第39話 子爵の最期
食堂内は混乱の只中にあった。子爵は喚き、椅子から転がり落ち、侍従やメイド、使用人は開く場所を探して右往左往。
ヘンドリクセンは居なくなった、夫婦を探してテーブルの下を覗き込んだり。
男爵はその様子を見て、逆に冷静になる。
「突然失礼します。声は出さずにお願いします」
その時、自分の背の辺りから声が掛かる。一瞬、身体が跳ねるが、この状況では、誰も気に留めない。
「現在、スキルにて夫婦共々身を隠しています。ノートです、代官様」
(やはり…来ましたか。しかし、これは)
「驚かれてると思いますが、暫しご辛抱を…」
「男爵! 貴殿は落ち着いておるが、この状況、何か知っているのか!?」
「子爵様。私は呼ばれて此処に参った身。些かも理解できておりません」
「ええい! 鑑定でどうにかならんのか!?」
「そのような事、出来ようはずも──」
「うるさい! 役立たずめが! おい!ヘンドリクセン! 構わん! 火球を撃て!」
「しかし、主様、此処でその様な事をしますと…」
「構わんと儂が言っている! 撃て!」
「仰せのままに…では皆様お下がりを…火球」
そう言って翳した手の前に、直系三十㎝程の火の玉が出現、それは扉へ発射される。
”バガン!!”
一瞬の轟音と共に扉は火に包まれる…が、火が収まると何事もなかったように扉が出現する。
「…な、何故?!」
様子を見守っていた人々は皆一様に、目が点になる。
「お前! 手を抜いたのか!?」
「い、いえ、滅相もありません! 扉事、吹き飛ばす勢いで撃ちました!」
「では、何故、焦げ跡一つ無いのだ!?」
「…わ、分かりません! 今一度撃ちます!」
その後、彼は立って居られなくなるまで、火球を撃ち、その場に昏倒する。
「も、申し訳…ございま…せん」
ヘンドリクセンが昏倒してしまい、メイドや侍従が介抱を始める姿を見て、やっと、落ち着きを取り戻した子爵は黙考を始める。
「やっと、大人しくなりましたね…」
小声の彼に同意の頷きを返し、男爵も落ち着く。
(やれやれ…私は一応客なんですがね…)
「は!…そうか! これは、結界か! ならば、精霊使いか! どこだ!」
またも騒ぎだす子爵に辟易していると、ミニマップに動きがあった。
「…代官様、辺境伯の勅命、果たせたみたいです…今から結界を解きます」
途端に屋敷中が騒がしい事に、皆が気づく。
「何だ? 何故騒がしい?」
子爵が音に気づいたとき、扉が大きな音を立てて開かれる。
”バタン!”
「フィル・セスタ子爵は何処に! ここにおられましたか」
棒読み隊長の登場である。後ろには幾人もの衛兵を引き連れている。
「な、何だ貴様らは?! は! 丁度良い、先程私は命を狙われたのだ! そ奴らを捕縛せよ!」
その言葉を聞いても誰も返事をしない。
「な、何をしておるのだ! そこの、スープだ! それに毒を盛られた! 犯人は平民の宿の夫婦だ! この屋敷にまだ居るはず! 早く探さんか!」
「何を言っておられるのだ、フィル・セスタ子爵殿。我らは貴殿の捕縛に参ったのだが?」
「…は? き、貴様は何を言っているのだ?」
「先般より、この街に、闇奴隷商人が潜伏中との情報が有り、捜査を行っていてな。諸々の証言、証拠、一切が揃ったので、参上した」
「…は? 証拠? 証言? 何のことだ?」
「む? まぁ良い。それはこれからゆっくり調べるので。あぁ、先に言っておくが、貴殿の子爵位だが、捕縛時点を持って剥奪、爵位は貴族院の預かりになる。そして、証言や証拠は全て魔紋状が添付されている故、話はゆっくり審議官とされるが良い」
子爵は隊長の言葉を咀嚼しきれないまま、兵に引っ立てられ連れていかれる。
「…さて、この場に残った者達に問う。先程、フィル・セスタが申していた毒を盛ったとする夫婦は何処にいる?」
彼はそう言って侍従たちを見回すが、それに応える者は居ない。
「今一度問う。以降沈黙は肯定とみなす。今宵、晩餐会は開かれていない。此処にいる男爵様は街の代官として、捕縛に立ち合いに来られていた。だな」
ヘンドリクセンが何かを言い募ろうとするが何も言えず、他の使用人は黙ったまま。
「…そうか。よかった。彼以外も捕縛するとなると、今、地下牢は攫い屋なども居て一杯でな。相部屋にせねばならんところだったのだ。」
そう告げてカークマンはハンスに顔を向ける。
「…遅くなり、申し訳ありません。全ての書類は揃える事が出来ませんでした」
「な、出来なかった…と」
「は! 闇奴隷商人の名はマキャベリ。これ以外、全く判りません」
「では攫い屋は…」
「…首魁については名前をジードと聞いておりますが、それも定かでは…」
「…と、兎に角、此処ではなんです。先ずは移動しましょう」
「は! では、これにて我らは引き上げる。以降、貴様達の事は貴族院預かりとなる故、沙汰を待たれよ」
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中心街を出て少し進んだ家の陰、そこで全員の透明化を解く。
「…は! な、アンタ! 何くっついてんのサ!」
女将さんにぴったりと寄り添っている大将が居た。
「う、うるせ! だ、だって誰も見えないし、毒盛ったとかって…うぅ…クソ!」
「ぁあ。…大丈夫だよ。あんなのは絶対アイツらの噓に決まってんだから」
「うむ。そうだぞ。それに、大の男がこんな往来で泣くものでは無い」
「「ギルド・マスター!」」
「…ん? なんだ?」
「いや、何でこっちに来てるんですか? マスターはあっちでしょう?!」
俺はそう言って衛兵の方を指すが。
「…今日はもうやだ…」
「…クッ! 可愛いけど! 可愛いけどさ…何か…こう…あぁ! もう」
「プっ! なんだいノートさん」
「マスターが良いのかい?」
「ちっがぁう! 俺はこんなむごっ…!」
「…い・う・な・よ・ノート…」
──こんな暴力こぶ付きエロフは嫌──ぎゃ~~! 頭が割れるぅ!!
「ね・ん・わ・もだめよ」
結局俺は、セーリスにプランプランと片手で揺らされながら、慄き、間を開けて付いてくる、二人と共に宿に戻った。
「「お帰…ぎゃあ! ノート兄ぃ!」」
「…よう、死人の、ノート戻ったぜぃ…ガクッ」
「…そんな冗談が言えるなら大丈夫だろうが」
「…フンっ…痛いもんは痛いんですっ」
「だいじょうぶですぅ?」
そう言ってサラが頭を撫でてくれる。
その腰部分にしがみつき、愚痴をこぼす。
「うおぃおぃ…サラはええ娘やぁ…立派に育って…おっちゃんは嬉しいぃぃぃぃ」
「うひゃぁ! あ…あのぉ…ノートしゃん…」
”ポカ”
「あたっ! 何するんすかシェリーさん」
「サラを困らせない…ほら、行く」
「へ? どこに?」
シェリーはギルドマスターを見ながら話す。
「マスターがこっちに来たって事は、此処はマスターが見ててくれるって事。私達はギルドで残った事をする…キャロが待ってるはず」
そうだったんですか? セーリスさん…
…あぁ。精霊たちが、悲しんでいてな、見ていられないそうだ。行ってくれ…
「分かりました…」
「皆さん…大将たちも戻ってきました…食事は無理かもだけど、飲むのは大丈夫ですよね? はい! じゃぁ、ギルマスが面倒見てくれるそうです!」
「な!」
”おおお!” ”さすが、ギルマス”
一気に騒がしくなった宿を後にして、二人でギルドへ向かう。
「そう言えば、彼はどうでした?」
「彼? あぁ。唯の情報屋だったよ…依頼主もあれじゃ、わからなさそう」
「ですか。」
ミニマップはずっと展開したまま、夜の街を進んだ。
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衛兵隊の隊長室では、カークマンとハンスが膝を突き合わせるようにテーブルで話をしていた。
「──で、先程の話だが…」
「は! 子爵の隠し倉庫にて機密書類は、発見出来たのですが…何故か、巧妙に細工されているようでして。売買誓約書関係には、名前のみ。約定関係に至っては、イニシャル又は、符丁式となっており、本人にしか開示できません」
「そこまでの魔術書類…成る程、国も絡む可能性があると…」
「何とも言えませんが、可能性は拭えません。」
「それに…」
「ん? なにか?」
「は! 捕縛した賊どもなんですが…全て自我崩壊してしまいまして」
「な! どうして?!」
「取り調べの為、鑑定人と審議官を呼んだのですが、彼らが発呪した瞬間に…」
「発狂した? ですか?」
「な! 何故それを?」
「見たことが有るのです…国の間諜を尋問した時にもそうなりました」
「…では、やはりマキャベリと言う闇奴隷商人は…」
「…ええ。国家級の間諜でしょう。或いは国堕とし…厄介ですね」
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