第32話 踊れや踊れ
宿の自室に戻って一息つく。少し間を置いてから小机に向かい、アクセサリーの部品を手元に出したところでふとメニューに気づく。
「…ン?」
見るとメールが一通届いていた……エギルからだ。
報告
* 前回報告分の不具合状況については解消
①データベースのメンテナンスは終了
②君の魔力保有力は現状維持
③現在の知識等はその世界で摺合せを行った方が良いと判断された
* 新規スキルについての考察
* 新規スキルについては、折衝の末、ノートのみの限定スキルに決定
* スキル名は 【ビーム】 【サン・レイ】
* 今回のスキル作成に於いて非常に能力が高い事が証明された。故に、パッシブスキルとして【スキル能力出力調整】の創造を推奨する
* 【透明化】のスキル化については検討中。
以上
補足 今回は君の能力使用効率が良い事が判明した。錬金に関しても、その発想力でこの世界に刺激を起こせる事を願う。但し、くれぐれも悪用無き事を望む。
エギル
…相変わらず、この…異世界感ガン無視の報告書…まぁ、判り易いから良いんだけど…悪用って何だよ。
《……覗きだな》
限定的! そして的確なご意見ありがとう!! …ふぅ、大体銭湯ないのに、どないせえと言うんじゃ。
…発想力かぁ…ハカセぇ、俺ってそんなに変わった考え方してる?
《…まず、常識が通用していない…いい意味でな》
…ファ?
《我ら自由な精霊であっても、結界の面を弄るなどと言う発想自体、先ず考えない》
…ほう。
《光にしてもそうだ。光はひかり。明るく照らすものであって、集めて熱に変換? そんな事、分からない。熱は火や炎の領分だからな》
…なるほどなぁ。熱力学? だったっけ? 物理の典型をその正反対の存在が理解するってのもおかしな話だよな。
《…お前のいた世界、物理学…面白いのかもな。》
等と雑談をしながら、手を止める事無く、錬金を進めて行った。
「ノート兄ぃ! 夕飯だぞぉ!」
「…ん? おぅ、もうそんな時間か。今行く!」
…あの後、残った部品で二つ追加できたアクセサリーとポーション類を異界庫に放り込み、部屋を後にした。
「お! 今夜はステーキか!」
「今日は、フォレスト・ボアの良いのが入ったんですよ」
女将さんはそう言いながら、皿を置く。
「へぇ、ボアですか?」
「はい。魔獣らしいんですけど、肉質はイイですからね、人気の品の一つですよ」
「そうなんだぁ。あ! 女将さん、明日の事で話があるんでお店、終わったらまた集まってもらっても?」
「分かりました。皆にも伝えておきます。場所はここで?」
「構いません。すぐに終わりますし」
「はい。ではごゆっくり」
さて! このにほい! 堪りませんな!
ステーキなんて何年ぶりだろ? 社畜時代には…いかん! 涙が。
そんなほろ苦い思い出を振り払う様に肉を口へ運ぶ。
「…‥‥ンまぁーい!」
牛肉とは違い、噛み応えはある。だが! この赤身! 臭みなど一切なく。油のクドさもない! まさにオッサン向け! 途中に野菜やスープで油を誤魔化す必要もなく、一気に肉を食いきる。
「女将さん! ステーキお替り!」
その後、二度ほど肉のみお替りをしたのだった…。
「うぇっぷ…調子に乗って食べ過ぎた…」
お腹を摩りながら、食後の珈琲を楽しむ。……はぁ…至福。
「ふふ。ノートさん、すっごい食べてたですぅ」
「お? サラちゃん。いやぁ、ンまかったよ。お替りなんてひっさびさだったよ」
「良かったですぅ。このお皿さげますねぇ」
「ありがと」
下がっていく彼女を見ながら、マップを見やる…今日は外に二人…か。
店の向かいの路地に二人、じっと動かない赤点。
《…いつもの奴らだ》
そっか。デックとヘルマンだったか…赤に色が変わったってことは完全に敵対したんだな……そんな事をぼうっと思いながら店じまいを待った。
「…さて、皆に話す前に、ちょっと待ってね」
閉店後の食堂。集まった面々に一言断りを入れる。
──【遮断】を発呪する。
新スキル遮断を使い、食堂を物理的に外界と切り離す。これの肝は視覚的にはそのままという事。結界と違うのは、本来気を付けてみると薄い膜の様なモノが見える。言わば蚊帳を張ったような状態だ。蚊の代わりに、魔術や物理的衝撃を中に入れなくする。
だが今回俺が張った遮断は、外界と接点がない。つまり、目には見えるが、触れた瞬間に、結界の反対側に通り抜けてしまうのだ。
「な、なにを?」
「大丈夫。結界みたいなものを張っただけですから」
「「「スゲェ! ノート兄ぃ、すげぇ!」」」
皆が落ち着くのを待ってから、話し始める。
「じゃあ、いいかな? 明日の事についてと──」
***************************
「…ジードさん、明日じゃ無かったんですか?」
「仕事は明日だ。今夜は仕込みだ」
時刻は深夜を過ぎた頃、監視役の二人の下にジードが一人の男を連れて来た。
「…ソイツは?」
デックが訝しむ様にその男を睨む。
「…あぁ。アンタらと会うのは初めてか。俺はジグ。よろしくな」
「【千顔】のジグか?!」
その名を聞いたヘルマンが驚き、堪らず声を上げる。
「おい。時間を考えろ」
ジードの鋭い声に押し黙るヘルマン。…デックはヘルマンの声に思い出していた。…千顔のジグ!…変装スキルのレアユニーク持ちか?!
「大丈夫だ。今日殺しはやらない。コイツの仕込みに来ただけだ」
「はは。そういう事で一つよろしくな」
ジグは軽薄そうな笑顔で言うと、ジードと共に宿の裏口へと向かった。
「…あれが、千顔。」
「顔は忘れろ。アイツの素顔は無いらしい」
「は?」
「奴は昔、スキルの為に素顔を自分で焼いたそうだ。それ以来、奴の顔は何にでも変装出来る様になったと聞いた」
…そこまでしてスキルを…恐ろしい奴も居たもんだ。
◇ ◇ ◇
《…だ、そうだ。》
…は~~。おっそろしい人だねぇ…自身の顔を焼くなんて。マーカーが増えた時にアラームが鳴った。黄色一つに赤一つ。
そして、ハカセが聞いた情報。
センガンのジグ…。変装って言ってたから千顔かな? なんか、この世界、二つ名持ち多くね? 流行りか? ま、いいけど。
で、その二人が現在、俺の部屋の前あたりに居るわけだ。……まぁ、開かないけどね。ロック済だし。
「…開かないぜ?」
「フム。」
どんな仕掛けだ?…魔道具の反応は無い…精霊も…違うようだな。
そこでジードは考える。ここで、自身のスキルで押し入ったら計画は破綻する。しかし…。
「…仕方ない。朝一でお前はノートを確認しろ。それまではあの二人と行動だ。俺は少し軌道修正をする」
そう言って二人は宿を出ていく。
《一人は監視の所へ戻った…もう一人は…クソ、希薄化しやがった。追えん》
…大丈夫。マーカーしたから。んじゃ、明日の事が有るし俺は寝るよ。
《…わかった》
チチ…チ…
…ン…ンぁ…あさ?
《朝だ…》
…はぁ。起きますか…ふわぁぁ~。
「やぁ。おはよう! 勤労ちびっ子たちよ!」
「「「おはよう!」」」
”ちびって言うなよ~” ”ノート兄ぃ髪の毛変だ!”
「お! ユマもおはよう。」
「おはよ。兄ぃは元気だね…」
「ん? どした?」
「昨日の話し…やっぱ怖くてさ」
そう言うユマの頭を優しくなでる。
「大丈夫。その為にちゃんと準備もしたし、それも付いてる」
腰のあたりに付いたブローチを指す。
「後は俺を信じろ」
そう言って笑いかけるとユマは顔を上げてはにかむ。
「わかった! 兄ぃを信じる! サラ達の事お願いね」
「おう!」
気付くと三人も側にいた。
…頑張らないとな。
《おい、気をつけろ。昨日の男がこっちに来るぞ》
食堂の入り口でハカセが声を掛けてきた。
「おはようさん。アンタも今から飯かい?」
そう言ってソイツは俺の肩に触れる。
「…あぁ。そうだけど?」
マーカーは黄色のまま。
「一緒にどうだ?」
「…別に構わないよ」
《おい!本気か?》
…まぁまぁ。こっちもやられっぱなしは嫌だからさ。それに鑑定したいし。
「おお! そうかい。じゃあ座ろうぜ! おぉい!朝飯こっち二つ!」
「あ! 俺の名前はジグ。あんたは?」
二人席に座りながら話しかけて来るジグ。
「俺はノート。この街に出て来たばっかの田舎者冒険者だよ」
「へぇ。そうかい? にしては堂に入ってるぜ? 修羅場経験有りって雰囲気だ」
「ん~。どうだろ? 田舎じゃ、周りに魔獣は当たり前だったしね」
等と、適当に相槌を打ちながら鑑定を掛ける。
Name ジグ(ジェラルド・ホートマン)
Age 28
Sex ヒューム 男
賞罰 殺人 恐喝 詐欺 etc…
おうおう…犯罪のオンパレードですな。ってか偽名かよ。スキルは…
所持スキル
身体強化 風属性
ユニークスキル
変化(身体含む)
ん? 身体含む? コイツ、変化じゃなくて変身スキルじゃんか?!
「ん? どうした? 俺の顔、何かついてるか?」
「あぁいや、なんかどっかで見た様な顔だなぁと」
「ははは! そうかいそうかい。でも俺はアンタとは初対面だ」
「そうか。他人の空似って奴かもな」
「…へぇ。俺に似てる奴が居るんだ…」
突然、声のトーンが変わった。
「ん~まぁ、うろ覚えだから自信は無いけどね」
「…そか。」
そんなやり取りをしながら食事が終わる。
「ふぅ。食った食った。じゃあ俺はそろそろ行くよ。縁が有ったらまたなノート」
そう言ってジグは手をひらひらさせて食堂を出て行った。
「さて、俺も支度してーー」
「あ、ノートさん!」
「なに? サラちゃん」
「あ、あのさっきの男の人、食事代を…」
「…あ!…俺が出すよ」
「…はい。35セムですぅ」
…あの野郎! 許すまじ!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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