャロと二人で、ジト見する。
彼女の装いは、所謂魔導士だ。フード付きの外套に、魔状を手にした、
オーソドックスな見た目。だが、彼女の周りには都合三台の浮遊型ゴーレムが待機している。
知ってる人間が見れば、一目でわかる。ありゃ、ファン〇ルだ!
トライアングル状に浮遊し、全方向に対処できる。攻撃武装は、ビームと、各種魔術。魔力供給は、魔紋付与済み魔石の大気吸収。完全オリジナルの、俺謹製品。
「年寄りには何か有ってからでは、遅いからの。お主の、魔道具制作の、確認も兼ねてじゃ」
「はぁ~、まぁ、良いけど。今、オートデストロイは、使っちゃだめだよ。」
「くぅ~~。それが一番使いたいのにぃ~~!」
「駄目! 俺のマップと連動するからすぐ分かるんだからね。即、停止させるよ」
「…ノートさん。あれ、一番持たせちゃいけないと、思うんですけど」
「ははは。だよねぇ。…俺もつい、出来心で作っちゃったんだよねぇ」
「…私のこれも…使いどころに悩みますもん」
そう言ってキャロは、腰にぶら下がるホルスターに触れる。
彼女に持たせたのは、所謂【魔銃】だ。拳銃タイプだが、嵌めた魔石により、礫、火球、氷塊、ビームが、それぞれ、無反動で発射される。魔弓が存在すると聞いて、対抗して作った。距離は短いが、二百m程は狙った場所に打てる。
「キャロのは良いんだよ。接近戦タイプのキャロに、中距離攻撃の手段があれば、いざって時に、確実に役立つから。怪我なんてして欲しくないからね」
「ノートさん」わっさわっさわっさ!!
「は~いはい!ここはまだ、宿じゃぁないよ!」
そんなこんなで、日が傾くまで戦闘と武具の調整を行った。
◇ ◇ ◇
──…日も沈もうかという頃、何とか、入門口に辿り着く。
「っぶなかった~。閉門時間忘れてた。」
「何度も言いましたよ、そろそろですよって」
「いやぁ、コボルトだっけ? アイツらが群れで来たから、訳分んなくなっちゃって」
「確かに、あれはビックリしましたねぇ。三十頭ぐらい? でしたね」
「そう、で、セリスが爆笑しながら突っ込んでって」
「あれは、怖かったです。そこら中に肉片が飛び散って…」
「あはははははは! 最高じゃった! スカッとしたわい」
「お~い。それって、マジか?」
「「「え?」」」
振り向くと、こめかみを、ピクピクさせながら、微笑むカークマン隊長が居た。
◇ ◇ ◇
「どこの森で、それに遭遇したんだ?!」
衛兵詰所で、カークマンと、コンクランに囲まれて、説明していると。
「失礼します! 冒険者ギルドから、使いの方が来られました!」
「入れ!」
扉が開き、中に入ってきた人を見る。
「あ! シェリーさん」
新しく、受付チーフとなったシェリーが、此方を一瞥して、隊長たちに、一礼する。
「先程の報告を受け、現在斥候を三チーム送りました。解っているだけで、モンスターの群れと、思しき集団は七カ所、確認しています。…貴方達の居た森は、集落のある西渓谷の手前の森の奥よね?」
「あ、はい。え? 何かあったんですか?」
そう聞いた俺の目を、シェリーさんは真っすぐに見て、こう言った。
「スタンピードが、発生したわ」
「へ? スタンピード?」
「…何時!?」
キャロが血相を変えて叫ぶ様に言うと、セリスも大声で話す。
「では、あのコボルト達もその一部じゃったのか?!」
「いやいや、スタンピードって、モンスターが溢れて起こる奴だろ? なんで、それも複数個所で起こるの? おかしいじゃん」
「…ノート? なんだ、その溢れて起こるってのは? モンスターは瘴気溜まりから産まれるんだぞ? 複数起きてもおかしくはない。唯、最近その瘴気溜まりは、見当たらなかったんだ」
…うはぁ! またか。いや、これはあれだ、俺の、記憶違いだ。ラノベや、ゲームの知識だ。そうか、現実はそんな感じで起こるんだ。
「じゃ、じゃあ、その瘴気溜まりが出来たのは、いつなんですか?」
「…解らん。魔素溜まりや、瘴気溜まりは、定期的に調べている。大体、魔素溜まりが見当たらなかったのに、何故いきなり、スタンピード規模の瘴気溜まりが…」
カークマン隊長はそう言って、地図を睨む。
「…シェリー、さっき言った七カ所は、この地図の何処だ?」
「此処とここ、ここに、さっき、彼等の居た集落の奥、それに、開拓村の辺りにも出たそうです」
「クソ!…なんで、人間の住む近くで発生する? 聞いた事が無いぞ!? 墓地すらない地域じゃないか!」
そうだ、瘴気溜まりは、魔素溜まりに瘴気が混ざって飽和して出来る物。人間の生活範囲なら、魔素溜まりの時点で、判るはず。
そんな中、セリスが徐に話し始める。
『もしや、瘴気石か?』
──…セレス様かよ!
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