第38話 仕組まれた晩餐会
コンクラン副隊長を詰所に残し三人で中心街へと入る。道すがら、隊長は俺に近づき話しかけて来る。
「おい、さっきの奴だが、本当に俺達にも掛けられるのか?」
「え、はい、俺の固有スキルで認知指定すれば、問題ないですよ」
「…なぁ、お前、一体幾つ持ってるんだ? 固有スキル」
「…プライベートな質問は嫌われますよ」
「……お前」
「隊長。それ以上は止めておけ…引くに引けなくなるぞ。おばあ様の時の様に」
その言葉を聴いた途端に隊長は黙り、俺と距離を取る。
「あの人、マジ何したんですか?」
「ハハハ…聞かないでくれ」
──そんな事を話していると、やがて子爵邸が見えて来た。
*******************************
子爵邸の応接間。
そこにはハンス・コルゲン男爵と側付きの侍従が二人、晩餐までの時間を待っていた。
「…これは、とてもいいお茶ですね」
「お褒め頂き、恐悦の至り。そちらは、帝国産のバージンリーフにて御座います」
「おお、それはそれは、大変良い物を…」
子爵のメイド達にお茶の話しを聞きながら過ごしていると扉を叩く音がする。
「ハンス様、大変お待たせいたしました。晩餐の支度が整いまして御座います。」
迎えの侍従が慇懃に頭を下げる
「あぁ、分かりました。では、参りましょう」
応接間を抜け、毛足の長い絨毯の敷かれた、長く広い廊下を侍従の先導で進む。やがて、右手に大きな、そして装飾の凝らされた両開きの扉が見えて来る。扉の両脇にはメイドが控え、侍従の到着の声掛けと共に扉が彼女たちによって開かれる。
「ハンス・コルゲン男爵様、お越しになられました」
そう言って侍従は開いた扉の横に付き、頭を下げて男爵を促す。
「おお! ハンス殿、今宵は我が晩餐への招き、よくぞ受けていただき感謝する」
初めて聞く子爵の感謝の意に心がざわつくが、おくびにも出さず頭を下げる。
「勿体なきお言葉、感謝の念に堪えません。本日は何卒よろしくお願い申し上げます。」
垂れた頬の肉を持ち上げ、愉快そうに笑顔を見せると、子爵は席を勧める。
「さあ、座り給え。今宵の晩餐はちと趣向を変えていてな。巷で噂の料理を作らせたのだ。そこで、ぜひ其方にもと思うてな。おい、食前酒を」
──…そして、晩餐が始まる。
「こちらの前菜からおねがいします!」
厨房は忙しなく人が動き回り、次から次へと料理が完成しては、メイドが運んで行く。そんな中、厨房のメインの竈には大将と女将、料理長の三人が一つの寸胴を睨む。
「……」
木べらをかき回し、一掬いしてスープを味見する大将。
「…どう?」
女将は気になって仕方なく声が出る。料理長は黙って彼の表情を見る
「…よし。これで完成です」
「良し! 皆、スープの完成だ。準備を!」
周りに居たスタッフ達が次々に、煮込みスープの注がれた皿を綺麗に仕上げ、メイドの待つワゴンへと運ぶ。
そこに、徐に料理長が立ち寄り、なにやらメイドに話しかける。聴いたメイドは一瞬固まるが、何も無かった様にワゴンを掴み食堂へと向かった。
「これで良い…んだ」
呟いた彼の声は、スタッフの騒がしく動き回る音に、搔き消されていった。
◇ ◇ ◇
丁度晩餐が始まった頃、俺たち三人は屋敷の裏口に居た。
「じゃあ、ノート。頼む」
そう言われて俺は、透明化を個別に発呪する。
「ど、どうだ?」
「あ、あぁ全く見えん…私もか?」
「…あぁ。てか、皆ここに居るのか?」
「居ますよ。さて、次はセーリスさんお願いします」
「わ、分かった****・・**」
ぽうと、ごく小さな光が、カークマンとセーリスに点る。
「…おお、これが精霊…なのか」
「そうだ。現在、私達三人だけが認識できる様、目に細工をした」
「え?…俺には居ないっすけど」
《はぁ~。俺が居るだろう》
言われてハカセを見ると彼がぼんやり発光していた。
「わお! 便利~!」
「…良いか?」
呆れ顔のセーリスさんに言われて、シュンとなったが、気を取り直す。
「はい。俺はセーリスさんと食堂へ」
「…俺は執務室」
「場所は…この紙の通りで良いんだな」
「はい。問題ないです。その隠し扉が、恐らく…」
「わかった」
裏口の扉の鍵を、セーリスさんの精霊にお願いして、開けてもらい侵入する。
「では!」
「はい、後で!」
全ての部屋はミニマップで把握済。俺達は急ぎ、二人の居る食堂へ小走りに向かう。
◇ ◇ ◇
子爵は出された料理の産地や調理法など、蘊蓄とも含蓄とも言えないような、言葉を吐きながら食事を進めていく。
「はは、そうですか。これはまた素晴らしいお味ですな。この新鮮な葉野菜などは、正に採れたて! 歯ごたえ良く美味に御座います」
「ははは。であろう。我が家では特にそう言った生鮮には拘っておるのでな。身体の為にもそう言ったものは進んで摂るのがいいんだ」
そう笑いながら話す彼の腹は、動く度にテーブルに当たっていた。
(…フム。いっそ、食わねば少しはましな身体になるやもな)
そんな事を男爵は思いながら食事は進んでいく。
ふと、扉が開きメイド達が、今夜のメインをワゴンで運んでくる。
「おお! これが、そうか。ハンス殿! メインが来ましたぞ。これが、今巷で評判のボアの煮込みスープだそうな」
メイド達がテーブルの上に乗る皿をテキパキと入れ替えていく。
「…ほぉ、確かに得も言われぬ、いい香りですな」
「うむ。おい、彼らをここへ」
扉の向こうから現れたのは、いかにも下町の食堂の男女。
「フム。貴方方がこれを…」
男は慌てて頭を下げ、そのままの姿勢で話し始める。女性も倣って頭を下げる。
「は、はい。そうでございます。わ、わ私共の、宿にて提供しているボアの煮込みで御座います」
下げた頭をさらに下げ、男は恐縮しきりで、何とか答える。
「店主殿、其処まで畏まらずとも良いですよ。膝に頭が付いてしまいそうだ」
男爵は場を和まそうと冗談交じりに話すが、大将はあげようとした顔を真っ赤にしてまた下げる。
「ふはは。店主よ、男爵殿もああ言ってくださっておる。気にせず顔をあげよ」
言われて渋々上げるが俯き顔は赤いまま。
「さて困りました。侮辱のつもりは毛頭ありません。許していただけますか?」
男爵にまさか、そんな言葉を言われるとは思っていなかった店主は慌てて、言い募る。
「め、滅相もございません! ど。どうかよしなに…」
「フム。せっかくの料理が冷めてはいかんな。どれ…」
──そう言って、子爵がそのスープに匙を入れた時。
「…ん?…おい!これは何だ! どういう事だ!?」
いきなり喚く様に怒鳴った子爵は、その匙を投げ捨てる。匙は銀で作られた装飾の凝った物であったが、その先端部は真っ黒に変色していた。
「何と…」
それを見た男爵はすぐさま、スープに鑑定を掛ける。
「こ、これは…毒混入…」
(しまった! これでは私が、発見者じゃないか! やられた)
「な!…そんな馬鹿な! 今味見もして出したものに毒なんて!」
驚愕した大将は大声でそう叫ぶが、誰もそちらを見ていない。視線は男爵へと注がれていた。
「男爵殿、それは鑑定結果ですか?」
いつの間にか側にいたヘンドリクセンが問いただす。
(…クソ!…私としたことが…)
「ええい! 先ずはその二人を捕えろ! そして厨房を閉鎖だ! すぐに兵を呼べ!」
子爵は癇癪を起こしたように叫び、喚き散らす。
「…まぁ、どのみち直ぐに分かる事です。では、私は指示を致しますので」
そう言って厨房の扉を開けようとするが、ドアノブはピクリともしなかった。
「…ン? おい! 誰かそこに居るのか? ドアを開けろ!」
ガタガタとドアを動かすが、やはりドアはピクリとも動かない。
「何だ!? どうした?! 早くせんか! おい! メイド達! ドアを開けろ!」
そう言われ、メイド、下男、侍従総出でドアと言うドアを開けに掛かるがドアは、ピクリともしない。
「…何なんだ!? 一体どういう事だ?! おい! お前! 窓だ! 窓から出ていけ!」
子爵に言われた下男が、窓を開けようとするが、此方も同じで、うんともすんとも言わない。
「ええい! どうなっている! そうだ! 割れ! 窓を割っていけ!」
侍従の一人が食堂に在った暖炉の火掻き棒で窓を叩いた時、皆は異変に気付く。
窓は強かに叩かれた。だがボワンッという音を立てて、その棒を弾き返す。
「「な! なに!!」」
窓のガラスはまるで、波紋の様に揺らめき元に戻ったのだ。
「こ、これはどういう事…は! あの二人は?!」
──密室の中で、毒を盛ったと言われた宿の夫婦は姿を消していた。
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