第5話 夢の欠片
宿に戻り、皆で夕食を摂った後、自室に戻る。
「ふぅ、何かやっと、異世界で動き始めたって感じだな」
《…何だそれは?》
「…ん? あぁ。ついこの間まではさ、なんて言うか、周りの状況? に流されてドタバタ、自分の意志に関係なく巻き込まれて、結果としてあんな事になったじゃん」
《今回もその関係で、王都に向かうのだから、同じじゃないのか?》
「…確かに、そうなんだけど、今は、自分のしたい事が、自分の意志で決められてるじゃん」
《ん? ま、まぁ、そうだな》
「──そう。自ら決めて動く。これ、セルフマネジメントの基本! もう、雇われサラリーマンじゃない! 個人事業主なんだ!」
《また、解からん言葉を、並べ始めた》
「──…ハカセ。…俺ってさ、元の世界では、毎日毎日朝から晩まで、いや、夜中までか。…ずっと、人に使われて、擦り切れるような人生だったんだ」
《何だ? お前、奴隷だったのか?》
「…はは。ある意味そうかもな。ブラック企業に就職して、昇進も、昇給もなくて…。残業代って何それ? 美味しいの? みたいな。只々、働いて。飯食って寝て…」
──…ホントだな。そういう意味では、ホントに奴隷だったよ。
いつしか知らないうちに、目の前の景色が滲んでいく。自身が何故、働きづめだったのか。その事に、疑問も、疑念も持たず。
ただ、生きる為だけに、日銭の為にのみ生きていたあの頃。何時しか、前を見る事も出来なくなる程に、溢れる感情と、涙で嗚咽を漏らす。
《……。》
そんな、誰憚らず、ベッドで泣く男を、ハカセは黙って見詰めていた。
◇ ◇ ◇
──…もう、若い頃の記憶なんて、朧気だ。
……ただ、子供時代は楽しかった…その事は何故か、断言できる。
暑かった夏休み。蝉取りに夢中で、虫かご一杯になるまで、集めに走り回った。冬休みには、田舎の爺さんの家で、年越しする瞬間まで、寝ないと言って、炬燵に入って、紅白を最後まで見られなかった小学生の頃が、楽しかった。
中学生になって、初めて恋をした。勿論、声を掛ける勇気なんてなかった。唯、遠くから見てるだけで精一杯。偶に視線がぶつかると、真っ赤になって、どぎまぎした。グループで集まって初めて女子たちと行ったプール。すっごく、ドキドキしたのを、覚えてる。そして、高校に入学すると、彼女が、別の高校に行った事を知った時は、死にたくなった。
そんな俺にも、初めて彼女が出来た。苗字はもう忘れたけれど、名前は忘れていない。そう、彼女の名は【華】ちゃん。
休み時間には二人で話し、昼も一緒にお弁当を食べて、下校も二人で電車に乗った。彼女の駅は俺の降りる一駅前。ホームでドアが閉まっても、彼女は笑顔で小さく手を振ってくれた。
──…あの時、一人で出掛けるんじゃなかった。
山なんて、何時でも登れたのに。なんで俺は、あの時穴を覗いてしまったんだ? 山に行かなければ。穴を覗かなければ。…俺は華ちゃんと、今も…。
──貴方に、お願いが有ります…どうかこの世界イリステリアを──。
チチ…チ…チチ…
「…んぁ、なんだ、寝てたのか…そう言えば、なんか、夢を、痛てっ!」
《ん? どうした》
「…いつう。どっかにぶつけた? のかな? あふぁぁ。おはよ、ハカセ」
《…あぁ、おはよう》
──夢の事は、忘れていた。
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──ヒストリア教皇国。世界とはほぼ、鎖国状態にありながら、全ての国に、間者を置き、世界最高峰の、暗部部隊を、擁するとも言われている。
イリステリア中央大陸の北西部に位置し、南の、ゼクス・ハイドン帝国とは、険しい峡谷を挟んでいる。北部は、不帰の森と、絶壁連山が存在している為に、中央のハマナス商業連邦を介さないと他国との繋がりは出来ない宗教国家。
その理念も、理由も、一切が秘匿され、教皇以下、枢機卿、司祭等の幹部は、狂信者の集団とされ、国家自体が、監視対象となっている。
「ノート?」
「はい…どうやら、エルデン・フリージア王国の東端に」
「…ふむ、先見の巫女はなんと?」
「それが…」
「何か、問題でも?」
「視えないと…」
「…そう、ですか。…で、帝国の間者は?」
「そちらについては、既に国元へ帰参しております」
中央大聖堂内にある、礼拝堂の一部屋で、二人の法衣を纏った男達の会話は続いていた。
「…此度の、地下大礼拝殿での異変と、何か関連が?」
「さて。それについては、如何とも。唯、ノートでしたか? 気にはなりますね」
「…如何様に?」
「帝国の轍は、踏みたくないものです、ヒュージ枢機卿は、なんと?」
「…捨ておけ、と」
「ははは。実に彼らしい。余程、教皇様に、嫌われたいのでしょう」
──…ノート。精霊使いの、懐刀だと? …もしや、エルフ共の?
「…我等は、独自に動いた方が、良いかもしれませんね」
「承知いたしました。【青】をお使いになりますか?」
「任せます。…但し、見極めが必要です。慎重に」
「仰せのままに。アルフレヒド枢機卿」
やがて話は終わったのか、一人の男はその部屋を後にする。
…あぁ、聖下。今、暫しのご辛抱を。このアルフレヒド、我が身、全てを燃やし尽くそうとも、必ずや…。
礼拝堂の窓からは遠く、絶壁連山が見えていた。
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「ふむ、マキャベルリ・ド・エラビス公、公の話が真ならば、興味が湧いた。今回の視察、それだけでも、収穫と言えよう。」
「は! 寛大なるお言葉、正に恐悦至極。」
「して、その者の動向や、いかに?」
「は! 間諜の者よりの言にて、王都へ、辺境伯と共に向かう模様」
「そうか。聖女に関しては?」
「は! そちらは、どうやら、精霊使いが、弟子として公言し、現在は、冒険者登録し、ギルドにて、精霊使いに師事して居るとの事」
「成る程…精霊風情めが、後ろ盾になると言うか。」
闇奴隷商人、マキャベリこと、マキャベルリ・ド・エラビスは、母国に戻って早速、皇帝陛下に報告すべく登城し、先ずは宰相に報告していた。皇帝に不敬な発言をしない為と、事前確認の為だ。そうして後に言葉を決めてから、謁見となる。
宰相、ルクス・ド・ハイデマンは、彼の報告を聞き、渋面を作る。
報告が有ったのは、平民の聖女の発見。直ぐに、捕獲の命を下した。マキャベルリなら、確実だと踏んだからだ。彼は、言わばその道一筋で、伸し上がって来た男だった。
先の、シンデリス内戦時には秘密裏に介入し、数百以上のビーシアンの奴隷を連れて来た。故にこの男なら、ヒュームの小娘一人、どうとでもなると考えていたのに。
勿論、陛下には、聖女の事も何もまだ、伝えてはいない。下手を打つ事は絶対に出来ないからだ。…にも拘らず、捕獲はおろか、手駒をすべて失い、手土産が、この様な話だけとは…。
「此度は、ご苦労であった。先ずは、お身体を充分に休まれよ。陛下には、私から進言の後、謁見の準備を行う故、沙汰を待たれよ」
「は! 承知いたしました」
マキャベルリ公が扉を閉めた後、宰相は頭を抱え、懊悩するしかなかった。
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──エリクス辺境伯は、執務室でその男と、話していた。
「…そうですか。子爵家は取り潰し、本人は斬首刑。彼の縁者は…爵位剥奪の上、蟄居に…。成る程、大事にはしないと。で、復権派については?」
話はしているのだが、その声は辺境伯しか発していない。それでも、会話は成立している。
「はぁ~。そこで、間者の横やりが…。参りましたね」
「分かりました。…一旦、この話は私の胸の内に、仕舞っておきます。」
その言葉を最後に、相対していた、男が下がり、退室する。
「エリクス様、今の男は?」
後ろで控えていた、ゲイルが、訝し気に聞く。
「あぁ。彼は…そうですねぇ、影です。」
「影?」
「えぇ。言わば、国の内外の、調査、内偵が、主な仕事ですね」
「…間諜、ではないのですか?」
「似て非なる者達です。国王直轄の者達ですので。言ったように、彼らの調査対象は、国王以外の者、全てです」
「そ、それは…」
「そこから先は、他言無用。…ふぅ。それにしても、ノート君。自重してくれませんねぇ」
「僭越ながら、何故あの程度の粗忽者に、王や、エリクス様が、気を使われるのです?」
「ゲイル、君には、黙っていましたが、この際、知っておいて貰いましょう。君は【迷い人】を、知っていますか?」
「…は? はぁ、お伽噺に聞く、異界の勇者が、そうだと言う位には」
「彼がそうです。ノート君、彼は現代に降りて来た【迷い人】です」
そんな事を急に言われても、ゲイルには意味が分からなかった。迷い人とは、この世界とは違う世界から、神が神託を持たせて遣わせる、神使だと幼いころ聞いた。…もしそうであるならば、そんな現人神が、辺境のしかも、唯の平民などと、そんな事ある訳がない。
「エリクス様、その様なごじょう──」
「冗談ではないですよ。現に、あの時、彼の横に居た御方は、なんと言いました?」
言われて一瞬の間の後、思い出す。
「そ、そう言えば、セレス・フィリア様が…」
「そう。あの、精霊の王が、この地を去るとまで、公言したんです。私の前で」
──不可侵で、この世界の理とされる、精霊。その王が、存在する国。
エルデン・フリージア王国。故に、この国の発言力は強く。そして、最も安定していると、言われている国だ。
その、精霊の王が、彼が嫌がる事はしないと、言った。
その途端、背筋に氷を入れられた気分がした。
「わ、私は、なんという事を…」
震えが、悪寒と共に身体を襲う。
「そこまで恐れる事はない。彼は基本、平和主義だそうだ。あからさまな、敵対行動をしなければ、分別は、弁えて居ると聞いている」
「だから、安穏としても居られないのだがね…」
──辺境伯の呟きは、ゲイルに届く前に消えた。
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