第30話 果たして役者は
「これを私たちに?」
「うん。…これはサラに。…こっちとこれは大将と女将さん。残りは皆同じ意匠だから、4人に」
サラに手渡したブローチはシルバーの台座で意匠は翼。包み込むように廻り込み、青紫の魔石を覗かせている。
大将と女将さんにはシルバーの台座で意匠は蔦。絡むように包み込んで赤緑色の魔石が嵌まっている。
4人にはシルバーの台座で意匠は妖精。抱える様に魔石を支えている。色は琥珀色。
それぞれに渡したが、皆一様に目を見張り、固まっている。
「あ、あの、どうしたの?」
「ノートしゃん!!」
「吃驚したぁ! なに? サラちゃん」
「あ、あにょ。こ、こんにゃ、高価そうな…」
皆が同意見の様で、こくこく頷きながらこちらを見ていた。
「ファ? あ、あぁ。大丈夫、全部俺が作った奴だから。気にしないで──」
「「「作ったぁ?!」」」
キ───ン!
「な、なに? 煩いよ? ってか徹夜だったから頭に響くんで…」
「こ、こんな凄い物、貰えないよ!」
「駄目! 必ず付けてね。皆も。服の中でも何処でもいいから」
それでも皆は固辞してきたが、何度かの押し問答の末、なんとか納得させた。このアクセサリーは付与がしてある特別製だ。絶対つけて貰わないと俺が困る。
「じゃあ、朝ご飯貰ったら少し寝るよ。ユマ、昼頃起こしてね」
まだ、アクセサリーをぼうっと眺めるユマに言って食堂で飯を食って部屋へと戻った。部屋に入るなりベッドへ飛び込む。
「間に合った~~…ZZZ]
《…眠ったか。…セレス様…はい。…だいじょ──》
そこまではハカセの声が聞こえていた。
***************************
俺が眠りについた頃、衛兵詰所は大騒ぎだった。
朝一で住民から通報があり、兵が向かうと路地に二人の死体が見つかったのだ。お互い、争った形跡はないが、一人は胸を一突き。そして、もう一人は苦悶の表情で胸を掻き毟る様に蹲って死んでいた。
「クソ!…結局こうなったか」
「…ハミル」
カークマンは死体を見て毒吐く。コンクランは苦渋の顔をしていた。
「この男は?」
カークマンが周りの兵に聞く。
「は! ジェラルドと言う冒険者だそうです。昨晩、勅使として来たと張り番が」
「勅使?! 誰の?」
「は! ドエル・ゲイブ騎士爵と聞いております」
「ドエル?…聞いた事が無いな。どこの家の騎士だ?」
「フィル・セスタ子爵様の様です。紋章付きの手紙を携えて居たと」
「何?! この事、子爵は?」
「先程、知らせに向かいました」
「……クソ! どうなっている?」
「……。」
カークマン隊長はコンクラン副隊長と二人、顔を見合わせ、その場に立ち尽くすしかなかった。
***************************
「銀ランクの冒険者が街中で殺された?」
セーリスは朝一でけたたましいドアノックの音と共に、入ってきたキャロルからその知らせを受けていた。
「はい。今しがた、衛兵の方がカードをお持ちになって。此方の方でも確認が取れました。…名前はジェラルド。セデクス所属の銀ランク。主に都市間輸送の依頼を熟していたそうです。」
「配達屋か…他に判っている事は?」
「…はい。詳細については確認中ですが、衛兵の方の話しでは、勅使でこの街に昨夜遅くに来たとの事です。荷は不明。宛先はドエル・ゲイブ騎士様。どうやら、フィル・セスタ子爵様の騎士爵だそうです」
「フィル・セスタ子爵…きな臭くなってきたな。」
「…それと」
「まだあるのか?」
「…どうやら、このギルドで待ち合わせして居たという事なのですが…」
「は? 騎士が? こんな所に?」
「…えぇ。勿論、その様な方、来られては居ませんし、連絡も聞いていません」
執務机の椅子に深く腰掛け、セーリスは黙考する。
…なんだ? どういう意図が? 大体、シルフ達は騒いでいなかった。街で殺しなぞ、それこそ、シルフがすぐに教えてくれるはず。
何か見落としが…存在が希薄な攫い屋と闇奴隷商人…子爵への勅使。殺された冒険者…違和感は何処に…。
シルフ達すら知らない殺人…闇精霊!? ──…まさか?
「こんちゃ~っす」
間延びした挨拶をしながら、ギルドのドアを潜ると何とも言えない雰囲気が漂っていた。
…な、なに? どしたの?
《…冒険者が今朝、街中で死体で発見されたらしい》
え? なにそれ!? 俺が寝てる間に何が有ったの?
「ノートさん!」
「みぎゃ!…なに? あ、キャロさん」
真横からいきなり声を掛けられて思わず、変な声が出た。
「さぁ。行きますよ」
俺のキャロ呼びに全く無反応で、腕を脇に抱えてズンズンと進む。
…あ! ふにょんってなった!! ふにょんって!
受付の横を抜ける時、シェリーさんが横目で睨んでいたが、俺の全細胞と神経は腕に有るので気にならなかった。
「…フンっ!」
──…あ! なんか、怒ってた?
マスターの部屋ではソファでふんぞり返るセーリスさんが居た。
「ん? おぉ。来たか」
俺が対面のソファに腰掛けると、キャロルさんは奥の茶器に向かう。
「あの、冒険者が街で死んだって…」
「あぁ。今朝、街の路地で兵の一人と共にな…」
”かちゃ、かちゃ”
とカップをテーブルに置き、キャロルさんが説明してくれた。
「成る程~”ずずっ”」
返事をしながら紅茶を啜り、一息つく。
「それで? 容疑者に心当たりは?」
「まだ何も…」
《…どうやら、精霊も解らなかったそうだ》
そっかぁ…なら、その冒険者、初めからもう死んでたんじゃない? 兵の方は分んないけど。
「何だと!」
「ふぁ?! どうしたんすか、急に」
「そうか!…入れ替わりか!」
「はい?」
セーリスさんが一人で突然納得したようにブツブツ言いだしたせいで、俺とキャロルさんは置いてけぼりを喰らってしまう。
「キャロ! すまんが、ノートと出る。カークマンと話がしたい、後を頼む」
「へ? あ、あぁ、はい解りました」
「行くぞ!」
「来たばっかり! お茶くらい飲みた~い。せっかくキャロさんが淹れてくれたのに~」
「フフっ…また何時でも淹れますよ」
…いや、違うの! そうじゃなくて! そのピコピコと、ふわふわをね…
《…お前はブレないな》
何故かセーリスさんが俺の襟を掴んで引き摺る様に部屋を出て行く。
◇ ◇ ◇
「何ですって? 死体を運んだ別人?」
「多分な。何しろ別の街から来た冒険者だ。面は判らんからな」
「だが、カードはどうする?本人が居ないとーー」
「異界鞄にでも死体を詰めておけば問題ない」
「…!そうか。」
「…だが、ハミルは? 彼は何故?」
「うむ。そこはまだ、私にも判らんが…」
そう言って俺を見るセーリスさん…はいはい。ハカセ。お願い。
《…分かった、少し待て…***》
「因みに彼は街にずっと居たんですよね?」
「…多分、スラム街だと思う」
「あぁ。なるほど…」
《ノート。判ったぞ。》
…ありがと。どんな感じ?
《やはり、冒険者の死体については判らんそうだ。初めから其処に在ったらしい。その後男が来て、その死体を見ていきなり苦しみ出したそうだ。ただ…》
…ん? なに?
《いや、そのシルフが言うにはその男の名はドエルと言って居たらしいぞ》
「ドエロ? なんじゃそれ?」
《ド・エ・ル!》
「「なに!?」」
「うひゃ! 何ですか! もう…」
「今、ドエルと言ったか?」
「え、えぇ。ドエロじゃないですよ、ドエル! ですよ」
「…お前が間違ったんだろうが」
…てへ。
「……。」
お願いです。懇願します。哀しい目をしないで下さい。
「…では、ドエルとは」
「あぁ。間違いなく、ハミルは捨て駒に使われたな」
セーリスが渋面をしながら話す…あぁ。スルーもかなしひ。
「…子爵は何を考えている? 何でここまで大事にする?」
カークマンが机を叩きながら吐き出すように言う。
「待て隊長。よく考えろ、今の証言は精霊の物だ。言質が取れん。なら、いくら私たちが言い募った処で意味がない。精霊使いの私であってもだ」
「そうだった…クソ! 部下が殺されたのに…分かっていても何もできないなんて!」
“ガン”と机を蹴るカークマン。
”コンコンコン”
「なんだ!?」
「エクス代官様の使者より封付きの書が届きました!」
「入れ!」
封蝋された大きな書類みたいな物と確認書を受け取り、サインをして兵に受領書を渡した隊長が封を解く。
「…こ、これは」
「ん? どうした?」
セーリスさんが一緒にその書類に目を通す。
***************************
”コンコンコン”
「はい?」
「ハンス様、フィル・セスタ子爵様がお見えになりました。応接の間にてお待ち頂いております」
「ふむ。分かりましたすぐ向かいます」
総合ギルドの最上階。
ハンス・コルゲン代官は執務机の引き出しを開け、小箱の中から指輪を取り出し嵌める。
「使わない事を祈りましょう」
彼はそう呟いて、部屋を出て階段を一階分降り、一番大きな応接間へ向かうと、入口に彼の私兵らしき姿が目に入る。
(ふぅ。中にも何人侍らせているんでしょうね)
心の中で愚痴りながらも爽やかな笑顔を私兵に見せ、ご苦労様ですと声を掛けて、会釈をする。
私兵はちらと代官を見ると、返事もせずに振り返って背にしていた扉を叩く。
「お見えになりました」
部屋の中の者に伝えた後、ドアを開いてから、初めてハンスに振り返り、一言。
「主がお待ちです」
「有難う」
部屋の上座の席にさも当然の如く。
その大きな腹を見せびらかす様にソファに腰掛け。後ろに2人、ドア横にそれぞれ私兵。ソファの傍には家令のヘンドリクセンがにこやかに立っていた。
「これは、子爵様。ご機嫌麗しゅう。本日はわざわざ、この様な下々の場所へのご足労、誠に申し訳なく存じます」
そう言って貴族らしい立礼をして、子爵の言葉を待つ。まぁ、彼が直接話はしないが。
「それには及びません。男爵殿。本日はこちらの用向き。こちらが、顔を見せるのが当然でしょう」
やはりヘンドリクセンが当たり前のように答える。
(ここで、男爵と呼ぶか…困った御仁ですね)
「これは、有りがたき。」
まだ、本題はおろか、座っても居ない。笑顔でほんの少し顔を上げるふりをする。
「おや。これはいけません。男爵殿を立たせたままでした。どうぞ、お掛け下さい」
上げかけた頭を再度下げてから。
「ご配慮痛み入ります」
(ふぅ…やっと、話せますね)
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