第40話 攫い屋ジード
冒険者ギルドは閑散として、皆静かに作業をしていた。そこへシェリーがただいまと声を掛ける。
「あ、お帰りなさい…あの、チーフが…」
「分かっているわ…それで、彼女はどこに?」
「こ、拘束牢に…あ、あの牢の二人は一体?」
「罪人よ。貴方達は気にしなくていい。…ここの事、お願い」
「…は、はい」
「…ノート君、付いて来て」
「…はい」
職員の「え? 何でコイツ連れてくの?」て視線を無視して彼女の後に続いて行く。
「この先の階段を下りた先に、犯罪を犯した冒険者や賊なんかを拘束する特殊な牢が有るの。彼らの中には強力なスキルや、術を扱える者が居るから」
階段を降り真っすぐ進んだ先には頑丈そうな鉄扉が有り、無骨に鋲打ちで補強が付いてあり、扉の中心には魔術紋が剝出しで書き込まれている。
「この先が拘束牢。この中では、特殊な腕輪を嵌められるの。それを嵌められた者達はこの魔術紋に魔力を吸い続けられる。だから、出ることも、暴れる事も出来なくなるの。」
──…うへぇ~刑務所よりやべぇじゃん。てか、自分で自分の拘束強化って、この世界超合理化進んでね? ある意味俺の居た世界よりスゲェ気がする。
”ガチャン” ”ガキン”
シェリーはその頑丈な扉に何やらカードを差し込み取っ手を引くと、重い音と金属音がして扉が開く。
「──…キャロ」
シェリーの視線の先には鉄格子を無言で睨むキャロが映っていた。
「キャロル! しっかりしなさい」
「…え?! あ、シェリー…と、ノートさん! どうしてここへ?!」
「私が連れて来たの…ノート君、お願いが有る。」
「待って!…彼には関係ないでしょ…これは私達の問題でしょ! 忘れたの?! 部隊の誓いを! 先に逝った…逝かせてしまった…皆の…事を…」
キャロルは途中から込み上げて来たモノが有るのか、最後の部分で口ごもりながら、たどたどしく話す。
「…忘れてない…忘れられるわけがない! でも、感情だけで相手にしたら、【地獄耳】と同じ結果になる。話も碌にせず、感情だけで、貴女は奴と言う情報源の一つをただ、殺した。私はそんな簡単な事をしたくない。…ただ、幸せに暮らしていた私達の生活を、土地を、生命を、侵略し、蹂躙したこいつ等を…ただ殺すだけで許せるわけがない…背後を必ず見つけ出す。こんな、末端をいくら潰しても、大元に辿り着かなければ。…だから、彼にお願いするの。彼はセレス様の懐刀…糸口を必ず見つけてくれる。だからキャロ、貴女も彼にお願いするの」
──…セーリスぅぅぅ! お前! なんちゅう事を……はぁ~~。重い…重いなぁ。…でも聞いちゃったしなぁ…ハカセぇ、いい方法ある?
《…んぅ、やはり、鑑定からか…だがなぁ》
ん? 何かあるの?
《こいつ等、何か暗示を掛けられているらしい。衛兵の所の奴らは全員自我崩壊したらしい》
は? なにそれ?
《どうやら、鑑定される時の何かが切っ掛けで…あ! お前の鑑定は誰も気づかないんだったな》
ん? あぁ。俺のは神級だからね。相手には全く分からないよ、魔力使わないからね。
《なら、それでこいつ等の過去鑑定が出来れば! いけるかもしれんぞ!》
「…さん。…ぇ…ート君…ノート君!」
「あ!? はい、ごめんなさい、大丈夫聞いてましたから。ちゃんとやります」
「…え? いいの?」
「良いですよ。二人の為になるんでしょ? セーリスさんも行けって言ってたじゃないすか? それに二人のそんな顔と尻尾、見たくないっすもん」
「尻尾…ノートさんのエッチ!」
「ファ?!」
「…私達の尾や耳は感情が出やすいからデリケートな場所。ぶしつけにしたら駄目」
──…ファ───! 知らんやん! そんな事!
さてボケはこの辺にしておいて。過去鑑定…ってなんぞ? 知らんぞ! おい! ハカセ! のっけから頓挫した!
《…ふぅ。お前は…頭はいいはずなのに…回転はダメなのか?》
なにゅぃ?!…鑑定で過去を見るって…は! 履歴か?!
《察しはいいな》
っさい。では早速…
《待て!》
…なに?
《いきなりするとパンクするぞ、範囲を決めろ》
…おうふ! そうですね、了解。
「ねぇ、シェリーさん。彼等との出会った時期は?」
「ン? …確か…四~五年前…くらい?」
「フム。…で、具体的には何を知りたいの?」
「…知りたいのはこいつ等の雇い主。…その国」
「OK!…さてっと」
彼女たちから離れ、俺だけで牢に近づいて行く。
「よう。やっとまともに話せるな…えぇと、デックとヘルマンだっけ?」
俺に声を掛けられた二人は、こちらを黙って睨むだけ。
「あぁ。別に喋んなくてもいい。俺は犯罪者を見物したいだけ」
そんな軽口を言いながら履歴鑑定、五年前から半年分と意識する。すると一瞬にして情報が流れ込んでくる。
「…クッ…何…だ…」
デック
聖歴1258年10の月より1259年4の月迄
シンデリス内紛に傭兵部隊【赤の斧】として参加。
そのスキルを買われ、別動隊、【ビーシアン捕獲部隊】に編入。
以降、斥候役としてシンデリス内、内紛に乗じてビーシアンの幼児誘拐、敵部隊攪乱に従事。
1259年4の月
捕獲部隊が、シンデリス解放部隊にて壊滅される。その逃走中の際、同期のヘルマン、ゼスと共に、【マキャベリ】と名乗る闇奴隷商人に拾われる。
以降、攫い屋として部隊時代と同じく斥候役を担当。攫い屋の首魁は【ジード】と名乗る殺人狂。
そこまで読んで、頭を抑え込み蹲る…何だよこれ、無理くり情報を頭に詰め込んでくるのか…
「…はぁはぁ…くそっ…痛ってぇ…」
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
慌ててキャロルが支えてくれる。
「…あ、あぁ。大丈夫。チョッと頭が痛かっただけだから」
《…大丈夫か? 顔色が悪いぞ》
急激に頭痛がした感じだよ…ふぅ。だいぶ落ち着いた…
そのすぐ後にヘルマンにも、同じ様に履歴鑑定を掛けたが、結果はほぼ同じだった。ただ、頭痛はかなり減ったので、使用によって慣れるのかな? と考えていた。
「ふぅ…。こいつ等、下種だったんですね。」
俺の感想はそれだけだった。
「…え?! 何か分かったの?」
「…え、えぇ。少しですけど」
二人は俺の発言に何かが分かったと気づき、傍へ寄って来る。
「何が分かったの?!」
「…こいつらが所属していた傭兵部隊の名前です」
「「何だと!!」」
俺の言葉に、デックとヘルマンが気色ばんだ声で騒ぐ。
「【赤の斧】…ご存じですか?」
その言葉を聞いたデックとヘルマンの二人は苦々しい顔で黙り込む。
「赤の斧…それって…まさか!?」
キャロルは固まり、シェリーは突然、牢に向かって叫ぶ。
「貴様ら! 盗賊ギルドの雇われ傭兵部隊か!」
下請け?…孫請け?…それってもう、ただの盗賊だよな…
「…だとしたら、こいつ等の居た国って…え? でも待って、それじゃ…」
ん? キャロルさんは何か思い当ってるのか? 引っかかっている事があるみたいだけど──…ん?!
「あ、あの、ちょっといいですか?」
俺は慌てて、二人に声を掛ける。
「ん? 何どうかしたの?」
「はい、少しの間、ここ、離れてもいいですか?」
「構わないけど…どうかした?」
はは、流石はシェリーさん…鋭いね。
「いや、チョッと野暮用が…はは」
「…そう…大丈夫なのね?」
「何、なんの事? ねぇノートさん!?」
「問題ないです。大丈夫ですよ、キャロさん…じゃあ」
そう言って俺は地下牢から出てそのまま、夜の街に走り出す。
そこはスラム街の最も奥まった場所。街の外壁に沿った形で廃墟が並んでいた。そんな廃墟の一つに彼は居た。
「ふふ。やっぱり気付いたか…ノート」
「お前がジード? だっけ? 生憎だったね。サラやあの宿は無事だよ。子爵は捕縛されたしね」
「はは。そうか、わざわざ、報告まで悪いな。なに、此方としてはその程度構わないよ」
「ふうん、そっか。に、しては【マキャベリさん】の逃げ足は早かったみたいじゃん」
「…貴様…」
「あら、そこは怒るんだ?」
「もはや、交わす言葉は不要!」
そう言った奴は一足飛びで、俺の右に回り込む。
「フッ!」
…刹那、真っ黒な刃が俺の首を素通りする。見た目には完全に切断された様になる。
「…何だこの程度…?! いない?」
「何してんだよ?」
「後ろ!?」
俺の声が聞こえて一瞬焦りながらも、切っ先を捻り、膂力任せに漆黒の刃を振り返して来るが、そもそもが遅い。
”バキャッ”
「ヌガッ!」
ジードは鼻先に俺の軽いパンチを貰う。
「ック…」
瞬間的に後ろへ飛んで間合いを取るが、そこへ石礫が殺到する。
「…ガァッ!」
(な、何だコイツ、何で俺の探知が効かない?!)
ジードは瞬時に焦りを切り替え集中するが。
「ぼさっとするなよ」
瞬間、くの時に曲がるほどに蹴り込まれ、吹き飛ばされたジードは廃墟の壁に激突する
「ガッ! ハッ…」
(な、何…が…どうして…)
「…なぁ、好きに生きて良いって言われたんだよ俺。でもさ。こんな事したい人間に見える? 俺。…普通で良いんだよ。チョッと楽しく、ちょっと面白く。…だからさ、俺の周りでこんなクソツマンネェ事するなよ」
「…グッ…ハッ…ハハ、貴様は何を言ってるんだ? この世は強い者が勝者だ…弱者は搾取され続け、強者に捧げ続けるんだ。…グブッ…」
「……そうか。ならお前はもう弱者だな。」
「はは! そんな訳ないだろうが! 死ねぇ!」
握り込んでいた、魔道具を俺に投げつける。
”ドガァアアアン!!”
「…はは。バカが…武器だけで殺しをするのは間抜けの…」
”メキャ!”
爆風の煙の中から飛び出した拳がジードの顔面にめり込む。
「ガッ!!」
頭が壁に押し付けられるが、そのまま拳は構わずに押し込まれていく。
”メリッ!” ”ミシッ”
「ヌゥガァ!!…ノートゥオ!!! …っがぁ!」
”バキャッ!”
眼球が弾け飛び、頭骨が粉微塵に砕け、肉片と脳漿を撒き散らす。
「…すまんな。俺の身体に傷は付かないんだよ…俺、お前みたいな奴は心底嫌いだわ」
俺はジードの顔が有った辺りにそう告げる。
《…お、お前…》
瓦礫に崩れ落ちたジードの身体を浄化炎で焼き、自身の返り血もクリーニングしてから、ハカセに言う。
──…なぁ、ハカセ…こんな力の使い方、間違ってるのかなぁ?
《……お前の正義に従ったんだろう…なら、間違ってはいない》
──…そう。じゃあさ、俺が間違えそうになった時はちゃんと教えてね。
《…わかった。全力で止めよう》
──…俯いた時、地面には数滴の雫が落ちた。
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