第33話 始まり
ジグの去った方を眺めた後、ふぅと小さく息を吐いて、ささくれた気持ちを切り替え、声に出して宣言する。
「さて。頑張りますか」
「サラちゃん、皆も、後は打ち合わせ通りに」
「「「はい。」」」
そうして俺は部屋へ戻る。
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ジグはへらへらとした笑顔を張り付けて戻ってきた。
「お疲れ」
「…ど、どうだった?」
ヘルマンが気にしたように聞く。
「…あぁ。アイツはちょっと厄介かもな…でも」
そう言った後、口角を上げてニヤリと嗤い、一言、俺が触れた…もう終わり。…ゾッとする声と顔で笑いながら二人を通り過ぎ、路地裏へ消えていく。
「あれが千顔…」
「おっそろしい顔で笑いやがる…」
瞬間、二人は任務を忘れ、消えた男の背を見つめていた。
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「おはよう」
「「「は! おはようございます」」」
「…よし、全員いるな」
衛兵詰所の会議室に集まった隊員達を見まわしてから、カークマンが話し始める。
「よし、これより、各班に分かれて一斉調査を行う。調査内容は、現在この街に潜入していると思われる闇奴隷商人。その下部組織と目される【攫い屋】。この者達の所在、人数及び、頭目の調査。指揮はコンクラン! お前に任せる。」
「は! 了解いたしました!」
コンクランは胸を張り、返事をした後、隊員たちを見つめる。
「併せて、貴族街にて大店の商店主への聞き取りを行う。此方は主に俺が中心となって行う。今回の調査、捜査には我らの沽券が掛かっている。犯罪を犯したとはいえ、ハミルと言うこの街の衛兵も失った。一連の流れから鑑みて、闇奴隷商人は勿論、貴族の関与も大いにある。心して懸かる様に!」
「「「は!」」」
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「では、本日は夕刻以降、子爵邸に?」
「はい。ですので、以降の予定は入れないで下さい。…そうですね。早くて明後日以降…くらいからで」
「え? あ、はぁ。承知いたしました」
当番秘書は何故、そんなに日を開けるのか? とは思ったが、諾諾と了解し部屋を出る。
「さぁ。気を引き締めないと」
ハンス・コルゲンは自身の指に嵌めた指輪を無意識に触りながら呟く。
「彼が、どう動いてくれるんでしょうか。楽しみでもありますね」
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「……マスター。内容は把握しました。が、何故私なんです?」
シェリーは困惑していた。
あのお騒がせな新人、ノートはキャロの担当だ。なのに、今日から二,三日の間は私に担当しろと言う。キャロがマスターの用事で今日居ない事は理解した。だから、担当代理も納得いく。でも、それは一日ではないのか? しかも、何故よりによって私なのか?
「ん、詳しくは今は言えない。ただ理由はある。シェリーの機転は私がキャロの次くらいには分かっている」
「…余計に分かりづらいです」
「…はぁ。いいか、これは他言無用だ。キャロにはスキルを使っての特殊案件を私が直接依頼した。ノートもコレに関わっている。今回の事は、ギルドのみならず貴族、国も関係するやも知れん事案なのだ。どこに耳目が有るか判らん。そこで、私自身の元メンバーでもあるお前たち二人に頼むんだよ」
──…はぁ~。まさか、そんなに深刻だったなんて。
「…分かった。では今は上司部下ではなく仲間として聞く。なにが、動いてるの?」
「…戦場のハイエナ」
「…え!? アイツらまだ生きてたの?!」
「あぁ。三人共な。【地獄耳のゼス】【鷹の目デック】【猟犬ヘルマン】」
──シンデリス内紛の時、散々煮え湯を飲まされた、私達ビーシアンの忌むべき斥候三人組がまだ生きていたなんて。
「…そいつらは今どこーあ! だからキャロ!」
「そうだ。よりによって、ノートの監視にその三人の名が挙がった。最初、分からなかったがお前たちの顔を見て思い出した」
「え? ノート君一人に?」
「…そうだ」
「ねぇ。彼って何者なの?」
「……。」
「そう。良いわ。今はセーリスだしね」
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時刻は朝の十時頃、宿の前の狭い道を、馬車が道幅いっぱいにゆっくりと進んで来た。
「失礼します、フィル・セスタ子爵の使いでございます。店主殿は?」
「はい! お待ちしておりました! この度は私共の料理等をご賞味頂ける機会を──」
「あぁ。私は唯の使い走りの下男です。お気遣いは無用です。早速では有りますが、お迎えに上がりました。お荷物等ございましたら申しつけてください」
「あ! これは失礼いたしました。…そう、ですね。さほどの荷は無いのですが、どうしても必要な物が何点か有ります」
「はい。では裏に馬車を回しますのでそちらに」
「宜しくお願いします」
そして慌ただしく、準備が進んでいく。…やがて、荷物の搬入が終わると下男が言う。
「お荷物はこちらで宜しいですか。」
「はい。必要な物はそれで全部です」
「では、どうぞ、お席へ」
そうして、大将と女将さんが馬車の座席へと向かう。
「屋敷へはお二人と伺っておりますが、相違ありませんか?」
何故か下男が念を押す様に聞いて来る。
「え? は、はい。手伝いなどは子爵様の料理人が手伝ってくださると伺っていますので」
「いえ。唯の確認です。もし、万が一が有れば、私が叱られてしまいますので」
そう言いながら爽やかに笑い、下男は頭を下げる。
「どうぞ、こちらへ」
二人が乗り込んだことを確認し、扉を閉めた下男は御者席へと向かう。
その顔には先程の笑顔とは意味の違う下卑たにやけ顔があった。
「では、屋敷までの時間、暫しお付き合いを」
馬車はその車輪を軋ませながら一路、子爵邸へとその馬首を向けた。
その様子を部屋の窓からずっと眺めながら、一人で格好つけて独り言を言う。
「…みっそん・すつぅあーとぅ!」
「「「みっそん、すうっちゃーちょ!」」」
「み、みっしょしゅ、するちゃーちょ!」
「サラちゃん噛み過ぎ! ちびっ子真似すな!」
”うはははは!” ”噛みすぎ” ”ポーズはこう!” ”あう!失敗ですぅ”
《…何だこの締まりのない連中は…》
あははは! これでいいのだ! ちびっ子達はこれでいい!
「よし! じゃあ、此処からは皆で頼むよ。あくまでもいつも通りにね」
「「はい!」」
元気よく返事をして、皆は各々仕事へ向かう。
《…なるほど。そういう事か》
そう。二人は屋敷に向かったので今日の食堂はお休み。だが、少ないとはいえ、此処は宿屋。宿泊客はいるのだ。当然その仕事が有る。二人には勿論、精霊の連絡役と、マーカーは全員につけてある、ブローチも渡してある。
これで何かあっても、時間は稼げる。でもちびっ子達には何が起きるかわからない。肝心のサラもいるし。だから、俺はここに残ることにした。
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「手筈通りに行ったな」
「あぁ。だが、決行の時間までは少しある。ジードの旦那たちが来るまでは気を抜くなよ」
「…分かってる。ゼスの野郎はまだか?」
デックとヘルマンは路地の陰で、交代のゼスが来るのを今か今かと待っていた。
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スラム街と街との丁度中間区域。
路地の交差する場所でゼスは目深に被ったフードの中で悪態を吐く。
「ふぅ。…まさか、俺が追い込まれるとはな」
既に右足には深い切れ込みが入り、血がその服を濡らしていた。
対峙する女も同じ様にフードを目深に被っているが、体のラインを強調する様なぴっちりとした黒のボディスーツを着込み、腰の後部にクロスさせたナイフ。太腿には仕込み苦無の様な物。そして、特徴的なのは臀部の直上から見えるふわふわとした尻尾。露出こそ無いものの、その出で立ちは蠱惑的に、艶めかしい程に色香を漂わせていた。
「…。」
言葉は交わさず、しかしその殺気は凄まじく。彼女は目にも止まらぬ動きで相手に肉薄する。
「…シっ!」
得意の耳を使いゼスは相手の動きと方向を読み躱そうとするが、その如くが、数舜間に合わない。その為、徐々に傷は増えるばかりだ。
「クッ…テメェ、唯のウルフ種じゃぁねぇな」
右! と思えば下から。後ろへ跳べばその斜め上から。蹴りが、払いが、渾身の拳が嵐の雨粒の如く叩きこまれる。
「ガッ!…くはっ…なんて膂力の打撃!…クッ」
何とか攻撃を凌ぎ、反撃しようと踏ん張るが、気付くと先程と変わらぬ間合いで女は立っている。
(…あぁ、こいつぁ駄目だ。…まさかな、この戦闘術ぁ、アイツらか)
ゼスは思い出す。
生きた心地のしなかった、あの最後の戦闘を。
「内紛の生き残りか…はは。まさか、あの伝説のバケモン部隊の──」
最後の足搔きと、手にショートソードを握り込み、言葉を掛けての突貫!
”ギィィィン!” ”ガン!ドコッ!ガツッガツッ”
しかし、その無謀は果たされず、女のナイフに躱され、弾かれてしまったゼスは、なす術もなく襤褸切れと化す。
「…ぅベア…ご…はっ…ぅ」
吐血し、その場に頽れる。
(クソ! ドジッタぜ…デックぅ、ヘルマン…済まんがさきにー)
”ザシュッ”
言い切る前にゼスの首は路地に転がる。そして、光を失いつつある二つの瞳にフードの捲れた女の顔が見えた。
「貴様が我等の名を口にするな…ゴミが」
低い声音で、吐き捨てるキャロルが居た。
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