第37話 千顔の矜持
──衛兵詰所の地下牢。その一番奥に男は繋がれていた。
天井から吊るされた腕輪には吸魔石が嵌まり、常に一定の魔力を男から吸い上げる為、一切のスキル使用はできない。使えば、忽ち生命力まで失い絶命してしまうからだ。
──正に、半死半生。そんな状態で男は牢に繋がれていた。
「…コイツがそうなのか?」
カークマンは一通り報告を聞いた後、コンクランと地下牢へと来ていた。
「は! 間違いありません。通称千顔のジグ。本名はジェラルド・ホートマン。闇ギルドの総本家、暗殺貴族、ホートマン一族の者です」
「……スキルの為に顔を焼くってのは本当だったんだな」
「…その様です」
──その男の顔は焼け爛れ、眼球を覆う瞼は無く、髪や唇もなかった。それでも生きている。それこそスキルのなせる業。
故にスキルの使えない今、この男にとっては息をするのも地獄に等しい。それでも男は話し始める。声にならないこえで。
「フ~フシュ~。ヒャハ。俺はこれで終わりだがよ。フシュ~、ホートマンは無くならないぜ。俺はトカゲの尻尾だ。フシュ…散々子供は作ったからな。シュ~。跡取りはいくらでも居る。闇ってのはな、フシュ、光が強い程濃く、大きくなるんだ。…あはははははは! フシュ~。じゃあな! サヨナラだ!」
瞬間、顔に変化が起こる。肉が付き髪が生え瞼が落ち…そこで男は事切れる。
「……狂った一族だな」
「まさに…」
暫し、二人はその遺体を眺めて兵に片づけを指示して牢を後にした。
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「戻りました~」
宿の入り口で声を掛けると、皆が一斉に此方を向く。その中から小さい影が飛び出してくる。
「「ノート兄ぃ!お帰りぃ!」」
うむ。相変わらず、ちびっ子達は元気だ。
「おう! 戻ったか。こっちは衛兵が来た以外は何もなかったぜ」
「そうですか。ありがとうございます」
アマンダ達、冒険者は食堂にばらけて腰掛け、各々話をしていた。
「…ノート君」
シェリーさんが奥のテーブル席で俺を呼ぶ。
「…キャロは?」
「なんとか。なんか、俺? に化けてた奴が居て…」
小声で経緯を話す。
「千顔まで…使っていたの」
「あぁ。そう言えばそんな名前でしたね。ジェラルド・ホートマンが本名です」
”ガチャン”
俺がそういった瞬間に、何かが落ちた音がする。なんだと思って振り返ると、一人の冒険者がテーブルの物を落としていた。
「大丈夫か?」
「あ、あぁすまん。ちょっとぼうっとしてた」
「おいおい、まだ気ぃ抜くなよ」
「…彼は?」
「ん? 冒険者の一人だと思うけど?」
「そう…ですか」
──彼だけ…だな。
「…多分、間諜か、情報屋ですね」
更に声を潜めてシェリーに話す。
「な? ホントに?」
「はい。…事はまだ終わっていません。俺はこれから屋敷へ向かいますので、彼の事、お願いしても?」
「…分かった。任せて」
「お願いします。じゃあ、行ってきます」
「…気をつけてね」
「……」
「…なに?」
「…もしかして、俺モテキかなと思って」
「…キャロに言うわよ」
「ナイス! ツンです」
サムズアップして宿を出た。…ほっぺのもみじマークが痛い。
(…ふぅ、何とかやり過ごせたか)
まさか自分が物を落とす等と言うヘマを犯すとは思いもしなかった。
楽な仕事と高を括っていた。提示額は宿の情報を仕入れるだけで1万ゼムだ。…どうせ貴族の誰かが、お気に入りの娘でも見つけたか、店の地上げだと思っていたのに。ギルドで情報集めをしていたら、その宿に護衛依頼。渡りに船でいざ来てみれば、宿の入り口にはデッカイ穴が開き、爆発したと野次馬が騒いでいた。
どうやら、賊が押し入ろうとしてたと聞いた。一瞬身を引こうとも考えたが、衛兵が集まり、粗方、捕縛も済んだと聞いて残った。来た連中の気も緩んでいたんで、ここぞと聴き込んでいたのに。
──千顔だと?
あの貴族相手に詐欺、殺し、何でもする闇ギルド絡みじゃねぇか! しかも、ソイツを捕縛って…。駄目だ! こりゃ俺には無理だ。さっさとケツまくってにげ──。
「…どこへ行くんですか? 依頼はまだ終わっていませんが」
…クッ…いつからいた?!
背中に当たる突起物に動きを止め、それでも誤魔化そうと話す。
「…は?…べ、便所だよ。別に‥」
「…そうですか。ご一緒しても?」
シェリーは只、冷たい目で男を見つめて言う。
「…いやいや、あんたは女じゃねぇか? なぁ、みんなも…」
そう言って男が周りを見た時には、誰も側には居なかった。
「…さて、ネズミさん。貴方はどちらの方なんでしょうね」
その男、サムは全てを吐かざるを得なかった。
「唯の情報屋ですか。接触者も…無駄でしょうね」
シェリーは悔し気に、だけれど少し安堵して呟いた。
──中心街入門口横にある衛兵詰所。その奥の部屋に四人の男女は居た。
「何とか、格好は付いたぞ」
カークマン隊長はそう言って懐から書類を取り出す。
「これは?」
セーリスは確認のために聞く。
「この街にある宿の一つ。そこの支配人の供述書だ。…それとこっちは、この街の店の従業員達の証言書。全て、本人の魔紋状付きだ。」
「…よく、魔紋状まで取れたな」
「苦労したがな…コイツで一発だった」
ちらと見せるのは辺境伯の紋章印付きの書状。
「…なるほどな。天秤にかけさせたのか」
…はぁ~。どの世界も長い物には巻かれろ主義か。
《…なんだ? その長い物とは》
…ん? あぁ。ことわ…例え話の一つだよ。強い権力を持つ者や、強大な勢力を持つ者には、敵対せず傘下に入って従っておいたほうがよい。といった処世術を表す言い回し。
《…ほぉ、言いえて妙だな》
まぁね。ただ、こんな事が当たり前にのさばると皆、向上心が低くなったり、変に反骨精神が突出したりとデメリットもあるんだよ。
「……おい、ノート。どうした? 変に黙って気持ち悪いぞ」
「…あのね、セーリスさん…別に良いでしょうが、なんですか。お尻触ります…」
言い掛けた所でむぎゅと口をすぼめられる。
「あぁ。私が悪かった…黙ってていい」
「おまえ、勇気あるんだなぁ」
「精霊使いにそんな軽口を…」
コンクランとカークマンがすっごい尊敬なのか、憐憫なのかわからん表情で言って来た。
「ンンッ!…じゃれ合いはもういい。で? ノート。これに魔力を注げばいいんだな」
「え? あ、はい。最初に魔力を注げばその本人の周囲にのみ結界が発生します。後は、そのブローチが周りの魔素を取り込むんで、任意で消す迄、効果が持続します」
「……は~。遺失伝説魔道具級だな」
「え? ロスト・アーティファクト? イヤイヤ。唯の結界魔道具ですよ、俺もそこまで世間知らずじゃないですよ。高価だけど存在は知ってますもん。セリスさんが言って…」
「はぁ~やっぱり、おばあ様か。いいか。結界魔道具は有るさ。其れこそピンキリでな」
「でしょ。だから、そんな個人程度の…」
「そこもだ! いいか。よく聞けよ。結界魔術や結界魔法は存在する。だから、術式も解るし、魔道具化できる。しかしだ! 結界魔術ってのは、範囲効果魔術だ。」
「…ん?」
「そうか、解らんか…では簡単に言ってやろう」
「オネシャス?」
──結界魔術は持って、移動出来ない。
「…ファ?…ファ───?! あのクソビバエルフ! なんてもの教えてくれたんだ!」
俺が喚き、セーリスが頭を抱え、カークマンとコンクランは驚きで固まっていた。
「あ、あのぅ、何かあったんでしょうか?」
声を聞きつけた兵の一人が聞いて来る。
「あ、あぁ。すまんな、問題ない。任に戻ってくれ」
「…はぁ」
「はぁはぁ。クソ、あのビバエルフめ…今度会ったら絶対ハグしてやる!」
「おい! 孫娘の前でそんな事言うな!」
「…でも。この程度でこれじゃ、もう一つはどうするんです? 固有スキルの…」
「待て!****」
「「な!…結界!」」
「いいか、今からコイツの見せる固有スキルは害はない。ないが、死ぬほど驚愕する。今作戦にどうしても必要だったのでな。だから、結界を張った。いいな」
「…死ぬほど?!」「怖いです!隊長!」
あ、コンクランが…可愛い。
「攻撃スキルではないから心配いらん。精神は…しっかり持てば大丈夫」
「「いや、こえーよ!」」
「あぁ! うるさい! ノート! やれ!」
しーらない…透明化。
その後、昏倒した二人を起こし説明、説得するのに時間をかなり要した。
「では、そろそろ行くぞ。時間がない」
「「あんたらのせいだ!!」」
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